夫が、転職する。
というのに、私の心は穏やかだ。
かつて、夫が仕事を辞めるたびに、押しつぶされそうな不安をひた隠し、
平気な顔を装っていた。
なにがどれだけ嫌なのかは、その人にしかわからない。
仕事が大好きでやってる人のほうが少ないだとか、殆どの人は我慢しながら働いているのだとか、
説教に聞こえないように諭そうとしたことだってあったけれど、
持病のウツが出てきてしまうと、失業の不安に加えて、病気の心配まで加わるので、こっちがたまらん。
1年半前に始めた、ナーサリーで植物を育てる仕事は、初めて夫の天職ではと思えた。
最近、夫に専門的なことを教えてくれていた、専門家であるドイツ人の相棒が、転職することになった。
行く先は、同じ業種の、規模が小さいナーサリー。
夫は、仕事自体は好きだけれど、いい加減なマネージメントにモヤモヤしていたところに、
同じ思いでいた相棒が転職することになり、
また、その相棒が転職先に夫のことを話してくれ、
夫がそのナーサリーのオーナーに会いに行ったのが先週のこと。
夫と同年代のオーナーは、心から植物が好きで、飾り気がなく、
自分の仕事に誇りを持っている。
今のところよりも規模は小さいが、目が行き届くのでひとつひとつの植物の質が高い。
実は、今のナーサリーから、既に二人がそこに転職していて、夫の相棒で3人目。
夫は何回か、仕事のあとにそこに寄って、転職を決めた。
給与はUP,ベネフィットはそのまま、1年目から有給休暇があり、
休日のシフトも夫の希望どおりでいいという、願ってもない条件だ。
ひとつの仕事を、長く続けることにこだわっていた。
人に聞かれて、堂々といえるような仕事にこだわっていた。
こだわれば、こだわるほど、現実はそうならず、苦しくなるばかりだった。
7年も、そんなことを繰り返して、
私は苦しさのあまり、だんだん変わっていかざるをえなかった。
失業中は、病気で働けないわけじゃなくてよかった、
毎日食事を作ってもらえて楽でいい、と思うようになり、
そして、夫が心身ともに健康で、
毎日最高によい気分で過ごしていたら、それでいい。
そうシンプルに思えるようになったとき、ようやく私は平和になった。
明日、スーパーバイザーに辞職の手紙を渡すという。
「未経験のあなたを雇ってくれて、1年半、いろんな体験をさせてくれたからこそ、次にいけるのだから、感謝しないとね」
つい老婆心で言ってしまう。
「わかってるよ、ちゃんと手紙にそう書いたよ」
また、転職。
だけど、平和な転職。