と~ま君の部屋

楽しい老後を送りたいとやっています。所詮人生回り道。修士(人間学、仏教学)。ぼけ防止・脳のリハビリでやってるブログです。

ジブンの器

2012年11月14日 07時40分54秒 | 大学院博士ごっこ2012年から2015年
下記のHPにおもしろいことが書いてあった。

ジブンの器を知る方法として、お勧めがあるとのたもう。

笑った。

実によく笑った。

以下引用させていただくとともに、我が戒めといたします。

(^-^)/

※しかし、愚生なんぞ世界一器がちいせぇなぁ。。。。とほほ






自分を知る方法(自分の器を知る方法/人間の器を知る方法)
http://profile.allabout.co.jp/pf/pensee-tsutomu-nakazawa/c/c-42901/

 皆さん、「自分を知る方法」ってご存知ですか?
「自分の器を知る方法」なんてあると思いますか?

えっ、人間の器を知る方法なんかあるわけないだろ・・・って?
いや、あるんです。

答えは・・・自分の配偶者を見ればいいんです。

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「もっと家事を手伝ってよ、私だって大変なんだから」と夫をなじる妻がいた。
「お前には人を労わる気持ちがないのか?俺だって大変なんだぞ。まったく」と妻をなじる夫がいた。

なじる側にはなじるだけの事情があるのだろう。
なじられる側にはなじられても仕方のない何ががあるのだろう。

このような戯言はどこの家庭でも一つや二つはあるのかもしれない。
所詮夫婦などはそういうものなのかもしれない。

しかしこの戯言をじっと見つめていると、味わい深い景色が見えてくる。

そもそも、そういう夫を選んだのは誰なのか?
そもそも、そういう妻を選んだのは誰なのか?

配偶者を選ぶということは恐ろしい。

人としての器の小さな人は、人としての器の小さな人と結ばれる。
精神的に成熟した人は、人としての重みや厚みに欠ける人と日常を共にしたいと思わないからである。

人としての器の大きな人は、人としての器の大きな人と結ばれる。
精神的に成熟した人は、人としての重みや厚みのある人と日常を共にしたいと思うからである。

(出典)
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「自分」というものは、「他人という鏡」に照らしてみると見えてくるものなのです。

(中沢努「<深く考える>序開き」から抜粋)
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