台風が接近しているという。今のうちに用をすませようと外出した。雨は降っているが2・3日前ほど寒くはない。雨さえ降らなければ、調度いい気候なのだろう。金木犀も風雨で散っている。小さなオレンジ色の花が歩道で雨にぬれている。秋も深くなるのだろう。
慣れないせいか新しい携帯とタブレットの音に脅かされる。それでもなんとか使いこなせるようになった。金曜日の夜は大人の童話のようなNHKのドラマ「この声をきみに」を見ている。人の心がわからない偏屈な数学者が、妻と離婚をして「朗読」を通じて人のぬくもりを感じるようになるドラマのようだ。その数学者が離婚が成立して「からっぽだ」という。また、一緒に暮らせると思っていた家族とはもう暮らせない。その家へ帰ることがつらい。「からっぽ」がよくわかる、埋められない空間を何で埋めたらいいのかさえわからない。そんなからっぽを私はどうやってうめたのだろうか。
「からっぽ」も「満ち足りている」も同じような気がする。それは「生」と「死」が同じなのと一緒のような気がする。何もないということは幸いなのだ。(神の言うように)つくづくそう思う。雨のせいか今日は静かだ。料理をしながら、そばに誰かがいるような気がする。パソコンに向って仕事をしている。そんな日が好きだ。
慣れないせいか新しい携帯とタブレットの音に脅かされる。それでもなんとか使いこなせるようになった。金曜日の夜は大人の童話のようなNHKのドラマ「この声をきみに」を見ている。人の心がわからない偏屈な数学者が、妻と離婚をして「朗読」を通じて人のぬくもりを感じるようになるドラマのようだ。その数学者が離婚が成立して「からっぽだ」という。また、一緒に暮らせると思っていた家族とはもう暮らせない。その家へ帰ることがつらい。「からっぽ」がよくわかる、埋められない空間を何で埋めたらいいのかさえわからない。そんなからっぽを私はどうやってうめたのだろうか。
「からっぽ」も「満ち足りている」も同じような気がする。それは「生」と「死」が同じなのと一緒のような気がする。何もないということは幸いなのだ。(神の言うように)つくづくそう思う。雨のせいか今日は静かだ。料理をしながら、そばに誰かがいるような気がする。パソコンに向って仕事をしている。そんな日が好きだ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます