小説によっては、わりと頻繁に出てくる会話言葉が気になる。
「なんすか?」
「できないすよ」
「で」が抜けている。
だいたい、話すのは若い男だ。
私だって、その言い方は知っているし、聞いたこともある。
聞いたり、映画の中で話すのを聞くのは素通りなのに、文章になると引っ掛かってしまう。
なんか軽薄な感じ。
軽薄な感じの役どころなのだから、それでいいのだけど、いつもいつも「で」が抜けているとうんざりする。
言う人がいないので夫に言ったら、
「その感覚はよくわかんないけど、まあ、それは年をとったということなんだろうねえ」
と一刀両断。
あまりに図星で腹が立つ。
話し言葉は、時代につれて変わってゆくもの。
山崎豊子氏の「女の勲章」の中で、出てくる女性がみんな「ですわ、ますわ」を語尾につけて話すので参ったことがある。(その記事はコチラ)
「女の勲章」は1961年。
私が子供の頃に読んだ漫画の中で、気取った女性が、
「私は知らなくてよ」
などとよく言っていた。
大人になってからは、「全然」のあとに肯定する言い方が増えてきて、
「全然大丈夫じゃん」
なんて今は普通に聞くし、使っている。
だから「で」抜き言葉も、気になるのは今だけで、
そのうち平気になってゆくのかもしれないけど。
ひらめいた。
英語の、あるのに消えてしまいそうな発音しかしない音だと思えばいいのか。
たとえば
Width (幅)
dは日本人の私の耳にはほぼ聞こえないから、Withと混同する。
「なんですか?」
も、でが聞こえないだけ。
「だからさー、そうやってこねくり回すの、やめたら?どうでもいいじゃん」
ばっさりと夫に切り込まれ、ぐうの音も出ない。