礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

本法のいう「怪文書」とは何であるか

2023-03-01 00:07:09 | コラムと名言

◎本法のいう「怪文書」とは何であるか

『国家学会雑誌』第五〇巻第八号(一九三六年八月)から、田中二郎の論文「不穏文書臨時取締法に就て」を紹介している。本日は、その四回目。

    法 律 の 内 容
 本法は全文四ケ条より成る。第一条及び第二条は取締の対象たる行為を規定し、第三条は其の未遂罪を規定し、第四条は怪文書の頒布の禁止及び印本刻版の差押に付て規定する。左に其の内容を概観する*。
 *第六十九議会帝国議会速記録、衆議院不穏文書等取締法案委員会議録、貴族院不穏文書等取締法案特別委員会議事速記録参照。逐条解釈として、久山秀雄氏、不穏文書臨時取締法略解、法律時報八巻七号、警察研究七巻七号があり、議会議事録等を抄録したものとして、警察思潮社編著、不穏文書臨時取締法要義が出て居る。
  取締の対象 本法によつて取締らうとする所は所謂怪文書に限る。原案に於ては出版法又は新聞紙法による成規の手続を履んだものも、人心を惑乱し軍秩を紊乱し又は財界を攪乱する目的を以て治安を妨害すべき事項を掲げたものは、特に厳罰を科する趣旨の規定を置いて居たが、衆議院に於ける修正により、出版法又は新聞紙法の定める成規の手続を履んだものは、夫々〈ソレゾレ〉の法律によつてのみ取締を受けるに止る〈トドマル〉こととなつた。
 本法の取締の対象たる所謂怪文書とは何であるか。第一条及び第二条に之を定めて居る。第一条は之に関する所謂目的罪を定めたもので、「軍秩ヲ紊乱シ、財界ヲ攪乱シ其ノ他人心ヲ惑乱スル目的ヲ以テ治安ヲ妨害スベキ事項ヲ掲載シタル文書図画ニシテ発行ノ責任者ノ氏名及住所ノ記載ヲ為サズ若ハ虚偽ノ記載ヲ為シ又ハ出版法若ハ新聞紙法ニ依ル納本ヲ為サザルモノヲ出版シタル者又ハ之ヲ頒布シタル者」の処罰を定め、更に第二条には「前条ノ事項ヲ掲載シタル文書図画ニシテ発行ノ責任者ノ氏名及住所ノ記載ヲ為サズ若ハ虚偽ノ記載ヲ為シ又ハ出版法若ハ新聞紙法ニ依ル納本ヲ為サザルモノヲ出版シタル者又ハ頒布シタル者」の処罰を定めて居る。第二条に所謂「前条ノ事項」とは恐らく「治安ヲ妨害スベキ事項」を指すものと解すべく、従つて両者に共通の要件は、文書の内容が「治安ヲ妨害スベキ事項」であり、而も其の形式に於て「発行ノ責任者ノ氏名及住所ノ記載ヲ為サズ若ハ虚偽ノ記載ヲ為シ又ハ出版法若ハ新聞紙法ニ依ル納本ヲ為サザル」所謂秘密出版であることである。茲に治安を妨害すべき事項とは、政府の説明する所に依れば、出版法、新聞紙法等で謂ふ所の安寧秩序の紊乱或は朝憲紊乱等の事項を指すもののやうである。第一条の罪と第二条の罪との差異は、前者が所謂目的罪であり、「軍秩ヲ紊乱シ、財界ヲ攪乱シ其ノ他人心ヲ惑乱スル目的ヲ以テ」怪文書を出版頒布する者を三年以下の懲役又は禁錮に処するものであるのに反し、後者はかかる目的なくして怪文書を出版頒布した者を二年以下の懲役又は禁錮に処するもので、単に犯罪の認識あるを以て足る点に在る。茲に軍秩を紊乱するとは、提案者の説明する所によれば、軍の秩序を阻害すること、換言すれば、軍の統帥、統制、団結を害し、又は国軍の存在の基礎を動揺せしめ又は其の虞〈オソレ〉ある事項を企つることを言ひ、財界を攪乱するとは財界を不当に混乱に陥らしめること――単に小部分の局部的取引は動揺を生ぜしめるに過ぎない時は別として、其の全国的なると地方的なるとを問はぬ――を言ひ、人心を惑乱するとは、広く一般民心を惑し〈マドワシ〉、之によつて衝動を与へ以て公共の不安を醸成すること――単に局部的に少数特定範囲の人心を惑乱するに過ぎないものは此の限りでない――を言ふ。此等の悪質の目的に出づるものは特に厳罰に処する必要を認めたものであらう。
  本法によつて処罰を受くべき者 「本法は新聞紙法等と異なり、犯罪の成立に犯意を必要とすると共に、名義人処罰の制を採らず、実際の行為者並に其の共犯者の総てを処罰することにして居る。法律上にも、発行人とか印刷人とかに限定せず、不穏文書を「出版シタル者又ハ之ヲ頒布シタル者」と包括的に規定して此の趣旨を示して居る。之れ即ち「苟も出版行為に加功したる以上は著作者であつても、印刷者であつても凡て、『出版シタル者』の共犯者として処罰」するの趣旨を示したものといひ得よう(久山氏前掲参照)。
 尚ほ此等の犯罪に付ては未遂罪も之を罰する(三条)。但し印刷者に付てのみ之が特例を認め、印刷者が印本引渡前に自首したときは其の刑を免除することとした。之は一面に於て自己の意思に基かない怪文書の印刷者に反省の機会を与へると共に、他面未然に其の頒布を防止するの目的に出でて居る。
  出版物の頌布の差止及び印本刻版の差押 本法第四条によれば、「第一条又ハ第二条ニ該当スルモノト認ムル文書図画ニ付テハ真実ノ記載ヲ為シ又ハ成規ノ納本ヲ為ス迄地方長官(東京都ニ在リテハ警視総監)ニ於テ其ノ頒布ヲ差止メ必要アリト認ムルトキハ其ノ印本及刻版ヲ差押フルコトヲ得」る。之は出版法又は新聞紙法に於ては出版物の発売頒布の禁止並に差押処分の権限を内務大臣にのみ認めて居る為めに取締上種々の不都合の生ずるのに鑑み、真実の記載を為し又は成規の納本を為す迄地方長官限りに於て差止及び差押を為し得ることとし、適宜不穏文書の頒布を未然に防止し得るやうにしようとしたのである。尚ほ此の規定により頒布を差止められた文書図画を頒布した者は之を三百円以下の罰金に処することとし、以て其の実効を期して居る(四条二項)。【以下、次回】

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