萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

secret talk57 時計act.8 ―dead of night

2018-01-09 06:46:09 | dead of night 陽はまた昇る
見つめるだけで、
英二side story追伸@第5話 道刻


secret talk57 時計act.8 ―dead of night

左手首の時計が刻む、君を追う。
更衣室かたすみ汗と雑談ざわめき、かすかなオレンジの香。

「午後ラストに剣道って、体力ゼロになるな?」
「このままトレーニングしたら筋肉つくよ、関根は充分そうだけど、」

話しかけられて笑い返して、けれど視界の端は離れない。
すこし離れた隣ただ着替える横顔、それでもたぶん聴いている。

―会話に入ってはくれないんだよな、湯原?

自分が誰かと会話する、それでも君は身支度しずかに整えてゆく。
その静謐どうしても惹かれて視界の端、寡黙な横顔を追うのに別人が笑いかける。

「俺は家の仕事ずっと手伝ってるからな。宮田はずいぶん筋肉ついたろ?最初はふやけた体してたクセに、」

ふやけた、確かにそうだろう?
同期の言葉に納得しながら笑った。

「そんなに俺、ふやけてた?」
「ふやけまくってた、女と遊んでばっかりってカンジ?」

低めの声おおらかに笑ってくる、その瞳さわやかに明るい。
日焼すこやかな笑顔は朗らかで思ってしまう、君もこんなふう笑ってくれたら?

―かわいいだろうな、湯原が笑ったら…俺が笑わせたいな、

ほら?また変だ、自分は。
こんなの変だろう「笑わせたい」だなんて?

―俺でもそんなこと想えるんだな、

誰かの笑顔を見たい、そんなこと初めてだ。
こんな初めて君だからくれる、だから見てしまう。
ほら今も視界の端つい追いかける、寡黙な横顔ただ見つめて、その睫の陰翳に鼓動はずむ。

「宮田はこの後、自主トレ?」

話しかけられて意識が戻される。
この会話なにげなく続けないと?すこしの義務へ笑いかけた。

「体は作っておかないとさ、関根もだろ?」
「俺はバーベルやろうと思ってさ、大型は力けっこう要るから、」
「関根は白バイ希望だもんな、」

答えながら稽古着を脱ぐ、汗を拭く。
その肩ごし君が映って、その視界に姿勢つい変える。

―湯原の肌だ、

素肌、くつろげる稽古着の襟。
君が襟元ひらいてゆく、うなじ艶めく滴あわい香。

―きれいだ、

鼓動が呻く、きれいで。
汗なめらかな肌に離れられない、視界のはしっこ縋りだす。

「定員あるから運もいるんだけどさ、宮田はなにやる?」
「そうだな、」

会話しながら視覚が張る、君を見て。
稽古着さらり肩脱ぐ肌が惹く、惹かれて皮膚あわい滴に匂いたどる。
きらめく汗ぬぐうタオルもどかしい、そうして想ってしまう「あれになりたい」だなんて?

―タオルにまで俺、羨んでる?

君の肌ふれる、汗を吸う、そのコットン素材やわらかに妬かせてくれる。
こんなこと想ってしまう自分はもう「戻れない」そんな自覚が可笑しい。

「宮田、なに笑ってるんだ?」

ほら同期に訊かれた、それくらい制御できない。

「いや、ちょっと思い出し笑い?」

イイカゲンな言訳また笑いたくなる。
こんな自分ただ可笑しくて、ただ視界の端に惹かれて墜ちる。

かちっ、かちっ、

聴こえるはずがない電子音、でも左手首に刻まれる。
この音ただ聴きたくて、まだ見つめ足りない本音とジャージ着替えた。

「じゃ、走り行ってくるな、」

同期に笑いかけて扉を開けて、廊下を歩きだす。
それでも自分の背中すべて目になる、君を見たくて。

―湯原も来る、もうじき、

ジャージに着替えた君が来る、たぶん2メートル後ろ。
そう感じるのは願望かもしれない、でもきっと来てくれる。

『きになる、だろ…まいにちはなしかけられてたら、』

そう言って来てくれたのは、君だ。
昨夜この自分の部屋に来てくれた、だから君は来てくれる。

かちっ、かちっ、

左手首の時が刻まれて5秒、足音ひとつ敲く。
来てくれる君の足音。

※校正中

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