「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2006・02・14

2006-02-14 06:25:00 | Weblog

 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「『水に落ちた犬を打て』と私が言っても信じないだろうから魯迅が言っていると書いたら、それでも落ちた犬なら助けてやるのが人情ではないかといわれた。
 私は朝日新聞と岩波書店を水に落ちた犬にたとえた。朝日、岩波は酷似した存在である。正義と良心を売物にしてなん十年になる、それを難ずるのはながくタブーだった。誰が禁じたのでもない、インテリが自ら禁じた。各界名士は朝日に登場してはじめて名士である、主人と家来の仲に似ていた。
 すべて原稿は掲載されることを欲する。朝日や岩波に依頼されて、両社に気にいらぬ原稿を書く名士はいない。両社が中国(またはソ連または北朝鮮)べったりのときはべったりの原稿を書く。中国には蠅が一匹もいなかったというが如しである。これを迎合という。」

 「敗戦直後、進駐軍は獄中のひとにぎりの共産党員を釈放した。彼らは凱旋将軍のように迎えられた。もと転向者は彼らのもとにはせ参じてまず新聞社を乗っとった。お忘れだろうが読売新聞である。あらゆる大企業に労働組合をつくらせ、その牛耳をとった。最も成功したのは教員組合で、小中学生に社会主義を吹き込んだ。
 社会主義は貧乏と病気がないと育たない。この十なん年貧乏がなくなって日教組に入党するものは激減した。すなわち水に落ちた犬である。けれども次なる教育のプリンシプル(心棒)がないかぎり過去の惰性で社会主義教育をするよりほかない。いまだに日の丸君が代反対しているのはそのせいである。
 私はこのなん年来二十代の女子社員二人と対談で『戦前という時代』を再現しようと試みているが、彼らが骨の髄から日教組育ちであることを肝に銘じた。文部省や新聞社のデスクも同じである。水に落ちた犬なら打たなければならないゆえんである。
 彼らは何ごとも話しあいで解決できると信じている。ソ連とアメリカはできるか、韓国と北朝鮮はできるか、慰安婦強制連行はあったという派となかったという派は話しあいできるか、そもそも夫婦の間で話しあいができるかというと一笑するが、話しあいを否定されることはまず不愉快なのである。
 ペルリの来航と同じくソ連あるいは中国の軍艦二、三隻東京湾で空砲を放ち上陸したとせよ、社会主義べったりの彼らは歓迎にかけつけ、社会主義政権を樹立してもらって、その功によって大臣にでも任命されるつもりだったのだろう。資本主義の属国から社会主義の属国に変るのである。それがこの五十年の騒ぎである。まさかと笑うがそれなら自分の国は自分で守るか。私はこんなに露骨に言うつもりではなかった。二人の社員とのやりとりの珍なることを紹介して笑ってもらうつもりだった。いずれ試みたい。」


   (山本夏彦著「『社交界』たいがい」文春文庫 所収)
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