アフガン・イラク・北朝鮮と日本

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奴隷根性も大概にせえよ

2013年11月01日 20時39分22秒 | ヘイトもパワハラもない世の中を

上記写真は茨城県桜川市の元小学校にあった奉安殿の遺構。ギリシャ建築様式が採用された稀有な例。ウィキペディアより画像転載。
戦前はこのような天皇・皇后の写真が収められた奉安殿が各地の学校に設置され、災害時にも生徒の避難よりも写真を守る事が優先された。

 参院議員の山本太郎が宮内庁主催の園遊会で原発問題について天皇に直訴しようとしたとのニュースが、10月31日当日の夜遅くにネットに流れました。私は、新しいスマートフォン携帯に慣れるのに精一杯という事もあり、その日は大して気にも留めずに就寝しました。そして翌日の今日職場に出勤し、お昼のニュースで山本太郎に議員辞職を迫る意見が出ているとの報道を聞き、何でこんな大騒ぎになるのか、半ば呆れながら今この記事を書いています。
 はっきり言って、私にとってはこんなニュースなぞどうでも良いのですが、御用マスコミや保守系政治家がまるで鬼の首でも取ったかのように大騒ぎしているのが余りにも異常なので、今回は急遽予定を変更して、それに対する感想をとりあえず書いておきます。

 私にとって一番腹立たしいのが、誰も天皇の事は心配しても、山本が訴えようとした原発事故の被災者の怒りや原発作業者の苦しみについては、殆ど言及がされない点です。「天皇さえ安泰であれば良い、被災者や原発作業員ひいては国民の事などどうでも良い」と言わんばかりの大騒ぎには、はっきり言って虫唾(むしず)が走ります。こんな事で議員辞職させられるなら、事故の責任も取らずに今も高給を貪(むさぼ)り食っている東電の経営陣や、原発を推進してきて今回の事故を招いた政治家なぞは、もっと重罰が課されなければ不公平です。その責任を問わずに、何故、山本太郎だけが責められなければならないのか。
 橋下徹の「法律に書いていなくても」発言に至ってはもはや論外です。請願法には、天皇への請願は内閣に提出しなければならないとあります(第3条)。今回、山本太郎は請願先を間違えただけですから、天皇に出した手紙を内閣に転送すればそれで済む話です。それを「法律に書いていなくても不敬に問われるような事をしてはいけない」とは、元弁護士のくせに、「法に書いていない事には何人も罪は問われない」とする罪刑法定主義も知らないのかと言いたい。今はもう不敬罪なぞ存在しないのですから。そして請願法には同時に、何人も請願した事で差別されないとあります(第6条)。山本の請願権を侵している橋下徹こそが法律違反に問われるべきです。

 同じ違和感を、二言目には「天皇を政治利用した」と山本を非難する輩が、同じ口で「天皇陛下を蔑(ないがしろ)にした、不敬である」と罵(ののし)っている事についても物凄く感じます。今は曲がりなりにも主権在民、民主主義の世の中です。主権者は天皇ではなく国民です。天皇の政治利用が禁じられているのも、天皇を政治利用した軍部の暴走を誰も止められず、天皇自身も軍部に対して曖昧な態度に終始し、戦争に明確に反対せず、結果的に軍部の暴走に加担してしまった戦前の教訓を踏まえての事です。つまり、主権者はあくまで国民であり、国権の最高機関も国会であって、天皇は一切政治に介入できないというのが、「天皇の政治利用禁止」の本来の趣旨です。規制されるべきは天皇の政治的行為であって、国民の言論の自由ではない。国民が天皇を批判しようが、今の天皇制についてどう思おうが、思想・信条・言論・表現の自由である。その立場に立つ限り、「蔑にした」だの「不敬である」だのという発想なぞ凡(およ)そ出てくる筈がない。
 ところが、戦後60年以上経っても、未だにそういう発想が出てくる所に、日本の民主主義の未熟さがあると思います。権利や自由を革命で勝ち取った経験がなく、戦後になって米国から与えられたお仕着せの民主主義しか知らないから、未だに天皇とか君主とかの権威にすがり、政治家はその権威を盾に威張り散らす事しか考えず、国民もそれに盲従する事を好とする。そんな物、私からすれば「奴隷根性」以外の何物でもない。
 「天皇の政治利用」については、今までもオリンピック招致に皇族を駆り出したり、「主権回復の日」式典に天皇・皇后を引っ張り出して、日米安保体制強化に加担させるような事を保守系政治家はやって来ました。その事自体が「政治利用」の最たるものですが、それ以前に、戦後60年以上も経って、もうとっくに21世紀になった今になってもまだ、主権在民や民主主義の確立を目指した現憲法制定の原点から問い直さなければならないと言うのが、もはや何ともやり切れません。

 同じ事は山本太郎自身にも言えます。山本は今や無所属と言えども立派な国会議員なんだから、その気になれば幾らでも原発問題を国会で追求できるのに、その肝心の職務を放棄して、今や何の政治的権限もない天皇なんかに何故直訴したのですか。未だに天皇にすがらなければ何も出来ないのですか。それでは、天皇の権威を利用しなければ何も出来ない保守系政治家と全く同じではないですか。自分から主権在民や民主主義を放棄して一体どうするのですか。
 今、問題になっているのは、原発の再稼働・輸出や、放射線規制基準の緩和や、汚染水の垂れ流しや、原発作業員の被曝や賃金ピンハネや、除染事業の有効性や、福島第一原発4号機核燃料プールからの燃料棒取り出しの危険性などでしょう。そういう焦眉の具体的な問題を国会で追求するのが山本の仕事であり、有権者もそれを期待して山本に投票したのに、その肝心な仕事を放り出して、天皇に直訴しても何の意味もない。そのお蔭で、原発再稼働その他諸々のもっと大事な問題が却って後景に退けられてしまい、不敬だの何だのという本筋から外れた議論を呼び起こす事になってしまったじゃないですか。今はもう田中正造の時代とは違うのに。田中正造が生きた明治時代には、足尾銅山の鉱毒被害を訴え政治を動かす為には、最後は絶対君主の明治天皇に直訴する他ありませんでした。しかし今は違います。山本が訴えるべきは天皇ではなく国民なのに、それを自分から否定してしまってどうするのか。

(参考記事)

・陛下に手渡し「ありえない」=宮内庁幹部、困惑隠せず(時事通信)
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131031-00000186-jij-soci
・山本太郎氏 園遊会で陛下に“直訴状”「禁じられていない」(スポニチアネックス)
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131101-00000026-spnannex-soci
・山本太郎議員を聴取 閣僚、与野党は批判の嵐…議員辞職要求も(産経新聞)
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131101-00000543-san-pol
コメント (3)
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