峰野裕二郎ブログ

私の在り方を問う

since 2005

何故、勉強するの

2012年03月12日 | 私塾
もう30年近く前のことになる。長女の絵理子さんが誕生したその未明、私は、それまで12年間吸い続けてきたタバコを止めた。もちろん、赤ちゃんにとってタバコの煙が害になるのを知ってのことだった。生まれてきた赤ん坊のために禁煙を決意したのだ。
当時、私をよくご存知ない方にこの話をすると、たいてい「意志が強いんですね」と言われた。ところが、それまでに自分の都合で何度禁煙を試みたことか。その度、三日坊主で終わっていた。だから、そのとき何の苦痛もなくピタリと禁煙できたのを私自身本当に不思議に思えた。

タバコを止めるといいことがあった。実は、それまで年に数回、1週間ほど続く、嘔吐を伴う激しい頭痛に悩まされていたのだ。いくつかの大きな病院で精密検査を受けたがいずれも原因不明との診断だった。従って治療の方法もない。それが始まると、悶え苦しみながら、ただその痛みが遠のくのをじっと待つ、そんな日々が続いていた。
ところが、禁煙後その頭痛がウソのように消えた。それから30年、あの忌まわしい頭痛が再び私をさいなむことはない。

私は、生きる指針をそこに見つけることができた。人は、自分のために頑張れると思っているが、実は他者のためにこそ頑張れるのだということ。そして、私利を図ることなく他者のために行う純粋な行為こそが、自らに幸福をもたらしてくれるのだということをだ。
私には3人の娘がいる。そして多くの塾生が私の影響を受けようと私の元に通って来てくれている。私は、体験から得たこの貴重な生きる術を繰り返し彼女らに話している。
決して、自分のために勉強するのではない。将来、だれかのために、何かのために、自分以外のなにかのために力を尽くせるよう、今、学ばなくてはならないのだよ。そして、それこそが人が幸福になる道なんだよと。
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