太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

カワグチくん ヨコタくん

2016-11-27 19:48:50 | 人生で出会った人々
私が子供の頃、祖父と父でやっていた会社で働く、カワグチくんとヨコタくんという青年がいた。

会社の2階が、ささやかな寮になっており、二人はそこで寝起きしていた。

彼らは毎日夕食を食べに我が家にやってきたから、うちは毎晩総勢9人で食卓を囲んでいた。

二人の青年は、私と姉をとても可愛がってくれた。

カワグチくんは、坊主頭に近い短髪で、目がくりくりしていて、

ヨコタくんは、無造作に七三に髪をわけて、切れ長の優しい目をしていた。

夕食の用意ができるまで、私は二人にまとわりついて離れなかった。

彼らはいつもおもしろい話をしては、私達を笑わせた。



ある時ヨコタくんが、幽霊を見た、と言った。

我が家から会社までは700mぐらいの1方通行の1本道で、今でこそ舗装され

両側には家やマンションがぎっしりと建っているが

当時は砂利道で、見渡す限り田んぼといった風景だった。

ヨコタくんが、軽トラを運転して我が家から寮に戻る時、前方の十字路に

白い着物を着た女の人が立っていたのだそうだ。

その十字路を過ぎてすぐ、カワグチくんが振り向いたら、そこには誰もいなかったという。

隠れる建物などない、田んぼの中の十字路である。

怖がりのくせに、人一倍不思議な話が好きな私は、何度もその話をせがんだ。



どのぐらいの間、彼らが我が家に来ていたのかはわからない。

私の記憶は途中で途切れて、気がつくと、寮のあった社屋は倉庫になり、

少し離れた場所に新社屋ができた。

新社屋ができたとき、カワグチくんもヨコタくんもいなくなっていた。



私がもうすぐ30になろうかという年の暮れに、祖父が他界した。

通夜の席に、ヨコタくんがいた。

私はその時初めて、ヨコタくんは事務員だった人と結婚して、奥さんの姓になったこと、

独立して自分の会社を持ったのだと知った。

体調を崩して、その会社を閉めたことも。

母が教えてくれなかったら、それがヨコタくんだとはわからなかった。

5歳の記憶は曖昧で、目や髪型を覚えていても、顔全体となるとぼやけて形にならない。

だから顔を見てもピンとくるものはなく、この人がヨコタさん?という感慨だけがあった。

葬儀にも、ヨコタくんは来た。

長身の、黒い背広の肩をとがらせ、杖を持って立つヨコタくんの後姿に

私は声をかけることができなかった。

『幽霊の話をしてくれたこと覚えてますか?今でもそこを通ると思い出したりするんですよ。

もうすっかり変わっちゃったけど』

こう話そう、というシミュレーションだけが頭の中をぐるぐるとまわるばかりで、

それが声になることはなかった。

帰り際、母に挨拶に来たヨコタくんと、形ばかりの挨拶をした。

すっかり変わってしまったのは風景だけじゃなく、私も、ヨコタさんも同じだった。



カワグチくんの消息は、知れないのだと母が言った。



二人の顔かたちは霞がかかってゆくばかりなのに、

今ここに、ハタチそこそこの二人が現れたら、なぜか私はすぐにそれとわかるだろうと思っている。

蛍も普通にたくさん飛んでいた、砂利道を三輪のトラックが砂ぼこりをあげて走っていた、そんな時代の話である。







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