先日記事にした、パリに生活の拠点がある辻仁成さんは新型コロナ感染症パンデミックの前夜といった状況の時に日本にいて、その後パリに移動、コロナ禍の日々を綴ってくれました。
この本の著者、ヤマザキマリさんは昨年2月、取材でイタリアにいて、夫君の住むイタリア北部に寄ってから日本に移動しようとしていたところを止められました。まだ新型コロナウイルスはクルーズ船の周辺で食い止められるだろうと日本人は考えていたころのことです。
イタリアは危ないからではなくて、日本は危ないから感染源として来るのを控えてくれということでした。夫君は教育者なので、教え子たちを危険にさらすことを危惧したからです。
その後、イタリアは北部を中心に感染の渦に巻き込まれ、多数の感染者、死亡者を出して、医療崩壊が起こります。
そこに、早々と医療団が中国とキューバから送り込まれました。
イタリアは特に北部は中国との関わりが強く、支援は大歓迎されたそうです。
西側諸国の経済制裁が続くキューバへ、イタリアは支援を続けていました。
経済的に決して豊かとはいえないキューバは医療大国、教育大国なのです。
日本人のキューバファンも多いですよね。
この本を上梓したのは昨年9月、現在はどうなさっているのか分かりませんが、ヤマザキさんがこれだけ日本にとどまっていることは実に二十数年ぶりだったそうです。
彼女は「たちどまって考えたこと」という章でこう言います。
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このパンデミックでは、コロナ対策について各国の事情や個性の違いがつまびらかになりました。自国政府の対応に苛立ちを覚えたり、メディアが伝える情報に承服し難いものを感じたりした人は、きっと大勢いるに違いありません。かく言う私もその一人です。イタリアに対しても、日本に対しても、アメリカやブラジルといったこれまで縁のあった国の対応すべてに、納得もすれば違和感や腹立ちを覚えました。
ただし、上辺の形ばかりを見て「こうするべきだ」と批判だけしているのも、状況の改善には遠い気がします。この本では日本とイタリアといった国々との比較を軸にした考察を綴ってきましたが、国には国それぞれの性質や考え方や価値観がある。対策が一律にならないのは当然のことです。
パンデミックという地球レベルでの人類における危機的現象と、どう折り合いをつけていくべきか。試行錯誤をいまだに続けている世界ですが、日本や日本人に相応しい対応がどういうものか、それを模索するうえでも、私たちはまず自分自身についてもっと知る必要があると思うのです。
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今回日本はITにしろ、医療にしろ世界から後れをとっている部分があぶり出されました。
もっともおとなしくマスクをし、清潔を保つことに手間をいとわないし、暴動も略奪も起きない日本のいいところも再認識しました。
ただ、「終わりよければすべて良し」と妥協してはいけません。
オリンピックも日本のトップ、東京のトップが指針を表明しないまま、主要国の要人が応援してくれているから開催する!では困るのです。菅さん、小池さん、仲良く^^真剣に話し合って、国民にまず決定したこと、そしてどうやって運営するのかを説明してくださいね。
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