原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

認知症高齢者の不可思議な記憶能力

2019年01月05日 | 医学・医療・介護
 今年も、もちろん義母との「新年会」を実施した。

 これが大変!
 現在に至っては義母は一人でタクシーに乗る事もおぼつかない状態で、それをさせると必ずやタクシー内に忘れ物をして来る。 時には親切な運転手氏がわざわざ義母の高齢者施設まで、後にそれを届けて下さったりするのだが…。 大抵はタクシー内に忘れて来た鞄や財布は見つからずじまいで、今までどれ程の損失が発生していることやら…。
 そんなトラブルが発生するが故に、義母を外に誘い出すためには必ずや送り迎えを要する。 その担当は私をおいて他にいない。
 ただ、今年ラッキー(と表現すると語弊があるが)な事に亭主が当日下痢をして、新年会を義母の施設にて行う事と相成った。 そうなれば私の義母のタクシー送り迎え労力が無用となる。

 
 (昨日のエッセイにて紹介した)「大吉」おみくじにも、今年の行いに関する注意事項が書かれていた。
 「できるだけ他人(ひと)の世話をして、信用の増大に心掛けること。」
 いやはや、おみくじから指摘される以前に、義母の世話に関しては既に6年も前より十二分に実行している。 それは、我が家族も義母本人も十分承知してくれている。
 (加えて亭主にこのおみくじ記載内容を話したら、「〇子(私の事)は娘の世話も日々滞りなくやっているよ。これには頭が下がる。」と、新年からお褒めの言葉を貰った。


 施設にての新年会も、いつものごとく義母から私への「御礼行脚」から開始した。
 「〇子さん(私の事)には本当に感謝しています。 これからもよろしくお願いします。」

 ついでに必ず付け加わるのが、「郷里のお実母さんはどうですか?」だ。
 「施設で元気に暮らしていますよ。」との我が回答に、「それは良かった…」と、どれ程安堵することか。  とにもかくにも、義母にとっては“郷里の実母”はライバルであり、私に郷里へ実母の世話に行かれるのが大打撃なのだ! 

 それにしても義母の認知症状は日毎悪化を辿り、耳の聞こえの悪さも然りの状態だ。 その状況下にして、いつまでも介護保証人としての私の存在を「独占したい!」なる強固な感覚が脳内記憶として消え去らないのが不可思議でもある。


 その後も義母との会話は続く。

 義母所有不動産貸付業の代行及びそれに伴う財産・税務管理を、6年前より私が一任しているが。
 この代行業務に関する義母からの質問やねぎらいの言葉も、以前は当然ながらあった。
 ただ、年毎に義母の記憶が薄れゆくのが事実だ。 5年程前までは、毎年青色申告時期が近づく都度、「〇子さん、大変な仕事をお任せして申し訳ないが、今年も青色申告よろしくお願いします。 私本人がそれを実施していた頃は、それはそれはその作業が大いなる負担だったのよ。だから〇子さんのご苦労の程を思って余りあるのよ…」と私に言ってくれていたのだが…
 3年程前から、その“ねぎらい”がぷつりと途絶えてしまっている。 ただ、一応その分野が専門の一つでもある私にとっては、義母が心配する程の負担でもない。 しかも青色申告代行手数料は義母との当初の約束通り毎年ちゃかりと頂戴しているため、私としてはそれで十分でもある。

 この義母の財産管理に関して、近頃困惑させられるのは。
 義母がすっかり自身の“現在財産残高”を忘却している事実だ。
 以前は義母の施設を訪れる都度、義母の預金通帳(項目別に5冊ほどあるが)すべてを持参すると共に、その「合計金額計算書」や「青色申告控」を義母に手渡しつつ、その詳細を私から説明したものだ。
 3年程前からそれを私が実施しようとしても、「私にはちょっと分かりにくいからもういい」と義母が言い始めた。 「通帳だけでも一覧して下さい」と私が言っても、「分からないからいい」の繰り返しだ。
 その義母が2年程前から亭主と私に告げるには、「私はお金が無いのよ。これから長生きしてもお金が無いから困る。」
 これに対し、「いつも言っていますが、お義母さんは100歳超まで生きたとてご自身名義の十分過ぎるお金がありますから安心して下さい。」と諭すのだが。
 要するに、どうやら義母にとっては、自身の財産状況把握能力が完全に欠落しているようだ。
 一応の対策として、義母の大まかな現在財産有り高を告げると共に、「次回それを証明する通帳や書面を必ず持参する!」と亭主と共に訴えた。

 これなど、実に不可思議だ。
 私が今後高齢域に達したとして我が所有財産管理は必ずや自分自身で実施し、決して娘は元より他者に任せるなどそもそもあり得ない!
 それを安易に他者に任せた義母とは元々その管理能力に欠けていたのではないかと、失礼ながら想像する。 過去に繁盛していた事業を赤の他人に営業譲渡した事実こそが、それを物語っているとも振り返る。(そんな義母の軟弱資質を、我が亭主も継いでいるようだが…)


 この義母の不可思議な記憶力の極めつけは。

 そろそろ義母が暮らす高齢者施設にての「新年会」をお開きにしようとしたところ。
 義母から、突拍子もない質問が出た。
 「ところで、〇子さん((私の事だが)に米国のお姉さんの世話をせよ、との郷里の実母さんよりの要望はどうなったの?」
 これには亭主も含め、その義母の記憶力の程に驚愕させられた!
 私もついつい「お義母さん、そんな事をよく覚えていましたね!」と口がすべってしまったが。 一応その質問に応えて「あの話は郷里の実母にきっぱりと断りました! 実母側も辛かったようですが、私にも現在の生活がある事実を了承してくれ、それで一件落着です!」
 これを聞いた義母がどれ程喜んだ事か! 「そうしたら、〇子さんは今後共私の面倒を看てくれるのね!」
 「はい、そうです!」と義母を喜ばせ、今年の義母との新年会は無事に終了した。


 最後に私事だが。

 認知症状かつ耳の聞こえの悪さを併せ持つ高齢者にとり、“自分だけが”独占可能な「介護保証人」を確保しておく事実こそが、精神面を安定に保つ手段として最重要課題であることを思い知らされる。
 (その義母の執念とも言えそうな切なる思いに今後も私は力の限り寄り添いますので、どうか義母さん、ご安心を!)