今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)と山本七平さん(1921-1991)の対談集から。
「七平 戦前は百円(昭和五十七年の三十万円くらいか)や二百円の月給取りは税金なんか納めなくてよかった。不動産さえ持っていなければ一銭も払わなかった。これ驚くべきことですよ。税金がいらない世の中が、ついこの間まであったなんて。月給取りは給料も賞与も全部、耳をそろえて丸ごともらっていたんですよ。手の切れるようなお札で。
夏彦 原稿料なんかも丸ごとくれた。税を一割差し引くってのは戦後ですよ。それで、中野重治が怒ったことがある。三千円の原稿料だというから書いたのに三千円ないじゃないか。
七平 三千円の約束なのになんで二千七百円しかくれないのか。いや、一割 は税金でございます。なんで、あんたンとこが税金を差っぴくんだ。いや、これは納税責任者ってぇものがございましてね、私んとこで払わなければならない……。私が出版社に入った戦後すぐのころ、何度も押し問答がありましたよ。そのくらい、戦前は税金を払う人は限られていた。
夏彦 そのかわり、国はなんにもしてくれなかった。病気になっても健康保険はない、失業しても失業保険はない。年とっても年金はない。だから税金はとらない。税金とらないかわり何もしてくれない政府がいいか、税金をとるが何かと世話してくれる政府がいいか、戦後日本人は選択を迫られ、税金を納めて世話してもらうほうをとったんですよ。自分で選択したのを忘れちゃいけない。
僕は個人の運命の責任は個人にあって、国にはないと思っていますから、『高い政府』より『安い政府』のほうがいいと思いますけれど、賛成者はほとんどない。だから今後とも私たちはいよいよ税金をとられるでしょう。」
(山本夏彦・山本七平著「夏彦・七平の十八番づくし」中公文庫 所収)