平家物語を読むのが好きである。
なぜか。敗者の論理が実に哀れでならないからである。平家の人々の空虚さというものは、底知れないものがあるからである。政治に関わるとこうなっていくという見本のようなものである。現代でも、なんだか知らないが、きな臭い動きがあちこちで展開されているのを見ると、本当に方丈記の鴨長明のように、隠棲したくなってしまう。
それが、愚生の弱さであり、限界なんだろうけれども。
それにしても、ニンゲンナンテ、ずっとおなじことの繰り返しで、歴史を作ってきたんだろうなぁと思ってしまう。
今日も、能楽の源流をいろいろと文献で探っていたのだが、やればやるほどこの現代と変わらないことをご先祖様達もやっていたんだなぁと思うからである。今日は、ちょっと息抜きに春日大社の写真付きの本を城国大図書館から貸し出しを受けて、興味のある分野をコピーさせていただいていた。繰り返し言うが、隠棲じゃなくて院生は無料である。当然、、愚生の研究テーマが、能と唯識である。南都仏教の研究も当然そこには入るからである。それよりも興福寺関連の資料をあたっていたら、春日大社と若宮が出てきたから、ちょっと調べ始めたのである。なんでもある本学図書館である。だから入学をさせていただいたのであるが、あるものは有効に、全部シャブリ尽くさないと申し訳無いではないか。本学の先生方にである。
さらに就職してから冷房というものに全くご縁がなかったので、本学院生となってから、実に快適なのはこちらがびっくりした。こんなにも快適に読書ができるとは、仏様でも気がつくめぇである。
今までなんだったのだ?校長室ですら、冷房なんて無かったし。これって、世間のヒトは全く知らないでしょうけれど。(^0^)/ウフフ
もっとも冷房装置の中で、校長ヅラしていたら、母校を作ってくださった上杉鷹山公に叱られるですねぇ。馬鹿が!って。心頭滅却であるぞ!と。
暑い時は、暑いままがいいのである。しょうがないじゃないかと思う。これって、けっこう心理的な安定にもつながる。たとえは悪いが、じょせーにモテないって悩んでいるわこうどにも申し上げたい。もてないときは、もてないママでいいんである。しょうがねぇではないですか。そんなんで、悩んだって。いつかきっとあんたを理解してくださる天女のような方が現れます。(そもそも天女を期待しているというその精神構造が気に入らないけど。そんなものいないでっせ)
そうでなかったら、潔くあきらめましょう。それでいいんです。暑いのも、しばらくすると暑くなくなります。しのげばいいんです。世間万端。コツでありますよ。このことは。
あきらめるというのは,断念するということではない。物事の本質がわかるということ。それがわかれば、なんも焦る必要はない。だって、現代は略奪してまで、結婚相手を捜す時代ではない・・・おっと、ここまで書いて「あ、しまった」状態。略奪というのは、戦(いくさ)を想定しているから。略奪コンなんとかって、普通に世間一般にはあるんでしたねぇ。スポーツ新聞には、そういう事例がたくさん出ていましたっけ。つい最近も。有名な歌手の記事が。
戦(いくさ)の時代だけは来ないように祈るしかないですケド。
ジョンや、ジョンと毎日のようにご老体を撫でているが、老犬の「ジョン」が持ち直している。
一時は、危篤状態になって、ほんとうに心配した。もう17歳である。いつ逝っても不思議ではナイ。それでも、死んで欲しくないのだ。マジにである。こんなに憎たらしい犬もいないんだけど。
だって、飼い主の愚生にまで何度も噛みついたんである。あふぉ~かと随分叱ったんだけど、ちっとも反省しないのだ。ソフトバンクのCMに出てくるカイ君よりも前から生きているし、白い体に赤い首輪はカイ君よりも前から「ジョン」のトレードマークだったのだ。
近所の方々も、「ジョンや、ジョン」と声をかけてくださる。朝晩の散歩もすこしできるようになってきたのだが、近所の方々が心配して出てきてくださるほどだ。ヨレヨレと、あっちふらふらこっちふらふらと歩いている姿をみると、まったく涙が出てくる。オイラももうすぐこうなるのだという思いも当然ある。
他人事ではないのだ。
誰だって、こうなるんだから。
身をもって老犬ジョンはそれを、愚生に教えてくれているんだ。そう思うことにしている。菩薩である。菩薩がジョンに変身して、オイラに教えてくださっていると思うことにしている。でないと、止めどなく涙がでてくるのである。死は、オイラにもジョンにもあるからである。
それでも別れなければならないのである。
死は、オイラとジョンを永遠に離れ離れにしてしまう。愚生は生まれ変わりを信じないから、そう思うしかない。
永遠の関係性なんてないのである。夫婦だってそう。死は関係性を遮断する。そうした時に、どう受け止めるか。それが死生学である。
俳優の地井武男さんが亡くなった。愚生の長女の母校の顔でもあった。確か、その高校のある土地の名誉市民をなさっていたのではあるまいか。儚いものである。
平家物語も儚さを教えてくれる。
たまらない世界です。
お休みなさい。明日は、二番の電車で東京に行きますので。