先週はまたまた、前菜の野菜バイキングがめちゃめちゃ美味しい(もちろんメインのスパゲッティも美味い)滋賀県の伊料理店に行きました。
そのデザートは苺に隠れてプリンも有って、豪華です。
そしてまたまた、後月輪陵(ノチノツキノワノミササギ)ですが、これ入れてもあと2回ですよ。
仁孝天皇の女御でお産で亡くなった同母姉繁子(ツナコ)(1798~1823)(前回紹介)に替わって、15歳で入内し、、姉妹揃って第120代仁孝天皇(1800~1846)(在位1817~1846)の女御になったのが鷹司祺子(タカツカサヤスコ)(1811~1847)です。
皇女が一人産まれましたが夭折。
それ以後子には恵まれなかったので、典司正親町雅子(オオギマチナオコ)が産んだ煕宮(統仁親王(ヒロノミヤ・オサヒトシンノウ)を養子としました。
煕宮が第121代孝明天皇になったので、祺子は皇太后に成っています。
37歳で亡くなり、後月輪陵(東山区今熊野泉山町)に葬られました。
この写真制札には、同母姉仁孝天皇女御贈皇后繁子と並んで、仁孝天皇女御尊称皇太后祺子後月輪陵とありました。
いまさらですが
雅子と書いてナオコ?
何故にそんなに難しい読み方なんですかね。
やすこと言う名。
変換しても出ませんでした。
一字で何と読むのでしょうか?
私の親類にやすこが二人。
康子と安子、分かりやすいです。
基本名前は、読み方が万人に読める名が良いと思います。
祺はサイワイで変換して何とか出てきました。
私の本命は泰子と書くやすこです。