夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

八重山諸島きまぐれ周遊記《4》 第3章 白保(しらほ)の浜辺は静寂 

2013-02-17 19:55:54 | 
     第3章 白保(しらほ)の浜辺は静寂 

私たち夫婦は、10数キロの及ぶサンゴ礁のリーフとして名高い『白保(しらほ)』の最寄で、
バスから下車した。

私たちはバスも走る道路から、民宿や民家が立ち並ぶ小路を歩き、200メートルぐらい行くと、
浜辺が観られ、薄日が差す中、人影のない浜辺、前方の波打ち際、打ち寄せる水色の波、
彼方は蒼い海となり、大きく展望の光景となっていた。

もとより白保の海は、北半球の最大のサンゴ礁と知られ、
各民宿が運営している《サンゴめぐり》ボートなどがあると聞いたりしていたので、
人気(ひとけ)のある民宿を私たちは訪ねたが、春の3月頃から行われる、と教えられたりした。

やむなく私たちは浜辺に戻り、家内は波打ち際で貝、魚を探したりしていたが、
私は浜辺に腰を下ろして、海辺を眺めたりした。

そして春から夏、そして秋の頃まで賑わうと思われる浜辺、
或いは《サンゴめぐり》ボートなどの情景を思い重ねたりしていると、

ひとつの歌を心の中で唄いだした・・。

♪あした浜辺を さまよえば
 昔のことぞ 忍(しの)ばるる
 風の音よ 雲のさまよ
 寄する波も 貝の色も
【『浜辺の歌』作詞・林古渓、作曲・成田為三】

やがて私たちは白保の浜辺に別れを告げて、民宿や民家が立ち並ぶ小路を歩き、
バスも走る道路に面した食事処で遅い昼食とした後、石垣市の市内に向かうバスに乗り込んだ。

                                       《つづく》
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八重山諸島きまぐれ周遊記《3》 第2章 玉取崎の展望台も風雨の中 

2013-02-17 16:50:25 | 
     第2章 玉取崎の展望台も風雨の中

2月9日(土)
石垣島の地勢の中で、人形で表現するならば首のような所に、
『玉取崎(たまとりざき)展望台』があり、この展望台からは、
サンゴ礁がこの岬一帯に取り囲むように海上の100メートルぐらいサンゴ礁の城壁があり、
遥か沖合から白波が打ち寄せるのが一望できる、と称せられて美景のひとつとして知られている。

どんよりとした曇り空の中、私たちはバスターミナルから路線バスに乗り、

この『玉取崎展望台』の最寄バス停をめざして、一時間ばかり乗車した。
そして車中で、地元にお住まいの70代のご婦人、そして50代の男性と談笑した。
談笑は確かにしたが、生活感のある話が主体で、沖縄県の本土復帰から翻弄されてきた石垣島の社会実態であり、
さりげなく話題になる内容は近代史の歴史でもあり、私は教えられることが多かった。

こうしたことは私は旅をする時、なるべく地元のご利用される公共交通機関こそが、
その街の実態を学ぶことが多かった。

やがて玉取崎のバス停で私たち夫婦は下車し、小高い丘に展望台の東屋が観え、
               
小雨降る中、ゆっくりと遊歩道の路を登った。

確かには展望台は見晴らしが良いが、雨は本降りとなり、風はまともに受け、


傘を差しても私の衣服も濡れ、肝要の美景も霞(かす)んでしまい困惑したりした。


こうした中で、一時間ばかり佇(たたず)んでいる中、


麓(ふもと)の駐車場に観光バスが停まり、30数名の団体客が展望台の東屋に来たり、
観光タクシーのドライバーに導かれた方が見えたりした。


そしてお互いに、あいにくと雨と風ですねぇ、と言葉をまじえながら苦笑したりした。


やがて私たちも『玉取崎展望台』を退散して、玉取崎のバス停でバスを待ちわびて、
そして路線バスに乗り、市内に向っている間に、雨は止め、薄日が射し込んできた。

私たち夫婦は、10数キロの及ぶサンゴ礁のリーフとして名高い『白保(しらほ)』の最寄で、
バスから下車した。
                                       《つづく》

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八重山諸島きまぐれ周遊記《2》 第1章 川平湾は風雨の中 

2013-02-17 15:04:40 | 
     第1章 川平湾は風雨の中 

2月7日(木)
曇り空の中、羽田空港から午後1時15分過ぎに予定通り飛びだった航空機は、
私は苦手な機内で本を読んだりして、那覇空港に無事に午後4時10分過ぎに着陸した後、
愛煙家の私は喫煙室でやすらぎのひとときを過ごした。

そして安堵した私は、那覇空港から午後4時40分過ぎに離陸した航空機で、
石垣空港に午後5時40分着陸をめざした機内では、
南国に旅に来た実感があるよねぇ、と客室乗務員の若き女性の半袖のブラウス姿を見ながら、
隣席の家内に微笑みながら、話したりした。

そして石垣空港からタクシーで滞在する市内の『ホテルグランビュー 石垣』に向う途中、
ドライバーの方から、この時節は朝夕は20度前後、昼過ぎは25度前後、
と学び、私たちの住む地域より15度前後は暖かいねぇ、と私は話したりした。

チェックイン後、私たち夫婦は指定された6階の一室に入り、宅配便で到着した旅行スーツケースを確認し、
やがて私は部屋の洋バスは苦手であるので、大浴場で安楽のひとときを過ごした。

まもなく一階のレストランで夕食をしながら、
明日から予定通り、路線バスで石垣島の島内めぐりをしょう、と話し合ったりした。

2月8日(金)
ときおり小雨が降るので、『石垣島 鍾乳洞』を訪ねよう、
とホテルのフロントの一角にある観光専門スタッフに道順を確認したら、
               
『石垣島 鍾乳鍾乳洞』のスタッフが、わざわざ歓送迎車を出迎えて頂き、
私たち夫婦は恐縮した。
               
私は鍾乳洞も興味がなかったが、家内は関心があり、洞内めぐりをした。
私は暗い洞内で、私のコンパクト・カメラでどの程度撮れるかしら、
と思いながら、たわむれに撮ったりした。
        
この後、鍾乳洞のスタッフの歓送迎車で、島内の路線バスの基点であるバス・ターミナルに送って頂き、
家内は下車する時、程ほどの謝礼品を手渡したりした。

今回の島内めぐりは、原則として『路線バス 5日間フリーパス 2000円』を利用しょうとした。
私の場合は、定年後まもなくして自動車免許証を更新取り止めたので、もとよりレンタルカー不可能で、
年金生活の私としては観光タクシーは贅沢であるし、今後の旅路に利用することにしたのである。

島内で一番人気の白い砂浜とエメラルドの色彩の海の『川平湾(かぴらわん)』の最寄バス停留所で下車した後、
松林の中の歩道を歩き、枝越しに川平湾を観たりしながら、展望台に向った。

確かには展望台は見晴らしが良いが、雨は本降りとなり、風はまともに受け、
傘を差しても私の衣服も濡れ、肝要の美景も霞(かす)んでしまい困惑したりした。
18年ぶりに訪れたのに・・風か雨か・・どちらかにしてほしいよねぇ、
と私は家内にボヤきながら、デジカメで撮ったりした。
               
その後、やむやく近くの食事処で遅い昼食とした。

そして風雨の中、川平湾を退散して、路線バスを利用して、ホテルに帰館した。
               
                                       《つづく》

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八重山諸島きまぐれ周遊記【2013.2.7.~2.16.】《1》序章 ひさかたに再訪 

2013-02-17 11:33:00 | 
私は東京郊外の調布市に住む年金生活の高齢者の68歳の身であり、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我家は家内とたった2人だけの家庭であり、
そして雑木の多い小庭に築後35年の古ぼけた一軒屋に住んでいる。

こうした中で、私たち夫婦は国内旅行が共通の趣味のひとつであり、
特に雪の舞い降る情景に魅せられて、この時節になると、雪恋し、心情となり、
過ぎし1月20日より北海道の帯広市の郊外にある十勝幕別温泉の中のひとつのリゾートホテルに、
5泊6日で滞在し、周辺を周遊してきた。

そして朝夕はマイナス15度前後、昼下がりはマイナス5度前後の多い中、
私たち夫婦は積雪ある帯広市の周辺をひたすら歩き、
ときには雪舞い降る中を童心のように歓声を上げながら、散策した。

この旅路の帰路、日本列島の南海も久々に観て見たいわ、
と家内は私に言ったりした。


過ぎし2010年に私たち夫婦は、未知の小笠原諸島の『父島』に訪ね、
家内が海上で遊泳している鯨(クジラ)を観てみたいわ、と私に言ったことが起因で、
2月24日から3月7日まで船中泊往復路2泊、『父島』のリゾートホテル滞在9泊したが、
これ以降も私たちは何かと東北、北海道地方の旅路を重ねてきた・・。

このような意味合いもあり、久々に南海の海の旅路を思案したりしてきた。
               
たまたま旅行通販会社の大手のクラブツーリズムに於いて、
フリープランのひとつとして、石垣島フリープラン5・10・14日間が掲載されて、
《 離島桟橋まで徒歩3分の大浴場付きホテルに連泊 》と見出しがあり、
私たち夫婦は、石垣島の島内をゆっくり周遊するのも良いかしら、と思い申し込んだりした。
http://www.granview.co.jp/ishigaki/
☆《ホテルグランビュー 石垣》公式サイト☆

私の定年退職する2004〈平成16〉年の秋の以前の現役のサラリーマン時代は、
数多くの人たちと同様に多忙で、たとえ旅行でも日程に制約があり、
せめて時間の許される年金生活の中、程ほどの旅費で旅行ができるので、
2月7日より9泊10日で滞在旅行となった。


私たち夫婦は南海の旅路に関して、私が50代に初めに沖縄諸島の旅路をした・・。
私の勤めていた会社が勤続25年になると、有給休暇5日間を頂ける制度があり、
私たち夫婦はJALの関係の旅行会社ジャル・ストリーズを利用して、
八重山諸島の石垣島の『ホテル日航 八重山』に連泊した後、その後は沖縄本島の恩納村の『ホテル日航 サンマリーナ』、
そして首里の『ホテル日航 首里』に宿泊して、4泊5日の観光周遊旅行をした。

いずれもジャル・ストリーズの企画した宿泊したホテルから次の宿泊するホテルの間に、
それぞれの名所など周遊できる専用バスのコースがあり、利便性のあるプランを利用した。

この時に石垣島に連泊した時、石垣島の島内を周遊したり、
西表島に船で訪れて、仲間川のマングロープの中を小舟で遡ったり、その後はカンビレーの滝まで散策したりした。
その後は隣接した由布島、そして竹富島などの八重山諸島を周遊したりしたが、
カメラを持参していなかったので、心の片隅に残っているだけである。

これ以降は、沖縄の本島に2007〈平成19〉年10月29日から8泊9日間で、
私たち夫婦が高齢者の家内の母の要望と体調を配慮して、私たち3人は沖縄本島の一部を訪れただけである。


今回の旅路は、八重山諸島の中核の石垣島の島内をゆっくり周遊し、
新城島(あらぐすじま)の島内散策と白い浜、
そして西表島(いりおもてじま)の北方のバラスと称されるサンゴの欠片だけで出来た白い島、
これくらいしか決めておらず、きまぐれに観光めぐりをしょうとした。


もとより旅先に於いては、天候、観光オプション・ツアー施行、中止などに大いに左右されるので、
果たしてどのような旅路になり、私がどのような思いで旅をしたのか、写真も添付しながら、連載する。
                                       《つづく》

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