夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

行事食「夏越ごはん」、恥ずかしながら高齢者の私は初めて真摯に学び、やがて微笑みを重ねて・・。

2018-06-15 11:56:56 | ささやかな古稀からの思い

先ほど、ネットでニュースを見ようと、バソコンを立ち上げて、私は【YAHOO! JAPAN】を設定しているので、
トップ画面には、トピックスのニュースが表示されている。

こうした中に、『  行事食「夏越ごはん」拡大 』と見出しがあり、
どういうことなのょ・・と私は好奇心に負けて記事をクリックしてしまった。

そして『「夏越ごはん」で米消費拡大 雑穀と野菜 新たな行事食  提供店が倍増 』と明題された記事と知り、
初めて知る『日本農業新聞』が2018年6月15日に配信されていた。

私は恥ずかしながら何かと無知なことが多く、この記事の下段に、
「夏越ごはん」の行事食について、解説文があり、こっそりと私は学んだりした。

《・・一年の後半を新たな気持ちで
           スタートするときに食べる行事食

一年の前半の最終日にあたる六月の晦日(みそか)に行われる大祓の神事「夏越の祓(なごしのはらえ)」は、
神社の鳥居の下や
拝殿前などに茅(ちがや)や藁で作った大きな輪を設け、
「茅の輪(ちのわ)くぐり」を行って、一年の前半の罪や穢れを祓い、残りの半年間の無病息災を祈ります。

夏越ごはんで、暑い夏を乗り切る体力をつくり、一年の後半を
新たな気持ちでスタートしよう。・・》

このようにやさしく解説されていたが、齢ばかり重ねた私は、初めて学び、
知らなかったよなぁ・・、と赤面してしまった。

            

この後、今回配信された『「夏越ごはん」で米消費拡大 雑穀と野菜 新たな行事食  提供店が倍増』の記事を
読んで遅ればせながら学ぼうとして、精読し、無断ながら転載させて頂く。

《・・夏の新たな行事食「夏越(なごし)ごはん」を扱うスーパーや飲食店が広がっている。

雑穀と夏野菜を使ったご飯で、季節感が出せるメニューとして、
今年は全国1400店舗が採用。前年から倍増した。
提唱する米穀機構は、今年からレシピ動画で作り方を紹介し、家庭での米の消費拡大も狙う。

夏越ごはんは、1年の折り返しとなる6月30日の「夏越の祓(はらえ)」の神事になぞらえた行事食。
神事に使う茅(ちがや)の輪をイメージした、
丸い夏野菜のかき揚げを雑穀ご飯に載せて、たれをかけたメニューだ。

米穀機構が、米の消費拡大策として普及に取り組み、今年で4年目となる。

イオンリテールは本州、四国のイオン400店舗で27日から7月1日まで、
きびやあわなど雑穀を使った夏越ごはん(321円)、かき揚げ(138円)など3品を販売する。
「季節性が出しやすい。夏の食文化の提案にもなる」(同社)という。

            

                                       きびやあわの雑穀ごはんに夏野菜を使った夏越ごはん(イオンリテール提供)


首都圏に展開するマルエツ、東急ストアなども販売する。


外食では、プレナスが19日から7月3日まで、定食チェーン「やよい軒」の全国350店舗で、
十六穀米にオクラとニンジンのかき揚げを載せた夏越ごはんと豚しゃぶの定食(790円)を提供する。
当初、東京都内の店舗で始めたが、全国販売に踏み切った。


同社は「季節感が出せる上、ご飯を食べて夏を乗り切る取り組みの趣旨にも賛同する」と話す。

米穀機構は、専用ウェブサイトでレシピ動画を公開し、家庭での消費拡大も目指す。
「特別な食材がなくても、雑穀と夏野菜で、手軽に取り組める」という。

30日には東京都の赤坂氷川神社で、夏越ごはんを無料で提供し、都内の神社78社で雑穀米とレシピを配布する予定。・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
            

私は東京の調布市に住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭である。

そして雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、
私たち夫婦はお互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごして、早や14年目となっている。

こうした中で、食事に関しては、ここ3年は殆ど変わらず美味しく頂いている。

            

私は幼年期に農家の児として育ったので、齢ばかり重ねた今でも、

朝食は、ご飯と汁、おかずと香の物で成り立っていた庶民の一汁三菜(いちじゅうさんさい)の真似事をしている。

私の朝食の原則として、前菜を必ず頂いている。

タマネギをスライスし、生ワカメとあえて、そしてミッカンぽん酢とお醤油をかけて、
大きな皿に盛大に食べたりしている。

やがて十六穀米の入った白米のご飯を半合ばかり盛ったお茶碗、インスタントのワカメの味噌汁、

納豆、コブの佃煮、シラス干し、福神漬けを必須として、
これ以外はカブの醤油漬け、カブの葉の塩漬け、焼きノリなどを
加える時もある。
そしてシャケの瓶づめ、或いはサバ缶のミソ煮で頂くことが多い。

家内は時折つきあうが、大半は食パンにジャム、オレンジ・ママレード、或いはブルーベリーを塗り、

二枚ばかり食べながら、ホット・コーヒーを飲みながら頂くことが多い。
そしてバナナなど果物も食べたりしている。
           
昼食は私はヨーグルトを箱の二分の一を食べた後、4月から9月までは、トマトを二つを食べた後、キュウリを2本食べ、
10月から3月までは、やはりヨーグルトを箱の半分を食べた後、リンゴを一個ばかり食べたりしている。
家内はケーキのような菓子パンを食べることが多い。

しかしながら昼食は、お互いに自由な時間を過ごしているので、
それぞれ自在に食べることが多いのが、実態となっている。


            
                                                          

やがて夕食の時は、私は前菜として、冷凍のブロッコリーを電子レンジで少し温めて、
やはりミッカンぽん酢とお醤油をかけて、食べてきたが、
ここ半年は、ニンジンを千切りにして、電子レンジで少し温めて、
ゴマドレッシングに少しお醤油をかけて、食べている。


そしてその日に応じて牛肉、豚肉、鶏肉、ラム肉など200グラム程度に、
キュベツなどの野菜を多めに頂いたりし、

ときにはシイタケ、シメジ、マイタケなどの茸(きのこ)も好きで、食べたりしている。

こうした中で、お酒に関しては節制しているが、5日毎にウィスキーの濃い水割りを飲んだりしている。


家内は肉と野菜を食べたりした後、プリンかショートケーキを食べたりしている。


このような食事内容が、真実一路のように変化がなく、ここ三年ばかり続いたりしている。
            
          
   
こうした朝食、夕食を頂いている中でも、 私は平素は亡き母の遺伝を素直に受け継いだ為か、
男の癖におしゃべりで、家内と談笑をしたりしている。

こうした日常生活の食事となり、ときおり駅前に買物とか旅行の旅先の時は、
家内の要望を聞いて、食事処で少し背延びした料理も頂いたりしている。
                          
ときおり家内が独り住まいの家内の母宅に、家内の妹と交代で、看病で宿泊することも多くなっていて、
私は我が家で『おひとりさま』の生活になるが、
こうした時でも、殆ど食事内容が変わらなく過ごしたりしてきた。

                    
こうした中、梅雨の時節から初秋を迎える期間は、昼食の時は、
ときおり家内から、『お蕎麦』か『そうめん』・・、食べませんか、と私は誘惑されて、
共に頂くこともある。

            

今回、行事食「夏越ごはん」に関して、恥ずかしながら高齢者の私は初めて真摯に学び、
働いて下さる諸兄諸姉は、何かと多忙で、梅雨の時節、やがて暑い夏を乗り切るには、
何よりも食事が大切なので、行事食「夏越ごはん」に私は、微笑みを重ねたりした

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熱中症、自宅でも注意 半数が高齢者、医師が助言、高齢者の私は学び、多々教示されて・・。

2018-06-14 15:37:43 | ささやかな古稀からの思い

先程、ネットの【YAHOO! JAPAN】の中にある『ライフ』のニュースを見ている中、
【 熱中症、自宅でも注意 半数が高齢者、医師が助言 】と見出しがあった。

私は東京の調布市に住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であるが、
自宅で熱中症もあるのかょ・・と思いながら記事を精読してしまった。

この記事の原文は、京都新聞が配信して下さった記事であり、
2018年6月13日に配信されていた。

梅雨の時節の今、ときおり晴れ間は30度前後の熱い日々もあり、
やがて梅雨明けには熱い夏の期間を迎え、我ら高齢者は何とかお互いに初秋を迎えたいので、
あえて記事を転載させて頂く。

《・・熱中症、自宅でも注意 半数が高齢者、医師が助言

                  

熱中症による救急搬送者の半数を占める高齢者は、
加齢により体内の保水力が低下し、喉の渇きを感じにくく、要注意だ。

京都市立病院(中京区)の檜垣聡・総合診療科副部長は
「自室であっても、適切な室温調整とこまめな水分補給を」と呼び掛けている。


消防庁の集計によると、2017年(5~9月)の熱中症による救急搬送者数は
5万2984人(京都府1415人、滋賀県603人)だった。

このうち、65歳以上の高齢者は48・9%に上り、毎年5割前後を占める。

さらに、同庁が昨年初めて集計した発生場所別をみると、
自宅での発症が37%で、工事現場などの仕事場や学校、路上といった屋内外で活動中のケースを上回り、最も多かった。


熱中症は、発汗によって体内を循環する水分が減少、塩分のバランスも崩れ、
体内の調整機能がうまく働かなくなることが原因だ。

特に高齢者は、喉の渇きを感じにくく、水分不足を自覚しにくい。
また保水している筋肉の量が加齢で減り、脱水しやすくなる。

自室で数日掛けて、発症することもあるという。
糖尿病や高血圧、心筋梗塞など心臓系の既往症のある人は、なりやすい。


檜垣氏は「高齢者は、冷房が体に良くないと思い込み、嫌がる人が多い。
加齢によって排尿回数が増えるため、就寝前の水分摂取を控える傾向もある」とした上で、
自宅の熱中症予防には、エアコンで室温を28度以下に保つことや、
こまめな水分摂取が必要とする。

大量に発汗する就寝時は、とりわけ注意が必要だ。


一日あたりの水分摂取量が同じでも、小分けにした方が効果が高い、という研究結果がある。

高齢者が自宅で摂取するには、スポーツドリンクでなく、水や茶がよく、
塩分は、みそ汁などで補えば十分という。


          

          高齢者が注意したいポイント ・・京都新聞

湿度の影響も大きい。
毛穴を水分が覆ってしまい、体内に熱がこもりやすくなるためだ。

室温が低めの21度だったにもかかわらず、湿度が98%の環境下で、死亡した事例も報告されているという。
奥行きに細長い「うなぎの寝床」の京町家は、風通しが良く涼しいとされるが、
隣にマンションなどが建てられた場合は、風が遮られるためエアコンが要る。


熱中症は、重症度に応じて3段階に分類される。

初期段階では、足のけいれんや失神、頭痛、嘔吐(おうと)をもよおす。
重症化すると肝臓、腎臓などの臓器に障害が発生し、熱中症による死因の大半が、多臓器不全という。


檜垣氏は「湿度が高くなる梅雨前後の時期に、急激に増えてくる。
自宅では、温度計と湿度計を設置したり、
(熱中症への危険度を気温と湿度などから算出する)『暑さ指数』に気を付けてほしい」と話している。・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
                  

私たち夫婦は雑木の多い小庭の中で、築後39年を迎える古ぼけた一軒屋に住み、ささやかに過ごしている。

私は午前中のひととき、殆ど毎日のように

自宅から3キロ範囲にある住宅街、遊歩道、小公園を歩き廻っている。

                     
私は幼年期に農家の児として育てられた為か、寒さには強く、暑さに何よりも苦手な身であり、
家内は寒さに弱いが、夏の暑さは30度ぐらいでは平然としている。
こうした風変わりな夫婦なので、困ったなぁ、と私は幾たびか溜息をしたりしてきた。

このような状況であり、家内はクーラーの冷風が苦手であり、
私はクーラーの冷風をこよなく愛するタイプであり、
毎年、夏の初め梅雨の時節は、我が家は『冷たい戦争』となってきた・・。
                 
家内からすれば、女の人は冷え症の方が多く、冷風は禁物なのよ、
と天上の神のような声に私には聴こえたので、
これ以来、私なりに多少耐えてきたのが実情となっている。

                  

私が若き40代の当時、サラリーマンで奮闘していた時、
休日の時、テレビで確か主婦連の女性が、
夏のクーラーは程々に倹約して27度を超えたら、体調を配慮してクーラーを、
このような発言をしていた。

我が家は古い温度計しかなかったので、
まもなく私は真夏日の日曜日に渋谷のデパートに出かけて、
西ドイツ(現在・ドイツ)製の堅牢な温度・湿度計を購入したりした。

               
                
我が家の居間にあるが、今回は特別に移動して記念写真とした。

そして、この後の暑い日になると、
『XXちゃん・・30度を超えているょ・・主婦連だって・・体調を配慮してクーラーを・・と言っていたよ』
と私は温度計を指して、家内が見た後、クーラーの冷風をセットするのが、
ここ20数年の我が家の習性となってきた。


年金生活の中、私は平素の買物を家内から依頼された品を求めて、
私は独りで歩いて7分前後にある最寄のスーパー2店か、
或いは最寄駅まで15分前後歩いて、数多くスーパー、専門店で買い求めたりしている。

この後、自宅の付近3キロ範囲にある遊歩道、小公園などを歩いたりしている。

熱い時節になると、ときには扇子を取りだして扇(あお)いだりしているが、
汗がひたたり落ちる・・。

                            

やむなくハンドタオルで顔などを拭いながら、できる限り樹の下にある歩道を歩いているが、
炎天下の道もあるので、高齢者の私でも気合いを入れて、冬の寒さを思い浮かべて、
足早に歩いているのが実情であった。

こうした中でも、34度前後を超えた場合は、やむなく利便性の良い路線バスに乗り、
バスの車内の冷気に甘えて帰宅することもある。

もとより高齢者の私が、熱中症で倒れて救急車、病院に入院するは、
世の中にご迷惑するので、私なりに自己防衛策としている。

そして帰宅後は、洗面所で顔を洗い、エアコンの冷気の中で、衣服を着替えたりしている。

この間、家内は平素の室内の掃除を終えて、
居間のエアコンの冷房を省エネの28度に設定している・・。
やがて居間、玄関の内部、洗面所、トイレ、台所など完全冷房となる。

そして私たち夫婦は、17畳ぐらいの居間で、午後の大半を過ごしている。

                  

こうした中、昼下がりのひととき、私は簡易ベットを敷いて、
横たわりながら本を読んだりし、ときには昼寝をしたりしている。

家内はソファーに座り、本を読んだりし、テレビを視聴したり、
日中のひととき、居間の片隅で夏掛けの布団にくるまり昼寝をしたりしている。

やがて夜の8時過ぎには、2階の寝室に冷房のセットをしたりしている。

このような我が家の夏の陣としているが、もとより熱中症で救急車のお世話になることは避けたく、
冷茶、アイスコーヒー、ときにはペットボトルの麦茶、ウーロン茶を飲んだりして、
私たち夫婦は熱い季節を過ごしたりしている。

こうした生活を残暑が残る秋のお彼岸の頃まで、過ごすが我が家の実態となっている。

                  

今回、記事を読みながら、多々教示された・・。
特に《・・湿度の影響で、毛穴を水分が覆ってしまい、体内に熱がこもりやすくなり、
室温が低めの21度だったにもかかわらず、湿度が98%の環境下で、死亡した・・》
動顛させられた。

或いは《・・熱中症の初期段階として、足のけいれんや失神、頭痛、嘔吐(おうと)・・》は、
もとより困苦するし、
まして《・・重症化すると、肝臓、腎臓などの臓器に障害が発生し、多臓器不全で亡くなる・・》
ことは余りにも、あわれで死痛である。

我ら高齢者は、今回の檜垣聡・総合診療科副部長の熱中症対策を学び、
明るくお互いに初秋を迎えたい、と改めて思いを深めたりしている。

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入浴は、健康にもよいが体への負担も、湯温は39℃±1度程度、高齢者の私は学び、やがて微笑みながら・・。

2018-06-13 15:09:06 | ささやかな古稀からの思い

先程、ときおり愛読しているネットの【NEWSポストセブン】を見ている中、
『 入浴は健康にもよいが体への負担も、湯温は39℃±1度程度で 』と見出しされた記事を見たりした。

何かとお風呂大好きな私は、どのようなことですか、と思いながら記事を精読し、
改めて多々教示されて、微笑んだりした。

この記事の原文は、『女性セブン』
の2018年6月21日号の記事のひとつであり、
関連のネットの【NEWSポストセブン】に6月12日に配信されていた。

もとより『女性セブン』は女性向けの専用誌であるが、
高齢者の健康に関しては、男女間は超越することであり、無断であるが転載させて頂く。

《・・入浴は健康にもよいが体への負担も、湯温は39℃±1度程度で

            

湯船に浸かると、それだけでモヤモヤが解消し、健康にもなる。
そんなふうに感じる方も多いかも。
しかし、入浴は健康効果がある一方、体への負担も大きいという。

入浴好きが高じて、温泉や入浴に関する研究を深め、
温泉療法専門医の植田理彦博士を顧問とする『高齢者入浴アドバイザー協会』を立ち上げた鈴木知明さんはこう語る。

「特に温度差、水圧は、血圧や心拍を直撃するので要注意。
また、湯温だけでなく、脱衣場と浴室の温度差にも気をつけましょう。

服を脱ぐだけでも、温度差で血圧が上がります。
冷房が効く夏場も、脱衣場が寒くならないように注意を。

湯温は、ぬるめの39℃±1がおすすめ。
熱い湯が好きな人も、最初は低めから。

心臓から遠い足先から順に、桶10杯ほど湯をかけ、湯温に慣れさせます。
女性はあまりしませんが、頭からかぶると脳貧血予防になります」

そして鈴木さんが強調する高齢者への最大のアドバイスは、最初の浸かり方だ。
「いきなり首まで浸かると、心臓への圧迫が強すぎます。

浴槽にイスなどを置いて、まず初めの3分ほどは、肋骨の下まで湯に浸かる半身浴を。
その後は、ゆっくり肩まで浸かり、どうしても熱めが好きなら湯温を上げてもよいでしょう」

浸かりっぱなしよりも、浴槽縁に座ったり体を洗ったりしながら、
5分→休→8分→休→3分と浸かる時間を分割する(分割湯)と、
体に負担をかけず、じっくり温まる。

また湯の中で、手先足先をこまめに動かすと、効率的に末端の血流がよくなるという。

「血圧は、入浴直後に上昇後、徐々に下がりますが、
急降下すると転倒の危険もあるので、高齢者は要注意。

            

勢いよく湯から立ち上がるのは、NGです。
上がる前に手先だけ冷水に浸して、慣らしてから立ち上がるとよいでしょう。

また浴後は、体をよく拭いて肌を乾かし、充分休むことが大切。
湿ったまま冷風に当たると、体に負担になります」(鈴木さん、以下同)

入浴中は、汗などで400~500mlもの水分が奪われる。
入浴15~30分前と浴後にコップ1杯の水も必須だ。


「就寝中は水分補給ができず、もっとも血液粘度が高くなるのが朝。
起き抜けの朝風呂、同じ理由で運動直後の入浴は、避けた方が安全です。
また食後すぐの入浴は、消化不良の原因になるので注意を」

また、日常のお風呂だけでなく、温泉も堪能するとよいと鈴木さんは言う。
「温泉は地球の恵み。日本全国47都道府県すべてに温泉があります。

無類の温泉好きとしては、どの泉質もそれぞれのよさがあり、どこもおすすめです。
むしろ全国の温泉を訪ね歩き、“日常から離れてお湯を楽しみに来た”というワクワク感こそが、
もう1つの健康効果なのです。

眺めのいい露天風呂の開放感はもちろん、
大浴場の大きな湯船に浸かると、よりα波(リラックス効果)が出るという研究結果もあります。

高齢者やそのご家族は、ぜひ注意点をよく知っていただき、
入浴の健康効果と幸せ感を存分に楽しんでください」・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした

            

私は東京の調布市に住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭である。

我が家は古びた築後39年の戸建てであり、お風呂場は洗面所と隣接し、近くにはトイレもある。
こうした中で、寒い時節に於いては、居間はエアコンで暖房しているが、夕暮れから居間のドアを開けて、
洗面所とトイレまで温めている対策をしている。

或いは熱い夏の時節は、居間のエアコンで冷房として、対処をしている。

こうした中、夕食前に私は、入浴タイムとなり、
『お風呂に入ってくるょ』と私は若き自衛官に負けないように、家内に大声で伝えている。

そして私は浴室にある湯船のフタを開け放ち、浴室を湯気で温めたりしている。
この後、洗面所で服を脱いで、浴室に入り、シャワーで暖かな温質で身体を清めた後、
湯船に身も心をあづけて、何よりも倖せを享受している。

ここ一年、ダイエットを意識して、少し熱い湯温で汗がでるまで浸かっているが、
過ぎし2年前に、《・・温度が急激に変化すると、血圧が大きく変動し、
失神したり浴槽内で、溺れやすくなります・・41度以下に・・》と学び、実施したりしてきた。

やがて私は、湯船から上がり、洗い場で石鹸を付けて、身体をくまなく洗い、
そして私は毎夕に髪の毛は、シャンプー、そしてリンスで洗い清めたりした後、
髭(ヒゲ)を剃ったりしている。

まもなく再び湯船に浸かり、倖せを再び享受し、やがて浴室を出て、
洗面所で、高齢者は清潔感が大切ょ、と家内から日頃から叱咤されている私は、
髭(ヒゲ)剃り後のクリーム、そして髪の毛にはヘアートニック、わずかなヘアークリームで整髪した後、
下着そしてパジャマを着たりしている。

この後、私は『お先に・・』と居間にいる家内に大きな声で伝え、
まもなく家内の入浴タイムとなるのが、ここ12年の我が家の習(なら)わしとなっている。

            

今回の記事に於いて、特に高齢者は入浴事故の要因は温度差、改めて私は多々教示された。

或いは、5分→休→8分→休→3分と浸かる時間を分割する(分割湯)は無知であったので、
いつの日にか国内旅行で滞在した館内の大浴場、或いは露天風呂で実施しょう、
と思ったりして微笑んだりしている。

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定年後の友人 “広く薄く”より“近くに数人”の方が幸せ、高齢者の私は学び、やがて微笑み返し・・。

2018-06-12 14:24:13 | ささやかな古稀からの思い

先程、ときおり愛読しているネットの【NEWSポストセブン】を見ている中、
『 定年後の友人 “広く薄く”より“近くに数人”の方が幸せ
                      ~ 老後に必要なのはどんな友人か ~ 』と見出しを見たりした。

私は定年退職後、多々の理由で年金生活を始めて14年目となっている身であるが、
老後の資金、健康は大切であるが、やはり話し相手が欠かせないので、
どのようなことですか、と思いながら記事を精読した。

やがて読み終わった後、私と少し違うが、全般的には同じようなので、微笑み返しをしてしまった・・。

この記事の原文は、『週刊ポスト』
の2018年6月15日号の記事のひとつであり、
関連のネットの【NEWSポストセブン】に6月9日に配信され、無断であるが転載させて頂く。

《・・定年後の友人 “広く薄く”より“近くに数人”の方が幸せ

              

長い人生において、時として家族よりも、頼りになるのが「友人」である。
だからといって、老後の友人は、多ければ多いほどいいわけではない。


三菱総合研究所のシニア調査と、それに追加項目を加えたマーケティングアナリスト・三浦展氏が
主宰するカルチャースタディーズ研究所の調査によると、
ひとり暮らしの男性は、友人が多ければ多いほど幸福になる訳ではないという結果が出ている。

むしろ友人が3~5人という男性が「幸せな人」の54%を占める。

三浦氏はこう解説する。

「男性は、闘争心や競争心が強く、人が集まり過ぎると
『俺のほうが偉い』、『俺のほうが物知りだ』と争いになりやすい。

しかも“歳を取ると人間が丸くなる”という通説は、間違っていて、
年齢とともに、我慢が利かなくなる人もいる。

シニア男性は、友人が増えるほどトラブルになる可能性が増すため、3~5人くらいがちょうどいい」


たくさんの人の連絡先を知っているよりも、
気軽に連絡が取れる友人が、数人いた方が幸福度は上がるのかもしれない。

遠くにいる一人の親友より、
近くにいる友人との交流のほうが、幸福度が高くなる結果も出ている。


「飲み屋などでふらっと会え、お互いに近況を報告しあえるような友人がいるほうが
“遠方の親友”がいるよりも、幸福度が高くなるでしょうね。

また職場でできた友人は、競争相手だったこともあり、腹を割って話す関係性になりにくい。
要するに、友人は“広く薄く”よりも、“近くに数人”のほうが幸せになりやすいんです」(三浦氏)

              

定年退職後、現役時代の同僚との関係が疎遠になったA氏(68歳)を救ったのも「近くの友人」だった。

「定年後、外で人と会うことは、めったになくなりましたが、
ある時、散歩中に朝からやっている居酒屋を見つけてふと入ってみたんです。


そうしたら自分と同じような境遇の人たちが4~5人集まっていて、
何となく居心地がよかった。

何度か通う内に、常連さんたちと互いの身の上をポツリポツリと話すようになり、
いまでは生活にハリを与えられる場として重宝しています」(A氏)・・》


注)記事の原文に、あえて改行を多くした。

               


私は東京の世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅の地域に住む73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭である。

そして住宅街が広がる中で、少しばかり広い雑木の多い小庭の中、築後39年の古惚けた戸建に住み、
私たち夫婦はお互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごして、早や14年目となっている。

そして私の生家も近くにあるので、私自身としては結婚前後の5年を除き、
この地域に住んで、早や68年が過ぎている。

こうした中で、
私は亡き母の遺伝を純粋に受け継いだ為か、恥ずかしながら男の癖におしゃべりが好きで、
何かと家内と談笑したり、ご近所の奥様、ご主人など明るく微笑みながら談笑したりしている。

そして私は、遊歩道、公園などを散策していると、見知らぬ男性、
女性グループの御方たちと、話しかけられたり、或いは話しかけたりして、談笑し、
殆ど毎日過ごしている。

或いは、知人とか友人と時折お逢いする時は、しばらくねぇ・・、と私は笑いながら逢ったりして、
日中はコーヒー、夕暮れからはビールか水割りのウィスキーを飲みながら、談笑をしたりしている。

ときおり国内旅行は私たち夫婦の共通趣味のひとつで、幾たびか遊学を重ねてきたが、
旅先でも、私は食事処、ロビーなどて隣席した見知らぬ方でも、話しかけて談笑したりしている。
                          
こうした中で、好奇心をなくしたらこの世は終わりだ、と信条している私は、
体力の衰えを感じている私でも、その時に応じて溌剌とふるまったりしている。

               

私はたまたま音楽業界のあるレコード会社に35年近く勤めて、
2004年(平成16年)の秋に定年退職となったが、最後の5年半はリストラ烈風の中、出向となった。

私の50代の前半の頃は、私なりに奮闘し、何かと部内はもとより、同世代、悪友たちと、
懇親会を重ねてきた。

そして50代の半ばに、リストラ旋風となり、
早期退職優遇制度の名目で先輩、同僚、後輩たちが退職されたり、組織の統廃合により人事異動、
そして私のように出向となったりし、烈風の社内状況となった。

定年退職するまで、年に数回は互いに連絡して、東京に残った人たちと懇親会を重ねてきた。

この後、私の定年後になる頃は、病気で通院しているの・・、親の介護で・・、親が亡くなったので・・、
孫の世話で・・などとメンバーが欠落してしまった。

ここ10年は、OB懇親会と処して、年に一度の集会に私は出席している。

こうした時、上司だった御方たち、或いは同世代の数多くの人と盛んに談笑したりしている中、
数人から、XXさんは感性もお若いですょ、と私は社交辞令のお世辞を頂くこともある。
          
或いは女性グループの中で談笑している中、たまたま音楽の話題となり、
他社の『いきものがかり』を定年後に偶然に聴き、
何かと吉岡聖恵(よしおか・きよえ)ちゃんの歌声に、励まされていますょ、
特に『YELL(エール)』は、高齢者の私でも心身のビタミン剤ですょ、と私は言ったりした。

会社時代の御方とは、このような程度で過ごしている。

               

私が定年退職してまもない時、地元の中学校時代の友人が、私の定年退職の挨拶状を読み、
とりあえず近くに住んでいる同級生を招集して、クラス有志会を開催してくれた・・。

やがて指定されたお洒落な居酒屋に行ったのであるが、
男性5名、女性5名のメンバーとなった。

まもなく私は、 『俺・・小学校、中学校も通信簿「2」と「3」の多い・・いじけた劣等生だった・・』
と私は皆に言ったりした。

『XXくん・・学校の成績なんか・・この人生・・平等に出来ているんだから・・関係ないわよ・・』
と同級生の女性は、微笑みながら私に言ったりした。

『それだったら・・俺の人生・・これから上向きだよね・・』
と私は軽口を云い、皆を笑わせたりした。

やがて二次会は、カラオケができる洋風の軽食事処で、
先程の女性同級生から、XXくん・・百恵ちゃんの『いい日旅たち』・・一緒に唄おうょ、
と私は誘い出されて、やがて互いに手を軽くにぎり、私は少し照れながら共に唄ったりした。

この後、私は自宅の付近に流れている野川の両岸にある遊歩道を歩いたり、
或いは小公園、小学時代に通学した旧市道を歩いたり、
ときには最寄駅の商店街に立ち寄り、知人と談笑したり、中学時代の同級生に逢う時もある。

こうした時、偶然だよねぇ・・、とお互いに再会を喜びながら、
過ぎし中学時代のそれぞれの同級生のことを話したりすると、長話になったりする時もある。

               

こうして年金生活を13年半過ぎている中で、私は心友と明言できる人は、たったひとりかなぁ・・
と思い馳せたりした・・。

私は高校時代の友達と、定年後に毎年一度だけ逢っている。

過ぎし1962年(昭和37年)の当時、私は高校3年生で、私は彼の実家に50回ぐらいは泊まったり、
彼も私の実家に少なくとも20回は泊まったりし、こうした中、お互いの家族とも懇親していた。

こうした間柄でも、私が20歳を誕生日を迎えた時に、私は大学を中退して映画・文学青年の真似事に邁進する中、
疎遠になったりし、その後は彼の結婚式の披露宴に列席したぐらいとなった。

そして私は民間会社で35年近く奮戦して、2004年(平成16年)の秋に定年退職後になるまでは、
お互いに年賀状を交わす程度で、数年毎に電話をする程度となった。

やがて私が2004年(平成16年)の秋に定年退職となり、
多々の理由で年金生活を始めて以来、毎年12月の時節に、
お互いの住まいの中間点の『吉祥寺』の居酒屋で、懇親を重ね丸13年が過ぎ、14年目となっている。

こうした会合は、お互いに好きな酒を呑み、食べたい料理を食べながら、
少なくとも4時間前後は談笑を重ねてきた。

話し合う内容は、昨今の過ごし方・・病気、親の介護、葬儀、お墓などの時もあれば、
相続でこじれている、或いは性の衰えまで、あらゆる人生の360度のことをお互いに打ち明けて、
苦笑したり、ときには微笑んだりしている。

               

今回の記事、私はいささか交友関係は差異があるが、
やはり定年後の年金生活をしている中で、話し合える人は欠かせない、と私は微笑んだりしている。

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年金生活者 生活費を年50万円節約できる「引っ越し術」、都心の郊外に住む私は学び、やがて微苦笑を重ねて・・。

2018-06-11 13:38:18 | ささやかな古稀からの思い

先程、ときおり愛読しているネットの【NEWSポストセブン】を見ている中、
『 年金生活者 生活費を年50万円節約できる「引っ越し術」とは 』と見出しされた記事を、
いつの日にか思案している私は、記事を読んだりした。

この記事の原文は、『週刊ポスト』
の2018年6月22日号の記事のひとつであり、
関連のネットの【NEWSポストセブン】に6月11日に配信され、無断であるが転載させて頂く。

《・・
定年後の引っ越し、住み替えには、大きく分けて3つのパターンがある。

「郊外の戸建て」から「都会のマンション」に引っ越すか、
逆に「都会のマンション」を離れて「田舎暮らし」を始めるか、
もう一つは「子供との同居」だ。

同居まではいかなくても、子供と“スープの冷めない距離”に住むことを考えている人は少なくないだろう。

それぞれにメリットとデメリットがあることを理解しておく必要がある。
ここで判断を誤ると、大切な資産を失い、老後の人生設計が根底から崩れてしまいかねない──。

             

Aさん(62歳)は定年を機に住み慣れた東京郊外の4LDKの一戸建てを売り、
駅に近い2LDKのマンションに買い換えた。

「以前の家は、駅やスーパーまで徒歩20分。
若い頃は、妻も自転車で買い物に通ったが、年を取ると危険もある。病院も遠い。
そう考えて都心のマンションに住み替えました。

夫婦2人なら2LDKで十分。
子供部屋に残していた机やタンスなどは処分しました」(Aさん)

新居は、スーパーや病院も近く、再雇用で働くAさんも通勤が便利になったという。
車も手放した。

60代からの引っ越しのメリットは、
Aさんのように「生活のダウンサイジング(縮小)」を図る、いいきっかけになることだ。

間取りを4LDKから2LDKへと2部屋少なくすると、まず光熱費が違う。
電気代の契約アンペア数を下げることができるし、マンションは、戸建てより冷暖房費もかからない。

また、駅に近いと生活の“足”としての車も、不要になる。

             

ファイナンシャルプランナーの小谷晴美氏はこう話す。
「引っ越し先の自治体(市区町村)によって、水道料金は大きく変わります。
地域や間取りによっては、電気・ガス・水道の光熱水費だけで、年間約20万円(※注)、
車を手放したことで、自動車税や保険、車検、ガソリン代などの支出が、年間30万円近く削減できたケースがあります」

年金生活者にとって、生活費を年50万円節約できれば、生活がぐんと楽になる。

【※注/2人暮らしの70代夫婦が、兵庫県宝塚市の戸建て住宅から、奈良市のマンションに引っ越したケース。
水道代は月額(平均)7000円→2500円、電気代は1万5000円→6500円、ガス代は8000円→4000円となり、
年間36万円から15万6000円と、20万円超安くなった】・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした

                           

私は東京の世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅の地域に住む73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭である。

そして住宅街が広がる中で、少しばかり広い雑木の多い小庭の中、築後39年の古惚けた戸建に住み、
私たち夫婦はお互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごして、早や14年目となっている。

そして私の生家も近くにあるので、私自身としては結婚前後の5年を除き、
この地域に住んで、早や68年が過ぎている。

最寄駅としては、京王線の場合は、『つつじが丘』、『仙川』の両駅は徒歩15分である。
或いは小田急線の場合は、『喜多見』、『狛江』の両駅は徒歩20分となり、
そして私が長年通勤で利用した『成城学園前』駅は徒歩30分となっているが、
何かしら京王線と小田急線にサンドイッチされたかのような辺鄙(へんぴ)な地域に住んでいる。

いずれの最寄駅までの路線バスの利便性は良い所で、たとえば都心の新宿のデパートに買物に行っても、
電車を利用すれば、我が家よりデパートの店内に45分ぐらい、
或いは東京駅でも我が家から一時間前後となっている。

                

私は民間会社の中小業のある会社で35年近く奮戦し、2004年(平成16年)の秋、定年退職となり、
多々の理由で年金生活を始めたが、平素の買物ぐらいと思い立ち、私は自主的に買物の担当となったりした。

そして家内から依頼された品を求めて、私は独りで歩いて7分前後にある最寄のスーパー2店か、
或いは最寄駅まで歩いて、数多くスーパー、専門店で買い求めたりしている。

最寄駅までは、利便性ある路線バスは頻繁に走行しているが、季節のうつろう情景を眺めたり、
歩くことは何よりの健康の源(みなもと)と信愛している私は、原則として路線バスに頼らず、
ひたすら歩いて往還している買物メール老ボーイとなっている。

そして買物メール老ボーイの責務を終えた後、帰宅後も私は独りで外出して、
自宅から3キロ以内の周辺にある遊歩道、小公園などを散策して、季節のうつろいを享受している。

こうした根底として、もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
いつの日にか認知症、或いは脳梗塞などの難病に遭遇したら、困窮するので、
ひたすら歩き、ときおり大股で歩いたり、或いは足早に歩くことが多くなっている。
       
そして70代の三年生して、心身共に自立し健康的に生活できる健康寿命を意識して、
確かな『生きがい』と『健康』、そして『気力』を持続できるように、
ときおり願いながら歩いたりしている。

                 


こうした中、我が家の周辺の住宅街は自家用車があるが、
我が家には、自動車がない稀(まれ)な家となっている。

過ぎし2004年(平成16年)定年退職後は、多々の理由で年金生活を始め、
若き25歳前後の生家の自動車を活用して盛んに各地を走行してきたが、
この後はペーパー・ドライバーを長年過ごしきたが、この機会に自動車を購入して、
私たち夫婦は、国内の各地をドライブしょうかしら、と夢想したりした。

しかしながら私は、無念ながら反射神経が鈍(にぶ)くなった感じ、その上に小心者の為、
万一、交通事故で人さまに傷つけたりして被害者はもとより、加害者の私でも心身の傷を深く残すので、
自動車の運転免許証の更新時に破棄して、自動車の運転を断念したひとりである。

こうした中で、買物、散策などは路線バスにも乗らず、歩いたりしている。

そして駅までの15分前後の道のりも、路線バスなどに頼らず、殆ど歩いたりしているが、
冠婚葬祭、旅行、都心で懇親会などの場合は、タクシーを利用する時があるが、
年平均として3万円前後となっている。

                           

過ぎし私の40代の頃、ひとつの夢を漠然とし考えたりしたことがあった。

私たち夫婦が住んでいる住宅街のそれぞれ住宅が密集し、ともすれば何かしら息苦しい住宅街より、
解放感のある地方の山里に、と想いを馳せたりした。
       
たとえば八ヶ岳の別荘地の分譲地などで、のんびりと生活することを夢想したりした。

しかしながらこの当時の私は、都心に通いサラリーマンの身であるし、
住んでいる一戸建ての住宅ローンも多額に残っていたので、
もとより収入を別途に挙(あ)げる自信はなく、夢だよねぇ、断念した。

                 
            
やがて50代の後半になると、山里に300坪前後の土地を求め、
クヌギ、コナラなどの落葉樹の中、平屋建ての30坪ほどに住むことも考えたりした。

この当時は住宅ローン等の返済を終えていたので、
定年退職する60歳になった時は、自宅を売却して買い求めて、
老後の生活資金を配慮した場合でも、何とか出来ると思ったりした。
          
こうした私の根底には、私の住んでいる近くに私の生家もあり、
私は1944年(昭和19年)の秋に農家の三男坊として生を受けた。

そして私が小学校に入学した1951年(昭和26年)の春の当時、
祖父、父が中心となって、小作人だった人たちの手助けを借りて、程ほど広い田畑などを耕していた。

或いは祖父の所有していた広い田んぼの中には、小さな川が流れたり、
湧き水もあり、竹林、雑木林が母屋の周辺にあった。

そして母屋の宅地のはずれに土蔵、物置小屋と称した納戸小屋が二つばかりあり、
はずれに小さな稲荷を保有して、この地域の旧家は、このような情景が多かった・・。

このような生家は、周辺は平坦な田畑、竹林、雑木林などが拡がり、
少し離れた周辺はゆるやかな丘陵であり、国分寺崖、と学校の先生たちは称していた。

その後、私が1953年(昭和28年)の小学2年の三学期に父が病死し、
翌年の1954年(昭和29年)の5月に祖父も他界され、
生家は大黒柱の2人が亡くなり、没落しはじめた・・。

そして1955年(昭和30年)の頃から、都会の人たち達が周辺に家を建てられ、
私が小学校を卒業した1957年(昭和32年)であるが、
この頃になると都心に勤める方のベットタウンとなり、新興の住宅街に大きく変貌した。

                 
                    
私は消えてしまった故郷の情景、時代の変貌に戸惑いながらも愛惜感を秘め、
このような私の思い、漠然とした山里に平屋建ての生活を家内に相談したら、
日常生活の買物、交通・病院などの利便性から、反対された。

『貴方の好きな本屋さんだって、今は歩いて行ける範囲ょ・・まして、スーパーなどの買物だって・・』
と私は家内に言われたりした。

やがて具体的に指摘されれば、私は確かに好きな音楽CDとか、映画のDVDを購入する店、
或いは本屋に寄って、単行本、新書本、文庫本、雑誌コーナーを見て、興味を持ったのに手を取ったりして、
やがて買い求めたりする空気が好きで、ここ50数年の習性のようになっている。

そして時折お洒落(しゃれ)た居酒屋に入店して、知人と談笑するも欠かせなくなっている・・。

『貴方、60代の心身元気なうちは良いけれど、70代頃からの身体が弱ってきた時の事も考えて・・』
と私は家内に言われたりした。

確かに山里に住めば、自動車は必須事項だし、買物も一週間まとめて購入し・・と思ってきたが、
身体の弱った時の通院、そして都心の郊外の文化と利便性には勝てない、と断念した。

                 

こうして私の淡き夢も消え、定年退職後の年金生活の中、住宅街の密集地から抜け出して、
我が家より3キロ範囲の遊歩道、小公園、公園などをひたすら歩き、
季節のうつろいを享受したりしてきた・・。

或いは家内との共通趣味のひとつの国内旅行で、各地域の観光ホテルに滞在して、
周辺の山里、街はずれ、街中を歩き廻り、その地の御方と談笑したりして風土、文化を学び、
その地の景観に心身共にゆだねて、遊学したりしている。

                           

我が家は、私が定年退職する数年前、雨戸、外壁、垣根、門扉など最小限にリフォームをしたりした。

そして昨今、古惚けてしまった家に住んでいるが、少しペンキが剥がれかかった窓枠などを見たりして、
たとえ家を建て直すと、少なくとも数千万円を要し、老後資金が乏しくなり、
訪れたい国内の各地にも旅行費の捻出に、困苦すると思われるので、やむなく私は微苦笑したりしている。

そして我が家の固定資産税は土地が毎月3万円ぐらい、老朽化した家は毎月5千円ぐらいと評価され、
四半期毎に納入しているが、当面この状態で過ごしたいよねぇ、と私たち夫婦は話し合いながら、微苦笑したりしている。

こうした中、私たち夫婦は、年に数回は都心のデパートに買物に行ったりしているが、
私たちは人出多い中、齢を重ねるたびに苦手意識となっている。

そして帰路、最寄駅のひとつ『成城学園前』駅で下車した後、
付近の食事処で遅い昼食を頂きながら、ほっとしているのが実感となっている。

何よりも安楽なことは、自宅の居間で小庭の春夏秋冬を明晰に表現してくれる落葉樹を眺めながら、
私たちは談笑したりする時である。

                 

このような心情を重ねてきた私は、殆どの御方は、長らく住まわれた地域こそが、
それぞれの過ごしてきた出来事の数多くの思いもあり、愛惜も加味され、
その御方ご自身が何よりも安楽な地、と私は感じ深めている。

しかしながら、私たち夫婦のどちらかが、足腰が悪くなった時は、
断腸の思いで、段差が多い自宅を売却して、駅前に近い2LDKぐらいのマンションを買い求めて、
付近にあるスーパー、病院を活用しょうかしら、と思案する時もある。

こうしたことは、いつの日にか分からない難題のひとつであり、
それまでは、今住んでいる安息な我が家で生活を過ごしたいなぁ・・と思い深めたりしている。

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裕福でない年金生活の私、日常生活費から介護、そして葬儀までの費用に関する教科書、改めて学び・・。

2018-06-10 13:41:53 | ささやかな古稀からの思い

昨夜、ネットの【YAHOO! JAPAN】の中にある『ライフ』のニュースを見ている中、
【 死ぬときに「迷惑をかけたくない」…いくら必要? 】と見出しがあった。

私は東京の調布市に住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭である。

そして雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、
私たち夫婦はお互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごして、早や14年目となっている。

私は中小業のある民間会社に35年近く奮戦し、2004年(平成16年)の秋に定年退職となったが、
最後の5年はリストラ烈風の中、あえなく出向となったりし、遠い勤務先に勤めて、
やがて出向先で定年退職を迎えた。

この間、経済にも疎(うと)い私が、
信愛している経済ジャーナリストの荻原博子さんなどの数多く著名人の寄稿文を読んだりした。

そしてデフレ経済の蔓延している中、定年時に持家(マンションか戸建て)のローンは返済完了となり、
預貯金が3000万円あれば、公的年金を受け取りながら堅実に年金生活をし、
少しづつ取り崩して生活すれば、少しはゆとりのある年金生活ができるかしら、と学んだりした。

この当時は確か男性の平均寿命は78歳前後であり、
私は80歳までのセカンドライフの収支概要を予定表を作成した。

やがて定年退職後に多々の理由で、年金生活を始めた・・。

              


過ぎし2010年8月下旬の頃に、私は医学博士で病院長の帯津良一さんに、
書物でめぐり逢えた。


《・・(略)・・年齢に関していえば、80歳くらいまで生きれば十分ではないですか。
もちろん、肉体面でも精神面でも人それぞれ個人差がありますから一概には言えません。

しかし、自力で自由に動けるのは、せいぜい80代まででしょう。
90代になると、何かしら衰え、欠けてくる。
いくら頭がしっかりとしている人でも、足腰が立たなくなったり、その逆のケースも起こります。

ましてや100歳なんて、どんな人でもポンコツになっているはずですよ(笑)。
おめでたいと言うけれど、100歳以上は、やはり「生き過ぎ」だと私は思います。・・》

こうしたことを私は学び、人生は程々生かしてくれれば・・と何かとプラス思考の私でも思い深めてきた。

しかしながら、昨今、
人生100年・・と公言されている中、私は戸惑っている。

私は17年前の当初は、私は80歳まで我が家の収支予定表を作成してきたので、
20年間も延長戦のような収支修正も考えることには、困惑したりしてきた。

このような深情を秘めてきた私は、
今回の『 死ぬときに「迷惑をかけたくない」…いくら必要? 』の見出しに、
真摯に学ぼうとして、記事を精読してしまった・・。

やがて読み終わった後、私のように裕福でない年金生活をしている御方で、
日常生活費から介護、そして葬儀までの費用に関する確かな教科書だ、と教示されたりした。

この記事の原文は、ファイナンシャルプランナー(FP)の小澤美奈子(おざわ・みなこ)さんの寄稿文であり、
読売新聞の基幹ネットの【ヨミウリオンライン】に2018年6月9日に配信されていた。

私は読売新聞を47年ばかり購読しているよしみに甘え、
何よりも私と同様に裕福でない年金生活をしている御方と共有したく、
あえて記事を転載させて頂く。

《・・「子どもたちに迷惑はかけたくない」――。
高齢者の多くが、こんなふうに思っているのではないか。

しかし、現実は「食費を切り詰めて細々と暮らしている」、
「貯金が底をつきそうで不安だ」、「医療費がかさんで苦しい」など生活に窮し、
ギブアップ寸前の高齢者も少なくない。

自分が亡くなるまでに、いくらあればいいのか。
ファイナンシャルプランナーの小澤美奈子さんに解説してもらった。



■葬儀費用くらいは残したい


厚生労働省の調査によると、総人口が減少する中で、高齢化率は上昇を続け、
2036年には、国民の3人に1人が65歳以上の高齢者に、
2065年には、4人に1人が75歳以上になると推計されています。


最近では「人生100年」と言われるようになりましたが、
公的年金の目減り、生活費のやりくり、健康面の心配など、老後の生活は不安だらけです。
認知症になったら、突然の不幸に見舞われたら、貯金が底をついてしまったら・・・。


自分が死ぬまでにかかる必要な金額を知っておかないと、思わぬツケが回ってくることもあります。

「子どもたちに、迷惑はかけたくない」

「自分の葬儀費用くらいは、残しておきたい」

「ぜいたくはできなくても、つつましく暮らしたい」

人生を締めくくるとき、こんなささやかな願いをかなえるには、一体いくらあればいいのでしょうか。

              

■毎月5万2000円の不足


総務省が発表した2017年度の家計調査で、高齢世帯(平均76.1歳)における毎月の生活費を確認してみましょう。

まず、支出面です。
調査によると、高齢無職世帯における1か月あたりの消費支出と税金などの非消費支出を加えた「生活費」は、
夫婦世帯で約26万円、単身世帯では15万4000円ほどです。


一方、年金などを含めた収入の平均は、
夫婦世帯で約20万8000円、単身世帯は約11万7000円となっています。


収入から支出を差し引いた金額は、毎月の不足額、つまり「赤字」と考えられます。
毎月の赤字額は、夫婦世帯で約5万2000円、単身世帯では約3万7000円となるのです。

              

■75歳時点で準備しておきたい金額


厚労省の調査によると、75歳の平均余命は、男性が12.14年、女性は15.76年です。

仮に75歳の平均余命を15年とし、90歳まで生きると考えた場合、
累計の赤字(不足分)は、夫婦世帯で約936万円、単身世帯で約666万円に上ります。


<計算式> 夫婦世帯 5.2万円×12か月×15年=936万円 
      単身世帯 3.7万円×12か月×15年=666万円


毎月の生活費だけでなく、臨時に必要となるお金もあります。
例えば、大規模な住宅のメンテナンス、車の買い替え、旅行、家電の買い替え、冠婚葬祭などの支出が
数百万円になると考えられます。

このほかにも、病気で高額な医療費がかかったり、介護が必要になったりするケースもあるでしょう。


これらの費用や将来の物価上昇などを考慮すると、
夫婦世帯も単身世帯もそれぞれ、上記の赤字額に加え、さらに1000万円ほど準備しておくことが理想です。


つまり、高齢者が75歳時点で準備しておきたい目安となる金額は、
夫婦世帯なら約2000万円、単身世帯の場合は約1700万円という計算になります。


              

■健康寿命は70代前半


最近では、シニアの雇用機会が増えており、70歳を過ぎても働いて収入を得ることが可能です。

ところが、厚労省が3年に1度行う国民生活基礎調査で、
健康上の問題がなく日常生活を送れる「健康寿命」について、
2016年は男性が72.14歳、女性は74.79歳となっています。


多くの高齢者にとって、元気に働けるのは、70代前半までと考えられます。
働けなくなるリスクを考慮した上で、その後の資金計画を立てることが大切です。


なお、上記の必要額は、平均値から割り出したものです。
本来、生活に必要な額は、人それぞれ異なります。

以下の計算式を参考に、自分の必要額を計算してみてください。

              

■介護が必要になったら?


生命保険文化センター(東京)の「生命保険に関する全国実態調査(2015年度)」によると、
介護にかかった費用のうち、
「一時的な費用の合計」は、平均で80万円、
月々の支出は、平均で7万9000円となっています。


介護期間は、平均で4年11か月に及んでいます。

これらの平均値から算出した介護費用は、総額で約550万円となります。

<計算式> 7.9万円×4年11か月(59か月)+80万円=546.1万円


介護保険制度について、簡単におさらいしておきます。

介護保険は2000年からはじまった国の制度で、申請の窓口は市町村となっています。
65歳以上で介護保険サービスを利用したい場合は、まず自治体への申請が必要です。
要介護認定されると、介護サービスが利用できるようになります。


介護に関する相談は、各地の「地域包括支援センター」で受け付けています。

介護保険は、7段階ある要介護度に応じて、利用限度額が定められています(【介護保険利用限度額表】参照)。

実際に介護事業者へ支払う金額は、利用限度額の範囲内の1割、もしくは2割となり、
利用限度額を超えた分や、食費や部屋代などは実費となります。


負担割合は、所得に応じて決められていますが、
2018年8月からは、新たに3割負担の階層ができる予定です。


              

■毎月出せる金額を見極める


当然ながら、要介護の状況によって、必要となるサービスは異なります。
高級な有料老人ホームなどを選べば、支出は青天井で増えることになります。


横浜市の地域包括支援センターの看護師小松田裕子さんは、
「自分が出せる金額に限度があるとすれば、
毎月の予算を決めて、その範囲内でプランを立てることが現実的です」とアドバイスします。

つまり、自分が出せる金額を見極めることが、大事だと言えます。


一方、公的介護には、自己負担を軽減するさまざまな制度が用意されています。

例えば、居宅サービスや施設サービスを利用して、1か月の介護サービス費が上限額を超えた場合は、
「高額介護サービス費制度」による払い戻しが受けられます。

上限額は、現役並みの所得者のいる世帯および住民税が課税されている人がいる世帯で、
月4万4400円です。


また、1年間の医療保険と介護保険の負担が基準額を超えた場合は、
「高額介護合算療養費制度により、所得区分が一般の世帯であれば、
年間の自己負担額は、56万円で済みます。


このほか、施設などに入所している所得が低い人は、
「特定入所者介護サービス費(負担限度額認定)」により、部屋代や食費の負担を軽減できます。


経済的に苦しい場合は、「生活保護」を受けることで、負担が軽くなるケースもあります。
もし、親に年金収入や貯蓄がほとんどない状態で、家族も介護費用を出す余裕がない場合は、
生活保護の申請を検討する必要があります。


              

■高齢者の5人に1人が認知症に


内閣府の高齢社会白書(2017年)によると、
2025年には、65歳以上の高齢者のうち、5人に1人が認知症になると推計されています。


認知症になった場合、毎月の医療費は、
入院費34万4300円、通院費3万9600円かかるというデータを、慶応大学医学部の研究チームが発表しています。


公益社団法人「認知症の人と家族の会」の調査では、
認知症の介護年数は、平均で6~7年となっています。
しかし、症状の程度や進行は個人差が大きく、長期に及ぶケースもあります。



医療費については、75歳以上であれば、後期高齢者医療制度の高額療養費により、
自己負担限度額を超えた分の払い戻しが受けられます。

また、一定の所得を下回る場合は、
限度額適用・標準負担額減額認定証を医療機関の窓口に提示すれば、自己負担限度額が軽減されます。


認知症により介護保険を利用し、月の自己負担額が一定の上限額を超えれば「高額介護サービス費」、
年間で医療費と介護費の自己負担額合計額が高額になれば
「高額介護合算療養費制度」による払い戻しが受けられることになります。


              

■認知症で財産管理ができない


認知症の高齢者は、判断能力が低下することもあり、
特に財産管理や契約の締結などの判断が難しくなるおそれがあります。


その際に助けとなるのが、成年後見制度です。
利用を考える場合は、地域包括支援センターや社会福祉協議会に相談しましょう。

費用は、法定後見の審判の申し立て費用が
印紙代や手数料などで約1~2万円、鑑定料が5~10万円ほどかかります。


さらに成年後見人の活動開始後にも、月額約2~6万円を報酬として支払います。


また、資産の運用や活用を視野に入れる場合は、
成年後見ではなく「民事信託」の方が使い勝手の良いこともあります。


認知症については、お金の心配はもちろんのこと、
本人や家族の精神的な負担も大きくなることが予想されます。

市区町村、地域包括支援センター、介護サービス施設などで開かれる「認知症カフェ」などに
参加すると良いでしょう。

専門家の意見を聞いたり、同じ悩みを持つ家族と情報交換したりすることで、
解決の糸口がみつかるかもしれません。

              

■ああ、貯金が底をつきそう


「生活費が足りなくなった」
「余裕がなく介護費用にまで回せない」

年齢とともに高まる健康リスクとその治療費。
入念に準備をし、やりくりをしても、年金が主な収入源となる高齢者の中には、
こんな窮状を訴える人もいると思います。


高齢者が新たにお金を借りることは、容易ではありません。
しかし、持ち家のある人なら、不動産担保型生活資金を利用できる可能性があります。


これは、低所得の高齢者を対象に、一定の不動産を担保として生活資金を借り入れできる国の制度で、
自宅に住み続けながら、お金を借り入れることができます。
相談窓口は地域の社会福祉協議会です。


このほか、銀行が提供する同様の商品に、リバースモーゲージがあります。
国の不動産担保型生活資金に比べると、自由度の高い設計になっています。
銀行ごとに商品内容が異なっているため、しっかり確認する必要があります。


これらの貸し付けは、家の所有権が、借受人の死亡などによって契約終了とされ、
不動産の売却で、返済する仕組みです。
利用を検討する際は、家族とよく話し合うことが重要です。


              

■やっぱり気になる葬儀費用


「日々の生活が苦しくても、葬儀費用くらいは残したい」

こんなふうに考える高齢者も多いでしょう。
家族葬や一般葬のほか、最近では、通夜を行わない一日葬、火葬のみの火葬式などさまざまな形態があり、
葬儀費用の平均額は、200万円前後と言われています。


年間1万件以上の葬儀を扱っている公益社の1級葬祭ディレクター安宅(あたぎ)秀中さんは、
「花や音楽にこだわる方や、宗派にとらわれず自分のスタイルで行う方など葬儀の多様化が進んでいるため、
かかる費用にも幅があります」と説明します。


費用を抑えるために、家族葬を選ぶ人もいるようですが、
「むしろ参列者を多く呼ぶ一般葬の方が、香典が集まり、遺族の負担が軽くなるケースもある」(安宅さん)そうです。


葬儀費用で後悔しないためには、
「事前にいくつかの葬儀業者を見学し、見積書を取っておくこと」とアドバイスします。


              

■おひとりさまに「葬祭信託」


葬儀費用を事前に準備する方法は、互助会などの積み立てが知られているほか、
葬儀費用を金融機関に「信託」する商品もあります。


葬祭費用の信託は、生前に自分の葬儀費用を金融機関に信託財産として預けておき、
葬儀が行われた後に一定の手続きを経て、金融機関からお金が振り込まれる仕組みの金融サービスです。

預けたお金は、葬儀社の固有財産とは分別して管理されるため、
万が一手続きを行った葬儀社などが倒産した場合でも、全額が保護されます。


「おひとりさまを中心に利用者が増えており、
家族に負担をかけたくないという方や身寄りのない方に、うってつけ」(安宅さん)


初期費用や管理費用、解約手数料の有無などは、葬儀社ごとに異なります。
実際に葬儀費用を信託する金融機関の健全性なども含め、事前に確認することが大切です。

              

■死んだ時にもらえるお金・使える制度

葬儀費用にも、自治体の助成金があります。

例えば、75歳になると、加入する各都道府県の後期高齢者医療制度からは、
「葬祭費」として、3~7万円(自治体によって異なる)を受け取ることができます。


75歳より前であれば、国民健康保険や健康保険組合から、同様の助成金が支給されます。

火葬場を使用した際の助成金や補助金制度を設けている自治体もあります。

自治体と葬儀業者が連携して低廉な料金で行える「市民葬」や「区民葬」のある自治体もあります。


葬儀費用を工面できないとあきらめる前に、自治体の窓口などで確認してみるべきです。

生活保護を受けている場合は、「葬祭扶助」として、20万6000円を上限に葬祭費用が支給されます。


高齢者をサポートするサービスや制度は多々ありますが、知らなければ使えないケースもあるでしょう。


「高齢者にとって最も大切なことは、家族や地域とのつながり。
困った時に、教えてくれて、誰かに伝えてくれて、寄り添ってくれる人の存在が何より助けになる」(小松田さん)


「老後破産」、「下流老人」などと高齢者の貧困が問題視されています。
困った時には、必ず誰かに相談することを忘れないでください。・・》


注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
              

記事を読み終わった後、ファイナンシャルプランナー(FP)の小澤美奈子(おざわ・みなこ)さんの寄稿文は、
年金生活の日常生活費から介護、そして葬儀までの費用に関することをくまなく表示され、
私は改めて多々教示されたりした。

私は殆ど毎日、我が家から歩いて3キロ範囲にある遊歩道、小公園を散策をし、
四季折々の季節のうつろいに心も身もゆだねて歩いたりしている。

こうした根底として、もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
いつの日にか認知症、或いは脳梗塞などの難病に遭遇したら、困窮するので、
ひたすら歩き、ときおり大股で歩いたり、或いは足早に歩くことが多くなっている。


私たち夫婦にとって難題は、やはり晩秋期の不安は、いつの日にか、介護・要となり、
介護施設にお世話になる時と思われる。

こうした中、私たち夫婦はどちらかが残こされた方が、やむなく自宅の敷地を売却して、
介護施設に入居すると思われる。

男性の多くは、70代となれば体力の衰えを実感して、75歳まではこれまでどおりの自立した生活ができるが、
80歳が見えてくる頃には、介護を必要とするようになり、
やがて80代後半では何らかの介護付き施設に入居する可能性が高くなる、と専門家の人から数多く発言されている。

こうした中、要介護認定されている場合は、
特別養護老人ホーム(特養)や介護老人保健施設(老健)などの介護施設のほか、
有料老人ホーム、 介護型のサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)やケアハウス、グループホームなどを学んだりしてきた。

              

そして私はいつの日にか要支援までであったら、何とか自宅で過ごせると思われるが、
やはり要介護になってしまったら、やはり介護施設に入居すると思案してきたりした。

やがてどちらかが、国の支援を受けている費用が程ほどに適度な特別養護老人ホームに、
入居が叶(かな)わなくなってしまった時、
やむなく高価と称されている有料老人ホームに、自宅を売却して、入居しなくてはならない場合もある。

私は世田谷区と狛江市に隣接した調布市の外れに住んでいるが、
程近くにある三つばかり参考例として記載する。

A:入居費(0万円~840万円)そして月額(21.1万円~35.5万円)
B:入居費(0万円~1580万円)そして月額(0万円~63.7万円)
C:入居費(0万円~3600万円)そして月額(27.4万円~115.6万円)

入居費が廉(やす)ければ、月額の負担が多い上、
やはり介護の難度、施設の優良度合により、大幅な差異がある、と思われる。

もとより介護
の難題は、いつまで介護を受ける必要な期間が判らず、
やがて永がられば本人の自己負担額が増し、
貯金は切り崩しても資金不足となり、
当然ながら、退所が余儀なくされて、行き場がなく迷子のような介護難民になることである。

私たち夫婦は、裕福層には遥か遠い年金生活の身であるので、
改めて有料老人ホームの入居費、そして毎月の負担額が余りにも高価に、溜息をしたりした。


                     

やむなく、何かとブラス思考の私は、人それぞれ永(なが)らえるのは、自助努力も肝要であるが、
こればかりは神様か仏(ほとけ)さまの采配によるよなぁ・・と微苦笑したりしている。

そしてたとえ裕福の御方でも、悩みのない人生などは誰ひとりない、と書物から学んだり、
或いは知人から聞いたりしてきたので、
そうですよねぇ・・と私は苦笑したりしている。

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ときには老ボーイの私は、家内のボディガード、お供そして荷物持ちを悦んでしたが、とりとめなく・・。

2018-06-09 16:15:47 | ささやかな古稀からの思い

私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、築後39年を過ぎた古ぼけた一軒屋に住み、
自動車もない稀(まれ)な家となっている。

私は2004年(平成16年)の秋に定年退職となり、多々の理由で年金生活を始めた・・。
こうした中で、私は年金生活の当初から、我が家の平素の買物に関して、
私は自主的に買物専任者として宣言し、家内から依頼された品を求めて、
独りで殆ど毎日、スーパー、専門店など歩いて行き、買物メール老ボーイとなっている。

この後は、やはり独りで自宅から3キロ以内の遊歩道、小公園などをひたすら歩き廻ったりして、
季節の移ろいを享受している。

このような午前中の過ごし方を定例事項のように過ごしてきた・・。

例外として、家内のボディガード、お供そして荷物持ちで、3週間に一度ぐらい駅前で買物、
或いは年に3回ぐらい都心の新宿にある伊勢丹、小田急、京王などのデパートに買物、
そして庭の手入れ、国内旅行、懇親会、冠婚葬祭などで小用がない限り、定年後の13年半を過ごしてきた。

               


こうした中で、ここ一週間、家内はヘヤー・ドヤイヤーの調子が悪く、
『近いうちに家電量販店に、行きたいわ・・

と呟(つぶや)くように私に言ったりした・・。

『行きましょう・・』
と私は微笑みながら若き自衛官に負けないように、明るく家内に言ったりした。

               

私たちの両親は、無念ながら家内の母だけとなって、早や13年半が過ぎている、

我が家より遠くに一戸建てに独り住まいとなった家内の母の宅に、
当初は長女の家内は、季節が変わるたびに、衣服、暖冷房、カーテン、小庭などの整理で、
6泊7日前後で行ったりしてきた。

やがて家内の母は、80歳過ぎた頃から膝(ひざ)を悪化して、まもなく杖(つえ)を突く身となって、        
こうした後、整形外科、内科、眼科に通院している中、膝(ひざ)と腰に激痛が感じ、
一昨年の5月より少し遠い大学病院で検査、そして入院、退院後の検査が加わりした後、
リハビリで近くの病院に行ったりして『要介護2』となってきた。

そして家内は付き添う為に、家内の母宅で駐在することが多くなってきた。

まもなく家内の妹が強力な援軍となり、家内と家内の妹が交互に、
家内の母宅に殆ど宿泊して、家内の母の食事、洗濯、掃除、或いは通院の付き添いなどしている。

そして昨年の5月より、家内の母はデイ・サービスに通った成果で、市の福祉課が再審査を得て、
『要介護2』から『要支援2』と回復して認定されたりした。
           
このように、家内は家内の妹と逐次連絡しあって、家内は独り住まいの家内の母宅に行っている時は、
私は我が家で『おひとりさま』の生活となっている。

こうした中、私たち夫婦は年金生活をしている身であるが、
何かと家内の母の介護でスケジュールが左右されるようになり、
ときおり私たち夫婦は微苦笑する時もある。

こうした関係で、私は家内と共に外出する機会は、減少してきたので、
せめて高齢者の夫婦の我が家でも、良き事と思いながら、私は家内に明るく応(こ)えたりした。

               

昨夕、明日(あす)駅前に買物に行こうょ、と私は家内を誘ったりした。

本日の朝、朝食を談笑しながら家内と共に頂いている中、
テレビで天気情報を視聴していたら、本日は今年初めての30度の真夏日となりますので、
熱中症に気を付けましょう、と報じていた。

やがて私たち夫婦は、家電量販店の最短距離を思案して、
我が家より徒歩数分の路線バスのバス停より、京王線の調布駅前まで、行くこととした。

家内は日傘を差して、白のワンピースにロー・ヒールの容姿であり、
私は真夏日にふさわしいようにアロハシャツ、アウトドア用の長ズボン、ウォーキング・シューズで足元を固め、
夏の帽子を深くかぶり、サングラスを掛け、そして紳士バックを園児のように斜め掛けにして、
我が家を出たりした。

         
この後、路線バスに10数分乗車した後、駅前に一分たらずの家電量販店の『ビックカメラ』に入店した。

やがて家内はヘヤー・ドヤイヤーを買い求めた後、京王線の調布駅より仙川駅に移動し、
駅ビルの中にあるスーバーの『京王ストアー』で、家内は品を選定している間、
私は2階にある本屋の『啓文堂書店』で、読みたい本を選定したりした。

結果としては、総合月刊誌の『文藝春秋』(6月号)、
そして特集に魅せられて『中央公論』』(6月号)を買い求めたりした。

やがて、ドラッグストアの『サンドラック』で、我が家では日用雑貨品、
そして家内の化粧品などを積極果敢に買い求めたりした。

この後、私は両手にレジ袋を提げて、家内の従者のように、お供そして荷物持ちで、
家内も両手にレジ袋を提げて、商店街を歩いたりした。

この後は、ホームセンターの『島忠』で買物をしたりすると、
私は更に手持つの数は増えて、苦笑したりした・・。

               

この後、昼食用に食事処に迷ったが、私の知人から聞いた美味しい焼き肉屋を思いだして、
私たち夫婦は初めての『焼肉』料理店に入店した。

やがて私は、ビールを呑み焼肉を食べ、家内と談笑すれば、
昨今の政治、社会の悪しき事は、遠い彼方のようなことと思えたりした。

或いは家内の母の介護で、私たちの生活が左右されることなどは、
私たちに与えられた人生のひとつだなぁ、と私は微苦笑を重ねたりした。

やがて私たち夫婦は、路線バスに乗車して、まもなく帰宅したのは午後2時半過ぎであった。

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老後はおひとりさまの方が幸福度高い、と高齢者の私は学び、そうかしら・・と微苦笑して・・。

2018-06-08 15:58:14 | ささやかな古稀からの思い
 先ほど、ときおり愛読しているネットの【NEWS ポストセブン 】を見たりしている中、
【 老後はおひとりさまの方が幸福度高い 離婚する選択肢も? 】と見たりした・・。

私は東京の調布市に住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭である。

そして雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、
私たち夫婦はお互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごして、早や14年目となっている。

このような身であるが、老後はおひとりさまの方が幸福度高い・・、と見出しを見て、
長年、寝食を共にしてきた夫婦で、ふたり過ごした方が安楽なのに・・と私は思い、
どうしてなのょ・・と私は思いながら記事を精読してしまった。

この記事の原文は、『週刊ポスト』の2018年6月15日の記事のひとつであり、
関連のネットの【NEWS ポストセブン 】2018年6月7日に配信され、
無断であるが転載させて頂く。

             

《・・定年後は毎日のように行っていた会社に行かなくなり、自然と家に居る時間は長くなる。
そうすると現役時代より「家族」の問題は、重要になってくる。


最近、運送会社を定年になったA氏(65歳)は、
「在職中は忙しくて、家を空けがちだったので、老後は妻と水いらずで過ごそう」と計画を練っていた。
ところが退職した彼を待っていたのは、全く異なる現実だったのだ。


「良妻賢母タイプだった妻が突然、『あなたは自立すべきです』と言いだして、
トイレ掃除から皿洗いまで、あらゆる家事をやらされるようになった。

“これまでやらなかったから、やってみなさいよ”ということから始まったのですが、
慣れないので家事をしても、妻は何かが気に入らないらしく、怒ってばかりなんです。
おかげで家にいるのが、すっかりイヤになっています」(A氏)


結婚以来、今までは日中不在だった夫が、
定年で自宅に「常駐」することで家庭内のバランスが崩れ、
家の一切を担っていた妻が、夫を「攻撃」するようなケースもある。

当然、夫は夢見ていた幸せな老後を過ごすことが難しくなる。

実際、夫婦関係は、老後の幸せに大きく関連する。


             

マーケティングアナリスト・三浦展氏が主宰するカルチャースタディーズ研究所によるシニア調査が
「幸せである人」と「幸せでない人」それぞれに「人生での失敗」を尋ねたところ、
両者で最も差が開いたのは「夫婦関係があまりうまくいかなかった」との項目だった。

すなわち、シニアの幸と不幸を分ける最大の要因は、夫婦生活だったのだ。

老後は、夫婦や家族同居よりも「おひとりさま」のほうが、幸福度が高いという調査結果もある。


大阪府門真市の耳鼻咽喉科医院の辻川覚志・医師が
60歳以上の約1000人に聞き取り調査したところ、
夫婦や家族と同居する人より、独居のほうが、生活の満足度が高かった。

理由としては、同居のほうが「家族への対応に苦慮する」との説が有力視される。


三浦展氏は、「老後は“おひとりさま”を選ぶのも、一つの手」と指摘する。

「ひとつ屋根の下で、互いにストレスを抱えて暮らすデメリットを考慮すると、
家事能力があり、精神的に自立しているのなら、思い切って妻と別れるという選択肢もあると思います」
・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。

                           
              
                              
私は民間会社の中小業のある会社に35年近く勤めて、2004年(平成16年)の秋に定年退職した身であるが、
この間、幾たびのリストラの中、何とか障害レースを乗り越えたりしたが、
最後の5年半はリストラ烈風が加速され、あえなく出向となった。

そして、私は出向身分であったので、リストラ烈風の中、
会社の首脳部が社員を自主退職させる希望退職優遇制度などの免れたのも事実であり、
定年前にやむなく退社された同僚、後輩に少し後ろめたく、退職後の年金生活に入った理由のひとつとなった。

しかしながら根底の実情は、この当時は大企業も盛んにリストラが実施されている中、
たとえ私が定年後に新たな職場を探しても、これといった突出した技術もなく、
何よりも遠い勤務先の出向先で、私なりに奮闘して体力も気力も使い果たしてしまった。

このような拙(つたな)いサラリーマン航路である上、           
そして定年退職するまで半生期は、何かと卑屈と劣等感にさいなまれながら、つたない言動も多く、
ときおり敗残者のように感じることも多く、悪戦苦闘の多かった歩みだったので、
せめて残された人生は、多少なりとも自在に過ごしたと思ったりした・・。

私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、2人だけで第二人生の歳月を過ごすので、
結果としては定年後の長い人生は、お互いの趣味を尊重して、堅実な生活を過ごせば、
年金生活でも何とかなると、定年後に年金生活を始めたりした・・。

              
         
そして定年前のサラリーマン時代の私は、数多くの人たちと同様に多忙で、
家内は我が家の専守防衛長官のような専業主婦であり、日常の洗濯、買物、料理、掃除などの家事で、
家内なりの日常ペースがあり、この合間に趣味などのささやかな時間で過ごしてきた。
         
そして定年後の年金生活を始めた私としては、このペースを崩すのは天敵と確信し、
平素の買物専任者を自主宣言したりした。

そして家内から依頼された品を求めて、自動車も所有できない我が家は、
私は独りで歩いて7分前後にある最寄のスーパー2店か、
或いは最寄駅まで15分前後歩いて、数多くスーパー、専門店で買い求めたりしている。

最寄駅までは、利便性ある路線バスは頻繁に走行しているが、季節のうつろう情景を眺めたり、
歩くことは何よりの健康の源(みなもと)と信愛している私は、原則として路線バスに頼らず、
ひたすら歩いて往還している買物メール老ボーイとなっている。

帰宅後、やはり私は独りで、我が家から歩いて3キロ範囲にある遊歩道、小公園を散策をし、
四季折々の季節のうつろいに心も身もゆだねている。

こうした時は紳士バックを園児のように真似て、斜め掛けして、颯爽と歩いたりしていることが多いが、
大半はデジカメをネクタイのように首から掛けて、歩いている中で瞬時に魅了された情景を、
一期一会ねぇ・・と思いながら、記憶のかたみとして撮ったりしている。

こうした根底として、もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、

いつの日にか認知症、或いは脳梗塞などの難病に遭遇したら、困窮するので、
ひたすら歩き、ときおり大股で歩いたり、或いは足早に歩くことが多くなっている。

                         

やがて帰宅後、昼食だけは、お互いに制約することなく、自由な時間で、
お互いに殆ど我が家で、きままに食べたりしている。

そして午後の大半は、随筆、ノンフィクション、現代史、総合月刊雑誌などの読書が多く、
或いは居間にある映画棚から、20世紀の私の愛してやまい映画を自宅で鑑賞したり、
ときには音楽棚から、聴きたい曲を取りだして聴くこともある。

このような年金生活を過ごしているが、何かと身過ぎ世過ぎの日常であるので、
日々に感じたこと、思考したことなどあふれる思いを
心の発露の表現手段として、ブログの投稿文を綴ったりしている。

こうした中で、家内は料理、掃除、洗濯など専業主婦の延長戦をしてくれるので、
せめて家内が煎茶、コーヒーを飲みたい時を、私は素早く察知して、
日に6回ぐらい茶坊主の真似事もしている。

このような年金生活の一日を定例事項のように過ごしてきた・・。

                          
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梅雨の間の快晴の中、老ボーイの私は、ときには『三百六十五歩のマーチ』の歌を心の中で唄いながら・・。

2018-06-07 16:02:10 | ささやかな古稀からの思い

私は都心の郊外の調布市の片隅に住む年金生活の73歳の身であるが、
民間会社で35年近く奮戦し、2004年(平成16年)の秋、定年退職となり、
多々の理由で年金生活を始めたが、平素の買物ぐらいと思い立ち、私は自主的に買物の担当となったりした。

そして家内から依頼された品を求めて、私は独りで歩いて7分前後にある最寄のスーパー2店か、
或いは最寄駅まで15分前後歩いて、数多くスーパー、専門店で買い求めたりしている。

最寄駅までは、利便性ある路線バスは頻繁に走行しているが、季節のうつろう情景を眺めたり、
歩くことは何よりの健康の源(みなもと)と信愛している私は、原則として路線バスに頼らず、
ひたすら歩いて往還している買物メール老ボーイとなっている。

そして買物メール老ボーイの責務を終えた後、帰宅後も私は独りで外出して、
自宅から3キロ以内の周辺にある遊歩道、小公園などを散策して、季節のうつろいを享受している。

こうした根底として、いつの日にか認知症、或いは脳梗塞などの難病に遭遇したら、
困窮するので、ひたすら歩き、ときおり大股で歩いたり、或いは足早に歩くことが多くなっている。

             

こうした中で、昨日は気象庁が梅雨入りを宣言されて、小雨降る一日となり、
ここ一週間は27度前後より、急激に19度となり、戸惑ったりした。

こうした中、私は午前中のひととき、最寄りのスーパーに買物に行ったりしたが、
左手は傘を差して、右手はスーパーで頂いたレジ袋を三つばかり提げて帰宅したりした。

今朝は曇り空の朝を迎えて、やがて快晴の中、駅前のスーパーまで歩いて、
やがて帰路は、両手にレジ袋を提げられることは、楽だよなぁ、と微笑んだが、
前日の小雨の為に、湿度が多く汗を流しながら帰宅したりした。

やがていつものように自宅から3キロ以内の周辺にある遊歩道、小公園などを散策したりした

まもなく陽射しが燦々と照らす中、歩くとやがて汗が流れ始めて、
♪しあわせは 歩いてこない  だから歩いて ゆくんだね・・と心の中で唄ったりした・・。

そして何かと熱さに苦手な私は、昨年の熱い時節は、どのように過ごしてきたかしら、
と思いを馳せたりした・・。

             

熱い時節を迎えると、私の容姿として制服のようになった半袖のスポーツシャツ、
長ズボン、そして夏の帽子を深くかぶり、サングラスを掛け、ウォーキング・シューズで足元を固め、
そして紳士バックを園児のように斜め掛けにして、颯爽と歩いたりしてきた。
         
しかしながら燦々と陽射しが照らす青空の中、歩いたりすると汗ばみ、
ハンドタオルで顔をふいたりし、ときおり扇子を取りだして扇(あお)いだりしているが、
汗がひたたり落り、微苦笑したりしている。
          
やむなくハンドタオルで顔などを拭いながら、できる限り樹の下にある歩道を歩いているが、
炎天下の道もあるので、高齢者の私でも、人生は気合いだ、と自身を叱咤激励をしたり、
或いは冬の寒さを思い浮かべて、 足早に歩いているのが実情である。

こうした時、ときおり ♪しあわせは 歩いてこない  だから歩いて ゆくんだね・・
【『三百六十五歩のマーチ』 作詞・星野哲郎、作曲・米山正夫、唄・水前寺清子 】
と何かと単細胞の私は、1968年(昭和43年)の頃に流行(はや)った歌を心の中で唄い、歩く時もある。

             

やがて休憩ねぇ、と思いながら、小公園に寄り、幾重か大きな樹の下にあるベンチに座り、
コンビニで買い求めたペットボドルの煎茶を飲み、水分補給をしたりしてきた。

こうした根底には、高齢者は、脱水を起こしやすい要素をいくつも持っていて、
放置すると、寝たきりや認知症を招く結果になりかねない、と学んだりしてきた。

そして高齢者は脱水を起こしやすい理由として、
●筋肉量の低下
●喉の渇きを自覚しづらい
●腎機能の低下
●食事量の減少
●利尿作用のある薬の服用
●認知症で暑さが平気に
●認知症で自律神経の働きが低下・・・

このようなことを私は学び、震撼させられたりしてきて、
脱水にならないことは、やはり喉の渇きを感じる前に、こまめに水分補給は大切だ、
と思いながら実施してきた


そして私は、もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
34度前後を超えた場合は、やむなく利便性の良い路線バスに乗り、
バスの車内の冷気に甘えて、帰宅することもある。

もとより高齢者の私が、熱中症で倒れて救急車で搬送されて、病院に入院するのは、
私も困苦するし、世の中の多く御方にご迷惑するので、私なりに自己防衛策としている。

            
            
睡眠に関しては、
私は寝ている間は、現役サラリーマン時代だった時と違い、悩みは激少している為か、
たとえ震度3ぐらいの地震でも、 目覚めることなく熟睡している。

そして睡眠中、夢をみることは貧富に関係なく、その御方の日々の思い、念願など、
さまざまな思いが交差される現象かしら、と思う時もある。

そして富も名声も無縁な私としては、よく眠れる老ボーイかしら、と微笑んだりする時もある。

このように拙(つたな)い私は、歩くこと、そして適度な熟睡する睡眠、或いは程ほどの食事が、
セカンドライフの私なりの健康体と信愛し、過ごしたりしている。

そして何かと
小心者の私は、今年も無事に夏を乗り越えて、秋を迎えることができますように、
と神様か仏様か判らないが、空に向かって、こっそりと祈願したりしている。

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年金は「後で高く」頂くより、「先に長く」頂く方がお得感がある、年金生活14年生の私は学び、やがて微苦笑を重ねて・・。

2018-06-06 15:18:11 | ささやかな古稀からの思い

先程、愛読しているネットの【現代ビジネス 】を見ている中で、
【 年金は「後で高く」より「先に長く」もらう、が正解だった  】と見出しを見たりした・・。

私は東京の調布市に住む年金生活のまもなく73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
そして雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、ささやかに過ごして、年金生活は早や14年生になっている。

私は民間会社の中小業のある会社に35年近く勤めて、2004年(平成16年)の秋に定年退職した身であるが、
この間、幾たびのリストラの中、何とか障害レースを乗り越えたりしたが、
最後の5年半はリストラ烈風が加速され、あえなく出向となった。

そして、私は出向身分であったので、リストラ烈風の中、
会社の首脳部が社員を自主退職させる希望退職優遇制度などの免れたのも事実であり、
定年前にやむなく退社された同僚、後輩に少し後ろめたく、退職後の年金生活に入った理由のひとつとなった。

しかしながら根底の実情は、この当時は大企業も盛んにリストラが実施されている中、
たとえ私が定年後に新たな職場を探しても、これといった突出した技術もなく、
何よりも遠い勤務先の出向先で、私なりに奮闘して体力も気力も使い果たしてしまった。

このような拙(つたな)いサラリーマン航路である上、           
そして定年退職するまで半生期は、何かと卑屈と劣等感にさいなまれながら、つたない言動も多く、
ときおり敗残者のように感じることも多く、悪戦苦闘の多かった歩みだったので、
せめて残された人生は、多少なりとも自在に過ごしたと思ったりした・・。

私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、2人だけで第二人生の歳月を過ごすので、
結果としては定年後の長い人生は、お互いの趣味を尊重して、堅実な生活を過ごせば、
年金生活でも何とかなると、定年後に年金生活を始めたりした・・。

         

私は定年退職後に年金生活を始めたが、
1944年〈昭和19年)9月生まれであるので、満62歳にならないと年金は満額を頂けないので、
この間の2年間は満額の6割弱の片翼飛行のような、年金生活を過ごすことになった。

程々の貯金を崩しながら、つつましく退職後の生活を過ごす予定で、
私は秘かに退職時に、未知の年金生活に向い、自身を励ます意味合いも含めて人生信条を掲げた。

そして年金生活は、何かと身過ぎ世過ぎの日々の生活実態と思われ、
『清く貧しく美しく』とした。

この根源は、敬愛している亡き松山善三さんの脚本・監督された『名もなく貧しく美しく』(1961年=昭和36年)、
そして宝塚歌劇団の『清く正しく美しく』から、言葉を重ね合わせ、
何かしら慎(つつ)ましい年金生活に相応しいと確信した。

やがて私は満62歳となり、年金は満額となり、これ以降は水平飛行のように安定して、
何かしら定年までは悪戦苦闘が多かった為か、予測した以上に年金生活を安楽に過ごして、
今日に至っている。

こうした深情を秘めてきた私は、悩ましい年金の受領時期にやはり関心があるので、
遅ればせながら学びたく、精読してしまった。
         
この記事の原文は、『週刊現代』の2018年4月7日号に掲載された記事のひとつであり、
関連ネットの【現代ビジネス 】に2018年6月6日
の配信された記事であり、
無断ながら記事を転載させて頂く。

              

 《・・年金は「後で高く」より「先に長く」もらう、が正解だった

☆285万円も得する

2月中旬、政府が年金の受給開始年齢を70歳以降も、繰り下げられるようにする方針を決定した。

現状でも、受給年齢を70歳まで繰り下げれば、通常の65歳からの受給に比べ、
月の基礎年金額が42%もアップする。

これが、同じ割合で75歳まで遅らせられるようになれば、受給額が10年間で84%も増えるのだ。

低金利で、銀行に100万円を10年預けても、利息が1000円にもならないこのご時世、
「繰り下げ受給」は、非常にお得に見えるかもしれない。


長生きリスクという言葉もある。
働けるうちは働いて、年金暮らしの期間を少しでも短くしようと考えるのもわかる。

だが、その常識をちょっと疑ってみてはどうか。

果たして、75歳になったとき、そんなにおカネが必要だろうか――。

総務省の家計調査によれば、世帯主が60~69歳で二人以上の世帯の1ヵ月の生活費は約29万円。
さらに、75歳以上の世帯に限れば、支出は21万5151円まで減少する。
歳をとるほど、おカネはいらなくなるのだ。

「繰り下げを選択すれば、確かに受給額は増えます。
しかし、繰り下げた期間に大病をしたり、寝たきりになってしまえば、元も子もない。
自由に動けないときに、おカネが増えても、無用の長物になるだけです。

いっぽう、60歳からの繰り上げ受給を選択すると、
65歳からの受給に比べて、1ヵ月の受け取り額は7割ほどに下がりますが、
かわりに、元気なうちから、年金を使うことができます。

私自身も夫婦そろって繰り上げを選択し、旅行などの趣味の費用にあてています。
家庭の状況に応じて、受給方法を決めれば良いでしょう」
(社会保険労務士の田中章二氏)

いわば、受給を繰り下げるのは、
「自分の時間」を削って働き、対価として、後でおカネを高くもらうことと同義だ。
寿命が伸び続けているとはいえ、心身ともに健康に過ごせる時間は限られている。

その貴重な時間に、繰り上げ受給で受け取れる年金を活用し、
仕事と生活のバランスをとりながら長生きをしたほうが、
結果的に幸せなのではないか、というわけだ。

             

実際、国民年金保険料を40年間支払った人が、
男性の平均寿命に近い81歳で亡くなるケースを考えてみよう。

仮に、この人が75歳まで受け取りを繰り下げた場合、
1年間にもらえる金額は、143万3912円と非常に大きい。

だが、81歳で亡くなるまでの受給期間はわずか6年間となり、
合計の受給金額は860万3472円にとどまる。


これに対し、繰り上げ受給を選択し60歳から年金を受給していた場合はどうなるか。

年額は54万5510円と大きく下回るが、81歳になるまでの21年間でもらえる総額は、
1145万5710円にもなる。

60歳から受給していたほうが、285万円以上も多くの金額を手に入れることができるのだ。

なにより、一番損なのは75歳の繰り下げ受給を申請しながら、
受け取り開始前に死亡した場合だ。

そうなれば遺族は、死亡一時金しかもらえない。
その金額は、高くてもわずか32万円。

コツコツと膨大な保険料を納めてきても、
死んでしまえば、支払われるのは、たったこれだけだ。

年金受け取り前にしろ、後にしろ、自分がいつ死ぬかは、誰にもわからない。
一見、大きく得できるように思える「受給の繰り下げ」には、大きなリスクが潜んでいる。


             

☆「60歳と5ヵ月」がベスト

こうして見ると、「後で高く」もらう繰り下げ受給より、
「先に長く」もらう繰り上げ受給のほうが、
いかに安心して年金を受け取れるかがわかるだろう。

では、実際に60歳からの繰り上げ受給を開始する場合、どのように手続きすればよいのか。
用意するのは以下の3つの書類だ。

・年金請求書

まだ60歳になっていない人には、60歳の誕生日を迎える約3ヵ月前に
日本年金機構から自宅に送付されてくる。

・繰上げ請求書

最寄りの年金事務所で受け取り、必要事項を記入しよう。

・住民票等の生年月日が確認できるもの

あとは、年金手帳と、年金の受け取り先となる金融機関の通帳類、印鑑を持って、年金窓口で申請すればいい。
申請者の雇用状況などによっては、一部追加書類が必要な場合もあるが、窓口で丁寧に説明してもらえる。

              

ただし、繰り上げの手続きをしてから、実際の受給にいたるまでには、時間がかかる。
「一般的に、申し込みから受給までは、3ヵ月半くらいかかります。
手続きをした翌月に振り込まれるわけではないので、誕生日が来たら早めに手続きをしましょう」
(社会保険労務士の北村庄吾氏)

さらに、定年直後の60歳から年金を受給しつつ、
あわせてなにか新しい仕事を検討する場合に、北村氏が勧める裏技がある。
それが、「60歳と5ヵ月」からの繰り上げ受給だ。

「60歳で定年を迎えたときに、一旦ゆっくりと今後の仕事をどうするか考える時間を持つとよいでしょう。
ハローワークに行って求職の申し込みをすれば、
4週間に一回の失業の認定日が設定され、約5ヵ月間(最大150日)の失業給付を受けられます。

1日あたりの金額は、定年前の半年の給料の金額で決まりますが、
だいたい6000円前後、これが30日で約18万円になります」

人によっては、年金を60歳ちょうどから繰り上げて、
月々受け取る場合よりも多い金額を、失業給付で手に入れることができるのだ。

「年金と失業給付は、同時には受け取れないので、
失業給付を受ける5ヵ月が過ぎてから、繰り上げ受給を開始すればよいのです。
こうすれば、60歳ピッタリから受給した場合に比べて、5ヵ月分の減額率を抑えることもできる」
(前出・北村氏)

10年以上後の割り増しの数字に騙されるのではなく、
元気なうちから長く年金を受け取り、趣味や家族との付き合いなどに、充実した時間を費やすことが、
60歳以降の「最善の選択」だろう。・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
              

私は2004年(平成16年)の秋に定年退職を迎える半年前の頃、
定年退職後の失業保険に関して、当初は申請して、5ヶ月分の失業手当を頂こうと思ったりしていた。、

この当時の7月頃になると、家内の父が腎臓癌で入退院を繰り返してきたが、
更に悪化状況になり、家内の母と家内は一日交代で、ある大学病院の個室で夜通し看護する身となった。
この間、家内は40代の初めからテニスに熱中していたが、これ以降断念したりした。

家内は我が家から2時間以上の電車に乗り、入院している病院に通ったりし、
帰宅後は疲労困憊の日々となった。

やがて家内の父は10月初旬に死去し、仮通夜、通夜、本葬、告別式、初七日と日々を過ごした後、

私の定年退職時の10月20日の正式日に迎え、退職後の書類、退職金などで銀行廻りをしたり、
関係先、知人に退職の挨拶した御礼の葉書を郵送したりし、慌ただしい日々を過ごしたりした。

こうした中、この当時は数年前の頃から、大企業もリストラ烈風で失業された人達も多く、
私は勤める意志なく、求職される方たちの真摯な様子をホームページ、新聞、テレビのニュースなどで、
知ったりしてきたので、
失礼と思ったりした。

その上も、家内の父が死去された後の失墜感も加わったりし、失業保険の申請書を破棄したりした。


こうした心情の中、定年退職記念旅行は延期、失業保険は断念した予定外のことであったが、
この人生は予定通り進まないことも多くあるので、私なりに後悔はしなかった。

そして11月下旬に亡くなった家内の父の四十九日の法要、納骨を終えた後、
私たち夫婦は、独り住まいとなってしまった家内の母を誘い、
お寺の付近の最寄駅の延長にある亀山湖の観光ホテルに3泊4日で滞在した。

              

ここ10年、雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、
私たち夫婦はお互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごして、早や14年目となっている。

ここ数年は会社時代の少し先輩、或いは後輩の68歳が、いずれも大病で入退院を繰り返した後、この世を去ったり、
ご近所の私と同世代の知人が、突然に脳梗塞で死去されて、数か月の先は誰しも解らない、冷厳なこの世の実態に、
私は震撼させられたりしてきた・・。
                      
もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
歩くことが何より健康体の源(みなもと)と思い、そして適度な熟睡する睡眠、或いは程ほどの食事が、
セカンドライフ健康体の三種の神器として思い、やがて信愛を重ねて過ごしている。


私たち夫婦は、幸運にも大病に遭遇せず、今日を迎えている。

           

ときおり家内から、働かなくても・・何とか私たちの生活できるのだから、ありがたいわ、
と言われたりするたびに、
私は拙(つた)ない自分の半生のひとこまが、走馬灯のように甦(よみがえ)ったりして、微苦笑する時もある。

今回の記事の『年金は「後で高く」より「先に長く」もらう、が正解だった』は、
早めに年金を頂く方がお得感がある論説であったが、
もとより年金受領時は、それぞれの御夫婦のセカンドライフの話し合いに決定されるよなぁ・・
と私は微苦笑したりしている。

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「小太り」が一番長生き、高齢者の私は学びながら微笑み、やがてブラス思考の私でも微苦笑をして・・。

2018-06-05 16:24:32 | ささやかな古稀からの思い

昼過ぎ、ときおり愛読している朝日新聞社系の基幹サイト【AERA dot.】を見ている中、
【 「小太り」が一番長生き! メタボに隠された“金儲け”の図式  】と見出しを見てしまった。

私は東京の調布市の片隅に住む年金生活の73歳の身であるが、
過ぎし2004年(平成16年)の秋、私は定年退職となった時は、
身長は170センチで体重は70キロであった。

この後、多々の理由で
年金生活を始め、定年退職までは何かと悪戦苦闘が多かった為か、
年金生活は予測した以上に安楽と感じ、やがて体重は75キロ前後となっている。

こうして恥ずかしながら、肥満体のグループになっているりで、
今回、「小太り」が一番長生き!・・、と見出しを見た時、ほんとう・・と思いながら、
記事を精読してしまった。

この記事の原文は、『週刊朝日』の2018年2月9日号に掲載された記事で、
ヘルス担当の亀井洋志さんが綴られた記事であり、
【AERA dot.】に於いて2018年2月3日に配信され、
無断であるが記事の大半を転載させて頂く。

               

《・・生活習慣病を発症する諸悪の根源として、冷たい視線にさらされてきたメタボ。
ところが、標準より、
ちょっと“お太りさま”のほうが、
実は健康で、長生きできるというデータもある。

だが、厚生労働省の都合で、メタボ認定されれば、治療対象にされてしまっている現実がある。

 

日本人も小太りが長生き(週刊朝日 2018年2月9日号より)

              

「肥満外来」がある愛誠病院(東京都板橋区、台東区)の静脈瘤センター統括医師の新見正則氏は、
1万人以上の肥満の患者を診てきた。

その経験から「痩せている人よりも、
太っている人のほうが、元気で長生きするケースが少なくありません」と語る。
(略)


BMI(体格指数)は、肥満の度合いを測る数値で、
計算式は体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)だ。

身長1メートル70センチで70キロの人なら、BMIは24.22だ。
普通体重はBMI 18.5~25未満とされ、18.5未満は低体重(痩せ型)、
25~30未満が肥満(1度)、30~35未満が肥満(2度)などと定義されている。

日本では、もっとも病気になりにくい理想体重は、22ということになっている。



しかし、現実はどうやらちがう。
『メタボの罠』などの著書がある東海大学名誉教授の大櫛陽一氏は長年、健康診断のデータを分析してきた。
「BMIレベルと総死亡率」では、80歳以上は別として、
男女とも最も死亡率が低いのは、25.1以上~30.0の人たちだ。


「BMIレベルと原因別死亡率」でも同様の結果になっているが、
男性は27.0以上でも、普通体重の範囲内の22.0~24.9よりも低い。


大櫛氏が説明する。
「ちょっとメタボ気味で、小太りの人が、一番死亡率は低いのです。

むしろ、痩せると、がんや呼吸器(肺炎)、心疾患(心筋梗塞など)の死亡率が高くなります。
特に、がん細胞はエネルギーを消費するので、栄養状態が悪く、痩せている人は、早く体力が奪われる。
がんに対する抵抗力は、小太りの人のほうがあるのです」


              

周囲から白眼視され、日頃から「痩せろ」圧力に苦しんできたぽっちゃりさんには
朗報ではないか。

それでは、なぜ一番元気な体重クラスの人たちに「肥満」という、
病気であるかのようなレッテルが貼られてしまったのか。

実はカラクリがある。
問題なのは、BMI25~30未満のカテゴリーをWHO(世界保健機関)は
「過体重」と定義しているが、
日本では「肥満」認定。

愛誠病院の新見氏がこう指摘する。

「WHO(世界保健機関)の基準では、BMI30以上から肥満です。

例えば身長170センチの人なら86.7キロ以上になりますが、
日本では、72.25キロ以上で、肥満にされてしまう。

              

私はここに“悪意”を感じます。
『肥満』で、お金儲けしようという人たちが、介入しているのです。
本当の健康とは無関係に、設定値を下げれば、薬が処方されるケースが増大します」


また、大櫛氏によると、日本人は先進諸国で最もスリムで、
BMI30以上になるのは、成人(20~74歳)で男女とも約3%しかいない。


「ところが、25以上にすれば約25%の人が該当し、4人に1人が肥満になる。
基準を下げたのは、臨床の学会である日本肥満学会です。

たった3%ではインパクトがなく、スポンサーの関心が集まらないからです。
それに厚労省も飛びついてしまった」


日本では、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の診断基準も、
欧米より厳しく適用されているという。

厚労省がメタボ撲滅キャンペーンを推進し、
特定健診(メタボ健診)・特定保健指導が始まったのは、2008年のこと。

40~74歳までの公的医療保険加入者で将来、病気になりそうな人を対象に、
医師などが介入することで、病気の発症を予防することを目的として、医療費の抑制が図られた。

              

日本版メタボの基準はBMI25以上で、
ウエスト周囲径が男性85センチ以上、女性90センチ以上で、
高血圧、脂質異常、高血糖のうち二つ以上が該当する状態。

基準値は、血圧130mmHg/85mmHg以上、中性脂肪150mg/dL以上またはHDL40mg/dL未満、
空腹時血糖値110mg/dL以上となっている。

健診や人間ドックの検査結果で、これらの数値に一喜一憂する人も少なくないだろう(以後、単位は略す)。


ウエスト周囲径は、内臓脂肪が100平方センチを超える「内臓脂肪型肥満」を判定する目安になっている。

新見氏がこう指摘する。

「本来は、CTでおなかの断層写真を撮って、正確に測るべきなのに、
それが手間だからと、ウエストだけ測ってメタボの最初の関門を通過させている。

治療しなくてもいい人まで、治療していることになりますが、
内臓脂肪は、食事や運動など生活習慣の改善で減らせます。
私なら投薬はしません」

              

また、メタボばかり強調することで、痩せている人の病気を見逃すという弊害が起きる。

大櫛氏によれば、日本では「痩せ」の糖尿病が多く、
発症した人の55%は、BMIが25未満だという。

一方で、世界一の長寿国にもかかわらず、血圧や中性脂肪の基準を欧米より厳格化し、
「健康な人を病院に送り込んでいる」と言う。


「中性脂肪は150以上でメタボになりますが、この基準にはまったく根拠がない。
実は中性脂肪が200、300以上と多い人ほど、死亡率が下がるのです。

中性脂肪による健康への影響は少なく、欧米で薬物治療を開始する基準は1千以上です。
日本では0.1%しかいません」(大櫛氏)


高血圧の目標値も「180/100」→「170/90」→「140/90」と順次下げられ、
現在の数値に至っている。

加齢によって、血管の弾力性が低下し、正常血圧は年齢に伴って上昇する。
しかし、年齢にかかわらず「130/85」を目標値にしているため、治療の対象者はどんどん増大している。


「日本人が一番多く飲んでいるのが、血圧の薬です。
降圧剤と血管拡張剤を合わせると、年間9千億円という巨大市場になっています。

              

血圧は、必要だから高くなるのであって、
薬で下げると、脳に必要な酸素や栄養が行かなくなる。

もっと怖いのは血流が乱れることで、血液の流れが滞って、脳梗塞を起こしやすくなるのです。
血圧が上がる原因は、閉鎖不全弁膜症、貧血、腎動脈狭窄などの病気があります。

原因を取り除かなければならないのに、血圧だけ単に下げるというのは、最悪の治療法です」(同)


基準を厳しくすれば、当然のことながら、患者数は増加し、そのぶん薬剤の使用量も増える。
おかげで国民医療費は、抑制されるどころか年々膨らむ一方で、
2015年度は42兆3644億円に上っている。


また、欧米では、肥満を原因とする心疾患で亡くなる人が多いが、
日本の死因トップは、がんだ。

肥満よりも「痩せ」のほうが、リスクは高いのだ。
いま、身体的機能だけでなく、心理面や社会活動が低下した「フレイル」という状態が懸念されている。
メタボばかり悪者にしていたら、国民の健康を守ることはできないのではないか。

              

最近になって、従来にはなかった「メタボ」と「フレイル」の健康余命を分析した
調査結果が注目されている。

昨年10月、東京都健康長寿医療センター研究所が発表したもので、
65歳以上の高齢者約1500人を平均7年間追跡調査。

要介護状態になったり死亡したりする「自立喪失」の発生リスクを、
「メタボ」と「フレイル」で比較、検証したのである。


「フレイル」の定義は
【1】6カ月以内に2~3キロ以上の体重減少
【2】握力が男性26キロ未満、女性18キロ未満
【3】「自分が活気にあふれていると思いますか?」の質問に「いいえ」と回答
【4】通常歩行速度が1.0メートル/秒未満
【5】外出が平均1日1回未満

5項目のうち、三つ以上該当すれば「フレイル」、一~二つ該当すれば「フレイル予備群」としている。


検証の結果、メタボやメタボ予備群は、「自立喪失」リスクとの関連性は認められず、
むしろメタボではない人のほうが、自立喪失、要介護、死亡のリスクが高まる傾向が見られた。

フレイルはより深刻で、リスクが非フレイル群の2.4倍、フレイル予備群は1.5倍と高率となった。


研究チームの北村明彦・同センター研究部長が説明する。
「高齢者に限って言えば、メタボよりフレイルのほうが、深刻な影響を及ぼしています。

さらに驚いたのは、75歳以上の後期高齢者より、前期高齢者のほうがフレイルの影響が大きかったのです。
前期高齢者は現在の特定健診に含まれていますから、
メタボより、フレイルになっている人の保健指導を行う重要性が明らかになりました」


痩せて栄養不足になると全身的に衰え、抵抗力が低下する。
筋肉の衰えを防ぐために筋トレやウォーキングなどの運動と、
食事もしっかり10品目(卵、海藻、緑黄色野菜、いも、果物、油脂、牛乳・乳製品、大豆、肉類、魚介類)
とることを推奨している。


(略) とはいえ、BMI30を超えてしまっては、生活習慣病リスクが確実に高まるのでご用心。・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
              

私は定年退職直後は、身長は170センチで体重は70キロであったが、
この後、多々の理由で年金生活を始め、定年退職までは何かと悪戦苦闘が多かった為か、
年金生活は予測した以上に安楽と感じ、やがて体重は75キロ前後となっている。

この間、肥満と感じて、食事の見直し、そして散策の距離を長くして、
一時は72キロまでダイエットできたりしてきた。

日常の午前中のひとときは、私は独りで、我が家から歩いて3キロ範囲にある遊歩道、小公園を散策をし、
四季折々の季節のうつろいに心も身もゆだねながら、
いつの日にか認知症、或いは脳梗塞などの難病に遭遇したら、困窮するので、
ひたすら歩き、ときおり大股で歩いたり、或いは足早に歩くことが多くなっている。

しかしながら家内との共通趣味のひとつの国内旅行に於いて、
その地の地酒が美味しく呑んだり、料理も美味しく、過ごしたりすると、
あえなく体重が増えたりしてしまった。

或いは夏の暑い時は、歩く距離も短くなり、
居間でクーラーの冷風に身をあずけて、読書をしたりしてきた。

このように一年の中でも、体重は3キロぐらいは変動してきた。

今回、「小太り」が一番長生き!、できる傾向がある、と私は初めて学び、
もしかしたら80歳の誕生日を迎えた時、健康寿命の範囲で自立した生活が過ごせる、
かしらと微笑んだりした。

              

しかしながら、たとえば90代は、私はお断りしたいなぁ・・と思ったりしている。

過ぎし2010年8月下旬の頃に、私は医学博士で病院長の帯津良一さんに、
書物でめぐり逢えた。


《・・(略)・・
「いたずらに死を恐れるあまり不要に長生きしても意味がない」と考えるようになったのは、
このホリスティック医学の考え方に共鳴し、
その理念に基づいて自らの病院を設立した40半ば以降です。
・・
(略)年齢に関していえば、80歳くらいまで生きれば十分ではないですか。
もちろん、肉体面でも精神面でも人それぞれ個人差がありますから一概には言えません。

しかし、自力で自由に動けるのは、せいぜい80代まででしょう。
90代になると、何かしら衰え、欠けてくる。
いくら頭がしっかりとしている人でも、足腰が立たなくなったり、その逆のケースも起こります。

ましてや100歳なんて、どんな人でもポンコツになっているはずですよ(笑)。
おめでたいと言うけれど、100歳以上は、やはり「生き過ぎ」だと私は思います。・・》

こうしたことを私は学び、人生は程々生かしてくれれば・・と何かとプラス思考の私でも思い深めている。

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低栄養が招く衰弱、筋肉減少の恐怖、具体的な対策、初めて高齢者の私は学び、やがて微苦笑を重ねて・・。

2018-06-04 15:23:45 | ささやかな古稀からの思い

昨夜、ときおり愛読している時事通信社の基幹ネットの『JIJI.COM』を見ている中で、
【 低栄養が招く衰弱、筋肉減少
         「フレイル」「サルコペニア」の恐怖  】と題された見出しを見たりした・・。

私は東京の調布市の片隅に住む年金生活の73歳の身であるが、
衰弱、筋肉減少は高齢者73歳の私にとっては、健康寿命の天敵と思え、
どういうことですか、と思いながら記事を読んでしまった。

この記事の原文は、鈴木 豊、喜多壮太郎おふたりの記者が纏められた記事であり、
『JIJI.COM』の中の『時事メディカル』に2018年6月2日に配信され、
無断であるが記事の大半を転載させて頂く。

            

《・・
高齢者は、日常生活の活動量減少による食欲低下などから、
食事を十分取らず、低栄養状態に陥りやすい。

その結果、全身が弱って外出することが難しくなる「フレイル」や、
筋肉量が減少する「サルコペニア」になるケースもある。

フレイルやサルコペニアの認知度は低いが、日常生活に大きな影響を与え、
寝たきり状態を招く恐れもあるため、決して軽視できない。

フレイルやサルコペニアの症状は、
加齢による全身の機能低下が目立つ75歳以上の高齢者で、問題になっていた。

しかし近年、糖尿病や慢性閉塞性肺疾患(COPD)、慢性心不全、肝機能障害などを患っている人の場合、
50~60代でも前駆的な「プレフレイル」「プレサルコペニア」の症状が見られる。
このような状態にどう対応したらよいか、専門医や管理栄養士に聞いた。

            

◇大事なのは全身状態

一部の若年性認知症などを除き、原則として75歳以上の患者の診療を専門とする
東京医科大学病院(東京都新宿区)高齢診療科の羽生春夫教授(老年医学)は
「高齢になればなるほど、病気の治療だけでなく、全身の状態をどれだけ良好に保てるかが、重要になる。
全身の状態の悪化を少しでも緩やかにすることが、患者がどれだけ自立的に日常生活を送れるかどうかを大きく左右する」
と強調する。

このため、初診時には認知症やうつ病などともに、
「フレイルになっていないか」、「サルコペニアの兆候はないか」といった点も含め、
全身の状態の把握に努めるという。

一般的にはあまりなじみのないフレイルには、数値化され統一された判断基準はない。
ただ、注意すべき複数の項目が提唱されている。

主なものとして、
①意図せずに、年単位で生じた一定以上の体重減少
②強い疲労感
③歩く速度の低下
④握力などの筋力低下
⑤日常の歩行や家事など活動量の減少―
などが挙げられている。

このうち、該当するのが3項目以上ならフレイル、それ未満であれば、注意が必要なプレフレイルとされている。

しかし、実際にフレイルやサルコペニアの兆候があっても、医療現場で施せる治療は少ない。

「基本的には、十分な栄養の摂取と散歩など低負荷の運動の励行が、一番の対策だ。
その意味では、介護分野との連携が重要になってくる」と羽生教授は話す。

このため「介護予防」、「転倒予防」などを目的に
地域で開催されているイベントに参加してもらうことも有効だ。

羽生教授は「フレイルやサルコペニアは、適切な対応を取れば回復することができる。
できるだけ早期に発見して、対応することが大切だ」と指摘する。
(略)

            

◇「キョウイク」と「キョウヨウ」

タニタヘルスリンクの管理栄養士・健康運動指導士の龍口知子さんは
「低栄養は、フレイルの原因の一つだ。
外出するのが嫌になる。
すると、おなかが減らないから、食べる量が減る。

外出するのか、家に閉じこもるのかは、健康に密接に関わっている」と話す。

龍口知子さんら同社のスタッフが、
自治体や企業を対象に開催する健康セミナーで、繰り返す言葉がある。

「キョウイク」と「キョウヨウ」だ。
「教育」と「教養」ではない。

「キョウイク」は、きょう行く所がある。
「キョウヨウ」は、きょうは用事がある―という意味だ。

「外出の機会があったり、他人とのコミュニケーションが保たれていたりすることが大事だ。
自治体などが開催する健康維持や介護予防のための教室に参加することは、とてもよいことだ」

            

 ◇10種類の食品を

管理栄養士・健康運動指導士の龍口知子さんは、
「高齢者にとって、なかなか取りにくいかもしれないが、
取ってほしい食品群のチェックリストがある」と言い、10種類の食品を挙げる。

10種類は、
①卵
②肉類(ソーセージやハムを含む)
③魚介類
④大豆製品
⑤牛乳や乳製品
⑥カボチャやニンジン、ホウレンソウなどの緑黄色野菜
⑦ワカメやヒジキ
⑧果物
⑨イモ類
⑩油脂―だ。

「①から⑤は、たんぱく室を摂取することで、筋肉をつくる。
⑥から⑧の食品は、ビタミンとミネラルが豊富。
⑨と⑩はエネルギー源となる」と言う。

この食品一つを1週間で、4、5回食べている場合は、「1点」とカウントする。

龍口さんは「合計で9~10点を取ることができれば、生活の質(QOL)が高いと言える。
大変かもしれないが、カレンダーに書き込んで、チェックするなどして、点数を上げてほしい」と力説する。

 運動面では、無理のないペースで毎日、歩くようにすることだ。
「『きょうは○○歩』といった目標を掲げても、
なかなか実行できないが、それは当たり前だと思ってほしい。

『きょうは、きのうより多く歩いた』、
『きょうは、少し足りない』という意識を持ってもらえたらよい」

 筋肉トレーニングなども有効だが、龍口さんはお金のかからない方法も勧める。
「駅では、エスカレーターではなく、できるだけ階段を使う。
ショッピングセンターに行った時は、駐車場の最も遠い場所に自動車を止め、店舗まで長い距離を歩く」。
お金がかからない健康法だ。・・》


注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
            

私は5歳若い家内と共に過ごし、私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、
たった2人だけの家庭である。

過ぎし2004年(平成16年)の秋、私は民間会社の中小業のある会社に35年近く勤めて、定年退職となり、
この間、幾たびのリストラの中、何とか障害レースを乗り越えたりしたが、
最後の5年半はリストラ烈風が加速され、あえなく出向となった。

そして遠い勤務地に勤め、この期間も私なりに奮闘した結果、
身も心も疲れ果てて、疲労困憊となり、定年後はやむなく年金生活を始めたひとりである。

            

年金生活を始めた当初は、身長は170センチで体重は70キロであったが、
定年退職までは何かと悪戦苦闘が多かった為か、年金生活は予測した以上に安楽となり、
13年半を過ごしてきた。

こうした中で、体重は75キロ前後となり、肥満体のグループになってしまった、
と微苦笑する時もある。

もとより肥満体は、多くの大病の根源で、やはり健康寿命の天敵と思ったりしている。

            

定年前のサラリーマン時代の私は、数多くの人たちと同様に多忙で、
家内は我が家の専守防衛長官のような専業主婦であり、日常の洗濯、買物、料理、掃除などの家事で、
家内なりの日常ペースがあり、この合間に趣味などのささやかな時間で過ごしてきた。
         
そして定年後の年金生活を始めた時点、私はこのペースを崩すのは天敵と確信し、
平素の買物専任者を自主宣言したりした。

そして家内から依頼された品を求めて、自動車も所有できない我が家は、
私は独りで歩いて7分前後にある最寄のスーパー2店か、
或いは最寄駅まで15分前後歩いて、数多くスーパー、専門店で買い求めたりしている。

最寄駅までは、利便性ある路線バスは頻繁に走行しているが、季節のうつろう情景を眺めたり、
歩くことは何よりの健康の源(みなもと)と信愛している私は、原則として路線バスに頼らず、
ひたすら歩いて往還している買物メール老ボーイとなっている。

帰宅後、やはり私は独りで、我が家から歩いて3キロ範囲にある遊歩道、小公園を散策をし、
四季折々の季節のうつろいに心も身もゆだねている。

こうした根底として、もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
いつの日にか認知症、或いは脳梗塞などの難病に遭遇したら、困窮するので、
ひたすら歩き、ときおり大股で歩いたり、或いは足早に歩くことが多くなっている。

            

今回の記事に於いて、低栄養が招く衰弱、筋肉減少には、
現在の私は幸運にも該当しないでいる。

しかしいつの日にか、体力が今より衰えて買物、散策の意欲がなくなった時、
或いは足腰が弱くなり、杖を突いて歩くようになった時などを私は思い馳せたりした・・。

《・・「キョウイク」と「キョウヨウ」だ。
「教育」と「教養」ではない。

「キョウイク」は、きょう(今日)行く所がある。
「キョウヨウ」は、きょう(今日)は用事がある。・・》 

タニタヘルスリンクの管理栄養士・健康運動指導士の龍口知子さんら同社のスタッフが、
自治体や企業を対象に開催する健康セミナーで、繰り返す言葉は、
弱った高齢者に
鼓舞し、激励させる値千金の銘言と思い深めている。

そして《・・運動面では、無理のないペースで毎日、歩くようにして、
・・『きょう(今日)は、きのう(昨日)より多く歩いた』、
『きょう(今日)は、少し足りない』という意識を持ってもらえたらよい・・


この銘言を友とすれば、介護される身は遠ざかって、自立した生活が過ごせるよねぇ・・、
と私は深く思い重ねたりしている。 

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橋田壽賀子さんの「わたしの理想の死にかた」の死生観、富も名声も無縁な私でも学び、多々教示されて・・。

2018-06-03 15:32:24 | ささやかな古稀からの思い

先程、ときおり愛読している文藝春秋の公式サイトのひとつ【文春オンライン】を見ている中で、
『 92歳の橋田壽賀子が語る「わたしの理想の死にかた」 』
と見出しを見てしまった。

私はテレビの番組は、NHKのニュース、ドキュメンタリーを視聴する程度で、
ドラマは殆ど視聴はしないひとりである。

しかしながらテレビ・ドラマで、倉本 聰さん、向田邦子さん、山田太一さん、橋田壽賀子さんが書かれたドラマだけは、
殆ど視聴したりして、人生の機敏など多々教示され、敬愛を重ねたりしている。

こうした中、橋田壽賀子さんは、テレビドラマの原作、脚本の『おしん』、『渡る世間は鬼ばかり』など
数多くの名作を放映され、多くの視聴者に感動をあたえている御方であり、

過ぎし2016年12月号『文藝春秋』に掲載された『私は安楽死で逝きたい』の記事を、
私も読み、動顛しながらも多々教示を受けたひとりである。

今回の記事に於いて、『 92歳の橋田壽賀子が語る「わたしの理想の死にかた」』に於いて、
改めて橋田壽賀子さんの死生観を私は学び、多々教示され、
富も名声も無縁な私でも、大半は同じような思案を重ねているので、
そうですよねぇ・・と共感をさせられたこともある。

            

この記事の原文は、文藝春秋オピニオンの『2018年の論点100』に於いて、
この中のひとつのテーマ、死期に備え準備、活動する“終活”。

近年書籍などではよく論じられるが、家族間で死について語ることは、いまだタブー視されがちである。
安楽死とは何を指すか、安楽死を悪用させないための仕組みづくりをどうするか。
自身も安楽死を望む橋田壽賀子さんの提言書である。

そして関連のネットの【文春オンライン】に於いて、2018年6月2日に配信され、
私は文藝春秋が発刊されている単行本、新書本、文庫本、月刊総合雑誌など、
長年に於いて購読しているよしみに甘えて、無断であるが転載させて頂く。

            
《・・
☆ 自分で判断ができるうちに、死ななければ 

私が安楽死を望むのには、私なりの理由があります。

もうじゅうぶんに生きて、仕事はやり過ぎるほどやったし、
世界中の行きたい場所へ行ったし、思い残すことは何もない。

夫には30年近く前に先立たれ、子どもはなく、親しい友人もいない。
天涯孤独の身だから、長く生きて欲しいと望んでくれる人もなく、
あの人のために生きていたいと願う相手もいない。

これ以上生きていても、世の中の役に立たない。


役に立たなくても、元気でいて、他人に迷惑をかけないうちはいいのです。
ところが私は92歳。

いまは自分で生活できていますが、この先いつ、身体の自由が利かなくなるか。
気づかないうちに認知症になって、何もわからなくなるかもしれません。

食事から下の世話まで、人さまの手を煩(わずら)わせるのは、私は嫌なのです。
これは、尊厳とプライドの問題です。


だからそうなる前に、自分で判断ができるうちに、死ななければいけません。
自殺はいけないことだし怖いから、死ぬ時期を自分で決めるには、安楽死しかないのです。

            


☆スイスは80万円で死なせてくれる

死が目前に迫ったとき、延命治療をしないのが、尊厳死。

安楽死は、さらに進んで、積極的に死期を早めることです。
尊厳死を法律で決めている国は、たくさんありますが、
安楽死は、ヨーロッパのいくつかの国とアメリカのいくつかの州でのみ合法です。

しかし希望すれば、誰でも死ねるわけではなく、
治らない病気で、耐えがたい痛みがあること、などの条件があります。
スイスにだけ外国人を受け入れてくれる団体があって、費用は80万円ほどだそうです。


正確には、ルールに則(のっと)った自殺幇助(ほうじょ)です。
したがって、医師が自ら注射や点滴をするのではなく、
処方された致死量の薬を、死ぬ人自身が飲むのです。


日本では、尊厳死は、認められていますが法律はなく、
あらかじめ「延命治療はしません」と意思表示をしておくことが必要です。

胃瘻(いろう)や人工呼吸器や延命のための点滴など、もちろん私はご免こうむります。
けれども尊厳死では、死期を選ぶことができません。
やはり安楽死でなければ、ダメなのです。


いわゆる「終活」は、89歳のときに始めました。
88歳から急に体力が落ちたこと。
90になったら、脚本の仕事から引退する、と決めていたこと。

「ママ」と呼んで親しくしてくれる女優の泉ピン子から、
「ママはもう、じゅうぶん歳を取ってるんだよ」と言われたことがきっかけです。

ドラマの原稿や放送されたビデオテープをはじめ溜め込んだ物を整理して、
段ボール10箱分捨てるだけで、2年かかりました。


合わせて、死んでも、公表しないと決めました。
目立たずにいつの間にかいなくなって、
「そういえばあの人、最近見ないわね。あら亡くなったの」というのが理想です。(略)

葬式も、偲(しの)ぶ会やお別れの会も、やらないと決めました。
葬式というのは、遺された家族のためのものです。

家族のいない私の葬式は、どうせお義理で来る人ばかり。
やらないほうがいいのです。

            

☆死を選ぶか生き直すかを考えるチャンス

日本人は、死について語ることを「縁起でもない」と言って避けようとします。
しかし、自分が死ぬときや、死んだあとに、どうして欲しいかをはっきりさせておかないと、
家族が判断に困ったり、迷惑したりすることになります。


そんなことを考えながら、いずれスイスへ行って、ひっそり死ぬつもりでした。
ところが、私のように安楽死したいと思っている人が、たくさんいることがわかりました。

それならば、みんなが外国へ行かなくてすむように、
日本でも法律を作って、基準やルールを定めればいいと思います。


私がイメージしているのは、
医師や看護師、弁護士、ソーシャルワーカー、心理カウンセラーなど5、6人のチームを組んで、
死にたいと申し出た人の希望を叶えるべきか、どうかジャッジする制度です。

医師は医学的な見地から診断し、カウンセラーは死にたいという申し出が
正常な精神状態でなされているかどうか判断し、弁護士はその人の社会生活や家族関係を調べます。

借金やら保険金やらの理由で、死ぬことを望んでいないか調べ、家族の賛否を確かめるためです。
そうやってチーム全員が、OKを出した人だけ、めでたく死なせてもらえるのです。


反対に「あなたは生きなさい」という判定が下された人には、同じチームが引き続き支援します。

死なせてあげるべき人には、望みを叶えてあげ、
生きるべき人には、生き直すチャンスとなる制度です。
自殺者も減ると思うのですが、どうでしょうか?

            

☆親の介護で、子どもを犠牲にしてよいのか

近頃、親の介護のために、子どもが仕事を辞めた、という話をよく耳にします。
親も子も、それを望むのなら、かまいません。

けれども親がそのことを負担に感じ、重荷になりたくないと悩みながら、
なすすべがない場合は、どうすればいいのでしょう?


老々介護に疲れ果て、妻が夫を殺して無理心中、といったニュースもよく流れます。
本当に胸が痛みます。

こんな場合、妻の命だけでも、救うことはできないのですか? 
それに、運よく死ねたらいいようなものの、
妻だけ生き残ったら、夫に対する殺人です。

安楽死の法律があれば、こうした悲劇も減らせるのではないでしょうか?


自殺を推奨したり、障がい者にマイナスとなる恐れがあるなら、
高齢者限定の法律にすればいいのです。

重い病気で死期が迫っていなくても、ある程度の歳になって
「じゅうぶん生きた。もういいわ」と思う人には、
自分からおさらばする権利をもらえないものでしょうか?・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
            

私は東京の調布市に住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は私より5歳若い家内とたった2人だけの家庭である。

そして雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、
私たち夫婦はお互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごして、早や14年目となっている。

こうした中、私たち夫婦は幸運にも大病に遭遇しないで、今日に至っている。

しかしながら、いつの日にか介護になる身・・やがてあの世にいく葬儀、お墓・・
こうしたことは、漠然としながらも私たち夫婦は、話し合っている。

私たち夫婦は、お互いに死が目前に迫ったとき、延命治療をしないのが、尊厳死の範疇であり、
自分で食物を口に運べなかった時は、死ぬ時だ、と私は家内に幾たびも言ったりしている。

            

葬儀に関しては、家族葬としている。
私は家内には、俺が死んだ時は家族葬で、
和花と音楽に包まれて、出来うる限り質素にして貰いたい、とここ15年ぐらい言ったりしている。

私は父親、祖父、次兄、母親、そして親戚の叔父、叔母、或いは知人などの数多くの葬儀に参列してきた。
こうした中で、自宅で通夜、告別式、或いは寺院の斎場で通夜、告別式が執り行われ、
多くの会葬者を観たりしてきた・・。

私はサラリーマンを定年退職し、早や13年半が過ぎた年金生活の身であり、
官公庁、民間会社で栄達された人とは、遥かに遠い平凡な人生を歩んできたりした。

こうしたことで、遠い親戚、知人、友人も高齢者の方が多く、わざわざ通夜、葬儀に参列して頂くより、
これまでの私の人生の歩みで、欠かすことのできない血は水よりも濃いと称せられる親族で、
ささやかに葬儀をしてもらいたい、と願っている。

そして私の生家(実家)は曹洞宗なので、やはり生家(実家)の墓地のある寺院の方に読経して頂くが、
通夜、告別式の5分ぐらいの簡略なお経でよい、と思ったりしていたが、
これらを省略しても差し支えないと思ったりする時もある。

            

お墓に関しては、私は1944年(昭和19年)の秋に農家の三男坊として生を受け、
分家のような形で、実家の近くに住んでいる。

こうした中、実家のお墓の近くに墓地を買い求めるに、たまたま子供に恵まれなかったので、
一代限りとなるので、いつの日にか、私たち夫婦が亡くなった後、
長兄の子供である甥っ子ふたりに何かと面倒をかける、と思いながら、長らく躊躇(ためら)ってきた・・。

結果的にし、一昨年の春、樹木葬ができる墓地、
私たち夫婦は、いつの日にか、亡くなった後は、死者は土に還えれる、と深い思いで買い求めてきた。

            

そして介護に関しては、私たち夫婦の両親は、家内の母だけとなり、
我が家より遠方の地に独り住まいとなっている。

こうした中、家内は家内の妹と連絡しあって、家内の母の介護をし、
ときおり家内は家内の母宅に6泊7日前後で、ここ3年は行ったりしている。

こうした関係で、私は我が家で『おひとりさま』の生活をする時もあり、
家内が帰宅後に、介護の難題を少し聞いたりしているので、私は溜息を重ねたりして、
介護する周囲の人たちにも、生活の影響をもたらすこともあり、大変さを少し学んでいる。

            

今回の橋田壽賀子さんの死生観を改めて学び、富も名声も無縁な私でも、
そうですよねぇ・・と共感をさせられたりしている。

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60~70代夫婦の『へそくり』は平均金額436万円、私は驚きながら学び、やがて微苦笑を重ねて・・。

2018-06-02 14:48:48 | ささやかな古稀からの思い
先程、愛読しているネットの『プレジデントオンライン』を見ている中で、
【 不機嫌な妻のへそくり額は平均900万円だ
     ~家庭が険悪なほど 妻は貯め込む~ 】と衝撃的な見出しを見たりした・・。

私は東京の調布市の片隅に住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
ささやかな年金生活を過ごして、早や14年生となっている。

私は平素は何かと単細胞でロマンチストであるが、虎の子と称されている老後資金は、
シビアな面がある。

そして我が家は、国債はある信託銀行、貯金はある地方銀行、郵便局(ゆうちょ銀行)に預けて、
無念ながら我が家は金庫がなく、最寄のある地方銀行の貸金庫を年に数万円でお借りしている。

そして私たち夫婦は、お互いに『へそくり』もしていない。
こうした根底には、やはり家内となる人より婚約する前に、
お互いに隠し立てをしないようにしましょうねぇ・・と私は言われたりしたからでもある。

我が家で現金があるとすれば、お互いに数万円を所有し、
これ以外には特別予備金として10万円を保存している。

この特別予備金は、突然の親戚、友人、知人が、ご不幸で、
土曜日、日曜日にお通夜、告別式に備えて置いてある。

このような我が家の事情であり、寝食を共にされている御夫婦でも、
『へそくり』をされていることに、私は驚いてしまった・・。

しかしながら、どうしてなのょ、と思いながら記事を精読してしまった。

           

この記事は、ハルメクホールディングス 生きかた上手研究所 所長の梅津順江(うめづ・ゆきえ)さんの寄稿文であり、
『プレジデントオンライン』の2018年6月2日の配信されていた記事である。

そして60~70代の御夫婦のそれぞれの或る一面の心情を共有致したく、
あえて
無断であるが、この記事を転載させて頂く。

《・・60~70代夫婦に「へそくり」について聞いたところ、平均金額は436万円だった。

さらに「男女差」、「夫婦関係のよしあし」によって調べてみると、
男性より女性、円満夫婦より、不仲夫婦のほうが、へそくりを貯める傾向があることがわかった。

なかでも不仲夫婦の女性の平均額は、898万円だった。
なぜそれほど貯め込んでいるのか――。

           

☆へそくり夫472万、妻898万「シニア夫婦のギャップ」の意味

シニア女性向け雑誌『ハルメク』の「夫婦関係」特集に向けて、
私が所属している「ハルメク 生きかた上手研究所」では、
2018年1月に婚姻関係のある60~79歳の男女437人に「自分だけの『へそくり』はありますか」として、
webアンケートを行いました。

その結果、へそくりをしているシニアは53・5%、その平均金額は436万円であることがわかりました。

男女別にみると、男性は49・5%が、へそくりをもっており、金額は平均330万円。
女性は57・0%で、金額は平均514万円でした。

調査前、私自身は数10万円程度をこっそり隠す「たんす貯金」をイメージしていたため、
へそくり額が、数百万円単位であることに驚きました。

しかも、“隠し場所”は「たんす」ではなく、
自分名義の銀行口座に、堂々と預けているケースが多かったのです。
当人たちからは、後ろめたさのようなものは、あまり感じられませんでした。

今回の調査結果には、2つのポイントがあります。
ひとつは「金額は、男性より女性のほうが多い」、
もうひとつは「夫婦関係のよしあしによって、金額が変わる」ということです。

           

▼ポイント1 「男女比」男性よりも女性のほうが貯めている

へそくりの平均金額は、男性が330万円だったのに対して、女性は514万円でした。
女性は、男性より184万円多く、約1・6倍のへそくりを貯めていることになります

なぜ、女性のほうが男性よりも、へそくりを貯める傾向にあるのでしょうか。

webアンケートでは「いざというときのために」、「老後に備えて」という漠然とした回答しか得られなかったので、
追加でインタビュー調査を実施しました。

インタビュー対象は男性8人、女性8人の計16人。
夫婦関係についての回答(「非常に満足」、「やや満足」、「どちらともいえない」、
「あまり満足でない」、「まったく満足でない」の5段階で質問。

「非常に」、「やや」グループと「あまり」、「まったく」グループとに分類)に応じて、
男女4人ずつ4つのグループに分けて行いました。


インタビュー調査では、男性の場合、そもそも自分がへそくりをすることに興味関心がない、
また、妻がへそくりをしていても問題視しない、という考えを持つ人が目立ちました。

「相手のへそくりに興味はありません。
妻は(夫が)見る(詮索する)ことは嫌がると思うし」(63歳)

「家計は、全部かみさんに任せています。
男は、あると使っちゃうからね」(72歳)

           

☆「不仲夫婦」の妻が、平均の2倍以上の898万貯める理由

対照的に女性は、老後や年金に対する不安を踏まえ、リスクに備えているという意見が目立ちました。

「実家から相続したお金が、主人よりも断然多いです。
今はそれを使わず、自分の老後のお金に心配がないように貯金をしています。
残されるのは、私だから」(66歳)

「年金の支給開始年齢が上がったり、金額が減ったりして、生活が苦しくなる可能性があります。
それに以前、夫が投資で失敗して、全財産を失った経験もある。

だから、自分の親から譲り受けた(遺産の)大部分は、子供の教育費に使いましたが、
残りは夫に内緒で、300万円を確保してあります。
いざというときのへそくりは心強いです」(61歳)

           

▼ポイント2 「夫婦関係のよしあし」による格差は240万円

もうひとつのポイントは「夫婦関係のよしあしによって。金額が変わる」ということです。

webアンケートの結果によると、
夫婦関係に満足していると回答した人(以下、円満夫婦)の平均金額は410万円でしたが、
夫婦関係に満足していないと回答した人(以下、不仲夫婦)は648万円でした。

このうち「円満夫婦」の場合、平均金額は男性が308万円、女性が479万円でした。

インタビュー調査では「男のへそくりは、バレるもの。
見つかっちゃうと使われるか、ら貯金は任せています」(70歳)と話す男性もいました。

女性の場合、「私の場合は、へそくりがあることは、
夫に伝えてありますが、金額までは言っていません」(62歳)、

「夫が(計画的に)貯金できないので、自分たちの老後のために、自分が管理している」(74歳)との
回答が目立ちました。

今回の調査でのへそくりとは「自分だけのお金」のことですが、円満夫婦ではその存在を隠す必要もないようです。

一方、不仲夫婦は状況が違います。
母数が少ないためあくまで参考値ですが、男性が平均をやや上回る472万円だったのに対し、
女性は平均の2倍以上となる898万円でした。

           

☆いつ離婚してもいいように「準備」する不機嫌な女性

不仲夫婦の男性では、
「家内のお金は、全部知っている。わたしが管理しているから」(69歳)と家計管理を自ら行っているケースや
「自分も妻も、お金には苦労していない」(63歳)と経済的に余裕があるという声があがりました。

不仲夫婦の女性では、
「夫の借金を、私が返済したことがありました。
金銭問題で、相手を信頼できないところがあります」(66歳)と夫に対して不信感を抱いている人や、

「最後に守ってくれるのは、自分で管理した自分のお金だと思っています。
主人は(へそくりの存在を)知りません」(62歳)といった冷ややかな発言がありました。

また不仲夫婦の女性では、
「一度は離婚をリアルに考えたことがある」と口にする人もいました。

どれだけのへそくりを貯めているかは、わかりませんが、webアンケートの結果を考えると、
財産分与とは、別に約1000万円のへそくりがあれば、離婚しても生活に不安はない、
という算段だったのかもしれません。

           

▼それでも離婚しないのは「相手のため」

不仲夫婦は、配偶者に不満がありながらも、結婚生活を続けています。
その主な理由は「離婚すると、相手が生活できない」。
「相手のために、離婚しないであげている」という恩を着せた発言は、男女共通です。

ただし不仲夫婦の男性には、さらなる共通点がありました。
夫婦の共有財産であるへそくり以外の貯金についても、「自分のお金」と思っているのです。

結婚期間に築いた財産は、夫婦共有のはずですが、
「自分が稼いだ」という感覚が強い世代だからでしょうか。

そうした男性は、離婚しない理由を、「上から目線」でこう話していました。
「相手(妻)も小言をいいながらも、離婚(すると)は言ってこない。
相続とかに、メリットがないからではないでしょうか」(63歳)

「女房は、ひとりじゃ生活できない。
我慢してでも、一緒にいたほうがお互いにいいんですよ。
私は別にいいけど、向こうは、今より生活の質が落ちるのは嫌だろうからね」(69歳)

一方、女性はこう話していました。
「(子育てを終え)親の責任は終わったし、へそくりも2000万あるから離婚したい。
母にそう相談したら、右半身不随の病人(夫)をおいていく行為は
あまりにひどいと言われて思いとどまった」(66歳)

「実際問題、放り出したら夫はどうなるか。何もできない人だし。
これから何とか折り合いを見つけていかないといけない」(73歳)

まるで本心を無理やり覆い隠したようなコメントです。
配偶者を思いやっているようにみえますが、
実際には、伴侶としての「義務」を果たさなければならないことへの、負の感情が伝わってきます。

それはインタビュー調査だけでなく、webアンケートの結果からも裏付けられるものです。

不仲夫婦となれば、家庭の財産状況はわからなくなり、豊かな老後をすごすことも危うくなります。
お互いに「いつ別れてもいい」という準備を進めているようなものだからです。

そうならないためにも、若いうちからお互いのささいな不満に気づき、
解決していくコミュニケーションが、重要なのではないでしょうか。

「自分たち夫婦は、大丈夫」と思っている人も、
実は自分が伴侶の「気持ち」に気付いていないだけかもしれません。・・》

注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
           

私は記事を読み終わった後、それぞれの御夫婦で夫、妻の「へそくり」に関しての思いを
多々教示された。

私たち夫婦は、雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、
私たち夫婦はお互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごして、早や14年目となっている。


我が家の生計は原則として、私たち夫婦はお互いに厚生年金とわずかな企業年金を頂いた範囲で、
日常生活を過ごすことを原則としている。

そして耐久品の購入、冠婚葬祭、或いは私たち夫婦の共通趣味の国内旅行に関しては、
程々の貯金を取り崩して、ここ丸13年半ばかり過ごしてきた・・。

こうした中で私たち夫婦は、月初めには家計簿をお互いに確認しながら実施している。

もとより社会の少子高齢化の中で、公的年金は目減りは減少してきたので、
私たち夫婦は、お互い趣味の費用を捻出する為に、収支の実態をお互いに確認し、
ささやかに生活を過ごしたく、家計簿の月次決算をしている。

こうした家計簿は、私たち夫婦が結婚して以来しているので、
それぞれの名義の信託銀行、地方銀行、郵便局(ゆうちょ銀行)などの定期貯金など、
お互いに把握している。

そして私は、特に年金生活をしていると、たとえば家事は何かと大変と改めて実感させられ、
少なくとも家内に対しては、思いやり、感謝を態度に表して、明るく生活できるようにして、
早や結婚生活43年目となっている。
 
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パソコン、スピーカから音を流すだけでパソコンを破壊する「ブルーノート」、私は学び動顛して、やがて安堵を重ねて・・。

2018-06-01 15:24:21 | ささやかな古稀からの思い

昨日の夕方、ネットでニュースを見ようとパソコンを立ち上げ、
私はトップページとしては【YAHOO! JAPAN】に設定しているので、
トピックス・ニュースが表示される中のひとつには、
【 音だけでPC破壊 攻撃に注意 】と見出しがあった。

私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
ささやかな年金生活を過ごしている。

こうした中で、我が家はインターネットに関して、固定回線の光ファイバーの『フレッツ』を頼りに、
私は据え置き型のパソコンを利用している。

そして私は恥ずかしながらガラケーと称される携帯電話、
ましてスマホと省略されているスマートフォンも使えなく、
家内だけは、遅ればせながら一昨年の春以来、携帯電話を買い求めて利用している。

私はフェイスブック、ツイッター、そしてモバイルパソコンにも無縁であり、
無線のモバイル情報機器に遠い世界の出来事のような思いながら、
稀(まれ)な時代遅れの国民のひとりとなっている・・。

このような身であるが、せめて据え置き型のパソコンで、インターネットを通して、
ネット情報を入手している。

そして私は音楽も好きなので、ときおり【YouTube】を活用して名曲を鑑賞する時もある。

こうした関係で、音だけでPC破壊・・と知り、
パソコンで音楽などを聴いたら、パソコンが破壊される・・動顛したりした。

そしてどうしてなのょ・・と思いながら、クリックして記事を読んだりした。

               
        
この記事は、ネットの【CNET Japan】が、
『 PCをクラッシュさせる音響攻撃「ブルーノート」・・・スピーカから音を流すだけで 』と題された記事で、
5月31日に配信され、無断であるが転載させて頂く。

《・・セキュリティ企業のESETは、
ハードディスク搭載PCをクラッシュさせる音響攻撃「ブルーノート」に関して、
注意を呼びかけた。

PCのスピーカやPCの近くに置かれたスピーカから、
ある種の音を流すだけで、PCを使用不能な状態に陥れられるという。

なお、攻撃を受けるのはハードディスクなので、SSDのみを搭載しているPCは、クラッシュしない。

この攻撃は、ミシガン大学と浙江大学の研究チームが、デモンストレーションしたもの。
音楽である音程を意味する用語“ブルーノート”と、
Windowsのクラッシュ画面“ブルースクリーン”から、ブルーノート攻撃と呼ばれるようだ。

研究チームによると、音の振動で、ハードディスクの読み書きヘッドとプラッターがそれぞれ振動し、
振幅が限界を超えると、ハードディスクそのものが損傷したり、ソフトウェアが誤作動したりして、
ファイルシステムが破壊されクラッシュやリブートに至るという。

攻撃を実行するにあたり、特殊な装置は必要ない。
PCの内蔵スピーカや近くにあるスピーカから攻撃用の音を流すだけで、
ハードディスクにダメージを与え、結果的にPCをクラッシュさせられる、としている。

ブルーノート攻撃の対象は、スピーカとハードディスクが組み合わされたシステムであり、
PCに限定されない。
例えば、撮影した映像をハードディスクへ記録する監視カメラなども標的になる。

ただし、攻撃を成功させるには、100dbを上回る大音量をハードディスク近傍で出す必要があり、
現実的にはハードルが高い。

また、研究チームは、ハードディスクのファームウェアを改良することで、
音響の影響で発生する読み書きヘッドの振動を抑えるよう提案している。》

              

私は記事を読み終わった後、
《・・攻撃を成功させるには、100dbを上回る大音量をハードディスク近傍で出す必要・・》と読み、
ほっとして安堵を重ねたりした。

音響に詳しい友人から、
100db(デシベル)の音量は、ガード下で電車が通り過ぎるのを聞くぐらいの激しい音・・と
私は聞いたりしたことがあったからである。

そして私の愛用しているパソコンは、高音質のハイレゾ対応でスピーカーであるが、
いくら何でも、100db(デシベル)の音量までの性能もないし、
こんなに大音響を聴けたとしても、耳にも悪いよねぇ・・と微苦笑したりした。

しかしながら、ミシガン大学と浙江大学の研究チームが、
パソコンの近くで大音響を発生させて、影響度のテストを開発されて、今回デモンストレーションしたらしく、
英知ある研究チームは、色々と思案するよなぁ、と私は微苦笑したりしている。

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