2002年、監督 本橋成一 音楽 坂本龍一
1986年に起こったチェルノブイリ原発の爆発事故で被災した
ベラルーシ共和国の小さな農村 ブジシチェ村。
チェルノブイリ原発から、北東に180キロ。
政府によって移住勧告が出され、600人の住人のほとんどが村を去った。
残ったのは、55人のお年寄りと一人の青年アレクセイだけ。
村の名前は地図からも消し去られた。
村の真ん中に、泉が湧いていた。
村人たちは、飲み水に、家畜や裏庭の野菜のためにこの水を使っている。
森や取り壊された学校の跡地は、まだ放射能汚染がひどいというのに、
この泉はきれいだった。
毎月一度、チェチェルスク保健局からの測定でも、放射能は検出されていない。
雨が降り、地下に沁みこんだ水は、長い年月をかけ地中で濾過され、再び湧きあがってくる。
村人たちは「百年の水」だという。
村でたった一人の若者アレクセイは、34歳。
父親のイワン(75歳)と母親のニーナ(70歳)と3人で暮らしている。
小児麻痺の後遺症が残るアレクセイは、そのためか、他の若者のように村を離れることはなかった。
村のお年寄りたちは、力仕事やコンバインの運転など、ことあるごとにアレクセイの存在を頼りにしている。
物腰はゆっくりとしているが、日々の労働で身体は鍛え抜かれ、
大地をしっかりと踏みしめ生きる姿がとても美しい。
糸を紡いで、家畜と暮らし、土を耕し、馬を足にし、自給自足の
人として当たり前の営みが心にしみわたる。
村人たちが毎日水を汲み上げる泉は、神聖な祈りの場でもある。
泉のほとりには十字架が立っている。
リンゴ祭、くるみ祭、収穫祭、十字架祭・・・。
ブジシチェ村で行われるすべての祭りは、いつもこの泉の前で行われてきた。
村人の誰もが信じている。
「この泉のそばには神様が立っている」と。
8月の収穫祭に、10年ぶりに司祭がやってきた。
若い司祭は、教会から持ってきたチェルノブイリ聖母のイコンで、
汚染された大地にこんこんと涌き出る、清らかな泉の力を祝福した。
映画終了後、監督とスタイリストの高橋靖子さんのお話があり、
不思議なことに、静かで優しい気持ちになり、怒りは強く静かでよりしっかりとしたように思えた。
チェルノブイリ事故から25年、この映画が完成してから9年。
当時は、新聞 TVなどマスコミはなかなか取り上げてくれなかったという。
このたびの福島原発事故により、こんな形で広く取り上げられるのは喜んでいいのか
複雑だと話されていた。
現在、このブジシチェ村で、43歳になるアレクセイは元気に頑張っているそうだが、
55人いたお年寄りは30人になったそうだ。
泉に水を汲みに行けなくなったら、この村では生きていけないと云っていた。
村を出て行った子供や孫の所に移る人、亡くなった方もいらっしゃるだろう。
50年後、100年後に、私達は大量の原子力発電副産物を残し続けるのか?
本橋監督の映画「ナージャの村」が先の1997年に完成されている。
是非、観ようと思う。