太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

天使に出会った実話 1

2023-04-30 07:36:39 | 天使に出会った実話
Carmel Reilly著『True Tales of Angel Encounters』より

ピーター(43)アムステルダム オランダ

僕が8歳の時、扁桃腺を摘出する手術を受けねばならなくなった。
ある日の夕方、両親は僕を病院に連れて行った。ベッドに寝かせると、付き添いは夜は残れないけれど、看護師さんたちがいるから安心してお休みと言い残して出て行った。僕はどこが痛いわけでもないし、外はまだ明るいし、ひとり部屋に残されて不安になった。
みんなとても親切にしてくれたけれど、僕はとにかく怖くて不安でたまらなかった。
夜になり、看護師が病室の明かりを消したあと、ちょうど僕ぐらいの年齢の男の子がベッドの脇までやってきて、扁桃腺を取るのかい?と聞いてきた。
僕がそうだと答えると、少年は、実は自分も二日前に同じ手術をしたんだと言う。
僕が、痛かったかどうか聞くと、
「その時は全然痛くないよ、眠っている間に済ませちゃうからね、でも手術のあと、ほんの少しだけ痛かったかな」
と言った。
「でもね、そんなの何てことないさ。だって食べたいだけアイスクリームを食べることができるんだからさ」
そして少年が手のひらを僕の額にそっと当てると、みるみるうちに僕の気分はよくなって、手術の不安がほとんど消え去った。
その行為は、普通その年齢の子供には似合わない不自然なことだけれど、彼の手のひらはひんやりと心地よく冷たくて、本当に気持ちがよかった。

いつのまにか僕は眠っていて、気づいたら朝になっていた。手術が始まり、さらに気が付いたら手術は終わっていた。針金の塊を飲み込んだような感触が喉にあった。
そこに、昨夜の少年がやってきて言った。
「もうアイスクリームは食べたかい?」
僕は答えようとしたけど、うまく声が出なかったので、首を横に振った。
「君が何か食べられるか、聞いてくるよ」そう言って、今度は手のひらを僕の喉に当てた。
何か冷たいものが喉の中を通っていく感覚があって、それまであったひりつくような痛みが消えた。彼は看護師を探しに部屋を出て、それきり戻ってはこなかったが、僕はアイスクリームにありつくことができた。
退院する前に、彼に一目会いたいと思って看護師に聞いてみたら、三日前にそういう手術をした子供はいないと言う。
彼は僕を安心させるために来た天使だったと信じている。
そしてそれ以来、今でも、僕が必要なときは必ず天使が来てくれると固く信じている。


父の手紙

2023-04-29 09:38:17 | 日記
古い写真などが入っている箱を整理していたら、父からの手紙が出てきた。
父はとてもきれいな字を書く人で、便箋に縦に流れるように書かれた文字は女性のようでもある。
『私は今年八十二歳、数へでは八十三歳となりました』
とあるから、亡くなる5年前に書かれたものか。
というのも、最後に書いてある日付が、

1954年4月

になっているからで、姉すら生まれていない。
父は入院したときに、せん妄状態にはなったけれど、最後まであまりボケなかったので、これはこの時どこかに心がさまよっていたか、ウッカリなのだと思う。

もう会えない人の手紙は、写真よりも辛いと感じるのは私だけだろうか。
その人がそれを書いているペンの走りや、書くのに費やしている時間や、その時の思いが、想像を超えて胸に迫ってくるからである。
また会える人であっても、贈り物に添えられたカードの言葉に心を打たれることがある。
日本にいる友人が送ってくれた荷物の中に、手のひらに収まるほどのバラの花のカードがあって、こう書かれていた。

『しろちゃん、ハートの箱に入ってるこのカード、覚えてます?しろちゃんからもらったの。ずっと大切にしていて、時々ながめてる。』

まったく覚えてない。20年以上昔のことだと思う。
彼女は、誰が何をくれたのかをしっかり覚えている、こまやかな人で、どんどん忘れ去り、ものを大切に使えない私はいつも感心し、憧れてもいる。
私はそのカードを、名刺立てに差してデスクの前に置いている。

手描きの文字が私の心に響くのか、それはわからないのだけれど。



その父の手紙は、父からもらった最後の手紙になった。
このしばらくあと、父は会社の相談役を降りて完全に隠居の身となり、二世帯で同居している姉ともめたり、車で出かけて、どこにいるか混乱したことをきっかけに車の免許を返納させるのに親族会議になったりして、ゆっくりと人生の幕引きに向かっていくのである。

日付はトンチンカンでも、この手紙には、元気で明るくておしゃべりでひょうきんな父がいる。
納棺では泣いたけれど、お通夜でも葬儀でも泣かなかった私が、父が他界して3年半たった今、父の手紙に涙する。





英語の本

2023-04-26 07:47:50 | 英語とか日本語の話
今回の旅行に、私は本を持っていくのを忘れた。
飛行機の機内や、空港の待ち時間には本が欠かせないというのに。
友人や義両親は、タブレットにダウンロードした本を読んでいるので、本を持ち歩く必要がないのだけれど、画面は目が疲れるし、私は何よりもあの紙の感触が好きなのだ。
本を選ぶのも、ネット上でなく、実物を見て選びたい。

機内や空港はなんとか時間をつぶしたが、インディアナの叔母の家ではたっぷりと時間を持て余してしまう。
夫は空港で買った本を読んでいる。
ボーっとするのも飽きて、かといって昼寝などしたくない。何でもいいから文字が読みたい。誰か私に文字を与えてくれ!

そこで叔母の書棚を漁ってみた。
意外なことに、スピリチュアル系の本が何冊もある。
4人姉妹の中では、この叔母がスピ系なのは何となく納得。16で子供を産み、10年後に癌とわかっている相手と再婚し、夫を看取り、夫の成人している子供たちには冷たくされ、けっこう波乱な人生だ。


夫と結婚したばかりの頃、義父が時々、これはおもしろかったから、といって本を送ってくれた。
むろん英語の本だ。読み始めて数行で、わからない単語が出て来て辞書を引く。
少し読むとまた、単語を引く。
前に引いた単語の意味を忘れて、再び引く。今度は忘れないように、引いたら紙に書き留めていると、なんだか試験勉強しているような気分になってくる。
そんなこんなで2ページ読むのに疲れ果て、放り投げた。

それ以来、英語の本は読めないものと決めていた。
しかし、文字に飢えていた私は、読めなくてもいいから何か読みたくてたまらず、叔母のスピリチュアル系の本を手にとってみた。

そしたら、どうだ。

驚くことに、すらすら読める。
時々わからない単語があるが、前後から推測できるので問題ない。
これは日ごろ私が日常会話で使っている、知っている単語を拾って想像でつなぎ合わせるという手と同じだ。
私は少なからず感動した。
専門用語がたくさん出てくるような本は無理だろうが、エッセイや軽い小説だったら読めるのだ、この私が?

英語が話せないのにガイジンと結婚して16年。
いろーーーーーーーーーーーんなことがあったが、この16年は英語と向き合う16年でもあった。
しみじみとその軌跡を振り返る。

叔母に借りてきた、この2冊。
とてもおもしろくて、読み終わるのがもったいないほど。


特に「True Tales of Angel Encounters(天使に出会った実話)」。
世界中の、天使に出会った体験談を持つ人の話が集められている。
和訳されているのかもしれないけれど、追々、いくつか記事にしようと思っている。



ファラ フォーセット

2023-04-25 07:46:04 | 日記
夫は、どんなふうに見えても、とりあえず私を褒めるように訓練されているので、小さなことでも褒めてくれる。
アメリカ人は、日本人の100倍ぐらい、人を褒めるのが上手。
それをさらに訓練されているのだから恐ろしい。

だからその夫が、「それはちょっと・・・」と言ったときは、相当に、ほんとにかなりダメなときで、数年前に1度あった。
油断して体重が53キロを超えていたとき、日本から持ってきた白いスラックスをはいた私を見て、言ったのだ。
「それはちょっと・・・・」
ウェストのボタンはキツキツで、後ろ姿は肉まん。44キロの時に着ていたものを、53キロで着たらそうなる。足が通ったのが不思議。

さて、昨日のこと。
夫が私を見て言った。

「その髪型、いいね」

背中の真ん中まであった髪を、肩上ぐらいまで切って、ゆるいウェーブをかけた髪型が、私は気に入っている。
手入れも楽だし、この方が、今の私に合っていると思う。
うんうん、そうだろう、私も気に入っているのだよ、と思っていたら、

「ファラ フォーセットみたい」

と付け足した。
若い人たちは知らないだろうけど、ファラ フォーセットはモデル出身の女優で、70年代にとても人気があった。
まるで聖子ちゃんカットのように、多くの女性が彼女の髪形を真似た。

ファラ フォーセット

この写真は魅力的。
しかし、この髪を黒くして、肩ぐらいまでの長さにして、さらに顔の大きさを2倍にして、のっぺり平たい造作にしてみてほしい。
果たして、これは褒められたのか、という疑いが湧いてくる。

そろそろ美容院を予約しようと思う。





ワシントンDCとインディアナ6 おまけ 本土の暮らし

2023-04-24 07:59:44 | 旅行

10泊11日の旅も終わり、帰りはインディアナポリス空港からシカゴ空港まで1時間、シカゴからホノルルまで9時間。
インディアナを出た日は20℃ぐらいあったのに、翌日には4℃まで下がって、その週末には雪が降るという予報。
あと1週間滞在する義両親は、凍えて過ごしたと思う。

インディアナは、冬は豪雪、夏は日本並みの蒸し暑い酷暑。
当然、ハワイとは暮らし方も全然違う。
一般的に家はセントラルヒーティングで、各部屋に暖気の吹き出し口がある。
80年代に建てられた叔母の家には、セントラルクリーナーもついていた。
家の壁にある吸い込み口にホースの先をつけて、吸った埃はすべてガレージの1か所に集まるようになっている。

水道水は金属分が多く、水のヒーティングシステムのタンクの中に、大量の塩を入れる。
食べる塩とは違うのだろうが、叔母は確かに「塩」と言った。肥料が入っているような大きな専用塩の袋が、ガレージに積まれている。
これを定期的にタンクの中に投入するのは難儀なことだ。
塩入りのお湯は、石鹸があまり泡立たなくて、洗い流してもヌルヌルした感触が残る。
水道水は飲めなくはないけれど、飲料水は特大のミネラルウォーターを使うので、それもガレージに山積みされている。


義父は、歯科医のインターンとしてハワイに派遣され、1年後にインディアナに戻り、そこで義兄が生まれた。
その冬は豪雪で、車が雪に埋まってしまい、家まで歩きながら「That's it!(もうたくさんだ!)」と義父はハワイに移住することを決めたのだという。
すぐに荷物をまとめてハワイに戻り、夫が生まれた。
気候でいえば、ハワイは恵まれすぎている。
寒いの、暑いのと言ってはいるが、本当の寒さも暑さもここにはない。
雪下ろしの心配もなく、水道からは美味しい水がジャンジャン出る。
1年中、素足にサンダルで、かしこまった服を着る機会もない。

ただ、自然は盛りだくさんだけれど、「これ」といった欲しい何かが手に入らない。
なにも特別なものじゃない。たとえば、コーヒーをドリップするドリッパー。
ペーパーフィルターをセットする、三角のあれ。
今使っているのが亀裂が入ったので、新しいのを買おうと思ったのだが、どこに行っても見つからない。
結局、Amazonで買った。

インディアナは田舎だけれど、これが欲しい、というものが簡単に買える。
まず本屋がたくさんある。ハーフプライスブックという、日本でいうブックオフ的な店もあった。
ハワイでは撤退してしまった、バーンズアンドノーブルと、ボーダーズという本屋が、インディアナでは元気に生きている。(バーンズアンドノーブルはアラモアナで細々と営業しているが、撤退予定らしい)
インテリア雑貨のベッドバスビヨンドもある。好きだったのに、ハワイからは姿を消した。
叔母が連れていってくれた、ホビーロビーは、ホームセンターサイズの雑貨屋で、あれもこれも欲しくなるような可愛い雑貨に溢れていた。
「ハワイにこの店があったらいいのに」
私は何度そう言っただろう。
太平洋の真ん中の島に住んでいるのだから、最小限の日用品があるだけでも感謝しなくては。
Amazonのおかげで、大抵のものは手に入るのだし、やっぱり気楽でのんびりしたここがいい。

旅行は楽しいけれど(今回のように怖い出来事もあるけどさ)、初日から猫たちが恋しくなるし、日ごろのルーティンから離れてみれば、そのありがたみを再認識する。
乗り物酔いする私は飛行機が苦手で、旅行は年に1度かせめて2度ぐらいで充分。
日本の運転免許証の更新があるので、12月あたりに日本に行く予定ではあるけれど、どうなることか。