車券を買う際には、<2段がまえ、3段がまえで臨むことだ>と利根輪太郎は改めて思った。
出目作戦は、利根輪太郎自身の固定感や思い入れを打破するものでもある。
多くの競輪ファンたちは、オッズ表に左右されるものだ。
1番人気が2倍前後に支持されると、このレースは硬いと思い込むだろう。
そのような1番人気の車券を1万円買えば2万円、10万円買えば・・・。
実際、宮田虎さんは、100万円を投じたら、裏目となって泣きをみたのだ。
「虎さん、裏も返したら」と荻さんたち競輪仲間が助言したが、頑固者の虎さんは聞く耳を持たなかった。
結果は裏目に出て、10倍を超える配当となる。
100万円を1点買いではなく、2点買いにすれば車券は的中したはず。
「そのまま、そのまま」と虎さんは絶叫したが、空しくもゴール寸前で期待した本命選手は番手選手に差される。
競輪に絶対などあり得ないのだ。
競輪選手になり損ねた虎さんは、当時の茨城県南高校での100メートル記録の保持者であったが、父親の反対で競輪への道を諦める。
一方、取手一高の同期生や先輩たちは、競輪選手としてそれ相応に活躍していた。
彼はボクサーを目指した時期もったが、それも挫折する。
競輪への思い入れが強く、ボクシングの練習に力をほとんど入れず、競輪場巡りの日々となる。
どうして頭が上がらない家長風の父親が亡くなり、農業の跡継ぎも止めていたのだ。
職を転々とした挙句に、東京都内のタクシーの運転手となる。
実は、利根輪太郎は取手一高の後輩であり、宮さんの娘に惚れ込んだ時期がる。
だが、「娘に手を出すな」と虎さんに釘をさされてしまう。
「輪ちゃんは、俺に似ているんだ」父親としての虎さんは娘思いからスナック「エイト」の止まり木で言う。
エイトは競輪好きのママさんの店で、やはり取手一高の出身者、彼女と同期の現域の競輪選手も店に飲みに来ていた。
その中には、歌がうまい武藤八郎選手も居たのだ。
なお、別のスナックには坂本勉選手も飲み来ていた。
その店のママさんも競輪大好き人間だった。
「輪ちゃんは、気風がいいので惚れこむよ」とママさんは酔って輪太郎に身を寄せるが旦那が反社会の人なので、聞き流す。
その旦那の存在は虎さんから聞いたのであるが、旦那の本妻も取手駅そばでスナックを経営していたが、金をふっかける店で輪太郎は3万円も請求されたことがあるが、その日は、競輪で10万円余浮いていたので、払えたのである。