亡くなられた小倉キャスターの追悼番組など見ているとたしかにジャーナリストとしての問題意識と価値判断をもって言いたいことを言ってのけて22年もの長きにわたり人気を保っていた「とくだね」という番組の面白さがわかる。視聴者の疑問に思っていることや知りたいことにずばり切り込んで報道してくれる。今はMCは何も意見を言わずにもっぱらコメンテイターにまかせる番組がほとんど。そのコメンテイターと称する人たちのコメントも通り一遍で面白くない。かなり報道統制されているのか、こんな切り口で行ってもらいたくないとか、事前調整しているのかもしれない。朝の報道番組では羽鳥モーニングショウが一番視聴率が高いらしいがMCの司会コントロール技術とコメンテイターの個性か?!時には炎上するくらいのコメントがあるからか?
先般、塾帰りの中学生がマックの店で夜8時ごろ?レジ待ちで並んでいた女生徒が死亡、男生徒が重症の通り魔的事件があり5日後に現場から1キロ圏内の容疑者が逮捕された。二人が全く知らない男。わずか数十秒の出来事で犯人は逃走。
こういう外食店舗には防犯カメラの設置は義務づけられているのかしら?今回逮捕の決め手になったのは店外の防犯カメラらしい。当初は犯人は走って逃走と伝えられていた。
最近、外食の店ではカスタマーハラスメントが注目をあびて、理不尽な客に対する対処マニュアルが検討されてるようだが。店長マニュアルには顧客の安全を守ることにはどう書いてあるのかしらね。女性スタッフなどアルバイトが多いかもしれないが店長は正社員が務めていると思うのだが、今回、店長は全然画面に出てきていないね。不在だったのかどうかはわからないがカウンター越しに目の前で死傷事件が発生して、何をみて、どう対処したのか?まったくインタビュウすらしていない。
容疑者逮捕後の警察の会見。男子生徒の殺害未遂容疑で逮捕しました?女生徒殺害容疑ではないのか?会見場の記者たちは質問したのか?これを今日のテレビ報道でも男子生徒殺害未遂容疑者逮捕と言っている。殺された女生徒のことは触れないことになっているのか?このあたりの私の疑問にどの番組もふれてさえしない。かれらテレビマンのジャーナリストとしての見識は?
新聞のコラムニストたちも彼女や家族の気持ちを思うと悲しみと怒りで言葉にならない、どう書けばいいのか途方にくれると・・・女生徒の葬儀はすまされたようだが家族の要望でテレビであまり触れてくれるなと要望がでているのかどうかわからないがさぞかし無念の一言だろう。
容疑者の43歳の無職の男は近所でもなにやかや問題は起こしていたようだが、人を無作為に殺傷するという行為を起こすに至った心理経過はどんなものだったのだろうか?起こした後どうなるのか想像もできなかったのだろうか?平気で無差別殺人が起こる日本、ほんとに仏教的には末法の世の中になったものだ。今、こうして無事にいられるのは全くの幸運としか言えないのか、いつ理不尽な事故事件に巻き込まれるやもしれないということか?!
真宗大谷派の川村妙慶さんは日替り法話でこんなことを言っておられます。
お釈迦様はすべての人は「因縁果」のなかで生きているとおっしゃいまいした。私たちは生まれた(因) ある日歩いていたら何かに衝突した(縁) 難を逃れた、負傷した(果)
この繰り返しなのです。つまり生きるというのはうれしいことにも出会うけど、つらいことにも出会わないといけないのです。病気になる人が悪くて健康な人がよい人生と決めつけるのは煩悩をかかえた私たちなのです。
たまたま偶然今日まで生きることができた。この奇跡をどうか大切に生きてほしい。南無阿弥陀仏・・と。
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