こんにちは。
立春大吉以後、すっかり春めいていただきまして、寒がりの年寄りとしては大変ありがたく思っています。
そんなこの頃の出来事を、つらつら・・・
2月19日(火) 長女夫婦が孫を連れてやってきた。
およそ4ヶ月ぶりの、生まれてから2度目の再会の孫。
https://blog.ap.teacup.com/applet/toyosakaya213/20181102/archive
すっかりと大きくなっておりました。(7kgあるらしい・・・重い)
孫に会うということは、娘夫婦に会うのも4ヶ月ぶり。
パパ、ちょっと細くなって、もともとエエ男ですが、ますますエエ男になっておりました。
(体だけは大事にしてください)
そして、娘。
親のあたしが言うのもおこがましいが、すっかりスバラゴイ奥さん、お母さんになっておりました。
親はなくても子は育つ・・・を、実感した一瞬でした。
長女のことを、少し書いておこう。
(娘よ、あかんかったら削除します)
彼女が小学6年生の時、あたしは離婚した。
その後、中学に上がったころから、完全にオチこぼれた。
理由が離婚にあったのは、間違いないと思う。
中学の先生から、いろいろお知らせいただきました。
お世話になりました。
そしてそれから、苦しい3年間を過ごしたことと思う。
当時、親権こそあたしが持っていましたが、お母ちゃんの元で暮らしていまして、あまりよくは情報が入らなかったです。
ただ、たまに、ん?・・・と思う同性のお友達との付き合いのこととかが耳に入ったりして、それは心配をしていました。
やがて、卒業。
福祉系の専門学校に入りました。
いまだに覚えていますが、勉強が苦手だから、一般高校は無理。
そんな中受けたこの学校の試験で、
「ぴろぴろ を ローマ字で書きなさい」
という設問があったらしい。
後日、「こんな試験だったんだよ」と鼻で笑うように教えてくれた娘。
鼻で笑えるなら、たいしたもんだ・・・と、その時のお父さんは思っていましたよ。
それからまた3年たって、卒業。
このころになると、あたしはまったく情報がない。
お母ちゃんは、あたしに知らせるということに対しては、無頓着だったようだ。
たまさか、娘から、大学?に行きたいという話があって、「本気で勉強したいのなら、改めて夜学でも通って、それから受験しなさい」と言った覚えがある。
(彼女は心理学を学びたいと言っていたな)
そしてしばらくして、彼女はAO入学と言うのか?上の学校に行ったらしい。
で、知らぬ間に、辞めていたらしい。
(こういう大事なところを、お母ちゃんは知らせない人でした。まったく悪気はない人だと知っていますが、いまだにあたしには不思議な人です。)
その後、娘の言葉によれば、地元のアパレル系のお勤め先で頑張ったようだ。
あぁ・・・書いていいものかと悩みつつ、あたしが知る限りだけを書くだけでも、長女・・・山も谷も乗り越えてきましたね。
そして・・・運命の出会いで結婚!
・・・そして出産!
そんな彼女のおかげで、あたしは、最高の幸せを味わうことが出来ました。
良いご縁だったと、感謝しています。
結子本人はもちろんですが、お母ちゃん、パパ、関わった皆さま・・・本当にありがとうございます。
来たついでに、施設のばあちゃんを見舞ってくれた。
ばあちゃん・・・
あんたがいなければ、あたしも結子も、この幸せがなかったんだ。
ありがとうございます。
あまねく、穏やかで幸せでありますように。
心から、ありがとうございます。
P.S.
残り画像から・・・
店で、孫のオムツ換えていますの図。
やっているのは、パパ。
この後、ミルクもパパが飲ませていた。
そして、
「これ、あげる」とお土産にいただいたのが、孫の用済みオムツ。
・・・それでエエ。
幸せになれよ~!
立春大吉以後、すっかり春めいていただきまして、寒がりの年寄りとしては大変ありがたく思っています。
そんなこの頃の出来事を、つらつら・・・
2月19日(火) 長女夫婦が孫を連れてやってきた。
およそ4ヶ月ぶりの、生まれてから2度目の再会の孫。
https://blog.ap.teacup.com/applet/toyosakaya213/20181102/archive
すっかりと大きくなっておりました。(7kgあるらしい・・・重い)
孫に会うということは、娘夫婦に会うのも4ヶ月ぶり。
パパ、ちょっと細くなって、もともとエエ男ですが、ますますエエ男になっておりました。
(体だけは大事にしてください)
そして、娘。
親のあたしが言うのもおこがましいが、すっかりスバラゴイ奥さん、お母さんになっておりました。
親はなくても子は育つ・・・を、実感した一瞬でした。
長女のことを、少し書いておこう。
(娘よ、あかんかったら削除します)
彼女が小学6年生の時、あたしは離婚した。
その後、中学に上がったころから、完全にオチこぼれた。
理由が離婚にあったのは、間違いないと思う。
中学の先生から、いろいろお知らせいただきました。
お世話になりました。
そしてそれから、苦しい3年間を過ごしたことと思う。
当時、親権こそあたしが持っていましたが、お母ちゃんの元で暮らしていまして、あまりよくは情報が入らなかったです。
ただ、たまに、ん?・・・と思う同性のお友達との付き合いのこととかが耳に入ったりして、それは心配をしていました。
やがて、卒業。
福祉系の専門学校に入りました。
いまだに覚えていますが、勉強が苦手だから、一般高校は無理。
そんな中受けたこの学校の試験で、
「ぴろぴろ を ローマ字で書きなさい」
という設問があったらしい。
後日、「こんな試験だったんだよ」と鼻で笑うように教えてくれた娘。
鼻で笑えるなら、たいしたもんだ・・・と、その時のお父さんは思っていましたよ。
それからまた3年たって、卒業。
このころになると、あたしはまったく情報がない。
お母ちゃんは、あたしに知らせるということに対しては、無頓着だったようだ。
たまさか、娘から、大学?に行きたいという話があって、「本気で勉強したいのなら、改めて夜学でも通って、それから受験しなさい」と言った覚えがある。
(彼女は心理学を学びたいと言っていたな)
そしてしばらくして、彼女はAO入学と言うのか?上の学校に行ったらしい。
で、知らぬ間に、辞めていたらしい。
(こういう大事なところを、お母ちゃんは知らせない人でした。まったく悪気はない人だと知っていますが、いまだにあたしには不思議な人です。)
その後、娘の言葉によれば、地元のアパレル系のお勤め先で頑張ったようだ。
あぁ・・・書いていいものかと悩みつつ、あたしが知る限りだけを書くだけでも、長女・・・山も谷も乗り越えてきましたね。
そして・・・運命の出会いで結婚!
・・・そして出産!
そんな彼女のおかげで、あたしは、最高の幸せを味わうことが出来ました。
良いご縁だったと、感謝しています。
結子本人はもちろんですが、お母ちゃん、パパ、関わった皆さま・・・本当にありがとうございます。
来たついでに、施設のばあちゃんを見舞ってくれた。
ばあちゃん・・・
あんたがいなければ、あたしも結子も、この幸せがなかったんだ。
ありがとうございます。
あまねく、穏やかで幸せでありますように。
心から、ありがとうございます。
P.S.
残り画像から・・・
店で、孫のオムツ換えていますの図。
やっているのは、パパ。
この後、ミルクもパパが飲ませていた。
そして、
「これ、あげる」とお土産にいただいたのが、孫の用済みオムツ。
・・・それでエエ。
幸せになれよ~!