◎雪は氷の粒と水分と空気からなる(中谷宇吉郎)
中谷宇吉郎『霜柱と凍上』から、「雪と戦争」という文章を紹介している。本日は、その三回目(最後)。
雪の性質は気温によつて著るしく異る。内地のやうな湿雪と北海道の粉雪とでは、その力学的性質が全く別のものとなつてしまふ。いはんや樺太〈カラフト〉へ行けばその機械的処理といふ点では雪の概念をすつかり変へなければならない。
その上雪質〈セキシツ〉は気温ばかりでなく風によつても著るしい変化を受ける。風速は凍死や凍傷の問題において重要な要素となる所謂体感温度にも著るしく効いて来るが、この方は大分沢山の研究があつて、大体の見当はついてゐる。しかし雪質に及ぼす風の影響は、まだ余り無いやうである。雪質の問題が片付かねば、雪上機動の問題は少くも科学的には永久に片付かないであらう。
雪といふものは、一般には氷の粒と水分と空気との雑つた〈マザッタ〉ものである。この三者の割合の差によつて、その性質は千差万別となる。非常に寒い時には水分はないが、寒さの度によつて、氷の粒同士の附着力が異るので、同じ粉雪といつてもやはり色々な性質の差が出て来る。
粉雪の力学的性質といふものが、既に未解決の問題であるのに、雪には砂や一般の粉とちがつて、圧縮されるといふ厄介な性質がある。従つて雪による各種障碍の科学的解決を本当にやらうと思へば、何十年といふ年月を要するであらう。しかし科学的研究の有難味〈アリガタミ〉は、一年でも二年でもやればやつただけの効果がある点にある。
飛行場の圧雪の問題や、橇の問題などが、今日どの程度まで解決されてゐるかは分らないが、我が国においてなされた粉雪が固まる機構の物理的研究や橇滑走の理論が、何等かの程 度までその役に立つてゐることは十分想像されるであらう。飛行機となると、寒さの問題はもはや北方とか冬とかといふことも無関係になる。高い所は何時でも寒いからである。アメリカが高々度飛行に移る前に、着氷の研究に厖大な施設をし金をかけたのは当然のことである。しかし現在アメリカ空軍で採用してゐるグツドリツジ式除氷法は、大型機にしかつけられないといふ欠点がある。これに対して我が国でも勿論研究は為されてゐる。雪や寒さの研究は、困難ではあるがさう恐れるべきものでもない。そして本式にさへ進めば、やればやつただけの効果の挙がるものなのである。(北海道帝国大学教授。理学博士・低温研究所員)
中谷宇吉郎著『霜柱と凍上』は、生活社の「日本叢書」の第一冊である。「日本叢書」については、以前、このブログで、「叢書刊行の趣旨」にあたるものを紹介したことがある。その時は、その第二冊、古畑種基著『血液型』の三二ページにあったものを紹介したが、ここで改めて、『霜柱と凍上』の三二ページから引用しておこう(改行は原文のまま)。
われわれを生み育ててく
れた日本 この日本のよい
ところをもつとよく知り
良くないところはお互いに
反省し すぐれたものの数
々をしつかりと身につけ
どんなときにも ゆるがず
ひるまず 大きく強く伸び
て行く もととなり力とな
る そんな本をつくりたい
七行目の「どんなときにも」という言葉は重い。発行者は、すでに「敗戦」を意識していた見るのが妥当であろう。
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