5月の連休前のことだが、古い友人が夫婦で海外旅行に行ったときの話をしていた。
イタリアやフランスに行ったらしいが、そこで夫婦間での価値観の違いでぶつかったことがあったという。
友人(夫)は「旅行はのんびり過ごしたい」派で、奥さんは「アクティブに行動したい」派だったらしい。
せっかく海外に来たのだから、あらゆる名所旧跡を訪ねたり、美味しいものを食べたい、と朝から行動したがる妻に対し、旅行のときくらいゆっくりさせてくれよ、という夫。
どちらも一理あるが、僕ならアクティブに行動したい派だ。
最近は泊まりで旅行に行くことはほとんどないが、以前は2泊や3泊、それ以上の計画で鹿児島から北海道まで、北陸は石川、近畿は和歌山、四国は高知まで行き、どの旅行も朝から晩まで行動していた。
それでも、後から「あそこも行きたかった」とか「こんなところもあったのか」と行きたりないところだらけだ。
軽井沢のような避暑地に行ったときは、さすがにのんびり過ごそうとした。
2回行ってるのだが、1回目はセカセカと行動したので、2回目に行ったときは新緑の中を散歩したり、カフェでコーヒーを飲んだり、あるいはベンチに座って読書したりした。
「ああ、こういうゆっくり時を過ごす旅行も悪くないな」と思ったものの、他の旅行ではいつもどおり行動派でスケジュールを詰め込んでしまう。
のんびりしたいのなら家ですればいい、と思っている。
ここ数年、休日は基本的に家にいて、のんびり過ごすことを楽しんでいる。
少し滑稽なことかもしれないが、のんびり過ごすために休日でも朝はいつも通りの時間(6時前)におきている。
掃除をしたり庭の草むしりをしたり、あるいは料理を作ったりなど、生活臭のあることをするほうが、より家にいる時間が楽しめる気がするのは不思議だ。
旅行は非日常として楽しむか、あるいは日常の延長として楽しむか、で大きく異なってくる。
普段の生活環境が、都会か田舎かでも感覚は替わるだろう。
田舎暮らしの僕は、やはり旅行では非日常を味わいたいと思うのだった。
イタリアやフランスに行ったらしいが、そこで夫婦間での価値観の違いでぶつかったことがあったという。
友人(夫)は「旅行はのんびり過ごしたい」派で、奥さんは「アクティブに行動したい」派だったらしい。
せっかく海外に来たのだから、あらゆる名所旧跡を訪ねたり、美味しいものを食べたい、と朝から行動したがる妻に対し、旅行のときくらいゆっくりさせてくれよ、という夫。
どちらも一理あるが、僕ならアクティブに行動したい派だ。
最近は泊まりで旅行に行くことはほとんどないが、以前は2泊や3泊、それ以上の計画で鹿児島から北海道まで、北陸は石川、近畿は和歌山、四国は高知まで行き、どの旅行も朝から晩まで行動していた。
それでも、後から「あそこも行きたかった」とか「こんなところもあったのか」と行きたりないところだらけだ。
軽井沢のような避暑地に行ったときは、さすがにのんびり過ごそうとした。
2回行ってるのだが、1回目はセカセカと行動したので、2回目に行ったときは新緑の中を散歩したり、カフェでコーヒーを飲んだり、あるいはベンチに座って読書したりした。
「ああ、こういうゆっくり時を過ごす旅行も悪くないな」と思ったものの、他の旅行ではいつもどおり行動派でスケジュールを詰め込んでしまう。
のんびりしたいのなら家ですればいい、と思っている。
ここ数年、休日は基本的に家にいて、のんびり過ごすことを楽しんでいる。
少し滑稽なことかもしれないが、のんびり過ごすために休日でも朝はいつも通りの時間(6時前)におきている。
掃除をしたり庭の草むしりをしたり、あるいは料理を作ったりなど、生活臭のあることをするほうが、より家にいる時間が楽しめる気がするのは不思議だ。
旅行は非日常として楽しむか、あるいは日常の延長として楽しむか、で大きく異なってくる。
普段の生活環境が、都会か田舎かでも感覚は替わるだろう。
田舎暮らしの僕は、やはり旅行では非日常を味わいたいと思うのだった。