ぴかの独り言 GooBLOG vol.1

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さて、佳境に入ってまいりました。

2024-03-16 12:54:50 | 病気

こんにちは。

何が決め手になるのかは知りませんが、昨年10月10日の入院からすでに6か月もあたしは入院しておりまして、何か進展があったのかと言えば、あたしにはどうもよくわからない。

そういう病気で、そういう治療なのかもしれない。

そんな時に、長男幹細胞ドナーという話が前からあったものだから、長男が3月頭にやって来て、ことを済ませて帰っていった。

(それを前回書いた)

で、その後に移植に関するお話ということで、を集めろというので3月13日にいつものおねぇちゃん凸凹コンビがやって来て、可愛い弟のためにいろいろ担当医からのお話を聞いてくれました。

担当医が、今後の計画を話します。

スケジュール通りで行けば、3月19日放射線、3月25日移植となっております。

で、そこであたしは、なるべく毒を吐かぬように気を付けながら、それでもこれまでの想いと今の死生観を少しでもくみ取って今後の治療に向かっていただきたい!大体行けるならちょっと様子を見るではなくてGO!でよろしくお願いします!!!と担当医の皆様に、檄を飛ばしたのでございました。

これを聞いた先生方がどう思われたかはわかりませんが、あたしは言わずにいられなかった。

この病気の治療は、ともかくも、長い。

移植と言われて、もし何か感染症でも出れば、それが治るまで移植は中止で、またひと月を待つ。

(実は肺炎の影が出て、あたしはひと月作業が遅れた)

それにあたしは耐えられなくなっておりました。

なるべく穏やかに先生に伝えるあたしの腕を、隣に座っている長姉が半べそを書きながら両手でスリスリとさすっておりました。

おねぇちゃん、あたしは言うだけもう行ったから、あとはあちらに任せるよ。

が、それでも万一日和ったところが見えたら、ハラスメントにならぬ程度の抗議はしたろうと思っております。

こちとら命が短いんじゃ!

怖いことあるか、ボケ!

とまぁ、そんなこんなの、このところ抗がん剤のせいなのか何のせいなのか、体がめちゃくちゃおかしいおじいちゃんでした。
(一日に36.5℃と39.0℃を、行ったり来たりする。かなり慣れたけど、39℃はさすがに体が動かない)

でも、前にすすむ。

あのね、3月25日に移植が済むとするでしょ?

すると、そこからがまた長くて、ドナーの細胞が増えるまでに2か月はかかるらしい。

で、その間、あたしの体の中では、あたしはタケルと細胞同士の駆け引きをしていかないといけない。

ココが厳しいところらしい。

何とか死にませんように。

そして、5月中退院を、大目標とする!

あと3か月、頑張りま~っす!ので、よろしくお願いします。



(点滴が増えるので、血管一本に3本の点滴ができるようになっているカテーテル・・・ふふふ、かかってこんかい、仮面ライダー)



輸血、各種ヘモ、解熱剤など及び酸素までつながっているから、おいそれとトイレに行こうとすると途中で漏らしてしまうので、人生初尿瓶。

これは便利。

今度うちにも置こう。



先日やったのが、人生最高採血本数13本。

手の血液が空になって取れなくなりました。

医学、すごいねぇ。


それでもおじいちゃん、元気でぇ~っす!

ご声援、よろしくお願いしまっす!

あなたも元気でね。


ありがとうございます。



長男の「ありがとう」

2024-03-09 09:40:40 | 病気

おはよ。

長男が帰るその朝、朝6時過ぎからのファミマでのモーニングの後、部屋に戻るその時、

「ありがとう」と、唐突に彼は言った。

それは、危うく聞き逃すほどの「ありがとう」だった。

彼が続けて、

「こういう時でないと言えないからな・・・」


35歳の息子と男親。

親としてできることはやったつもりではあるが、さほどに出来の良い親でなかったとの反省もある。

そして、それでも無事に育って、伴侶を得て子も持った。

親としては、これ以上のことはない今の彼であった。

そんな彼からの「ありがとう」

これは、今までのどの”ありがとう”よりも深く重い。

わたしは、それを、魂に刻んだ。


あたしの体がこうなったから得た縁だったのかもしれぬ。

縁尽奇妙。

こちらこそ、ありがとう。

さぁて、おじいちゃん、もう少しがんばるよ。

そして、子供たちの未来が、あまねく穏やかでありますようにと、全霊で祈っております。









 


長男来院で、ドナー準備

2024-03-08 10:06:33 | 病気

おはよ。

新宿ではだという。

どちら様も、お体お大切に。

さて、3月2日に、かねて予定通りに長男が来て、ドナーの準備の入院と相成った。

いつできるともわかりませんが、長男の幹細胞をあたしに植え付けるために、今回それを保存しますという処置です。

5泊6日の予定の入院を快く受けてくれました長男には、感謝します。

ありがとう。


さて、あたしは相変わらずの入院生活が続いておりますが、前回からの肺炎の治療がまだ長引いていまして、点滴だらけの毎日。

それでも、体は元気に動くので、毎朝の長男とのモーニングコーヒーなどは楽しいのでありました。

(同じ階の704号に彼はいて、あたしは712号・・・20メートルしか離れていない)

かと言って、二人になったところで話すこともないので、そこは何とな~く暇のついでに部屋を盗み見たりする。



処置中の彼を盗撮。


今回来院に際しては、孫1号からのお土産をもらう。





自分で編んだという紐?につけたお守りと、手紙。

おじいちゃん、元気にならんといかんなぁ・・・このお返しができるように、頑張りまっす。

陽ちゃん、ありがとう。


長男は長男で、処置自体は一日に数時間だけのことらしいから、口を合わせてファミマにコーヒー飲みに行った。



眼鏡は稲村さんとのお約束なので、証拠写真だよ。

稲村さん、ありがとう。


二日間の幹細胞採取を終えたころ、あたしはちょうどリハビリの最中で、リハビリの彼女と一緒に彼の無事をたたえます。



元気そうで何よりでした。

そして、



あたしも元気です。(一緒に写真が撮りたいだけ、無駄に元気)

最終日7日も、朝7時前からメールが来て、コーヒーいこか?

で、地下1階にある24時間営業のファミマで、最後のモーニング。



今回、お嫁ちゃんのご実家のお母さんが補助でお助けに来てくれたらしく、そういうこともありがたい。

いろいろな方に、あたしは支えられての今でありました。


その後、お母ちゃんとやりとりで、10時ごろにお迎えに来てくれて、タケルは帰っていったとさ。

お母ちゃんも、ありがとうございました。



あたしの今後は、実はよくわからない。

多少なりともよくなれば良いという程度の希望はあるが、そうでなくても、これまでのことを考えるだに、あたしは感謝で胸がいっぱいになる。

まだまだ続きます。

どちら様にも、またよろしくお願いいたします。




なかなか思い通りにになりませぬ。

2024-03-02 10:25:04 | 病気

おはよ。

前回からちょっと経ってしまった。

あぁ、そうそう・・・短いながらの一時退院を経て、再入院したところであった。

それが10日前。

そこからいよいよ第5クールのケモ再開で、一時的に熱が出て、便秘に苦しんだ。

・・・というようなことをFBに毎度書いてお知らせはしていたわけだ。

そして2月の29日、うるうの日に大谷選手が結婚報告!!!

おお!それはめでたいのう!

と思っていたら、あたしはあたしで、肺炎発症となっていた。

翌は3月朔日で、あっという間に2024年も3月である。

そして、実は2日には、長男があたしの病気の対応の為に、広島からわざわざ造血処置で入院に来る。

そんな時に、あたしが肺炎。


かねてより、この病気は免疫力が極端に少ないので、感染症だけは気をつけてと言われて、先の二日程度の一時帰宅でもそれだけ気を付けて無事に戻ってきてほっとしたところであった。

それが、それなのに、減菌室のこの病院にあって、肺炎となりにけり。

あああ! あたしというものは、なんと業深き人間であることよ。

実はあたし自身はほとんど無自覚

が、ケモの影響で発熱があったものの一向に上がったり下がったりを繰り返すものだから、担当医がCTを撮ってみたら、肺に影が映っていて「肺炎でっす!」と所見があった。

あかんやつ。



あたしの病気は、感染症が大敵で、これがあるうちはケモの処方ができない。
(薬で免疫力を下げているうちに移植をして定着させるらしいのが、感染があるうちに免疫力を下げてしまうとそれに体が負けてあたしは死んでしまうのだな)

と、そんなことらしいというのは学んだので、この肺炎のおかげで、予定が大幅に狂うのはもちろんのこと、病院総出で対処いただくことになる。

肺炎発覚後、いろいろな専門の科の皆様がお越しになりまして、それぞれに対処のための検査やらして、輸血やら抗生剤やらを怒涛のようにあたしの体に流すのでありました。

それは大変ありがたいのですが、これまでの入院でも、あたしは医療費としていくらかかっているのかを明細で知っている。

・・・5か月ほどたちましたが、すでに長男の大学6年分の経費を超えた

(実際に払ったのは、10万ほど)

ありがたいですが、これはいいのかよいのかよくわからないのでありました。


まぁ、受ける身でそんなことを言ってはいけないので、ここはともかくも頑張っていただいて、肺炎を駆逐して、せめて長男の移植を受けてからそれでもだめだというところで死んでみたいと思うのでありました。

実は今日(2日)長男が入院に訪れるのですが、その彼から「死なんでよ」ときた。

それはわからんが、せめてお前の移植を受けてから死にたいとは思うから、まだ死なないと返信した。

また、4月に生まれる5号も気になるところである。

彼女(女の子、確定)に会うまでは、おじいちゃん死にません!と思うのでありました。


そんなこんなの中、北名古屋のあの奥様が肺炎になったと聞いた。

あたしと違って、何がなんでも元気でいていただかないと困る御仁であるから、あたしはそっちの方が気になるのでありました。

しかし、大事な人が病気になって、どうでもいい人が元気であるというのは・・・それ以上は言わないでおこう。


なかなかなことを書いているのかもしれませんが、本人は結構のんきです。

一昨日だったかな?

コウヤから、



「初めて一からカレー作りました」

と連絡が来て、それは大変お父さんは嬉しかったのでありました。

大変よく頑張りました、コウヤ君、3重丸~!!!


では、夜中から数えて5本目の点滴を受けながら、久しぶりのブログを書きつつ、快癒しますようにとお祈りしとります。

そして、あたしはさておき、まだまだ大切なお役目のある皆様方は、どうぞお体ご自愛の上、まだまだズンドコと前進していただきますようにと念じております。

いつもご声援、ありがとうございます。