原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

絵むすび(朝日新聞2015.8.8編)

2015年08月09日 | 自己実現
 朝日新聞 別刷「be」“絵むすび”に於いて、 難易度5★★★★★ 出題は今回が初めてでしたか?

 過去にも一度あったような記憶があるのですが、とにかく今朝「原左都子エッセイ集」の編集画面を開くと、「絵むすび」検索にての来訪者がワンサカ押し寄せて下さっていました。

 「絵むすび」検索による我がエッセイ集来訪者は、難易度の高低によりアクセス数が大幅に上下します。 当然ながら設問の難易度が高い程アクセス数が多く、難易度が低いとおそらく朝日新聞「絵むすび」ファンの皆様はご自身でご解答が叶うのか、アクセス数が少なくなるようです。

 早速自宅集合住宅の階下郵便受けまで行き昨日の新聞を自室まで持ち帰ってみますと、やはり2015.8.8日付「絵むすび」の難易度がレベル5!


 ところが解答に取りかかるや拍子抜けしたのは、正方形内にある全体像を一見して、結ぶ線の全体図がほぼ予想可能だった事だ。

 とりあえず結んだのが、6番「やしの木」。 これなど右側の縦ラインに沿って結んでおけば一番他アイテムの邪魔にならないアイテムであろうと推測した。

 次なる課題は、3番「いかり」。 とにかく右側に空白が多いことを勘案して、これもその右側空白を埋めるべく志した。

 同じく上部右側に位置している2番「浮き輪」。 これも早めに処理した方が良かろう。 ただ既に右側ルートは塞がっているため、左上ラインを通す事としよう。 左上部コーナーを下に曲がった時点で、残されている「風船」「すいか」「いくら寿司」にも目を向けねばならない。
 
 「すいか」は中を通せば他アイテムとの接触を避けられると推測した。

 今回一番難儀したのは、「風船」と「いくら寿司」との折り合いの付け方だ。
 そこで、左側の外に近い「風船」をとりあえず左に回し左下から遠回りルートで結ぶ手段に出た。
 
 この時点で、既に私が目指す解答の全体像が我が脳内にて完成した。
 後は「いくら寿司」をその隙間に通し、途中まで誘導し放置していた「いかり」と「浮き輪」を最後に結べば完成だ!


 以上のように今回の「絵むすび」解答解説をしてくると、「絵むすび」解答の道筋とは人間の人生模様と重なるとの思いに陥る。
 私の場合、過去に於いて民間企業や学校教育現場にて若輩者の立場にして人の上に立たねばならなかった経験がある。
 人材育成に於いて何が重要かと言えば、上位に立つ人間こそが下部の組織員皆の特質を吟味・判断の上に重視しつつ、周囲との交錯を回避しながら、個々の個性を如何に活かし開花させるかに尽力する事に間違いないであろう。  

 何だか、そんな我が過去の一経験を彷彿とさせてくれる今回の「絵むすび」解答だった。

フィギュアスケーターの引退宣言、必要ないと思う

2015年08月08日 | 時事論評
 これ、意地悪視点で考察すると、「僕ら(私ら)が引退する事を寂しく思うファンの皆さんにあらかじめ伝えておきたいのですが…」との、一種“特権力”を伴った潜在意識の下に執り行われる身勝手な儀式のように感じる。

 ところが、ファンではない国民にとっては所詮どうでもよい話だ。
 にもかかわらず、特に五輪でメダルを取得した“一応”「大物」フィギュアスケーター氏達は、定例のようにこの儀式をやりたがる生き物、と私は理解している。


 一昨日(8月6日)、今を時めく存在の冬季五輪金メダリスト 男子フィギュアスケーター 羽生結弦選手が、な、な、何と20歳との若さにしてこれ(引退宣言)をやってしまった…

 朝日新聞8月7日夕刊一面記事より、その内容を要約して以下に紹介しよう。
 ソチ五輪金メダリストである羽生結弦選手(20)が、6日、18年平昌五輪を区切りとして競技の第一線から退き、プロへ転向することを表明した。 氏が拠点としているカナダ・トロントで練習を公開した後、「ソチで金メダルを取ってその次の五輪で取って終わって、そこからプロをやろうと、自分では小さい頃から決めていた」と語った。  23歳で迎える平昌五輪を集大成にすることについて、「自分がまだベストな状態の時にプロスケーターとしてありたい。 プロとしての仕事を全う出来る体力の状態でやりたいという気持ちがある」と話した。  
  

 私見に入ろう。
 
 上記の羽生選手の言及とは、現在プロスケーターであられる荒川静香氏が金メダルを取得した後に明言した引退宣言と酷似している。
 荒川氏の場合は、若くして代表を勝ち取った長野五輪にて下位の成績に甘んじた後、ご自身が是が非でも金メダルを取得するべく奮起し直しそれを力づくでゲットしたとの栄光ある歴史を持つ人物だ。
 荒川静香氏に関するウィキペディア情報の一部を、以下に少しだけ紹介しよう。
 荒川静香は、日本のプロフィギュアスケーター。 日本スケート連盟副会長(2014年9月 - )
 主な競技成績は、2006年トリノオリンピック女子シングル金メダル、2004年世界選手権優勝、1998年長野オリンピック代表(13位)、2003年ユニバーシアード冬季大会・冬季アジア競技大会優勝、2004年GPファイナル2位など。

 まさに、(失礼ながら)「一発屋」の勢いで荒川静香氏がトリノ五輪にて「金メダル」をもぎ取った直後に、氏がメディアにて高らかに宣言した一言を私は忘れもしない。
 「私は今回の金メダルをもってフィギュアスケート選手から引退する。今後はプロスケーターの人生を歩みたい。」 
 その後の荒川氏のフィギュアスケート界での活躍の程は凄まじいものがある。上記ウィキペディア情報のごとく、氏は既に日本スケート連盟副会長の座までゲットするに至っている。


 私見を続けよう。

 私は一昔前に活躍した 村主章枝氏なるフィギュアスケーターのファンだった。 リンク上で見る彼女は繊細かつしなやかで美しく、クラシックバレエの心得があるとの氏の舞台は、当時ジャンプを飛ばせる事に躍起になっていたフィギュアスケート競技界に於いて群を抜いて華麗だった。
 村主氏は残念ながら世界競技大会にて上位の成績を修められなかったように記憶しているが、特段大袈裟に「引退宣言」をするでもなく、その後30歳近くの年齢に達するまで競技人生を続けられたと記憶している。

 あるいは、高橋大輔氏。 彼は一旦「引退宣言」をしたのだろうか?? 我が記憶にはないのだが、高橋氏は20代後半にしてソチ五輪で入賞との輝かしい実績を残している。

 そして、浅田真央氏。 真央氏は今後の競技活動についてソチ五輪後、「フィフティ・フィフティ」との回答をメディアを通して国民に伝えた。
 その後しばらく彼女なりの休息を取った後、今春、再び国際大会に選手として出場する意思を表明した。
 これぞ、素晴らしい決断だったと私は高評価申し上げる。
 女子ロシア勢の群を抜く快進撃等々の背景下に於いて、今後のフィギュアスケート競技界にて浅田真央氏が上位に君臨するには特に技術面に於いてクリアせねばならない課題が盛沢山であろう。 それでも、真央氏が自身の決断として今一度国際大会出場を狙う心情に至った事実こそを私は応援したい。
 その背景として、現在の日本国内女子フィギュア競技界は深刻な人材不足に陥っているとの感覚がある。 技術面のみならず、演技構成力等芸術面にも切磋琢磨せねばならないフィギュアスケートの場合、選手の“見た目のよさ”が最重要課題であり、日本に於いては浅田真央氏こそが今尚その最上位に君臨していると、私は評価申し上げている故だ。


 スポーツ界のみならず、一般人の世界にも様々な「引退劇場」が存在することであろう。
 それを宣言した事で何らかの利益が本人にもたらされるのであろうか??

 私論として一番みっともなく捉えるのが、「引退します!」と高らかに掲げたはずの輩が、その世界に未練たらしくまた舞い戻って“鳴かず飛ばず”ならまだマシ、その多くは低迷状態ででうだうだ底辺を這いずずる姿である…。

 ここは浅田真央氏のごとく、今の段階で先の自分像が描き切れないのであれば、とりあえず「フィフティ・フィフティ」と回答しておいて、後は自分自身で自分なりの成功を勝ち取れば済む事だ。

ツーカーに会話が弾む相手に出逢える偶然

2015年08月05日 | 人間関係
 昨日、私は義母がお世話になっている介護付き有料高齢者施設へ出かけた。

 今回の用件は、当該施設が入居者に介護サービスを提供するに当たり義務化されている「施設サービス計画書」の内容に保証人の立場として同意し、署名及び捺印をするためだ。

 この「施設サービス計画書」を年に2度入居者個々に一通ずつ作成して下さるのが、義母担当のケアマネジャー氏である。(その内容たるや、A4用紙数枚に渡り詳細に記載されている。)
 当介護施設には約50名の要介護(要支援)高齢者が入居しているが、その作成を“事実上”スタッフのトップであるケアマネジャー2名が分担している。 そしてそれらケアマネジャー氏が作成した「計画書」に従い、日々下部スタッフの皆さんが実際の高齢者ケアに当たっているとの職務構造だ。 
 (参考のため、組織図上のトップは「ホーム長」であり、その下に「副ホーム長」が配置しているが、事実上日々高齢者と実際に関わる職種の最上位がケアマネジャー氏とのことである。)


 我が義母の場合、入居当初より介護施設の保証人を担当していた義理姉が2年程前に癌による壮絶死を遂げた。 その後、長男である我が亭主が保証人を引き継いだのだが、その実態とは妻である私がほぼ全面的に義母の保証人の役割を果たしているとも言えよう。
 保証人として一番深く係るのが、当然ながら義母の担当ケアマネジャー氏である。 「計画書」の署名捺印以外にも、施設内で何らかの問題が発生すると直ぐに自宅まで連絡を下さるのも担当ケアマネジャー氏だ。

 2年半程前に故義理姉から引き継いだ保証人業務にて初めて施設を訪れた折から、私は義母担当のケアマネジャー氏を“信頼し得る人物”と高評価申し上げていた。
 その理由とは専門力はもちろんの事、何よりも“ツーカーに会話可能な人物”なのだ。 その感覚を当初より持たせて頂いていた。 氏は介護の専門力に長けておられると同時に、(入居者に対してはちろんのこと)保証人との会話力の程が素晴らしいのだ。  私の場合、自分自身が元医学関係者であり介護分野に関してもある程度の認識力があると自負している。 そんな私に何の失礼もなく、いつも変わらぬ真面目で真摯かつ明るい態度で対応して下さるケアマネジャー氏である。


 さて、昨日私は一人で当該施設を訪れた。 訪問以前より電話にてケアマネジャー氏に、保証人の妻の立場の私一人で署名・捺印もOKとの了解を取っておいた。

 そして、ケアマネジャー氏と私との“二者会談”が始まった。
 ケアマネジャー氏曰く、「実の息子さんの前ではお伝えし辛いお話が山とありまして…」。 今回は嫁の立場である私と話したい事が沢山あるの事だ。
 こちらとしても私が一人で出かけたのは、義母に関する懸念点が嫁の立場からもあり、それをケアマネジャー氏に伝えておいた方がよいと判断していたためだ。

 こうなれば、会話が弾むに決まっている。
 その後1時間近くに及び、ケアマネジャー氏と私との会話は続いた。 その内容とは義母の今後のケアに関する施策が本筋であるのは当然だが、担当ケアマネジャー氏と義母の嫁である私との会話がツーカーだった事自体が、今後の義母の介護にとって更なる幸運をもたらすであろう実感を得たものだ。


 話題を表題に戻そう。

 若き時代には、誰しも“ツーカー”で通じ合う相手と難なく出会える(出会えたと“勘違い"出来る)のであろう。
 この私にも、そういう感覚に陥り自分はこの相手と“ツーカー”の関係と信じ、付き合いを開始し、それを続行した経験は星の数ほどある。
 
 ところが人間とは年輪を重ねる毎に、必然的に人との付き合いに於いて“ツーカー感”を実感出来なくなる生物ではなかろうか。
 実際問題、私が今現在“ツーカー感”を一時でも感じられる相手とは、ネット上にしか求められないと言っても過言ではない。  例えば、当「原左都子エッセイ集」に様々な形でメッセージをお寄せ下さる方々など、まさに一時の“ツーカー感”を頂いている事実に感謝申し上げたい思いだ。

 片や現実世界で出会う相手とは誰しも種種雑多な事と想像する。 が、たかが一期一会の出会いであれ双方に“ツーカー感”をもたらしてくれ1対1の会話が1時間近くも続く関係など、今の時代に於いては滅多やたらと到来しないのではなかろうか。

 義母のケアマネジャー氏に関しては、決して“一期一会”の出会いではなく義母の命がある限り今後も続く関係である。 そんな関係に於いて、今後共良き関わりを続行出来そうな感覚を持たせて頂ける事に感謝申し上げたい。
 


 それにしても、表題に掲げた「ツーカーに話が弾む相手に出逢える」事など、個人情報・プライバシー保護制度が発展した(し過ぎた)時代背景も相まって、実際問題として現実社会に於いてはまさに“ミラクル”な出来事と化してしまっているのではかなろうか?

 原左都子自身が、ネット上よりも現実世界での現実人物との“実りある出会い・付き合い”を今後も目指し続けている事に関しては、バックナンバーにて幾度となく繰り返している。
 単なるletter(文字)交換ではなく、真実の生身氏との会話がずっと楽しく、それこそが我が心身を活性化してくれる源でもあると信じている。 今後共相手の眼差しや微笑み、そんな五感を揺さぶってくれる現実世界の人物との会話こそを充実させるべく願っている。

1985.8.12 日航機事故、やはり機長の責任も問いたい

2015年08月03日 | 時事論評
 1985年(昭和60年)8月12日に発生した日本航空123便ボーイング747型機の事故。
 羽田空港18:00発、大阪伊丹空港へ向かっていた当該機は離陸12分後から32分間に渡り迷走飛行の末に、群馬県多野郡上野村の山中に墜落した。 搭乗員524名の内520名が死亡した。
 旅客機の単独事故としては、世界でも最大の犠牲者数を出した事故である。 「日本航空123便」という便名は、1985年9月1日のダイヤ改正以降欠番とされ、後に対となる「日本航空122便」も欠番扱いとなっている。   


 私の脳裏に当該日航機事故が、おそらく生涯忘れ得ぬ記憶として刻み込まれている。
 それには私なりの“究極個人的事情”がある故だ。

 1985.8.12。 まさにその日、私は旅に出ていた。  その旅に関する詳細を「原左都子エッセイ集」バックナンバーにて綴り公開しているが、現在の我が心理を交えつつ以下に少しだけ反復させていただこう。

 毎年8月12日が訪れると、30年前に起きた日航ジャンボ機墜落の大惨事が私の脳裏にフラッシュバックする。  私は30年前のまさにこの日、この歴史的大惨事の第一報を旅先のテレビニュースで見聞した。
 当時30歳を直前に控え未だ独身だった私は、自己実現欲に溢れると同時に恋愛三昧とも言える日々を謳歌していた。  その頃付き合っていた男性とは音楽の趣味が合っていた。 私が素人ロックバンドのボーカル経験があることを知った男性の提案で、“にわかロックバンド”を結成して三重県の某音楽リゾートで合宿をしようという話になった。 「ロックバンド合宿」と言えば聞こえがいいが、実はこの旅行は要するに独身男女の“合コン旅行”と表現するのが相応しいことを、当然ながら承知の上での旅立ちだった。
8月12日と言えば、我が故郷における日本に名高い盆踊りの開催日初日でもある。 毎年この時期には、職場の夏季休暇を利用して郷里に帰省するのが例年の私の行事だった。 ところが85年の夏は、上記の「ロックバンド合宿」のスケジュールが入ったため故郷には帰省しないつもりなのだが、実家の親には“軽ノリ合コン旅行”へ行くことは内密にして、その年は帰省しない事実のみをあらかじめ伝えておいた。
 さて、8月12日の出発の朝はあいにくの雨だったことをよく憶えている。 そしてその日の午後三重県のリゾートに到着し、リゾート内のスタジオでいよいよ「ロックバンド練習」と相成る。 練習曲は既に決まっていた。私が過去にボーカルをした楽曲の練習をして来くれていたメンバー達が、音合わせの後直ぐにその楽曲を奏でてくれる。 ボーカル担当としてはこれは心地よい!  観客役の女性2人もノリよく音楽に合わせてそれぞれに踊ってくれたりする。  それはいいのだが…  どうしても、にわかに集められた素人ミュージシャンメンバーのノリがイマイチ悪いのだ。 それが気になって仕方がないボーカル担当の私は心より楽しめないまま、当時若気の至りの私はそれにどう対応していいのやらその方策が打てないうちにこの「ロックバンドの合宿」はその後、夜の飲み会へと時が移る。
 テレビニュースが大惨事の前兆を伝えたのはちょうどその時だった。  「東京から大阪に向かっている乗客乗員524名を乗せた日航ジャンボ機が消息を絶った…」
 我が“にわか仕立ての合コン”ロックバンド仲間の間にも戦慄が走った…
 あの時我が心の内部にどんより押し寄せたのは、何と表現してよいのかわからない一種“罪の意識”だった。 私の我がままでロックバンドボーカルを再現したいがために見知らぬミュージシャン達にご足労いただいて迷惑を掛けてしまっている。 郷里の親にも今年のお盆は帰らないと言ったものの、その結果、こんな面白くないことになってしまった…。 そして、現在付き合っている男性を私がどう捉えているのかに関して自己分析も出来ていないのに、浅はかにもこのような旅に出てしまっている…  私自身がこれ程中途半端だから、こんな大惨事が同時進行で起こってしまったとしか考えようがない……
 あくる日、予定通り東京の単身住まいの居住地へ帰宅したら、私の固定電話には郷里の母からの留守電が何本も入っていた。  それは“今年の夏は帰省しない”と言った私の安否を郷里の母が気遣うものだった。  (娘はああ言ったが、きっと今年も“阿波踊り”を見るために墜落した日航ジャンボ機に乗って大阪経由で帰省しようとしていたのかもしれない…  娘と昨日から連絡が取れないのは娘が墜落事故に巻き込まれているからに間違いない! テレビニュースでも娘の名前と似た搭乗者名がずっと発表されていた!)……
 そうではなくて、単に留守にしていたから電話に出られなかっただけだと母を説得しつつも…  歴史上最大惨事の航空機墜落事件が起きたまさにその日に、当時付き合っていた男性と実りの無い旅に出た自身が侘しく悲しくて、マイナスイメージでいつまでも我が脳裏に刻まれる事に相成った当該事件だ。
 (参考だが、上記の我が煮え切らない中途半端な恋愛関係は夏の終わりを待たずして、その後まもなく終焉を迎えた…。) 


 大幅に話題を変えるが、現在NHK総合テレビ土曜日午後9時「NHKスペシャル」にて、当該日航機事故を毎週取り上げている。
 私の予想では、おそらく来週8月8日にその第3段が放映されNHKなりの総括をするのであろうと推測している。

 我が記憶が新しいその第2段の内容を少し振り返ろう。
 去る8月1日放映の第2段にては、ジャンボ機墜落後生存者発見までに16時間も要した失策に関して報道された。
 科学の発展が未だままなっていない当時に於いて、墜落当初より市民の一部より情報が得られていた墜落現場「御巣鷹山」を、何故長野県の某山と誤報道したのかに関する詳細のデータ解析結果が報道された。
 50分に渡りそのテレビ報道を見た私の感想としては、なぜ貴重な「第一報」を寄せた一般市民の通報を信頼しなかったのか! それが一番の怒りだ。  しかも、その後も警察・自衛隊・報道機関間で誤った解釈が次々と続く有様…
 一抹の救いとは、事故から30年が経過した現在に於いては、科学の発展によりたとえ夜中の真っ暗闇の山中であれ、墜落機の行方を確認可能なシステムが整っているとの報道である。


 遡って、その一週間前の7月25日に放映された「日航機事故関連 NHKスペシャル」を見て違和感を抱かされた我が思いを、今回のエッセイ表題に提示した。

 そのすぐ後に、調布飛行場より飛び立った小型機が調布市の民家に墜落し、民家に住む住人の被害者を出した事実をも重ね、以下に問題提起したい。

 あくまでも素人考えに過ぎないが、大小問わず航空機が事故を起こし人命を失った場合、当然ながら機長の責任が問われて当然なのではないかと私自身は常々考えている。
 ところが調布小型機事故の場合、その検証が実施されない時期に既に若き機長氏が「よき人物」だったとの報道が流れてしまっている。 そんな事よりも重視するべきは 一般市民を巻き添えにして死者を出してしまっている現実だ。 その検証が終了した暁に、若き機長氏に関するコメントを流しても何ら遅くはなかったはずだ!

 元より、520名の一般人死者を一瞬にして出した日航機事故。
 あれから30年の年月が流れたと言えども、機長を「美化」して報道したNHKの姿勢に関して私は異論を唱えたい!
 当時の機長の娘さんが現在客室乗務員になり、後輩の指導に当たっているとのNHK報道。 
 そんな現在の日航内部事情など、当時の顧客であった520名もの死者を出している現実下に於いて慎むべきはずではないのか!?

 NHKは既に機長の責任を「時効」と判断したのかもしれないが、あれ程膨大な数の犠牲者を出した日航機事故から30年経過した今こそ、出発前の諸点検等々機長の責務の実態も問われ続けるべくと私は解釈している。

ありのままの貴方こそが企業が求める人材だ!

2015年08月01日 | 仕事・就職
 今回のエッセイは、朝日新聞本日(8月1日)付別刷 「be」“悩みのるつぼ”回答者であられる 社会学者 上野千鶴子氏の論評を、結論部分に於いてほぼ全面的にパクらせて頂く事を冒頭よりお詫び申し上げておく。


 2016年度大学(短大等)卒業生の就職採用面接が本日解禁となった。
 昨年までは大学3年時点の12月1日が就活解禁日だったが、今年は3カ月後ろ倒しの3月1日が就活解禁日となった。 その措置に並行して、採用面接解禁も“表向き”8月にずれ込んだとの事だ。

 ところが現実社会に於いては、経団連による新方針にかかわらず“解禁破り”が横行している現実に関して、私自身が現在大学4年生にして就活中の娘を通して重々把握している。

 この“解禁破り”を批判した文章を先ほどネット上で発見した。 早速以下に要約して紹介しよう。

  題目 : 採用面接解禁 「学業優先」実現できるルールを  2015年08月01日(土)

 来春卒の大学生を対象にした企業の採用面接が、今日解禁される。 経団連の方針転換でこれまでより4カ月遅くなったものの、すでに「解禁破り」が横行している。憂慮すべき事態だ。  本来なら企業側がルール順守を徹底するべきだが、現実問題として経団連に加盟していない中小や外資系企業まで縛るのは難しい状況。 
 日程の繰り下げはもともと、「就活が年々早期化し学業に支障が出ている」という大学側の苦情を受けた改革だった。 正式内定は10月1日に据え置かれたため、活動は「短期決戦」になるはずだった。
 しかし、中小や外資系は「大手と同時に選考を始めたのでは人材を確保できない」と独自に選考を始め、解禁前に実質的な内定を出している。 就職情報会社の調査では7月1日現在で就職希望者の2人に1人が内定を得ているという。
 景気持ち直しで企業の採用意欲が強く、学生優位の売り手市場となっているのは朗報だが、内定をもらっても7割の学生が就職活動を続けている。 これから大手企業の採用が本格化するためだ。 学生の就職活動は短期化どころか逆に長期化し、学業優先の目的から大きく逸脱している。 早急な見直しが必要だ。
 言うまでもなく、日本の企業の大部分は中小が占める。 経団連加盟の大手約1300社で決めたルールを、すべての企業に守らせるのは無理があったと言わざるを得ない。 違反しても罰則がなく、当初から効果を疑問視する声が上がっていた。
 日本の企業はかねて、横並びで新卒者を入社させる「一斉採用システム」を続けてきた。 就活解禁時期などの統一ルールを守らない抜け駆けはこれまでにもあったが、今年の状況は異常と言うほかない。
 非正規雇用者が4割に達した今、一人でも多くの若者が正社員として雇用される社会が理想だ。 当初の目的だった「学業優先」を掛け声だけで終わらせてはならない。
 (以上、ネット情報より一部を要約引用したもの。)


 ここから私事に入ろう。

 我が娘など経団連指導による“新制度”を「解禁破り」して、既に本年3月初頭より既に自主的に就活を開始している。
 というのも娘が通う大学が新制度に対応し、大学3年時までにすべての卒業単位を取得する事を半強制して、大学4年生時には就活と卒業研究に集中可能なカリキュラム構成にするべく努力している故だ。 もちろん、それに従わない(あるいは奨学金返済を自己負担とし日々バイトに励む義務のある)学生も数多い事実の様子でもある…。

 そんな環境下に於いて娘に関しては、(一応親の学費支払等金銭面での努力の成果もあり)今年の3月から就活に励める体制が整い、それを実行している現状だ。
 ところが就活歴5ヶ月にして、未だ「内定」とやらを一度足りとて頂戴出来ない有様だ。
 娘の場合、一部上場企業も含めある程度経営実績を積んでいる諸企業の一次筆記試験には合格して来る。ところが、次なる「面接試験」で幾度も振り落され続ける現実だ…
 それに懲りた娘が業種を変えつつ昨日面接に出かけた中小企業面接担当者より、次なる厳しい言葉で説諭されたと言う…   「貴方は何故このような中小企業を狙ったのですか? 恵まれた家庭環境下で教育を受け専門単科大学で資格を取得しつつ学業を培っている貴方を、我が社が採用する訳にはいきません。 もう少し自分の適性を再考して就活し直しなさい。」
 (経営者氏の言い分は分かるんだけど… 有り難いとも思うんだけど…。 だたこの娘のサリバン先生業務を21年間務め通している母親としては、結局企業側から面接段階で我が子をバッサバッサと斬り捨てられる現実が辛いばかりだ…) 


 ここで冒頭にて紹介した朝日新聞“悩みのるつぼ”本日(8月1日)の悩み相談内容を紹介しよう。
 私は現在就活真っ只中の21歳文系女子だ。 特に資格がある訳ではないし容姿端麗でもないが、ごく普通に学生生活を送って来た。 いざ就活が解禁されると、各起業担当者氏が「リーダーシップを発揮出来る人材」「グローバルな視点を持つ人材」と口を揃えて言う。 その人材に当てはまらない私は社会に必要とされていないのだろうか。 無理をしてでもその要望に合わすべく演技をせねばならないのか?
 (以上、原左都子が多少アレンジして相談内容を紹介したもの。)


 この相談に対する、社会学者 上野千鶴子氏のご回答の程が的を射て素晴らしい!

 以下にその結論部分のみを紹介しよう。
 つまるところ、貴方は「アナ雪」のように「♪ありのままで」就活に臨めばよい。
 ただ、問題は貴方が「ありのままの自分」に自信を持てない事にあるようだ。 面接担当者とは貴方がこれまで達成して来たことよりも、これからののびしろを見る。 その際必要なのは、貴方の能力よりも態度。自分に自信があるか、おどおどしているかはすぐ見抜かれる。 過剰な自信は逆効果。 自分がこれまで生きて来たことに信頼して、未知の事態に対して前向きに取り組める姿勢があれば、それが評価されるだろう。 これからの就活戦線、何勝何敗になるか分からないが、失敗しても「人格を否定された」訳ではない。 貴方が求めるものと相手が求めるものとの不一致にしか過ぎない。 「(相手から)求められる人材」をあれこれ心配するよりも、貴方が将来就く仕事に何を求めたいのか、それを点検する必要がある。
 (以上、“悩みのるつぼ” 回答者 上野千鶴子しの回答の一部を少しだけアレンジして引用。)


 元々天邪鬼の原左都子など、本日昼のNHKニュース映像にて取り上げられた某一部上場企業(商社だったが)の面談風景を目にして、意地悪視点で首を傾げた事がある。
 新卒者の面談を実施しているのが、何と年端もゆかない新卒者と同年代と思しき若者達なのだ!
 ちょっと勘弁して欲しい気もする。  子ども同士で面談し合って何が判明するのだ?? これじゃあ、自分と同類の若造を選抜するのが関の山ではないのか?  まあただ、大手商社等が文系大卒者を選抜する場合、そもそも何らの専門力もない者同士(更には恐らく縁故採用者同士)だろうから、この種の選抜方式を取るのが関の山なのかなあ??? 
 (何だかこの猛暑の時期に肌寒さすら感じ、悪寒がするね……)


 本日昼過ぎに“悩みのるつぼ”上野氏のご回答に同感した私は、早速そのコピーをとって娘に持たせた。
 さてどうだろう。 
 上野千鶴子先生のアドバイスを少しは理解した上で、明日からの就活に活かしてくれるだろうか?!