少し前のNHK歴史ヒストリアで、蒙古襲来をやっていた。
今まで常識だと思ってたこと、実は違うんですよ、という内容。
鎌倉時代、モンゴル帝国の大軍が九州を襲いました、日本軍は苦戦したけど暴風雨がやってきて敵は全滅しました、その何年後かにもモンゴル軍はやってきたけど、またしても暴風雨がやってきて助かりました、みたいな話は実はちょっと違うということ。
何が違うのかというと、日本軍は実はかなり強くてモンゴル軍と互角に戦っていたこと、モンゴル軍は兵站が尽きたのと、想像以上に日本が手強いため退却したところ、暴風雨にあい多くの軍船が沈没したとのこと。
それと、2回目のときは1回目の5倍くらいの大兵力で、二手に分かれて攻撃をしてくるのだが、まず第一陣が襲い掛かったとき、日本軍もさらにパワーアップしていて一旦退却している。
第二陣は予定より大幅に遅れてやってくるのだが、ここでも日本軍の激しい抵抗に遭い上陸は出来ない。
ようやく第一陣と合流したところ、台風に襲われて壊滅的な被害を被ったという。
結果として暴風雨に助けられてはいるけれど、それは決して偶然でも奇跡でも神風でもなく、その時期に3ヶ月もの間海に停泊してたら、台風に襲われるのは当たり前のことらしい。
面白いのは、その事実は最近になって解明されたのではなく、最初からわかってたらしいことだ。
元寇というのは、鎌倉時代というより、日本史においてものすごい大事件であり、当時から多くの記録が残され、日本軍は自力で奮戦し、最後の仕上げにおいて天候が味方した、という事実が事実のまま伝えられていた。
それが昭和になり、日本とアメリカが戦争になったとき、日本は神の国ということを強調するため、史実を変えられたという。
いざというとき、日本は神の国だから、再び元寇のときのように神風が吹くのだ、と。
僕の感想としては、神風のような奇跡に頼るより、昔の日本軍は強かったんだぞ、といった方がカッコいいやんということ。
中国やロシアやアラブやヨーロッパまで攻め落とした大モンゴル帝国に勝った鎌倉武士って、どんだけ最強やねん!みたいな方が絶対いい。
ちなみに、元寇のときにモンゴル軍が使ったとされる「てつはう」だけど、これは丸い陶器に火薬と鉄片や小石を詰めたもので、最初期の手榴弾といえるもの。
その大きさ、重さから、人力で投げるのは少々困難で、ドラマや映画などでは船から投石機によって投げ出されている。
構造上、方向性はなく、爆発するとそこを中心に四方八方に鉄片や石が飛び散るはずだ。
だけど、有名な「蒙古襲来絵詞」の絵では、モンゴル軍の弓兵のすぐ前でてつはうが爆発している。
これでは、右側の騎馬武者より先にモンゴル兵が死ぬんじゃないだろうか。
と思ったら、実はこの絵にも仕掛けがあって、本当は日本軍の攻撃により退散している様子が描かれてて、後世になってから弓兵3人が付け加えられたという。
よく見ると、弓兵3人だけ絵のタッチや濃さが違う。
そして、左側では首や背中に矢が刺さって退却するモンゴル兵が描かれている。
いつ書き足されたのか知らないけど、そのままの方が日本軍の強さが表現されててよかったのにと思う。
まぁこの辺は、こんなスゴイ敵と戦って勝利したオレ最強、みたいなものか。
元寇って、今ならCGを駆使してものすごいスケールの戦争映画が作れると思う。
日本とモンゴル、あるいは中国との共作だと、一大スペクタクル映画になるだろう。
今まで常識だと思ってたこと、実は違うんですよ、という内容。
鎌倉時代、モンゴル帝国の大軍が九州を襲いました、日本軍は苦戦したけど暴風雨がやってきて敵は全滅しました、その何年後かにもモンゴル軍はやってきたけど、またしても暴風雨がやってきて助かりました、みたいな話は実はちょっと違うということ。
何が違うのかというと、日本軍は実はかなり強くてモンゴル軍と互角に戦っていたこと、モンゴル軍は兵站が尽きたのと、想像以上に日本が手強いため退却したところ、暴風雨にあい多くの軍船が沈没したとのこと。
それと、2回目のときは1回目の5倍くらいの大兵力で、二手に分かれて攻撃をしてくるのだが、まず第一陣が襲い掛かったとき、日本軍もさらにパワーアップしていて一旦退却している。
第二陣は予定より大幅に遅れてやってくるのだが、ここでも日本軍の激しい抵抗に遭い上陸は出来ない。
ようやく第一陣と合流したところ、台風に襲われて壊滅的な被害を被ったという。
結果として暴風雨に助けられてはいるけれど、それは決して偶然でも奇跡でも神風でもなく、その時期に3ヶ月もの間海に停泊してたら、台風に襲われるのは当たり前のことらしい。
面白いのは、その事実は最近になって解明されたのではなく、最初からわかってたらしいことだ。
元寇というのは、鎌倉時代というより、日本史においてものすごい大事件であり、当時から多くの記録が残され、日本軍は自力で奮戦し、最後の仕上げにおいて天候が味方した、という事実が事実のまま伝えられていた。
それが昭和になり、日本とアメリカが戦争になったとき、日本は神の国ということを強調するため、史実を変えられたという。
いざというとき、日本は神の国だから、再び元寇のときのように神風が吹くのだ、と。
僕の感想としては、神風のような奇跡に頼るより、昔の日本軍は強かったんだぞ、といった方がカッコいいやんということ。
中国やロシアやアラブやヨーロッパまで攻め落とした大モンゴル帝国に勝った鎌倉武士って、どんだけ最強やねん!みたいな方が絶対いい。
ちなみに、元寇のときにモンゴル軍が使ったとされる「てつはう」だけど、これは丸い陶器に火薬と鉄片や小石を詰めたもので、最初期の手榴弾といえるもの。
その大きさ、重さから、人力で投げるのは少々困難で、ドラマや映画などでは船から投石機によって投げ出されている。
構造上、方向性はなく、爆発するとそこを中心に四方八方に鉄片や石が飛び散るはずだ。
だけど、有名な「蒙古襲来絵詞」の絵では、モンゴル軍の弓兵のすぐ前でてつはうが爆発している。
これでは、右側の騎馬武者より先にモンゴル兵が死ぬんじゃないだろうか。
と思ったら、実はこの絵にも仕掛けがあって、本当は日本軍の攻撃により退散している様子が描かれてて、後世になってから弓兵3人が付け加えられたという。
よく見ると、弓兵3人だけ絵のタッチや濃さが違う。
そして、左側では首や背中に矢が刺さって退却するモンゴル兵が描かれている。
いつ書き足されたのか知らないけど、そのままの方が日本軍の強さが表現されててよかったのにと思う。
まぁこの辺は、こんなスゴイ敵と戦って勝利したオレ最強、みたいなものか。
元寇って、今ならCGを駆使してものすごいスケールの戦争映画が作れると思う。
日本とモンゴル、あるいは中国との共作だと、一大スペクタクル映画になるだろう。
僕は高校生のころ日本史を選択していて、
実際日本史は好きだったのですが、この話は全く
知りませんでした。
確かに、あの絵を初めて見たときにも、
元側の左と真ん中の3人が戦闘意欲がなんか違うなぁ、とは思ってましたが、
まさか書き換えていたとは。。それも太平洋戦争時代に。。
いつ書き換えられたかはわかりませんが、日本が劣勢になってきたころだとすると、鎌倉時代の神信仰を強調したいほど、日本は追い詰められていたんですかね。。
ヒストリアの再放送が20日にあるようなので、見てみます!
歴史秘話ヒストリアは、中途半端な時間帯になってからあまり見てなかったのですが、先月くらいからたまに見てます。
それでたまたま見たのが元寇だったのですが面白かったです。
戦闘シーンの絵の3人ですが、これは番組で言ってたのではなく、自分で調べたものです。
なんにしても、わざわざ歴史修正する必要はなかったですね。
このときのヒストリアでは元寇のほかペリー来航もやっていて、今まではアメリカの強気の外交にビビって日本に不利な契約をしたとされてましたが、本当はそうじゃなかったと、日本もかなり強気の外交したいたことが紹介されてました。