今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「産業革命以後人間は何をしてきたか。何度も言うが時間と空間を無限に『無』に近づけた。まっさきに成功したのは電話である。ファクスである。機械あれば必ず機事ありと古人が言ったのはこのことである。
世界中がいっせいに無にすることに成功する日は近い。今こそ哲学と宗教の出る幕なのにそれは出る見込がない。全くない。出てくるとすれば淫祠邪教である。そもそも哲学に、宗教に絶望して生じた機械信仰である。今さらもとへは戻れない。時間はもうない、21世紀は来ないというゆえんである。
ほら来たじゃないかと一両年経って私を嗤(わら)ってはいけない。私は象徴的な意味で21世紀と言っているのである。ある種の動物が全地球を覆ってわがままの限りを尽して許されるということはないのである。」
(山本夏彦著「『社交界』たいがい」文春文庫 所収)