と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

日頃のご無沙汰をお詫びしつつ。

2018年05月20日 08時45分27秒 | とーま君の流儀2018

君も・ボキも「もう一度おまえと結婚したい」と言えるか?

 

 

お世話になりました・・・・・・。

そう申し上げた。昨日である。知人の奥様が70歳で亡くなった。乳がんであった。通夜も葬儀もまだである。しかし、顔だけでも出してこようと思った。会えて良かった。会えたけど、亡くなっているのだから日頃の無沙汰を詫びた。

どれだけお世話になったのだろう。20代の頃、まだ独身で食生活がメチャクチャだったボキに手料理を食べさせてくださった方である。しかも食べ方のご指導までいただいた。家庭科の先生でもあった。優しかったけど、本質をついてこられた。苦学してやっと就職できたようなダメ男で、九十九里には身寄りもない風来坊のボキである。ありがたかった。家庭を持つということの本質をそれこそ教えていただいた。

知人は、死に化粧をされた奥様に、もう一度結婚できたらおまぇと・・・・と言われたのには、ボキも目からあついものが出てきた。

良い夫婦である。ボキは見習ってきた。理想の家庭と夫婦である。

知人の家には、長女がいた。跡取り娘である。亡くなった奥様と、うり二つであった。ボキはあっと声を出しそうになった。なんだ、若返っているじゃないかと言いそうだった。

確か、2・3歳の頃に知人の娘さんと会ってそれ以来である。わからないのも無理はない。

血脈が伝わっている。娘さんの祖父は、剣道4段とお聞きしていた記憶がある。立派な家庭である。こういうご家庭であるからである。DNAが伝わっている。

現代病とも言えるくっついては離れ、離れてはくっつきというような家庭ではない。フリンとかいうものもない。あるわけがない。子育てにも成功している。ボキは、そういう意味で知人の家に学んでいたのだ。

身寄りのない風来坊であるが故に、ボキは慎重に暮らしていたのである。

知人の家を辞して、田んぼ道をクルマで移動していた。相変わらず、美しい風景である。利根川も流れている。九十九里とはちょっと違った風情がある。

田んぼには水がはってあった。これから田植えが始まるのであろう。

そういう営みは永遠に続いていく。日本列島ある限りは。

しかし、人間の命は有限である。いつかは死んでしまう。それまでの限定された運命である。

だからこそ、現在生きていられることのシアワセを感謝していかなくちゃならんなぁとシミジミ思ってきた。

愛車の中で、三度ほどティッシュペーパーを取り出して、オメメを拭いたが。

 

それにしても、格好の良い知人である。亡くなった奥様に、「もう一度おまえと結婚したい」と言えるのだから。

ボキもそうありたい。

待てよ。ということは、ボキが遺されるということか。そりゃアカンですな。

 

いろいろ考えさせられた一日であった。

 

Bye-bye!

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5月19日(土)のつぶやき

2018年05月20日 06時37分15秒 | とーま君の流儀2018
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光こそ、すべての源という気がするのだが

柔道をやると~ま君

サンスクリット般若心経

高齢\(^_^)/