Music Mania

No Music No Life

上野天神祭

2014年10月26日 | 日常

昨日は伊賀市の上野天神祭を見に行ってきた。

毎年10月23日から25日にかけて盛大に行われる祭りで、もう400年以上の歴史があるらしい。
僕の生まれ育った街なので、子供のころは毎年見に行っていた、というより、行くのが当たり前だったのだが、ここ20年くらいご無沙汰していた。
今回、土曜日ということもあり、久々に天神祭を見に行ったのだが、相変わらず盛大で、伝統を守り続けているのは大したものだ。

この祭りの目玉は、鬼行列と”だんじり”と呼ばれる山車だ。

まず鬼行列だが、100人ほどの人が独特の衣装と能面をかぶり、ノッシノッシと旧城下町を練り歩く。
とくに「ひょろつき鬼」と呼ばれる、よっぱらいのようにフラフラと歩いてくるパフォーマンスはちょっとした迫力がある。
背に釣鐘を背負っていたり、斧を引きづっていたりして、客にぶつかりそうになりながらやってくるので、小さい子供は泣きじゃくる。
しかも泣いてる子を見つけると、わざと鬼は近寄ってくるので、あちこちから悲鳴のような鳴き声が響き渡るのだ。
これは、この街の子の洗礼みたいなもので、皆、この恐怖を克服して大人になっていくのだ。









そのあと、9台の”だんじり”が引っ張られてくるのだが、大阪のどこかの祭りのようなハイスピードではなく、ゆっくりと移動する。
古い街並みは道幅が狭く、しかも両脇には観光客がひしめいているので、ゆっくりでないと危険なのだ。

これらメインのほか、通常の神輿や子供の武装隊のようなもの(着物を着て、刀や槍、弓などを持って歩く行列)もある。
そういえば、僕は小学生のころ、弓隊として参加したことがあった。



日本全国、秋には収穫を祝う秋祭りが開催されるところが多い。
まだ気象衛星も何もない時代は、豊作だった場合、これは神のおかげだということで、祝いの祭りをしたのだろう。
今は、気象状況にはきちんとした理由があり、神様がどうとか非科学的なことをいう人はほとんどいない。
そういう意味からいうと、今や祭事に意味はないのだが、文化の継承ということで、続けられている。
たまに「家に神棚もないような人間が祭りうんぬん言うな」という人がいるが、それは違う。
どこの宗教であれ、無宗教であれ、一つのイベントとしてみればいい。
ハロウィンを楽しみ、秋祭りを楽しみ、クリスマスを楽しみ、正月には初詣、2月にバレンタイン、8月にはお寺へ墓参りに行けばいい。

話が脱線したが、来年の上野天神祭は、24日は土曜日、25日は日曜日なので、行けたら行きたい。
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ジャニスの祈り

2014年10月18日 | 音楽
最近、スズキ・ワゴンRのCMで、ジャニス・ジョプリンの「ジャニスの祈り」が流れている。
原題は「Move Over」、おそらくライバル車であるダイハツ・ムーヴを超えるという意味もあってこの選曲なのだろう。




だが、よく聴くと、これはオリジナルのジャニスのヴァージョンではないことがわかる。
そこで、これは誰が歌ってるのだろう、と調べたところ、GLIM SPANKY の松尾レミという人だった。
なんでもこの人、業界では「ジャニスの再来」とか「10年に一人の歌声」とか言われている、注目の新人らしい。
この手のセールスコピーは、ほとんどの場合、期待外れなのだが、いちおう聴いてみよう。

GLIM SPANKY 「ダミーロックとブルース」



これはこれは、ジミヘンみたいなドス黒いブルースロックだ。
ドスの効いたボーカルも素敵だが、「オマエはオッサンか!」と言いたくなる渋いギターワークもカッコいい。

それにしても、日本のこんな若い女性にまで影響を与え続けているジャニスは、やっぱりスゴイ。

この人の功績は、「女性ボーカルは美しい声で、譜面通りに歌うもの」という観念を覆したことだと思う。
悲しい詩を歌いあげていて感極まったとき、思わず「うわあああ!」と剥き出しの感情をさらけ出す。
メロディとか音程とか、そういうのは二の次で、まずは感情優先。
ロックボーカルの一つのスタイルを築き上げた。
ただ、そのパワーの源がアルコールとドラッグだったため、伝説のボーカリストは早死にしてしまうのだが。

というわけで、最近はyoutubeでジャニスの映像をよく見ている。
その中から、「これぞジャニス」みたいな1曲、「ボール・アンド・チェーン」


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焼きサンマはじめました

2014年10月12日 | 食べ物
秋の味覚の王様といえばサンマだ。
マツタケではない。
王様は庶民から愛されなければならないから。

安い値段で誰でも手軽に食べられるのがいい。
調理も簡単だ。
「でもさ、オレ料理したことないし、出来ないよ」という人もいるだろう。
それなら、今日は10月12日松尾芭蕉の命日ということで、5・7・5の法則で焼いてみよう。

1.魚焼きグリルに水を入れ、5分間強火であたためる
2.サンマをグリルに入れ、片面を強火で7分焼く
3.サンマを裏返し、強火で5分焼く

たったこれだけで、あとはお好みで醤油でもポン酢でもかけて召し上がれ。
塩焼きの場合は、焼く前にふっておこう。
カボスやユズなどの柑橘系は、あればあるにこしたことはないが、それよりも大根おろしだ。
これは是非準備したい。
大根おろしがあるのとないのでは、味の深みが全然違う。

さあ食べよう。
ここで問題になるのが、骨である。
骨を最初に抜き取る流派と、途中で骨をとる流派がある。
最初に抜く場合は、まず尻尾を外し、サンマ全体を箸でギュッギュッと押さえ、頭をグッと引っ張ると骨だけズルッと抜ける。
これがマナーとしていいのか悪いのかはわからないが。
途中で抜く場合は、片面を食べてから頭と骨を引きはがすようにとる。
サンマを裏返すのはマナー違反らしいから気をつけよう。

ハラワタはお好みで。
サンマの最も旨いのはハラワタだという人もいるくらいで、独特の苦みに大人の味わいがあるが、苦手な人が多いのは仕方がない。

サンマを綺麗に食べると、育ちが良いように思われる。
食べ終わったあと、頭と骨と尻尾だけ残るのが美しい食べ方だろう。
頭も骨もバリバリ食べる人もいるが、それなら皿の上に何も残らずサッパリする。
僕は出来ないけど…。

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マララさんのスピーチ

2014年10月11日 | 日常


ノーベル平和賞にパキスタンの平和活動家マララ・ユスフザイさんと、インドの人権活動家カイラシュ・サティヤルティさんが選ばれた。
日本の憲法9条が選ばれなかったのはとても残念だが、今回はマララさんたちが受賞して良かったんだと思う。

国連でのマララさんのスピーチはちょっとスゴイ。
シンプルで誰にでもわかりやすく、言いたいことを的確に伝えている。
話し方も素晴らしい。
実に力強く、話すスピード、間の取り方、強弱の付け方、目線、締め方など、完璧だ。
テレビでは、締めの「一人の子供、一人の先生、一冊の本、そして一本のペンが世界を変えられるのです」という部分ばかりがクローズアップされるが、ここで全文紹介しよう。


パン・ギムン国連事務総長、イェレミッチ総会議長、ブラウン教育問題特使、そして同胞の皆さん
今日、こうして再び発言できることを光栄に思います。
尊敬する方々と同席することは、かげがえのない体験となります。
また、亡きブットー首相のこのショールも光栄です。

何から話せばいいのか、どんな言葉を期待されているのか、私にはわかりませんが
まず、神と私の回復を祈ってくれたすべての方々に、感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。
本当に身に余る愛をいただきました。
世界中から、数えきれない暖かいカードや贈り物をいただいています。
そのすべての方々に感謝します。
子供たちの純粋な言葉に私は励まされました。
また、大人の方々の祈りが私を強くしてくれました。
私の回復を助けてくださった、パキスタンと英国の医師、看護婦、職員のみなさん、そしてUAE政府に
感謝を申し上げたいと思います。

パン・ギムン国連事務総長やブラウン教育問題特使の、世界の教育問題への取り組みを
私は全面的に支持します。
そしてイェレミッチ総会議長ほか、私たちの行動への激励をつねに与え続けてくださる、これらの方々のリーダーシップに感謝します。

同胞の皆さん、覚えておいていただきたいのですが、「マララの日」は私のための日ではありません。
今日という日は、自らの権利のため声をあげたすべての女性、すべての少年少女たちの日なのです。

また、多くの人権活動家やソーシャルワーカーが、自分たちの権利のためだけでなく、
平和、教育、平等という目的を達成するために闘っています。

何千もの人がテロリストに殺害され、何百万という人が負傷しました。
私はその一人にすぎません。
私はその多くの人たちの一人として、今ここに立っています。
私が発言するのは自分のためではなく、声をあげられない人たちの代弁者としてなのです。
彼らは、平和に暮らす権利、尊厳を持って扱われる権利、機会均等の権利、教育を受ける権利を求めているのです。

みなさん、2012年10月9日、タリバンが私の額を撃ちました。
私の友達も撃たれました。

タリバンたちは銃弾が私たちを沈黙させると思ったのです。
ですが、それは彼らの見当違いでした。
沈黙どころか、無数の声がわき上がったのです。
テロリストたちは、私が目的を変え、志を曲げるだろうと思っていたのです。
しかし変わったことといえば、弱さ、恐れ、絶望が消え、
強さと勇気が生まれたことです。

私は以前と同じマララで、志も変わりません。
希望も夢も変わりません。

私は誰とも敵対したりしません。
まして、タリバンたちに復讐するためにここに立っているのではありません。
すべての子供たちが教育を受ける権利のために、私はここにいるのです。
すべてのテロリストの子供たちに教育を受けさせてやりたいと思います。

私は、私を撃ったタリバンを憎んではいません。
たとえ、私の手に銃があり、その男が目の前に立っていても、私は撃ちません。
これはマホメット、キリスト、ブッダから学んだ慈悲の心です。
キング牧師、マンテラ、ジンナーから受け継いだ、変革という遺産なのです。
この非暴力の考え方は、ガンジー、ハチャ・カーン、マザー・テレサから学びました。
そしてこれは、両親から学んだ寛容の心でもあります。
だから私の魂が語るのです。
心おだやかに、すべての人を愛せよと。

人は闇の中にあれば、光のありがたさが身にしみます。
沈黙を強制されれば、声をあげることの大切さがわかります。
それと同じように、パキスタンの北部、スワットで銃を目にしたとき、ペンと本の大切さを認識しました。

「ペンは剣より強し」ということわざは本当です。
過激派たちはいつも本とペンを恐れています。
教育の力を恐れているのです。
そして女性たちの声を恐れています
だから、クウェッタで14人の女生徒たちや、カイバル・パクトゥンクワ州で女の先生たちを殺害したのです。
毎日学校を爆破しているのもそのためです。
彼らは、私たちが社会にもたらそうとしている、変革や平等を何よりも恐れているのです。

あるとき、記者が男の子に尋ねました。
「なぜタリバンは教育に反対するの?」と。
答えは単純でした。
男の子は本を差して言いました
「タリバンは中に何が書いてあるか知らないからさ」
タリバンの考える神はとてもちっぽけなものです。
だから学校へ行くだけで、子供たちに残酷なことをするのです。

テロリストたちは、イスラムとパシュトゥーン社会の名を、自分たちの利得のために利用しているにすぎません。
パキスタンは平和を愛する民主国家です。
パシュトゥーンは、子供たちに教育をうけさせたいと願っています。
そしてイスラムは平和と人間愛の宗教です。
イスラムは説いています、子供たちには教育を受ける権利がある、と。
むしろ義務であり責任でもある、と。

教育には平和が不可欠です。
世界の多くの地域、とくにパキスタンとアフガニスタンでは、テロ、戦争、紛争のために、子供たちは学校に通えません。
戦争にはもううんざりです。
世界中で、女性や子供が、それぞれに苦しんでいます。
インドでは、あどけない子供たちが児童労働の犠牲になっています。
ナイジェリアではたくさんの学校が破壊されました。
アフガニスタンの人々は何十年も過激派に苦しめられています。
幼い女の子たちは家庭で強制労働させられ、幼くして結婚を強制されています。
貧困、無知、不正義、人種差別、そして基本的人権の剥奪が男女を問わず直面している主な問題です。

今日は女性の権利と少女たちの教育に的を絞ります。
彼女たちが一番苦しんでいるからです。

かつて女性の活動家たちは、自分たちの権利のため、男性に立ち上がることを要請しました。
しかし、これからは、自分たちの力で立ち上がります。
男性に関わって欲しくないというわけではありません。
女性たちに闘うために自立して欲しいのです。

同胞の皆さん、今こそ声をあげるときです。
今日、世界のリーダーのみなさんに、平和と繁栄のための政策をとるよう要求します。
それらは、女性と子供の権利を守るものでなくてはなりません。
女性の権利に反するいかなる政策も受け入れられません。

全世界の政府に要求します。
すべての子供たちに無償の義務教育を保障してください。
子供たちを残虐行為や危害から守るために、テロ、暴力と闘ってください。
先進国に要求します。
途上国の女性たちの教育の拡大に援助してください。
すべての地域社会に寛容の精神を求めます。
カースト制度、信条、宗派、肌の色、宗教、性別にもとづく偏見をなくしてください。
女性たちが活躍できるよう、自由と平等を保障してください。
女性の半分が自由を奪われている現状を変えなくてはなりません。

世界中の女性たちに言いたいことがあります。
強さを内に勇気を持ち、自分の可能性に花を咲かせましょう。
同胞の皆さん、すべての子供の明るい未来のため、学校と教育が必要です。
私たちは旅を続け、平和と教育を目指します。
誰も止めることは出来ません。
権利を求めて声をあげ、その声によって変革をもたらすでしょう。
言葉の力と強さを、私たちは信じます。
私たちの言葉が全世界を変えることも出来るのです。
私たちは団結して教育を目指します。
そして、そのゴールに到達したいなら、知識という武器で武装し、団結を楯にしましょう。

同胞の皆さん、無数の人々が今、貧困、不正義、無知で苦しんでいることを忘れてはいけません。
学校を奪われている無数の子供たちを忘れてはいけません。
その人たちすべてが、明るい平和な未来を待ち焦がれているのです。
ですから、ともに教育のため貧困とテロリズムとの世界規模の闘いを展開しましょう。
本とペンを手にしましょう。
それらは最も強力な武器です。
一人の子供、一人の先生、一冊の本、そして一本のペンが世界を変えられるのです。
教育こそ、ただ一つの解決の道です。
まずもって教育です。
ありがとうございました。


いかがでしたか?
今回のノーベル平和賞で、憲法9条が選ばれなかったことをアホみたいに喜んでいる人たちがいるが、そんな人にこそ、マララさんのメッセージを噛みしめるように読んでもらいたい。
何が平和ボケなのか、何が脳内お花畑なのか、今日本が向かおうとしている方向は正しいのか、そんなことを考えさせられると思う。

マララさん 国連スピーチ 日本語字幕付き



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懐かし邦楽第3段

2014年10月04日 | 邦楽
シリーズ化するつもりはなかったが、今回で第3段となる、古い邦楽買いあさりツアー。
第1段はこちら
第2段はこちら

で、今回は、今までのように一度にガバッと買うのではなく、1年の間にブックオフ(店舗やオンライン)、アマゾンなどからボチボチ買ってきた。
もちろんレンタル店にあるものは買わずに借りるのだが、今回紹介するのはいつものように買ったもの。
やっぱり古い邦楽はいいねぇ、オッサンだし。

ゴダイゴ「西遊記」



僕が初めて買ってもらったレコードは、ゴダイゴの「モンキーマジック」だった。
当時、ゴダイゴは飛ぶ鳥を落とす勢いで、「ザ・ベストテン」の上位常連だったと思う。
英語の歌詞、日米混合のメンバー、そういった新しさと、ポップでファンキーなロックサウンドに心を鷲づかみにされたのだ。
僕は母に「どうせ買うならLP西遊記が欲しい」とねだったのだが、そのワガママはきいてもらえず、今回36年の時を経て、あのとき欲しかった「西遊記」を手に入れた。

全曲英詩で、ヒット曲「ガンダーラ」もこちらは英詩だ。
なにより嬉しかったのは、「モンキーマジック」のB面曲「ア・フール」が入ってたこと。
ポップで、ちょっとおどけた曲なのだが、僕は大好きだった。
残念ながらyoutubeに上がっていないので、みなさんに聴かせることが出来ない。

Monkey Magic - Godiego



甲斐バンド「虜-TORIKO」



中学生のとき、甲斐バンドファンのグループがいて、なぜかビートルズファンの僕を敵視していた。
ある日のこと。
「ついに甲斐バンドが真に最高の音楽であることが証明された」とかいって、これを聴けとばかりにLPを持ってきた。
それがこの「虜-TORIKO」だった。
1曲目の「ブルーレター」でいきなりKOされた。
大人っぽい歌詞(今聴くとちょっと恥ずかしいけど)、甲斐のハスキーなボーカル、洗練されたアレンジ、これは素晴らしいと思った。
他にも「観覧車82」や「ブライトン・ロック」など、いい曲が詰まっていた。

翌日、僕は甲斐バンドファンの連中に、とても気に入ったと伝えると、彼らは満面の笑顔で「他にもいい曲いっぱいあるから、いつでもレコード貸すよ」と言ってくれた。

こちらの音源は「虜‐TORIKO」ツアーの武道館ライブで、FMで放送されたもの。
僕はこれをテープに録音して毎日聴いていた。

1982.12.01_02 甲斐バンド 日本武道館 NHKFMライブスペシャル



チューリップ「2222年ピクニック」



オフコースやチューリップが好きな友人宅に、よく寄り道をしていた。
そいつはオーディオマニアでもあり、いつもこだわりの音質で音楽を楽しんでいて、たまに大音量を出しすぎてそこの親に叱られたりもした。
その日、聴いていたのはチューリップの1000回目のライブを記念したアルバムで、僕はとても気に入った。
もちろん、カセットテープに録音してもらった。
何度も聴いていると、それらの曲のスタジオバージョンも聴きたくなる。
当時の最新アルバムが「2222年ピクニック」で、ライブに入っていた表題曲や、お気に入りだった「ボリューム10」や「生まれる星」もあったので、これを録音してもらった。
その後チューリップはたくさんアルバムを聴いたが、スタジオ作では最初に聴いたこれが一番好きだ。

2222年ピクニック/チューリップ



SHOW-YA「ニュー・ベスト・ナウ」



ガールズロックバンドのSHOW-YAだが、思い入れの強い曲が2つあって、それが両方収録されてるアルバムはこれだけだと思う。
1つは「しどけなくエモーション」という曲。
当時、「ミュージック・トマト・ジャパン」という邦楽ロックのPVを流す番組があり、そこでよく流れていた。
僕はこの曲が大好きだったのだが、ある日、どこかのアマバンがこの曲をやっていて、それも素晴らしかった。
キーボードのポップなリフが秀逸で、寺田恵子の声量あふれるボーカルが胸をゾクゾクさせる。
もう1曲は「フェアリー」という曲。
これは僕がバンドでやってた曲で、とてもカッコいいヘヴィ・メタル・ナンバーだ。
僕らの演奏はヘタッピだったけど。

Show Ya しどけなくエモーション Live 1985



レッド・ウォーリアーズ「KING’S」



レッド・ウォーリアーズの3枚目で、本当は1枚目も2枚目も欲しかったのだが、アマゾンの中古は1枚づつ別々に送料がかかるので、とりあえずこれだけにした。
4枚目と2枚組ベストはすでに持っていて、再結成後は聴いていない。
リーダーの小暮シャケは、ロックンロール路線はこのアルバムで完結したと考えていたようで、以降サイケ路線に突き進む。
しかしそれは裏目に出て、バンドは解散、それ以降の活動も低迷したようだ。
このアルバム、さすがに捨て曲なしで、1曲目「キングス・ロックンロール」はいかにも彼ららしいミディアムナンバーだ。
このころは、ダイヤモンド・ユカイもしっかりロックンローラーしている。

King's Rock'n Roll - RED WARRIORS



ザ・モッズ「ビート・オデッセイ」



モッズの80年代のベストアルバムで、僕はLPで持っていた。
僕のイメージでは、クラッシュ直系のパンクバンドで、親しみやすいメロディが特徴だと思うが、80年代後半以降は聴いていない。
初期のガレージロックっぽさ、というか荒々しさみたいなのがなくなり、洗練されてしまった気がするからだ。
認識が間違ってたらゴメン。
デビュー当時の曲では「崩れ落ちる前に」という曲が一番好きかもしれない。
バンドでやったことはないが、弾き語りでなら歌ったことがある。
40代の人には受けがいい。

THE MODS - 崩れ落ちる前に



サザン・オールスターズ「綺麗」



隠れサザンファンという友人が「聴けば聴くほど良い」と言ってた、1985年くらいに発売されたアルバム。
僕はそれまでサザンはシングル曲しか知らなかったが、これを聴いて「たしかにサザンは良い」と思った。
ファンの間では地味なアルバムとして、そんなに人気はないようだが、何度も聴くとジワジワくるものがあると思う。
いちおう代表曲は「マチルダ・ベイビー」と「そんなヒロシに騙されて」だろう。
この次のアルバム「人気者でいこう」も好きなので、いずれまた買うか借りるかしたい。
残念ながらサザンはユーチューブにない。


ドリームズ・カム・トゥルー「LOVE GOES ON・・・」



ドリカムがデビューしたときは、これはスゴイ人たちが出てきたと思った。
楽曲の出来、歌唱力、どれもポップミュージックとして完成度に舌を巻いた。
ただいつの頃からかわからないが、興味がなくなり聴かなくなった。
昨年だったか、一番最近のアルバムをレンタルして聴いたが、あまり好みではなかった。
で、このアルバム。
捨て曲なしで、とくに「うれしはずかし朝帰り」、「MEDEICINE」、「未来予想図2」が好きだ。

うれしはずかし朝帰り / DREAMS COME TRUE

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