原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

“悩みのるつぼ”10/12岡田斗司夫氏回答を論評する

2013年10月14日 | 自己実現
 「原左都子エッセイ集」でおなじみの朝日新聞“悩みのるつぼ”10月12日の相談は、20代大学生による 「生きていく意味がわかりません」 だった。 
 これに対する今回の回答者 岡田斗司夫氏の回答表題は、「あなたの前にあるのは二択です」。

 今回の悩み相談の場合、相談者側の相談内容よりも回答者であられる岡田氏の回答内容に我が関心が集中した。
 そこで本日のエッセイは、表題の通り、岡田斗司夫氏の回答内容を論評することに主眼を置く。

 冒頭から、我が私論の結論を記そう。
 この相談に原左都子が回答するならば、私は 「あなたの前には無数の選択肢があります」 と題するであろう。


 それでは早速、20代大学生の相談内容を以下に要約して紹介しよう。
 そろそろ就活が始まるが、何のために就職して働くのか分からない。 僕は世間で高学歴といわれる大学に通い成績も良いので問題なく卒業できる。 普通に頑張っている先輩達も良い会社に就職できている。 大学の4年間は自由に遊べる時間が多いので、それを励みに受験を頑張った。 しかし卒業して社会人になると約40年間も働き、家と会社の往復で仕事も大変そう。 家が裕福ではないのでニートはできず、生きていくために働かねばならない事は分かっている。 でも、何のためにそこまでして生きていかねばならないのか。 僕はゲイだが、恋愛を楽しむ事は出来ても将来結婚して家庭を築くことは出来ない。 金持ちになりたい欲もない。 そして社会に出ると汚い事がいっぱいあるし、やりがいや目標などを考えずになるべく楽な仕事を選ぼうとするのも間違っていると思う。 働く意味、生きていく意味を教えて欲しい。 (朝日新聞“悩みのるつぼ”相談より引用。)

 ここで少しだけ原左都子の私論を語ろう。
 この相談には「生きていく意味が分からない」などとの“ご立派”なタイトルが付けられている割には、その実とは軟弱にも「将来働きたくないのだがどうしよう」と言いたいのが本音ではなかろうか?
 そんな輩などごまんと存在するのがこの世の常だ。 (既に高齢のこの私だって本音を言えば、自分がやりたい事だけしてへらへらと生きていけるものならそうしたいと思う事もあるよ。) 
 あなたが高学歴で成績もよろしいのであれば、何も大袈裟に新聞投稿などして「やりがいや目標など考えず楽な仕事を選ぼうとするのは間違っている」などと、さも優等生気取りで綺麗事をホザいてないで、自分勝手に楽して生きていく方策を見出す努力をすれば済む話じゃん! と片付けたくもなるというものだ。


 そんな貴方の相談に、評論家の岡田斗司夫先生は実に丁寧に肯定的に応えて下さっているよ。
 以下に、岡田氏の回答内容を要約して紹介しよう。
 青春という言葉がある。「大人になるかどうかで悩む時期」の事だ。 大人は汚いしずるい。でも大人にならなくちゃいいけない気がする。 いや、ずっと子どものままじゃいけないの? こんな悩みが自分の中に生じてこない段階は「子ども」だ。 そしてこんな問題でいちいち悩まなくなった状態を「大人」という。 人により「子ども」から「大人」に移行する期間は異なるし、「大人」になったからと言って後戻りできない一番しんどい時期だ。 既に「大人」になったと思しき相談者には「青春を続ける」か「しぶしぶ大人になる」かの二択が残されているのみだ。 たとえ後者を選んだとしても「働く意味・人生の意味」に悩まなくなるのはたぶん5年後ぐらいだろう。 
 この記事を読んでいる読者である大人の方々も、「そういうの自分の青春期にも悩んだよな~。」等々と思うことだろう。 子どもから青春にシフトしたらもう戻れないのと同様に、もう「悩めない」のだ。 だから回答者の私(岡田氏)も、もう貴方の悩みは理解できなくなった。 自分の事を思い出して苦笑いするだけだ。 バカみたいだろうか? 大人の特権とは昔のバカみたいな時代を笑えるぐらいだ。 あなたも悩み過ぎたら大人になって、いつの日か一緒に笑いましょう。
 (以上、“悩みのるつぼ”岡田斗司夫氏の回答を要約引用したもの。)


 上記の岡田氏の回答を読ませていただき、氏の理論に従うならばもしかしたら原左都子とは未だ「子ども」段階で右往左往している状態なのかと自己分析させられる思いだ。
 と言うのも、氏の今回の大学生に対する回答内容とは、大学生が既に「大人」になっていると結論付けると同時に、氏にとってはそれは過去のノスタルジーとして片付けておられる。 しかも、現役大学生に向かって「いつか一緒に苦笑しましょう」とまで結論付けておられるのだ。

 ちょっと待ってよ、岡田斗司夫先生。 
 これはいくら何でも“手抜き回答”ではないだろうか。 あるいは岡田氏とは現在著名人であり、仕事及び収入にも恵まれておられる立場からの回答かとも推察する。
 当該相談男子学生にとって、一時は岡田氏の回答で心が癒されるのかもしれない。
 ところが今回の岡田氏の回答を深読みすると、男子学生の現在の苦悩を捉えられていないばかりか、男子学生にとって将来の明るい人生に繋がる回答とは一切成り得ていないのではなかろうかと私は危惧する。 


 最後に原左都子の私論でまとめよう。

 この男子学生の相談内容に多くの“落ち度”がある事実は、その年齢にしては致し方ないであろう。
 若気の至りと表現するべきか、自分は有名大学へ進学してある程度優秀な成績を修めている事を暴露している事実からして(何と申しましょうか??)との感想を抱いてしまう朝日新聞読者が多いことであろう。 しかもそれらを自負しているのであればもっと相談内容に論理性を持たせばよいものを、書けば書く程に墓穴を掘る結果となっている事実も辛い…。

 ただ、そんな貴方も将来変わり行く可能性が十分にあると私は想像する。
 その辺は、岡田斗司夫氏が書かれている内容とおそらく一致するのであろう。

 あなたは「ゲイ」である事を(何故かこんな場で)公開している。  私自身はレズでも何でもないのだが何故か結婚や出産願望が若い頃より乏しくて、それらを後回しにした人生を歩んでいる。 自分自身がそうしたくて長き独身人生を選択・堪能してきたのだ。 もしも一生独身であろうとそれでもよいとの考えもあった。 
 あなたはどうなのだろうか? もしもゲイ同士の結婚制度を認めて欲しいのならば、それを国家や自治体に訴え続ける人生というのもあり得るのではなかろうか!? そのための資金を得る目的で働くという動機付け選択肢もあり得ると私は思うのだが??

 何はともあれ、若いあなたの前には無数の選択肢があるはずだ。
 人間誰しも“食い扶持”は必要だが、自分なりの目標が描ける程に自ずとその“食い扶持”に巡り会え、自らの人生の可能性が高まっていくのではあるまいか?

 若者達とは、まだまだ自分自身の夢を描き続けるべきと私は心得る。 その対象が何であろうが、その夢を叶える道程こそが自身の生涯を生き抜く「真の」収入源となろう。

 岡田斗司夫先生の理論にケチつけるようで申し訳ないが、そういう意味で原左都子は一生涯岡田先生がおっしゃるところの 「子ども」 であろうし、そうありたいと志している。

今秋もロードレースに出場します!!

2013年10月12日 | 自己実現
 (写真は、少し古くなるが昨年9月に出場した陸上競技大会にて撮影した原左都子。 一般女子3000m走に出場したが、エントリー人数が少なかった事に助けられ自己新記録を樹立して3位入賞した! それでも出場者中飛び抜けて最高齢だった私としては上出来の結果とも言える。)


 10月中旬にして30℃を超える歴史的真夏日が日本列島を襲い、体調を崩されている方々も多いのではなかろうか?
 かく言う私も、本来年間を通して一番快適な気候であるはずの今時に体にこたえる暑さに加え、我が娘と同年代の女子がストーカー殺害被害に遭う等々痛ましいニュースに触れ、重苦しい空気の下に意気消沈してしまっている有様だ…。

 本日のエッセイは、様々な要因で我が心が憂鬱な気分に陥っている現状を打破するためにも、あえて明るい話題を取り上げ、自分自身の精神状態を奮い立たせようとの趣旨であることをご理解願いたい。


 朝日新聞10月10日夕刊コラム「おじさん自然体」の今回のテーマは 「妥協なし ビール腹でも 全速力」 だった。
 コラム内容を以下に紹介しよう。
 山道を歩いていると「ふーふー」とひときわ大きい息づかいが聞こえた。ぴっちりとしたウェアを身にまとい立派なビール腹を揺らして駆け下りていく姿が。 ウォーキングやジョギングを飛ばして、いきなり登山道を走り抜けるトレイルランニングですか。 妥協できない性格なんですね。 ご武運を。 (朝日新聞男性記者 記)

 いやはやこの記事、原左都子のランニング趣味の無謀さをつつかれた思いでもある。
 まさに我がランニング趣味も、この男性に酷似しているのだ。
 そもそも私には若い頃より(一時のジャズダンス経験を除き)運動経験など何一つ無いに等しい。
 50代半ばになり高齢出産の我が子の教育が一段落後に、せめて今後迎える老後の骨粗鬆症のみは避けたいと企てスポーツジムに通い始めた。  最初はランニングマシンに乗ってウォーキングから事を初めたものの、周囲を見渡すと皆がランニングに汗を流している。 それに触発されジョギンクペースから開始して、このジムを去る頃にはマシン上ではあるが30分程走れるようになっていた。
 その後トレーニングの場を総合体育館に移し、室内走路とジムとで我が身体を鍛えてきている。

 上記朝日新聞記事によると、今回登場した「自然体おじさん」とは“ビール腹”であるらしい。 
 いや~~、困ったなあ。 実は私も165cm・47㎏の痩身にして年齢故の“ビール腹”ならず“焼酎腹”とも表現可能なおなかを身体に抱えているのだ。 トホホ…。 
 冒頭の写真をご覧下さればお分かりかと思うが、私がランニング練習及びロードレースに出場する際には必ずやお腹周りをカムフラージュする目的でミニスカートを着用している。

 ある日現在通っているジムの女子ロッカー室内で、70歳程と思しきご婦人から質問を受けた。
 「いつも貴方のスタイルが良くてカッコイイと仲間のうちでも評判なのですが、どこでそのウエアを購入しているのですか?」
 いやはやその種の評価はうれしいとは思いつつ、正直なところを述べた。 「私は常に自分なりに似合う恰好をして体作りに勤しみたいと考えています。 現在のこのスタイルは自分に似合うと判断するコーディネートを素人なりに実践しているのみです。 そもそも私の年齢でまさかスーパーアスリートを狙っている訳でもありませんので、あくまでも我が趣味の範疇でスポーツとファッションのコラボ充実を心がけています。」
 その種の受け答えをしたところ、大いに同感して下さった70代のご婦人だった。


 私が現在通っている上記体育館併設ジムの場合、平日昼間の時間帯にはご高齢者の来訪が多い様子だ。
 
 例えば室内走路で走っていると、ジム長年常連の70歳前後の男性がお声をかけて下さる。 この方、私の目には過去に於いて相当のスポーツ経験があられる方とお見受けする。 というのも、決して“ビール腹”でもなければご高齢にして姿勢がバツグンにいいのだ! そしていつもご自身のトレーニングスケジュールに従い変わりない自己トレーニングをこなしておられる。

 毎週走路で一緒になるもう一人の男性も60代後半程のご年齢かと察するのだが、この方など当初その体格のみを見て50代程かと拝察したものだ。 お顔を拝見するとやはり私よりもご高齢の様子だが、やはり姿勢がよくご自身のトレーニングメニューに集中しておられるのだ。
 
 実に尊敬の視線でこれらスポーツ大先輩を観察しつつ、毎週この走路及びジムで我がトレーニングが叶うのは恵まれているのであろう。 たとえ一週でも私が休むと、上記70歳前後の男性が「どうしたの? 何かあったの?」とお声かけして下さることに感謝しつつ、私はこのジムでトレーニングを続けている次第だ。 


 そんな我がランニングトレーニングの日常ではあるが、表題に掲げた通り、今年も11月中旬に都内とある場所で開催されるロードレースにエントリーしている。

 昨年も同じロードレース5kmの部にエントリーして、やはり参加者中高齢にもかかわらず5kmの自己新記録を打ち立て完走した。

 ただ今年のレースは完走こそ叶えども、おそらく新記録樹立は無理であろうとの感覚が既にある。
 原左都子を取り巻く様々な環境が大いに移り行ったこの1年であり、それらの事実に心身共に打撃を受けつつの我が日常だった。
 それに伴い屋外にてのランニング練習時間が確保出来ないでいる。
 
 年齢を重ねる事とはいろいろな出来事に直面せねばならない事でもあると身に滲みつつも、表題の通り、私は11月のロードレースには必ずや出場します!
 出場する限り、最善を尽くします!!

妙齢の娘達をストーカー死させないために

2013年10月10日 | 時事論評
 一昨日ニュース報道された東京都三鷹市に於ける18歳私立女子高校生ストーカー殺害事件第一報に、同じ年頃の娘を持つ母親である原左都子も一時震撼させられた。


 ところがこのニュースの続報を見ていると、当該女子高生とはタレント活動も同時に行っていたとのメディア情報である。 (ネット上でタレント活動中の写真が数多く公開され閲覧可能だ。)
 しかも表向きには女優を目指し精進していたとの報道であるが、その裏では“特異的性行動”に身を浸し、その動画が世に溢れていた様子でもある。 (動画は既に閲覧不能状態だが、胸を露わにしている等々被害者女子の性的嗜好の片鱗を物語る写真が掲載されていて、普通の親ならば「この子、一体何やってたの?!?」 と背筋がゾッとする思いではなかろうか??)
 付け加えると、この女子高生は著名脚本家 倉本聰氏の親戚筋との話でもある。


 当初それら細部の裏情報がまったく報道されていなかったため、私はてっきり何の落ち度もないごく普通の一般人女子高生の身の上に起こった痛ましい事件かと捉えていた。 
 ところが女子所属私立高校の名称が何処の報道機関に於いても非公開扱いとなっている事を多少いぶかしく感じていたところ、次々と出てきたのが被害女子高生に関する“裏情報”である。

 未だ18歳の一少女の命が絶たれた事実はまさに痛ましく、ストーカー殺人などこの世にあってはならないのはもちろんの事である。 ただその背景事情を知ってしまった以上、同じ年頃の娘を持つ親として同情感覚が薄れるのが人情というものではなかろうか?

 被害者の所属私立高校が何故メディア上でその名称を伏せているのかに関しては、理解可能でもある。 誤解を怖れずに言うと、この事件はある意味で被害者である現役女子生徒の“不祥事事件”とも捉えられ、その高校在校生や卒業生こそが迷惑という話ではなかろうか? 世間のこの高校に対する総合評価が大幅に下がる事に間違いない。

 実は原左都子はある理由により、今回の被害者女子が所属していた私立高校を知っている。
 私の印象では、決して生徒の多くがタレント活動をしたり男性との性交渉動画がネット上に流れるような乱れた行為をして、学習をおざなりにしているような底辺高校ではない。 生徒の学習指導や生活指導が徹底した風紀のよい高校だ。
 にもかかわらず、何故学校側がこのような女子の在籍を認めていたのか首を傾げざるを得ない。

 女子生徒が脚本家 倉本聰氏の親戚筋である知名度を、学校側がまんまと有効利用していたのであろうか?
 確かに私学とは著名人の子女を入学させる事に肯定的であるばかりが、優先して入学させているとも捉えられる。 そうする事により学校側に何らかのメリットでももたらされるのだろうか?  元公立高校教員(私学非常勤講師の経験もあるが)の原左都子としては私学の内部事情の深層は心得ないが、教員経験者の立場として(得たいが知れない著名人子息を入学させたところで実際問題何らかの実益があるのか??)との不可解感ばかりが募ってしまう事件でもある。
 残念ながら、この私立高校は今後の生徒募集や大学推薦面で大きな痛手を背負う事は間違いないであろう。

 昨日10月9日になって、本事件で逮捕された男性容疑者の母親が京都市内で読売新聞の取材に応じたとの事だ。
 母親は女子高生との交際について息子である容疑者から既に相談を受けていたという。 8日にニュース報道で事件を知り、不安を覚え母親から本人に電話したらしい。 母親によると、女子高生との交際が始まったのは約2年前でいつも容疑者側が東京へ出向き被害者女子に会いに行っていたとの事だ。 今年7月頃に別れ話が出たと加害者母親は話したらしい。


 次に朝日新聞10月9日記事から引用しよう。
 21歳の男性容疑者は、「被害者とは別れ話などでトラブルになり恨みを持っていた。殺すつもりだった。」との供述をしたとのことだ。
 捜査関係者によれば、そもそも二人は「フェイスブック」で知り合い交際を始めたらしい。 その後二人は別れた(ネット情報によると、それが半年~2年と幅広いのだが。)らしいが、交際中から二人の間でトラブルが続いていたとの情報だ。 
 (以下は原左都子情報だが、被害者・加害者の二人が仲良くしている写真が今でもネット上で数多く閲覧可能である。 おそらくこれは女子被害者が自分自身でネット上に開設しているブログ上で公開している故であろう。 これらの写真を閲覧する限り、二人が過去に於いて恋愛関係にあり仲良かった事は間違いない事実であろう。)


 それにしても被害者・加害者共に若年層である事に心が痛む事件である。

 今時、高校生レベルで男女交際が性的関係まで行き着く事態とは常識範疇なのであろう。  それを承知の上で、未成年者の保護者である親達もそれに対応しているのかもしれない。

 ところが、私の高校生時代とはそうではなかった記憶がある。 
 性交渉を伴う男女交際を実行していた仲間も当時から存在したのかもしれない???  それでも当時の我々は(あくまでもド田舎に住んでいた私自身の環境とは)、大学受験勉強に勤しむ事が第一義とされていた。
 そんな制約の下での私自身の高校時代の恋愛経験と言えば、単に好きな相手に思いを伝えて一緒に映画を観に行ったり、あるいは通学途中の電車の中で見知らぬ男子生徒からナンパされたりとの経験に過ぎないのだ。 それだけで十分にサプライズで満足感が得られたし、心ほのかに漂う恋愛感で満たされ、性交渉など二の次でよいと思えたものだ。

 時代が進化したのか、あるいは後退したのかの判断はつかない。
 だが何故今の世は、若年層が早急に性的快楽を享受するがごとくの短絡的恋愛に走ってしまうのか?

 その現状を煽っているのが、ネット世界なのだろう。
 今の世はネットを通じて簡単に異性と出会える時代背景だ。 今回のストーカー被害者女子もこのネットにより知り合った相手に殺される運命だったことには間違いない。

 何故、若年層がネット出会いに頼るのだろうか?  それは現実世界での出会いに比して安直な出会いが叶うからに他ならないためであろう。
 
 ただ若者よ。 もう一度初心に戻って、自分が生きている現実世界で恋愛相手と出会って欲しい。
 今時の若者の恋愛とは直ぐに性的関係に入る事実を勘案した場合、現実世界出会いとてストーカー被害が無いとは言い切れない。 
 それでもネット世界で知り合った相手の底知れぬ不気味さよりも、現実世界での出会いの方が自分自身の“総合的直感力”で相手の人格や気質が見抜き易いのではないかと、私は過去の経験から思うのだ。

 世の若き娘たちよ、決して一時の恋愛にしくじってストーカー殺人事件などで身を落としてはならない!

 そして当該女子が所属していた私立高校も、既に亡くなった女子の英語力如何を報道して自らの教育力の程を誤魔化すより、今回の痛ましい事件を教訓にして、今後は所属女子生徒達がこの世に生きていく実質的能力の教育にこそ精進するべきではないのか。

育児ママ達よ、相談者は自分で選ぼう。

2013年10月07日 | 時事論評
 6年程前にネット上で開設した我が「原左都子エッセイ集」の初っ端の話題が、育児に関するテーマだった。

 当時我が娘は既に中学生にまで成長していたが、出産時のトラブルにより多少の事情を抱えてこの世に誕生した娘の育児が難儀の連続だったが故に、私自身の脳内に未だ育児体験の壮絶さを引きずっていた時期とも言える。 
 市民の育児を支援する立場にある医療機関や自治体育児指導の“お粗末さ”をずっと根に持っていた私は、ブログという媒体上でそれに対する“恨みつらみ”とも表現可能なエッセイを真っ先に綴ったのだ。


 2007年9月公開の3部作 「聖母マリアにはなれない」 の一部を以下に要約して紹介しよう。
 (以下は、1990年代前半の頃の話である。現在では、産院及び自治体の育児指導はこの頃より進化を遂げていることと信じたい。)

 私が子どもを産んだ病院は授乳教育が徹底的にマニュアル化されていて、授乳時間が厳格に決められ、毎日その時間になると母体及び赤ちゃんの健康状態にかかわらず母親は全員強制的に授乳室に集合させられた。 そして赤ちゃんの体重測定を経た後授乳を行うのだが、その産院では赤ちゃんが病院が定めた規定量を飲む(無理やり飲ませる)まで母親は病室に帰れないシステムとなっていた。 我が子は不運にも母乳も足りていなければ人工乳の飲み方も少ない子で、我々親子は授乳の時間毎に授乳室に居残りとなり胃が痛い思いをする辛い入院生活を味わう羽目となった。
 この拷問に近い仕打ちを余儀なくされた産院を何とか無事退院したものの、元々完璧主義で神経質な私はその後もこの産院の悪しき習慣を引きずってしまう。 後で思えば愚かな新米母親だった自分をつくづく恥じ入るばかりである。 ただ、帝王切開後の体の予後も悪いのに加えて病院の授乳指導の呪縛にがんじがらめとなり、冷静な判断ができなくなっていた。 医学的、教育学的バックグラウンドがあり、結婚・出産が遅かった分人生経験も豊富だと自負していたこの私でさえも……。

 次なる悲劇は、3か月検診のため地元の保健センターへ行ったことにより始まる。
 身長・体重共に平均よりはるかに上回っていた娘が、最後の保健婦(保健士)さんの問診までいったときのことである。「(我が子の体が)大き過ぎなので、授乳量を減らして早めに離乳しましょう。」 私も既に育児書等で離乳の知識があったが、離乳を赤ちゃんの体型だけで判断するのは短絡的だとの疑問を抱いた。ただ当時の私は上記のごとく未だ体の回復が遅れ反発意思などなかった事もあり、公的機関にそう指導されればそれに従うより他にないと判断し早速離乳食を取り入れていくこととなる。
 今度はこの離乳に難儀を極めることとなった。 離乳食とは赤ちゃん個々の摂食・咀嚼能力の発達段階に従って進めていくべきなのだが、「モグモグ期」に入ろうとした頃から我が子の摂食能力の低さに難航し始める。 ごく小さな固形物がほんの少しでも混入していると拒絶反応を示し吐き出してしまうのだ。 この状態がしばらく続き、潔癖主義の私はまたもや焦り始める。 何事も子どもの発達に合わせるべきと頭では理解できているはずなのに、またもや“お役所指導の呪縛”に囚われてしまっていた。 当然ながら親が焦るほど子は緊張を強めていき、その悪循環の繰り返しに親子で陥っていた。 この状態が9ヶ月検診まで続いてしまう。 不幸中の幸いは、我が子はミルクの摂取量は相変わらず多く、引き続き丸々と元気に育っていてくれていたことである。

 そして9ヶ月検診を迎えた日、保健婦(保健士)さんとの面談場で私は母になって初めて勇気を持って自分の意見を述べた。 今思うにその頃やっと心身が回復し、母親としての自信と余裕が持てる時期にさしかかっていたのであろう。
 「3か月検診ご担当の先生は離乳食をすぐに始め早めに離乳するよう指示され、今日までそれに従って努力してきたが、どうも我が子の摂食・咀嚼能力が未発達のように察する。今後は我が子のそれら能力の発達状況を母の私が観察しつつ、自然に任せて離乳に取り組みたい。」そのようなニュアンスの私見を述べた。
 時代が進化していたのか、はたまた今回はたまたまキャパシティある保健婦さんに当たったのか、ご担当の方は「お母様がそのようにお考えでしたら、私はそれで良いと思います。何かお困りのことがありましたらいつでもご相談下さい。」と応じてくれ、すんなりと検診は終了し一件落着した。
 (以上、原左都子エッセイ集バックナンバー「聖母マリアにはなれない」より要約引用)


 その後もまだまだ我が苦悩は続いた。

 次なる自治体の理不尽な対応は、娘1歳半検診会場に於いてである。
 何分出産時のトラブルで事情を抱えている娘だ。 会場で我が子が泣き叫ぶ事など母としては重々承知の上での自治体検診会場訪問である。
 最初の関門が内科検診だった。 案の定泣き叫んでいる娘に対し、老齢の検診医が怒って言い放った言葉を私は今だに忘れもしない。 「一番後ろに並び直して、子どもを泣き止ませてから受診しろ!」  (医師の立場からの信じ難い発言だ…。もう帰ろう…。)と一瞬考えた私だが、気を取り直して再度列の最後に並び直した。 当然ながら娘はずっとワーワー泣き続けている。 並び直した列の最後の番になって、やはり怒りながら検診医は(私が観察する限り)テキトーに診察した“ふり”をして娘の「異常なし」の判断を下したようだ。  その後の歯科検診に於いても事態は同様で、決して歯科医の前では口を開けない我が娘の診察結果を、歯科医先生は如何に出せたのだろうか??
 こんな“テキトーな診断”が今尚自治体乳児・幼児検診会場に於いて実施されていないと信じたい私なのだが…
 その後娘を自治体の3歳児検診に連れて行くことに関して、弊害こそ多かれど何らの有益な健康診断にも成り得ないと判断し避けて通った私である。

 以後は私が信頼でき、かつ娘も医師をはじめ職員の対応に抵抗がない医療機関や相談機関を母の私自身が模索選抜し、娘を受診させている。
 現在に至っては、我が家に程近い場所にある個人医院に私と娘の主治医を発見していて、それで事が済まされる程に娘が成長している事は実にラッキーだ。


 さてさて、今回のエッセイを綴ろうとしたけっかけとは、朝日新聞9月28日付 「それぞれの育児でいい」 なる記事を発見したことによる。
 その記事によると、某子育て雑誌が今年の10月で創刊20周年を向かえるそうだ。
 
 原左都子の産んだ娘が今年11月に20歳を迎える。
 そうなのか、我が子が生まれた頃に創刊された育児雑誌なのか。 と感情移入可能な思いだ。

 当該育児雑誌が現在の雑誌発刊のテーマとしている通り、「それぞれの育児でいい」事など、人類発生以来共通のテーマであるべきだと私は解釈する。
 なのに何故、進化を遂げたはずの現代のママ達がこの種の雑誌に依存せねばならぬ程に苦しく辛い育児生活を余儀なくされているのであろう??

 最後に原左都子の結論に入るが、時代の趨勢にはかかわらず子どもとは親である自分のポリシーに従って育てればよいのではあるまいか? 
 もしもある時信頼していた人物より「母の貴方の育て方が悪い」と指摘されたとして、自己を振り返った結果自分自身に非がないと判断可能ならば、その相談者の力量こそを疑っても遅くないと私は心得る。

 この世の中、昨今を問わず専門家氏と名乗る連中どもが自分より弱者と判断した僕の群集に“指導したがる”習性があると懸念する私でもある。
 その種の輩を、自治体が専門力の如何によらずに「指導者」として受け入れ過ぎている実態にも辟易としている。

 表題に戻って、世の育児ママ達よ。
 現在は小さい子どもを抱え辛く苦しい時期と慮るが、それでも自分が育児に関して相談する相手とは、是非共保護者の責任として自分自身で信頼出来る相手を選別して欲しい思いだ。

虹は人の心と心をつなぐ架け橋

2013年10月03日 | 人間関係
 (写真は、昨日10月2日夕刻に原左都子が東京都内で撮影した虹)


 昨日東京都内で出現した上記の虹をご覧になった方は、私以外にも存在するであろうか?

 写真は虹の発生より時間が経過して後に撮影したため、既に消滅段階で形が崩れかかっている。
 昨夕おそらく私は虹の出現より消滅まで30分以上に及んでこの虹を観察し続けたのだが、それはそれは稀に見る色彩くっきり鮮やかで大きく立派な虹だった。
 一時は虹が描く半円アーチのすべての大パノラマも鑑賞可能だった。 その後雲がかかりつつも、昨日の虹は外円の薄い副虹も二重に伴いつつ、大東京の大空をバックスクリーンに素晴らしいまでの天空ショーを繰り広げた。


 昨日の午前中は台風通過による雨に見舞われた東京だった。 午後になって雨がやむと同時に蒸し暑さが漂い始める中、私は所用のため外出した。 夕刻になり出先の建物より外に出ると、蒸し暑さが倍増し10月初旬とは思えないような不快な空気が我が身を襲ってくる。
 この時期に、まさか熱帯夜が到来せねばよいのだが…  などと危惧しつつ道を歩いていると、母親が男の子2人を引き連れた家族が程近い場所で同じ方向の道の帰りを急いでいる。
 この親子に関して説明すると、母と幼稚園児程の下の男の子は自転車に二人乗りし、小学校中学年程と思しきランドセルを背負った長男がそれを追うようにハーハー息づかいで小走りしているシチュエーションである。 (こういう場合、母親は自転車から降りて長男の歩行に合わせ自転車を引いて歩いたらどうなのか?)などとの、要らぬお節介老婆心が我が脳裏に湧き出る。 (そうではなく、自転車に子どもを乗せた状態で引き歩くのは重労働なのだろうか?)なる母親擁護心も伴いつつ、長男と母親との会話が私の耳元に届いてくる。
 長男曰く「○○を買って欲しい」 母が応えて曰く「そんなもの必要ないよ!」

 長男君が息を切らしつつ母に訴えるその嘆願を端で聞いていると、単に“だだをこねている”と言うより、ある程度の論理性を持って母親にそれを購入する妥当性を訴えている様子だ。  にもかかわらず、あくまでも母親の回答は「No!」一辺倒の様子だ。

 その時である。
 空を見ていた長男君が叫んだ!   「あっ。虹だ!」

私はすぐさま長男君の視線の先の大空を見上げた。

 長男君の叫び声に、一家の母も弟も自転車から降りて空に視線をやった。 「ほんとだ! わあ~、きれい!!」

 その後一家は3人一緒に大空の虹に見入ったようだ。 長男君の嘆願も一旦中止となり、一家は虹を眺めながら仲良さそうに帰り道を歩んで行った。


 いや、この虹が実に実に美しい。
 私も我が家への帰り道を急ぎつつ、反対方向から来る小学生女児団体が背面にあるこの虹に気付いていない風景に出会った。 よほど「ほら、みんな。素晴らしい虹が出てるよ!」と教えてあげたかったものの、女児達の大声での盛んなおしゃべりの程に圧倒され、言いそびれた……

 その後角を曲がり車の通りが少ない公道上で、私は携帯を取り出し滅多に見る事のない立派な虹を写真撮影する事とした。 そうしていると、やはり虹を背面に一人で下校中の小さい男児が私の撮影に気付いた。 (この人、何を写しているのだろう?)なる懐疑心の下、男の子はすぐさま私のカメラターゲットである背面空の虹を振り返り「すごい!!」の歓声である! 私も「すごいね!」と返すと、少年はほんの少し微笑み返してくれた。

 私の携帯撮影を背後で見ていた高齢女性が声をかけて下さる。「本当に綺麗ですね。」  応えて私曰く「こんな立派な虹を東京で見られる事は滅多にないですね」 それに更に応えて女性曰く、「さっきはもっと綺麗だったのですよ。そろそろこの虹も消え去るのでしょうね。」…

 いやはや、大都会東京に於いて行きずりの人々と会話をする機会など普段は皆無と言ってよい現世ではなかろうか?  特に下手に小学生程の小さい子どもに声をかけようものなら、不審者扱いされかねない現代の悲しい社会事情だ。
 にもかかわらず大都会における人と人との一期一会の心の触れ合いを、天空のいたずらにより突如出現した虹が一時もたらしてくれる昨夕の出来事だった。 


 最後に「虹」との自然現象に関してウィキペディア情報の一部を以下に引用しよう。

 虹とは、赤から紫までの光のスペクトルが並んだ円弧状の光である。 気象現象の中でも大気光学現象に含まれる。
 太陽の光が、空気中の水滴によって屈折、反射されるときに水滴がプリズムの役割をするため、光が分解されて、複数色(日本では七色とされる)の帯に見える。 雨上がり、水しぶきをあげる滝、太陽を背にしてホースで水まきをした時などによく見ることができる。虹は多色の分類に含まれるかもしれない。

 過去に於いて、私は航路によりアンカレッジ経由でヨーロッパを訪問する飛行道中で「オーロラ」を窓から一見したことがある。 オーロラとは形を変えつつ様々な色合いで天空をショーアップする自然現象と捉えている。 
 それももちろん美しい事には違いないのだろうが、「虹」の美しさとは特別ではなかろうか?と昨夕再認識させられたのだ。

 あの半円形の幾何学的七色の光スペクトルが、庶民にも堪能できるべく世界中の各所で出現するのだ。 
 こんな自然界の奇跡とも表現可能な「天空ショー」を、人生何度目かに昨夕垣間見る事が叶った私の今後の人生も、是非共虹色に輝きたいものである。