昨日のブログに書いた増田氏の言葉「前向きにチャレンジしたことは、例え失敗してもすべて栄養になり、今の私を支えてくれている」に近いことを言っている方がいる。
それは、ノンフィクション作家の梯久美子氏である。
梯氏は、栗林中将のことを書いた「散るぞ悲しき」で、ベストセラー作家となった。
この本は、40代になって初めて書いた本だそうな。
それまでの梯氏は、雑誌の編集の仕事をしたり、編集プロダクションで働いたりした。
字を書いてお金をもらえる仕事なら何でもしたそうである。
ベストセラーの「散るぞ悲しき」を書いて初めて作家デビューした後のことである。
あるとき、「あなたはどうして今まで本を出さなかったのか。もっと早く始めるべきだった。」と言われたそうである。
その時の答えは、次の通り。
早く初めても同じ本は書けなかったと思うんです。編集の仕事を長年やってきたから、知らない人に手紙を書いたり電話で取材の依頼をして、会いに行って話を聞くことが抵抗なくできる。
図書館で調べ物をすることにもなれているし、意外なところでは、映画のパンフレットづくりをやってきたのも役立っています。まだ誰も見ていない作品のあらすじを簡潔に、正確に、興味が湧くようにまとめる。編プロ時代に身に付けた技術ですが、ノンフィクションを書く上でも、歴史的な経緯をまとめる力になっています。
そういう意味でも、仕事はすべて、どこか深いところでつながっています。
(雑誌 ポパイ 2020年1月号より)
私(このブログのを書いている私)もそう思う。
50歳を超えてから特に思う。
仕事に限らずプライベートなことであっても、過去の楽しいこと、苦しいことは、すべて今の自分の成長に役立っている。
きっとこれからも、楽しいことだけでなく、つらいことも味わうだろう。
それは、自分を成長させる出来事になるはずだ。
このような考え方ができるようになるのは、年をとるメリットかもしれない。
それは、ノンフィクション作家の梯久美子氏である。
梯氏は、栗林中将のことを書いた「散るぞ悲しき」で、ベストセラー作家となった。
この本は、40代になって初めて書いた本だそうな。
それまでの梯氏は、雑誌の編集の仕事をしたり、編集プロダクションで働いたりした。
字を書いてお金をもらえる仕事なら何でもしたそうである。
ベストセラーの「散るぞ悲しき」を書いて初めて作家デビューした後のことである。
あるとき、「あなたはどうして今まで本を出さなかったのか。もっと早く始めるべきだった。」と言われたそうである。
その時の答えは、次の通り。
早く初めても同じ本は書けなかったと思うんです。編集の仕事を長年やってきたから、知らない人に手紙を書いたり電話で取材の依頼をして、会いに行って話を聞くことが抵抗なくできる。
図書館で調べ物をすることにもなれているし、意外なところでは、映画のパンフレットづくりをやってきたのも役立っています。まだ誰も見ていない作品のあらすじを簡潔に、正確に、興味が湧くようにまとめる。編プロ時代に身に付けた技術ですが、ノンフィクションを書く上でも、歴史的な経緯をまとめる力になっています。
そういう意味でも、仕事はすべて、どこか深いところでつながっています。
(雑誌 ポパイ 2020年1月号より)
私(このブログのを書いている私)もそう思う。
50歳を超えてから特に思う。
仕事に限らずプライベートなことであっても、過去の楽しいこと、苦しいことは、すべて今の自分の成長に役立っている。
きっとこれからも、楽しいことだけでなく、つらいことも味わうだろう。
それは、自分を成長させる出来事になるはずだ。
このような考え方ができるようになるのは、年をとるメリットかもしれない。