礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

某社の『経済学事典』には高田保馬の名前がない

2024-09-09 00:01:21 | コラムと名言
◎某社の『経済学事典』には高田保馬の名前がない

 高田保馬という学者は、今日、どのように評価されているのだろうか。いろいろと調べているうち、インターネット上に、根岸隆氏の「高田保馬博士と勢力説」(『日本学士院紀要』第65巻第1号、2010年10月)という論文を見つけた。経済学者としての高田保馬を、高く評価している論文である。
 参考までに、その最後の部分を引用してみよう。

  (八)
 第二次大戦後、一九五一年に高田は大阪大学教授として学界に復帰した。彼の晩年における主要な研究業績としては、その英文論文集、An Introduction to Sociological Economics(Takata,1956)を挙げることができよう。本書は大阪大学の英文紀要であったOsaka Economic Papers に寄稿された六編の論文からなり、高田の健在ぶりをひろく内外に示すものであった。
 戦前における高田の勢力説の問題は、主として賃金、利子率などの生産要素価格の決定にかかわるものであった。たとえば、そのケインズ経済学批判も、貨幣賃金の硬直性と非自発的失業の存在の問題が中心であったといえよう。しかし、戦後における彼の研究はそれだけに留まらず、ケインズ経済学についても、消費関数に関する短期の問題と長期の問題から、経済の長期的停滞の問題にまでおよんでいる。しかし、労働組合の役割に関する消極的な見解については、戦前の場合と同様である。
 ところで、戦後初期の日本の経済学といえば、その弊風に対する安井琢磨教授の痛烈な批判がある「日本の経済学者は総じて演技者ではなく観客であり、製作者ではなく批評家である。日本の学者の業績には、自分が経済理論の形成に参与しているのだという意識が非常にうすい。――日本では学者の基準は、彼がどれだけ広く外国文献に通暁しているかということであって、彼がどれだけ独創的な業績を挙げたかということではない」(安井、昭和五四年、四〇頁)。
 勿論、高田はこの「福田徳三以来のこうした弊風」(安井、昭和五四年、四〇頁)から超然とした存在であった。高田の生涯にわたる研究姿勢については、そのAn Introduction to Sociological Economics(Takata,1956)のPreface に述べられているように、その多くの研究成果は、当時の我国における唯一の欧文雑誌であったKyoto University Economic Review のみならず当時の国際的な一流雑誌であったZeitscrift für Nationalökonomie などに公表されている(Takata,1932)。すなわち、高田は経済学研究の国際社会において「観客」や「批評家」ではなく、「演技者」、「製作者」であった。外国の経済理論の輸入に務めるだけでなく、自らの研究成果を積極的に輸出することに務めていたのである。
 勿論、安井も高田が例外的存在であったことを認めていた。そして高田はむしろ「日本経済学の弊風」の犠牲者であるとしている。「日本の経済学者は自国の文献に注意を払うことが少ない。某社の『経済学事典』の人名索引をひくと、足軽小者に至るまで外国学者の名前が出てくるが、高田保馬の名前が出てこないという事実は、このことを象徴的に示すものであろう」(安井、昭和五四年、四二頁)。

 高田保馬は、「日本経済学の弊風の犠牲者」だったという捉え方に興味を覚えた。だたし私には、その捉え方の当否を判断しうる学問的な素養がない。
 なお、「安井、昭和五四年」とあるのは、安井琢磨「日本経済学の反省」(同『経済学とその周辺』木鐸社、1979所収)を指す。また、安井のいう「某社の『経済学事典』」とは、平凡社の『経済学事典』(1954)を指すと思われる。

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