おはよ。
おかげ様で、昨日、3度目の一時退院となりました。
年末年始を、家で過ごします。
昨日28日に退院したのですが、御用納めは病院も変わらぬようで、退院される方が多かったですね。
一方、それもかなわぬ患者さんもおられまして、患者さんご本人のご事情はあるにせよ、それを支える医療関係者の方々のご苦労に感謝するのでありました。
ありがとうございます。
昨日は、いつものように姉に無理を言いまして、迎えに来てもらいましたが、次の治療についての話があるということで、姉と一緒に担当医ともう一人、専門のお医者のお話を聞いてきました。
曰く、1月に再入院して第4クールとなるのですが、その後に並行して、移植という選択肢があるというお話。
それを、専門医から1時間ほど聞いた。
現状のままいくと、あとしばらくは生きられそうですが、移植ができると、それが少し伸びる可能性があるらしい。
病気に関しては、当初からそうですが、確率の話はできても、実際あたしがどうなるか?は、今も、また移植をしたのちもわからない。
それは承知で、さて、どうしたものか?と考えた。
以前書きましたが、死ぬというタイミングとして、あたしは今が幸せの絶頂の中だと思っていますので、今死んでも全く悔いはないと本心思っていますが、移植をしてひょっとするとちょっと命が長らえられるかもしれないと聞くと、心は揺れるのでありました。
で、生きる可能性があるのなら、やらずに死んではせっかくいただいた命に申し訳ないという思いが湧いてきます。
ということで、やるという方向で考えております。
ただ、それにしても、ドナーとかいろいろ、またぞろ各方面の方のご協力がいるわけで、そこは相手の了解を得て、それでもできないという場合もあるということも聞いていますので、その時はその時で大変よろしいと思っています。
ということで、関係各位、よろしくお願いします。
そんな話を姉と聞いて、無事帰宅・・・ただいま~!
早速にこちらにご挨拶。
前述の報告もかねて、あらためて先祖の顔をのぞいてみる。
わたくしは 父孝士 母友子 の子
わたくしは 新美輝人と 名を給う
・・・その命、大事になさい・・・と言われたような気がしました。
はい・・・大事にいたします。
夕方次男が帰ってきて、前回もそうでしたが、あんまり急に動くとろくなことがないので、吉野家の牛皿とお父さん特性の濃い豆腐とワカメの味噌汁で、次男との再会も祝して乾杯。
十分満足でございました。
明けて本日。
ゆるゆる動きますが、退院中のやることを箇条書きにして、できるところからやってみる。
その一つが、これ!
もともとは、いつも買っているお肉屋さんの所蔵本を、友達の琴美ちゃんが借りた。
で、病気になる前に、あたしも読みたいと言っていたので、琴美ちゃんが持ってきてくれた。
が、全巻で60巻くらいあるので、それを病院に持っていくにはさすがに多すぎて、この一時出所の間に読みましょうと、今日から読み始めます。
ゆるゆる、がんばります。
琴美ちゃん、ありがとう。
今回も10日ほどあるので、それがちょうど年末年始ということで、感染に気を付けながら、ボーっと過ごしたいと思います。
年末にあたり、今年は格別皆様にはお世話になりました。
ありがとうございました。
そして、
どちら様も、良いお年をお迎えいただきますように
と、心から念じています。
本当に、ありがとうございました!
こんばんは。
第3クールに入って、抗がん剤の皮下注射7日連続というのが終わりまして、今はその効果の様子を見ているという時らしい。
らしい・・・というのは、この病気の特徴で、採血をして今の血液がどうなっているのか?前と比べてどう変化しているのか?を見ているわけですが、その値の変化がとても微妙で、毎度担当医がそれの説明をしてくれるのですが、
「で、先生。結局どういうことなんでしょうか?」
とあたしが突っ込むと、
「う~ん・・・はっきりとは、わからない数値ですね」
と、少し困った顔をして答えてくれますの。(そして、これが毎回)
実はこの山本先生(40代半ばくらいかな?)、当初から、その実直さがよくわかるお方でして、間違いのないことしか言わない。
お医者なので、嘘はついたらいかんと思いますが、例えば、
「この病気は、良くなるんでしょうか?」
と訊いたとすると、このDr. 山本は、
「それはわかりませんね」
と、少し困った顔でおっしゃる。
そしてそれを聞いた、商売人のあたしは、
「いや、先生、それはその通りなんだろうが、訊いているのが病人なのだから、そこは例えば、”はっきりとは言えませんが、うまくお薬が効けば良くなることは十分ありますよ”くらいのことは言ってもええんぢゃね?」
そして、欲を言えば、
「あたしも精いっぱい頑張りますから、○○さんも、頑張りましょうね」
とか何とか、言ってくれたら、病人は希望しか見ないから、それだけで元気が200パーセントくらいでると思うんだな。
が、そこは生まれつきの商売人と、ウンコ(=クソ)真面目なお医者の違いで、致し方のないところであろうとも思います。
ただ、この返答の際の少し困った顔をした先生に、あたしは先生の慈悲深さみたいなものを感じたりするものですから、先日の回診の折、先生にあだ名をつけてやりました。
「先生、あたしは先生に、あだ名をつけました。」
先生がキョトンとして、
「はぁ、なんでしょう?」というものだから、
「Dr. アルカイック・山本 です。先生、アルカイックスマイルってご存じですか?」
「いや、知りません。」
「僭越ながら、例えば、モナリザの微笑み、例えば、菩薩のお顔・・・そういうのを、アルカイックスマイルというんですよ。
なんというのか、笑っているのではないですが、あたしがいますから大丈夫ですよ・・・みたいな慈悲の表情がアルカイックスマイルで、山本先生はいつもウンコ真面目な顔して話しますが、何となくそんな気配はわかるので、こんなあだ名付けたりました。」
と、真正面から言ったりましたら、
それは嬉しそうな顔をして、今度ははっきり目じりを下げて笑っておられました。
(この頃は、看護師さんもそうですが、いつもマスクをしているから目元しか表情がわからない。でも、それだけでも読み取れるものはたくさんあるですね)
あたしが年上で、ここへきて先生とも3か月近くの付き合いとなったこともあったので、まぁ、少し突っ込んだこんな話も笑い話の一つでしてもええのじゃないか?と思った次第の出来事でした。
(ちなみにこれ以降、先生の回診の表情が、何となく柔和になったと感じるのは気のせいではないと思います。余談ですが、あだ名はもう一つ考えていまして、それはDr. ムッツリーニ・山本でしたが、これはお伝えすることなく闇に葬るつもりです)
とまぁ、こんなこの頃を過ごしております。
注射の跡が、触ると痛いのだよ。
お薬もらって塗ってるから、3~4日で痛みは治ると思います。
先日土日に、窓から見える競馬場で、馬が走っている様子が見えたから、これの登場。
そして、
大変小さいですが、それでも馬がお尻を向けて走っている姿が見えました。
あと、昨日だったかな?
長女が送ってくれた画像。
孫2号と3号も元気らしくてよかったですが、加えて来年4月には3人目も生まれる予定の長女が元気そうなのが何よりうれしかったです。
お正月は一時退院ができそうですが、それはそれとして、無理して顔見せに来んでもいいと言ってあります。
それより、おじいちゃんは、孫5号が楽しみなので、そこを照準として体力回復の計画を立てたいと思っています。
だから、まだ死なない。
どちら様も、よろしくお願いします。
寒くなりましたね。
皆さま、ご自愛くださいませ。
ありがとうございます。
こんにちは。
先日12月11日に、再び藤田病院へ入院いたしました。
ここからまた、ワンクール28日をこなします。
では・・・
11日は、いつものように姉に頼んで、送ってもらいました。
おねいちゃん、いつもありがとう。
そしてあたしは、次の一か月また家を留守にするので、できることはやっておく。
今までは店の入り口に飾っていたしめ縄飾りですが、来年はもう店を開けることがないので、通常の玄関に飾りました。
でも、これを飾るところがなくて、テープで張り付けたりました。(それも、白いテープしかなかった)
ここで、不思議な出来事が起きる。
スーパーで、このしめ縄飾りを、あたしは一つだけ買った。
で、そのまま家に持ってきて、袋を開封して、その中のものを玄関に飾った。
で、その後に買い物かごを見てみると、なぜか?しめ縄飾りがもう一つ入っていた。
(こちらは、袋から出た状態で、裸でそこにあった。)
どう考えてもわからないですが、せっかくなので、神棚に飾ってあげました。
大変不思議な出来事でした。
さて、そんなして、やれるだけのことは済ませて、おかげ様で一時退院のすべての日数を家で過ごしまして、元気に再入院いたしましたよ。
そして、お出迎えが、早速にこちら。
笑っとりました。
部屋は相変わらずの個室で、もうすっかり慣れたところに帰ってきた心持のあたしでした。(いやぁ、それではいかんいかん!)
で、今回は新兵器にこちら。
まるちゃんが、無理をして調達してくれた、ノートパソ。
これであたしは、ブログも書ける。
まるちゃん、ありがとうございました。
過去2クールとやることは同じで、抗がん剤を皮下注射して、他の作用が出ないようにケアされております。
そうそう・・・
看護師さんに、「ねぇ、お嬢さん。第3クールに入って、おじさん、初めてポケモン見つかましたよ。」
看護師さんが、「なぁに?」と聞いてくれたので、
「ヒカチュウ!(皮下注)」と言って、注射跡の残る腹を見せたら、ケラケラと笑ってくれました。
・・・
おじいちゃん、生きる希望が湧いてきています。
とまぁ、そんなして、今日で5日目となります。
FBでは、多くの方から、ご声援をいただいております。
それに応えるべく、治療に頑張りまっす。
どちら様も、本当にありがとうございます。
そして、皆様のご安寧を、あたしは祈っています。
みんな、元気でいてね。
ありがとうございます。
こんばんは。
おかげ様で、前回の退院時の一日持たずに再入院は免れております。
毎日を病人らしく気を付けながら、すっかり衰えた筋力体力を見極めながら過ごしてここまで来ましたが、考えようによっては、前回の出来事が糧となって、本日まで無事に過ごして過ごせているのかもしれません。
ということで、前のブログの続きをば・・・
退院五日目あたりから、少しずつ体力の回復も見られ、退院時の「退院したら、これをやる・リスト」の一つずつに挑戦しています。
で、「酒を飲む」、「タバコを吸う」、「田んぼを見に行く」は達成して、5日目はコレ。
「氏神様にお参りをする」
達成。
これでレベル1の目標はコンプリートしたので、翌日から、レベル2に挑戦します。
レベル2初発は、「田んぼで、コーヒー飲みながら煙草で一服」を達成。
その夕方、誰ぞがインターホンを鳴らすので、誰じゃい?と思いながら出てみると、
石川さんとおっしゃる方が、立っておられた。
う~む、あまり覚えのない方だなと失礼なことを申し上げたら、
「やだなぁ、ぴかさん。琴美ちゃんの所でお会いしたじゃないですか?
変な歌うたったぴかさんでしょ?」
と言われるので、ああ、あの時の・・・と、うつろに思い出した。
(石川さん、その節は失礼しましたが、実はあたし、人を覚えるのが苦手なうえに、あの時は女の人多数で、その上にあたしは記憶がないほど飲んで、女の人とはそんなにお話もしていないから、あなたに限らずほかの方も覚えていないのでした。ごめんね)
そんな、変な歌を歌った酔っ払いのジジィのところへ、FBをご覧になったのか?病気のことを心配してくださって、お見舞いに来てくださったようだ。
彼女があたしに渡してくれた。
「早いけど、クリスマスプレゼントよ・・・ウッフン」
と言って、手渡してくれた。
(中にはお菓子と、彼女お手製の蜂蜜が入っておりました。あたしに気があるのかもしれない)
石川さん、お心遣い、本当にありがとうございました。
あなたのことは、忘れません・・・たぶん。
さて、その翌日も、レベル2の挑戦は続く。
「ふみえちゃんと海へ行く」
大好きなふみえちゃんに乗って、海を見に行きましたが、海といっても河和まですら今は遠いので、走って5分の半田港で達成とする。
イェイ!
実はふみえちゃん、さすがに2か月も乗っていなかったから、バッテリーが上がっておりました。
が、キックスターターも備えておりまして、キック一発で始動したのありました。
ふみえちゃんは、両刀遣いのテクニシャンでした。(ばか)
短い時間でしたが、そこから帰りまして、ふと思って、これまで外の駐車場にカバーをかけて置いておいたのを、店に入れたりました。
ついこの間まで呉服屋だった店内に、お米と一緒に並ぶふみえちゃん。
かつて、バイクと暮らすとか何とか言って、家の中にバイクを置いた写真なんかを見た記憶がありますが、今になってそれを実現したのでした。
でも、エンジンは掛けたらいかんです。(くっさいよ)
で、本日。
レベル2の中の最難関「福ちゃんラーメンを食べる」、を達成!(福ちゃんまで、車で45分かかる)
これに、「野菜マシマシにする」となるとレベル3、「ふみえちゃんに乗って、福ちゃんラーメンを食べに行く」となるとレベル5になります。
こうして、レベル2の挑戦も着々とこなしながら、一時退院の今を楽しんでおります。
それも残り二日となりまして、相変わらず気を付けながら、再入院といたしたいと思っています。
この間も、いろいろなお友達から、ご声援いただいております。
それがとても嬉しいのでした。
皆さま、ありがとうございます。
さぁて、あと二日。
楽しむぜぃ!
ありがとうございます。
こんばんは。
今、夜中の12時過ぎです。
夕食後、することなくて、8時に寝たりました。
このあたり、入院時の名残といえる。
することなければ、寝る。
まぁ、元気な時も9時には寝てましたけど・・・(大体酔っていた・・・そこが違う)
そして、おしっこに起きて、眠気が少ない時は、こうして少しゴソゴソする。
↑ 今、ここ。
さて、続き。
11月30日をもって、再度の一時退院。
今回は、およそ10日の仮出所となっている。
前回、一日持たずに再入所したので、今回は細心の注意を払って、満期まで頑張りたいと思っていた。
この日も、姉のお迎えで、帰路につく。
(今回は電気カミソリで髭を剃っていたので、前回よりはお顔がきれい・・・そうなのか?)
10時に待ち合わせでしたので、その間に、会計を済ませて、お世話になったお礼も込めてファミマのコーヒーで別れの時を過ごす。
(いざという時、頼める人が近くにいるということはとってもありがたいと毎度思っていました。おねいちゃんたち、ありがとう)
(この一杯のおかげで、あたしは頑張れました。ありがとう、ファミリーマート。)
帰宅したこの日は、次男がお母ちゃんのところにお泊りで留守でした。
聞いていませんが、次男ながらに、そして、お母ちゃんながらに、帰ってきたあたしが、次男のために家事雑事に動かないほうが良いと考えたのかもしれないと思っています。
おかげで、今回は前回の経験も踏まえて、ともかくも体の負荷の少ないようにゆるゆるとスタートすることができた。
実際のことを言えば、およそ2か月の入院で、体力は俄然落ちておりまして、動いてもすぐに疲れる。
平常時と比べて、50%くらいの運動量と運動速度で動く。
それでも疲れるから、3時間に一度は、30分ほど横になる・・・を学習します。
そんなことも功を奏したのか、おかげ様で、前回のような発熱もなく、これまで4日間を無事に過ごしております。
さて、初日は洗濯して、お米を研いで炊飯。
おかずはというと、今年田んぼ同好会で作ったお米を始めて食べるので、お米がおいしく食べらあれるものをチョイス。
それが、こちら。
体を使わないことを考えてもありますが、吉野家の牛皿と、鮭のほぐし、あと、我が家特性の濃~いワカメの味噌汁。
これを、出所後初の食事といたしました。
少し時間が経ちましたが、自家製米の新米です。
・・・うまかった!!!(退院したらこれをしようリストにも入っています「新米を食べる」達成!)
ご馳走様でした。
明けて翌日も、ゆるゆる動く。
朝一・・・「いつものやっすいインスタントコーヒーでタバコを吸う。」
これも達成した。
その後、食材の買い物に出かけるなどして(今回は大変注意をして、マスクはもちろんのこと、お店の出入りもしっかり手指消毒怠らず)、午後。
まるちゃん、登場!
にゅ
実は、入院中、これまでのipadも良かったのですが、やはりブログが書けないというのが難点でした。
で、家にもノートパソコンありましたが、古くて動作がおっそいのでした。
そこで、今後2か月の再入院のことも考えて、まるちゃんに適当なノートパソコンを買ってもらうよう頼んでおりましたのね。
前回、わずか一日で再入院をしたことも考えて、何事があっても良いようにと、まるちゃんにこの日に持ってきていただくようお願いをしていました。
それを快諾してくださって、忙しい中とは承知をしておりますが、こうして新品サクサクのまるちゃん推奨の一台を持ってきてくれて、あたしができないものだから、セットアップも完ぺきにしてくれた。
まるちゃん、本当にありがとうございました。
そしてまるちゃん、退院祝いと称して、かっこいいブルートゥースのイヤホンをプレゼントしてくれました。
・・・こういうところが、まるちゃんなんだよなぁ。
何とてお返しもなくお礼だけ言って、まるちゃんはその後、ピカピカのでっかい黒塗り新品ランドクルーザーで颯爽と帰っていった。
(まるちゃん、これが似合うんだよなぁ)
まるちゃん、ありがとうございました。
前回の轍は踏まぬと決意していますので、時を見ては、体温を測ります。
で、ちょっとでも体温が上がると、すぐ横になるということをします。
それのおかげもあるのか?ここまで順調です。
ありがたい。
さて、まるちゃんみたいなお方が、もう一組おられた。
どん!
その翌日かな?
宅配のおねぇさんが届けてくれた。
このお心遣いに、あたしは感動するのでした。
林さん、ありがとうございました。
朝こそ次男の食事の準備をしますが、お弁当はこれまで通り、買ってもらうことにしています。
それだけでも、あたしの負荷は減る。
やってやれないことはないですが、そこはやはり今回は慎重に参りますの。
もうちょっと体力が戻ったら、作ってやりたいと思います。
(次男がそれを喜ぶかどうかは知らない。でも、退院後の4日目の今朝に、体が動くようになってきたので、久しぶりに作ってやりましたよ。それを彼が喜んだかどうかは知らない)
その後も、もう一人お越しくださった。
デン!
今回も、琴美ちゃんがお裾分けと称して、リンゴとミカンと漫画本大量を持ってきてくれました。
(ちなみに漫画は、いつも買っている通販のお肉屋さんから借りたものを、あたしに回してくれました。)
ただ、お越しになった時、たまさかあたしがお風呂に入っていて、気づかずにおりましたので、琴美ちゃんはこれを玄関に置いてくれてあたしはお目にかかることができなかった。次男もいましたが、知らぬ人は出なくてよいといってもいましたので、彼はインターホンの画面越しに、彼女が帰っていくのを見ていたそうだ。
で、玄関に置いてあるものを、彼女が帰った後に取り込んでくれた。
琴美ちゃんには申し訳なかったですが、本当にありがとうございました。
当初50%の体力で動いておりましたところが、退院後4日目ともなると、かなり動けるようになってきた。(それでも70%くらいかな?)
ご飯もしっかり作るようになってきた。
食べることは大切。
次男が一人で過ごしていた時がどうであったかは、おおよそ見当がつきますので、このしばらくは、お父さんの久しぶりの手料理を披露するのです。
そう思って、今夜はこちら。
ヒレステーキだよ。(とシチュー)
次男400g、あたし250g、美味しくいただきました。
肉を久しぶりに食いましたが、やはり美味かった。
ご馳走様でした。
さて、今日までの出来事が、大体こんな様子です。
体に気を付けながら、今回は少しずつ、でも、確実に体力を回復しながら、当たり前の生活に近づいています。
それは、前とは違うかもしれませんが、あたしの生まれ変わりの幸せな姿となっている気がしています。
昔から、なぜか死を考えることが多かったと思いますが(宗教とか哲学とか、そんなのが好きだったということもあろうかと思います)、それは良いご縁だったと思っています。
人は死ぬ。
死は、避けられぬ。
あなたもあたしも、必ず死ぬ。
だが、それは今日じゃない!
・・・これは、希望なのでもありました。
ここまで長々お付き合いいただきまして、ありがとうございました。
駄文乱文はご容赦の上、これまでご声援くださった皆様には、心から感謝申し上げます。
本当に、ありがとうございました。
まだしばらくは、ジタバタとあたしは生きていくと思いますが、どちら様もこれからもどうぞよろしくお願いいたします。
そしてあなたは、元気でいてね。
ありがとうございます!