島の医者になって、た頃もあった

70代男の日記風ブログです。新連載「京都へ、京都から」も始めました。

116ー1桃園天皇

2023-01-28 | 天皇陵巡り

 写真は大阪中之島のスペイン料理店でランチした時のデザートです。

小鉢に入っている、ヨーグルトでもなく杏仁豆腐でもない白いものが、非常に美味しかったです。

 美味しいものが最初に出れば、久しぶりの天皇陵巡りで月輪陵(ツキノワノミササギ)です。

 第115代桜町天皇(1720~1750)(在位1735~1747)の第1皇子で、生母は典侍(ナイシノスケ)の姉小路定子(アネガコウジサダコ)(1717~1789)ですが、摂関家からの嫡妻二条舎子(イエコ)の実子として育てられた遐仁親王(トオヒトシンノウ)は、7歳で即位し第116代桃園天皇(モモゾノ)(1741~1762)(在位1747~1762)と成りました。

  写真は月輪陵正面ですが、これ以上は近づけません。

 桃園天皇在位中に起こった(徳川幕府は9代家重(イエシゲ)の時代です)宝暦事件(ホウレキジケン)(1758年)は、日本の歴史上初の尊王論者弾圧事件になりますが、若い桃園天皇も尊王論の講義を新鮮な気持ちで聴いたようですし、事件の処罰には憤慨したようです。

  月輪陵と後月輪陵の区別はつきにくいですが、陵印は共通で「月輪陵後月輪陵」とあります。

 女御一条富子(1743~1795)との間に産まれた第1皇子英仁親王(ヒデヒト)(1758~1779)がまだ幼いころに、桃園天皇は22歳の若さで亡くなった為、桃園天皇の異母姉智子内親王(トシコ)が中継ぎ天皇として、第117代後桜町天皇(1740~1813)(在位1762~1770)として即位し、桃園天皇は月輪陵(東山区今熊野泉山町)に葬られました。

  月輪陵・後月輪陵の制札には39人の名前が並んでいますので、新しく書き直すのも大変でしょうね。

 と言うわけで、冷たい視線に囲まれても、天皇陵巡りは細々と続きます。


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4 コメント

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Unknown (Toitenlabee)
2023-01-29 00:03:26
冷たい視線をしたら、余計に寒くなりそうな、寒波。

マスク 外していいとかどうとか議論されても、
寒いからピンと来ないですね。鼻水も出るし。
花粉も飛ぶだろうし。ブサイクだし。前世、クノイチだし。
ほっかむって、目だけ出した生活です。
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Toitennさんへ (島の医者になって)
2023-01-29 08:04:59
 寒波の中、寒い話ですみませんでした。
天皇陵巡りは、夏のほうが良かったですね。
 福山雅治似と言ってる人に、似てる人がいるように、ブサイクと言う人にも、まあブサイクな人もいるでしょう?。
前世クノイチの人は、現世でもクノイチ?
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Unknown (花水木)
2023-01-30 14:10:46
本当に寒いですね。今が一番底の寒さかと。

このデザート、ヨーグルトのようでヨーグルトじゃ無い、杏仁豆腐のようで杏仁豆腐じゃ無い、これは一体何でしょう?気になって眠れないかも
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花水木さんへ (島の医者になって)
2023-01-30 17:29:51
 解除おめでとうございます。
気になりますが、美味しかったこと以外わかりません。
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