ガルフカラーのレースカーが好きで、ミニカーも何台か集めました。
このブログにも何度か登場させましたが、今回は新たに購入したマクラーレンF1-GTRです。
ルマン関係のミニカーを集め始める前は、F1-GTRには正直言ってあまり関心はありませんでした。
私の収集対象のメインはいわゆるプロトタイプのレーシング・カーでしたので、GTカーのF1-GTRには注目しなかったのです。
F1-GTRがル・マンを走ったのは1995年から1998年までの4年間、優勝は1995年の1回きりです。
市販車を想定して作られたGTカーですから耐久性には自信があり、度重なるレギュレーションの変更やメーカーのワークス・チームの活動が一段落した間隙を突いた登場で、あっという間にル・マンの花形となりました。
ガルフカラーのマクラーレンF1-GTRは1995年に登場し総合4位、1996年は総合5位と9位、そして1997年には総合2位の表彰台を獲得しましたが、結局優勝を飾るまでには至りませんでした。
写真のF1-GTRは1995年のル・マンで総合4位に入った24号車で、マーク・ブランデル、レイ・ベルム、マウリシオ・サンドロ・サラのドライブで予選11位、決勝レースでは優勝したF1-GTR(日本人ドライバーの関谷正徳さんが運転)に遅れること7周でフィニッシュしました。
ダークブルーの車体は美しく、自分の持っている10台(いつの間に!)のF1-GTRの中でも一番好きなカラーかな、と思います。
下の写真は翌1996年のガルフカラーのF1-GTRと並べて撮ったものですがいかがでしょうか?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/da/7f1fb0c056830af19f181e32e7b86e16.jpg)
※モデルはいずれもhpi-Racing、1/43スケール。
このブログにも何度か登場させましたが、今回は新たに購入したマクラーレンF1-GTRです。
ルマン関係のミニカーを集め始める前は、F1-GTRには正直言ってあまり関心はありませんでした。
私の収集対象のメインはいわゆるプロトタイプのレーシング・カーでしたので、GTカーのF1-GTRには注目しなかったのです。
F1-GTRがル・マンを走ったのは1995年から1998年までの4年間、優勝は1995年の1回きりです。
市販車を想定して作られたGTカーですから耐久性には自信があり、度重なるレギュレーションの変更やメーカーのワークス・チームの活動が一段落した間隙を突いた登場で、あっという間にル・マンの花形となりました。
ガルフカラーのマクラーレンF1-GTRは1995年に登場し総合4位、1996年は総合5位と9位、そして1997年には総合2位の表彰台を獲得しましたが、結局優勝を飾るまでには至りませんでした。
写真のF1-GTRは1995年のル・マンで総合4位に入った24号車で、マーク・ブランデル、レイ・ベルム、マウリシオ・サンドロ・サラのドライブで予選11位、決勝レースでは優勝したF1-GTR(日本人ドライバーの関谷正徳さんが運転)に遅れること7周でフィニッシュしました。
ダークブルーの車体は美しく、自分の持っている10台(いつの間に!)のF1-GTRの中でも一番好きなカラーかな、と思います。
下の写真は翌1996年のガルフカラーのF1-GTRと並べて撮ったものですがいかがでしょうか?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/da/7f1fb0c056830af19f181e32e7b86e16.jpg)
※モデルはいずれもhpi-Racing、1/43スケール。