今日の「お気に入り」は、中唐の詩人白居易(772-846)の「重題(重ねて題す)」と題した詩と「対酒(酒に対す)」と題した詩の二篇。原詩および読み下し文はともに、中野孝次さん(1925-2004)の著書「わたしの唐詩選」(文春文庫)からの引用です。
重題 重ねて題す 白居易
日高睡足猶慵起 日高くして睡(ねむ)りたるも猶起きるに慵(ものう)し
小閣重衾不怕寒 小閣に衾(ふすま)を重ねて寒を怕(おそ)れず
遺愛寺鐘欹枕聽 遺愛寺の鐘は枕を欹(そばだ)てて聴き
香鑪峯雪撥簾看 香鑪峯の雪は簾(すだれ)を撥(かか)げて看る
匡廬便是逃名地 匡廬(きょうろ)は便(すなわ)ち是れ名を逃るるの地
司馬仍爲送老官 司馬は仍(な)お老を送るの官為(た)り
心泰身寧是歸處 心泰(やす)く身寧(やす)くば是れ帰処(きしょ)
故郷何獨在長安 故郷なんぞ独り長安に在らんや
対酒 酒に対す 白居易
蝸牛角上爭何事 蝸牛角上何事をか争う
石火光中寄此身 石火光中 此の身を寄す
隨富隋貧且歡樂 富に随(したが)い、貧に随って、且(しばら)く歓楽せよ
不開口笑是癡人 口を開きて笑わざるはこれ痴人
「対酒」についての中野孝次さんの明解な現代語訳は次のとおりです。
かたつむりの角の上にも似た小さな狭い世界で、いったい何を争っているというのか。政権争いなどまことにくだらぬこと。君も僕もいずれこの天地の間、火打石を打ち合わせた火花のように瞬時を生きる身ではないか。富んだ者も貧しい者もそれなりに束の間のこの人生を楽しもうではないか。口を開けて笑えるような愉しい日を持たぬやつはバカだ。