たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

よくがんばりました

2014年12月31日 08時36分04秒 | 日記
混乱の終結を目指しつつも、書かなければならない書類のドラフトを仕上げることができたので、久しぶりに実家に帰って広い家の中で骨休めしつつ、断捨離を継続中です。
何の行事もなく家に帰ってきたのは何年ぶりでしょう。
お別れと行事が続いたので自分でも思い出すことができません。

一年前の今日は、「一年間お疲れさまでした」と書きました。
それから年があけて、思いもかけないことが私を待っていました。
大変な一年のスタートとなりました。その時はそれがどういうことなのかほとんどわからない、混乱の始まりでした。

そのままだまって引き下がればそれはそれでもう終わってしまっていることでしたが、私は納得がいかず引き下がることができませんでした。結果、混乱は今も終結するに至っていません。すこーしだけ見えてきてはいますが、まだわかりません。強固なものがたちはだかっているので、終結の前に私はかなり辛い思いをしなければならない可能性もかなり残されており今のところ五分五分です。自分の進んできた道のりが本当にそれでよかったのか、社会の仕組みをちゃんと理解できていなかった自分の甘さがこういうことを生んだのではないか・・・。今も気持ちは揺れ続けています。でも、過去を振り返り悔やんでも時間は過ぎてしまったのでどうしようもないですね。

社会から見捨てられたような感じがあって、今はすっかり自分に自信を失っており、本当に仕切り直しができるのかすごく不安です。励ましてくださる方々のおかげでなんとかここまでくることができました。
今は次へ進んでいくための苦しみのとき。これでよかったんだと心の底から思えるまでにはまだ時間が必要ですが、きっとこれでよかったんです。
どうあろうと、一生懸命やってきた実績は変わらないので、今までためてきた引き出しの上に
少しずつ手さぐりで進んでいくしかないです。新しい場所へと行くのは、すごくエネルギーがいるので、ほんとうに少しずつになると思います。

かなり情けない状況ですが、ほんとうによくがんばりました。
こんなことがなければ出会うことなく過ぎて行った、思いがけないたくさんの人たちとの
出会いがありました。その出会いからまたあらたな出会いも生まれました。大切にしていきたいと思います。
半端ではない緊張感の連続の日々で、今はかなり疲労していて、まだこれからを具体的に考えられない状況ですが、少し休んで落ち着いてきたらきっと大丈夫。
墓前に手を合わせて見守ってくれるようにと祈りました。
自分の中にある勇気とエネルギーを信じて、手さぐりしながらもう少しだけ進んでみます。

今年中に書きたいことがいくつもあったのですが、書類作成があったので書けませんでした。
もうブログ書くのやめようかなと思ったりもしました。
でもささやかでも訪問してくださる方があるので、やっぱりぼちぼちと書いていきます。
明るいことばかり書くというわけにはいかない日々ですが、またエネルギーが戻ってきたら、いろいろと書いていければと思っています。よろしかったらまた訪問してください。
悲しい、苦しい、怒り・・・あってはならない、あったら一生懸命に閉じ込めて、あるいは気づかない振りをして、あるいは削除して生きていかなければならないような社会に自分はすごく息苦しさを感じていたんだとあらためて気づかされた一年でした。
まだ文章にまとめることができていないので、時間をつくってまとめようと思います。

今はよくがんばった自分にやっぱり、「お疲れさまでした」と言ってあげたいです。

写真は春のプリンス・エドワード島のグリーン・ゲイブルズ。
またいつかきっと行ける・・・。






「木靴の樹』シナリオ(2)

2014年12月28日 18時05分38秒 | 映画『木靴の樹』
1990年公開映画パンフレット(フランス映画社発行)より引用します。

農園

 門を入って帰ってくる夫婦。

バティスティ「百姓の子が学校に行くなんて大変だ」

 古いつくりの分益農場。オルガンの響きが高まり、農場の一角に帰る夫婦の画に字幕が
重なる。

<19世紀の末、ロンバルディア地方に、酪農場に暮らす四軒の百姓の家族があった。
家屋、家畜小屋、土地、樹木のすべて、家畜と農場の一部は地主の所有で収穫の三分の二は地主のものとなる>

音楽つづき、クレジット・タイトル

 活気あふれる収穫の光景に、クレジット・タイトルがかぶる。どこまでも広がる大地を馬がすき、男たちは種を蒔く。女達は背の高いトウモロコシ畑に埋まり、黄金色の実をとる。子供たちもはしゃぎながら手伝っている。

バティスティーナ「ミネク、ズボンが落ちるよ」

 ズボンをひっぱり上げるバティスティ夫婦の長男ミネクと、青い毛糸の帽子の弟トゥーニ。
傍らでルンクの後家さんの幼い娘達、次女のアネッタと末娘のベッティーナが「実をひっぱるのよ」「ダメだね」「そら、がんばって!」と励ましあいながら、トウモロコシを引っぱっている。



 産まれて間もない黒い子馬と母馬を見にきた、ルンクの後家さんと子供達、バティスティと子供達。母馬が見守るなかで、ふらふらと立ち上がる子馬。

バティスティ「(トゥーニを肩からおろし)この子も見たいとき、静かにな、子馬が驚く」

干草と子供達
 
 フィナールが干草をとりこんでいる。その上で飛びはねてはしゃぐ子供達。フィナールの次男は一緒に遊び、長男のウスティは父の罵声を浴びながら働く。

フィナール「このぐうたら息子め!」

ウスティは、ぼやきながら働く。


農園の中庭

 逃げ回るアヒルを、子供達が追いかける。ウスティがつかまえて、フィナールにわたす。

アネッタ「こわいよ」

ベッティーナ「噛むの?」

オルガ「噛みつきはしないよ」

フィナールの長女オルガは子供達と遊びたい年頃なのに、いつも働かされている。
不安気な子供達の前で、フィナールがなたでアヒルの首を叩き落とす。

フィナール「オルガ!鍋を持って来な」

 オルガは鍋を持って来ると、アヒルの首を持ち去る。フィナールはアヒルの首の切り口から血を絞り出し、鍋にためる。


畜舎(夜)

 農園に住み込んでいる四家族の全員が、冒頭で聞こえていた作業歌をコーラスで歌いながら、トウモロコシの葉をむく作業をしている。バティスティの家族、ルンクの後家さんの家族、フィナールの家族、そしてブレナの家族。せっかく葉をむいていても、トウモロコシの実と同じ場所に投げる子供もいる。

バティスティ「葉と一緒くたにするなよ」

バティスティの家・寝室

バティスティーナ「(次男トゥーニに)手足は洗った?(お祈りをさせながら)おふとんの中で天使にお祈りをしなさい」

バティスティ「(長男ミネクの服を脱がせながら)学校に行けて嬉しいかい?」

一年が終わろうとしているんですね

2014年12月26日 20時03分52秒 | 日記
私には全く実感がありません。
いつの間にかクリスマスの大さわぎが終わり、街はお正月になっています。
毎年ですが、25日の夜から26日にかけてのこの切り替えの早さには違和感をおぼえます。

書類を簡潔にまとめ直そうとがんばりましたが、言いたいことがありすぎて、気持ちがあふれかえりすぎてしまってできませんでした。人にわかってもらうように説明しようとすると、どうしても細かくならざるを得ず、結果的に長いものになってしまいます。
簡潔に説明するってむずかしいですね。
私にできるのはたぶんここまでになると思います。
あとは委ねるしかありません。
これからどうなっていくのか不安の方が大きいですが、きっと大丈夫と言い聞かせて
何とかしていくしかないですね。
今一生懸命自分に言い聞かせています。

少しほっと・・・

2014年12月24日 19時47分08秒 | 日記
カウンセラーのY先生にお昼をご馳走になってゆっくりした後、午後は一つ用事を済ませてからずっとカフェで書類の超ドラフトを仕上げました。自分の気持ちを書き連ねた長いものです。ここから体裁に合わせて削っていくことになりますが、かなり思いを書けたと思います。
きりがないので、とこかで終わらなければなりません。モバイルパソコンで作業を続けているので、文字が小さくてかなり目がかすんできました。今日はこれでゆっくりしても許されますね。かなりストレスになる類の書類です。肩に力を入れて、何時間も集中して一気に仕上げていったのでさすがに疲れました。

モーツアルト(2)

2014年12月23日 18時49分50秒 | ミュージカル・舞台・映画
12月16日に山崎育三郎さんのヴォルフガングで二度目の『モーツアルト』観劇でしたが、
井上さんヴォルフガングを思い出しながらもう少し書いてみたいと思います。

観劇の間、ずっと肩に力が入ってしまって緊張していました。
自分自身の混乱の状況から強いられる緊張、住環境からくる緊張、今後への不安・・・
私自身が幾重もの緊張感に包まれながら、葛藤の中で生きるヴォルフガングの姿に
緊迫感を感じたのかもしれません。

幼いころ神童と呼ばれた自分自身の影アマデは、貴族たちの前でピアノを弾いて拍手喝さいを浴びた時の赤いコートを着た姿で羽ペンと楽譜を持ち、ヴァルフガングの傍らにいつもあり続けます。
ヴォルフガングが遊びに身を委ねられそうになる時も、彼を戒めるように一心不乱にペンを走らせ曲を書き続けます。
ヴォルフガングは自分の影から逃れたいともがき続きますが、ヴォルフガングとアマデは二人で一人なので逃れることはできません。
大衆の音楽、「魔笛」を作曲している時の二人は本当に二人で一人。

一幕の終わりのアマデとヴォルフガングの葛藤、曲を書き続けるアマデはヴォルフガングの腕に羽ペンを何度も刺す姿にドキッとしました。二人の対決する姿は緊迫感がありました。
二幕の終わりのアマデとヴォルフガング、「死ぬときはお前も一緒だ」とアマデに言い放つ姿が印象的でした。死期が近づいていることをさとったヴォルフガングは、謎の人物から依頼された「レクイエム」を狂ったように書き続ける道半ばで、自分の胸に羽ペンを指してアマデと共に力尽きていきます。
井上さん演じるヴォルフガングの息が劇場全体を包んでいました。

「神が使わした奇跡の人
 命果てる日まで奇跡は終わらない」

二人を大合唱が包み込むラストシーンは、ミュージカルの重厚さを堪能させてくれた作品だとおあらためて思います。

東宝『エリザベート』初演で井上さんを観たとき、なんてかっこいい人なんだろうと思いました。それから14年、長い手足を生かして自由奔放に舞台を動き回る井上さんヴォルフガングはいっそうかっこよかったです。


夏の『ミス・サイゴン』降板から手術を経て無事に舞台復帰された市村正親さん演じる父レオポルトとの葛藤、二人の間に入って影となりヴォルフガングを支えようとする花總まりさん演じる姉ナンネール、ウィーンに旅立ってしまったヴォルフガングを待ち続ける二人のデュエットも本当にせつなくて印象的でした。この物語は、家族の葛藤の物語でもあるのだと思います。

山口祐一郎さん演じるザルツブルグのコロレド大司教の庇護なしでは生きていけない時代、父は息子をその庇護のもとで生きていけるようにと厳しく息子を育てて必死に守ろうとしますが、自由に憧れたヴォルフガングは束縛から逃れたいとザルツブルグを飛び出していきます。

いつも壊れてしまいそうな危うさを秘め、自分自身の才能をもてあましがら自由奔放に生きようとするヴォルフガング。

ヴォルフガングをウィーンに誘いにくる香寿たつきさん演じるヴァルトシュテッテン男爵夫人の「星から降る金」は印象的でした。ヴォルフガングを束縛しようとする父レオポルトを戒めるナンバーです。ヴォルフガングにとって本当にそれがよかったのかどうかと考えるとその是非はわからないところですが、幼い頃のヴォルフガングの才能に目をとめた夫人の存在は彼の人生を大きく左右したことになります。

市村さんの苦悩する父の姿の演技も光っていました。
ラスト近くで、ヴォルフガングに「レクイエム」の作曲を依頼する謎の人物も市村さんが
仮面をつけて演じられていて、『オペラ座の怪人』のファントムを思い起こさせました。

山口祐一郎さん、阿知波悟美さん、吉野圭吾さん、こうでなくちゃといういやらしさを醸し出しながら歌も演技もさすがの安定感で役者がそろった舞台でした。
市村さんと山口さんが同じ舞台に立っている、それだけでも十分すぎるほどぜいたくです。


『エリザベート』のキャストが発表されました。
宝塚初演で一路さんの相手役としてシシイを演じた花總さんがシシィを、東宝初演で一路さんの息子役としてルドルフを演じて『モールアルト』では花總さんの弟を演じている井上さんがトートを、『レディベス』でベスの恋人を演じた山崎育三郎さんがルキーニを・・・。
なんだかえらいこっちゃという感じです。

今日はここまで。

(写真は全て東宝の公式フェイスブックより転用しています。)


井上さんヴォルフガングとアマデ



市村さん演じるレオポルト



山口さん演じるコロレド大司教




香寿たつきさん演じるヴァルトシュテッテン男爵夫人


花總さん演じる姉ナンネール




劇場内に展示されていた刺繍作品。山崎さんと井上さんのモーツアルト。





気持ちが落ち着かず・・・

2014年12月21日 18時44分53秒 | 日記
昨日は『赤毛のアン』を原文で読むセミナーで、マシューとのお別れの章を読みました。
モンゴメリさんの美しい文章に、しばし心がまっすぐになったひと時でした。
詳しいことは後日あらためます。

今年もあと10日で終わりなんですね。
全く実感がありません。
残念ですが、混乱が終わらないので、整理しきれないことばかりで、
やらなければならないことがあって、気持ちの切り替えもできなくって
今は気持ちが落ち着きません。
きつい、きつくないという限界もこえています。
ここまできてしまいました。
それが私にとって正解だったのかどうかはわからないけれど、
もう降りるという選択肢はあり得ないので進んで行くしかありません。
妹がきっと守ってくれている、背中を押してくれている、という思いが私を支え続けています。この思いが私の中になかったら、とうに崩れ落ちているんだろうなと思います。
この思いがあるかぎりきっと大丈夫、そう言い聞かせ続ける毎日です。




木々をながめながら

2014年12月20日 13時23分04秒 | 日記
どうにかこうにか暮らす部屋へと一通りなんとか整理が終わりました。
窓からはまだ黄色く色づいた葉に彩られた木々を眺めることができます。
音全部筒抜けで緊張し続けた十か月間、混乱の終結までは・・・とがんばり続けた
十か月間。緊張し続けた癖が抜け切れません。
もう少し落ち着いた環境になりました。
混乱の終結を目指してまだ大きな困難が待ち受けています。
書類を整えなければならないし、精神的な負荷もまだまだかかります。
このまま年を越したくなかったけれど、自分ではどうすることもできないので
どうしようもありません。
少し気持ちを落ち着けて書類作成などもできるといいです。

本当に体制を立て直していけるのか、自分でも今は全く自信がありません。
強固なものに自分を否定され続けているので、本当にこれでよかったのか
今でもわからず、自信を失っています。
書類を作ったら気持ちを切り替えていこうと思います。

それにしても、本や資料、細々したものを整理し続けてきているのですが
まだまだどっさりあります。
お別れしきれないままの移動となったので、これからも整理していかなければなりません。
本当に必要なモノだけで暮らすってむずかしい。荷物って奥が深いです。

昨日はまた自死遺族の会に参加させていただきました。
人数が少なかったし、初めてお会いした方のお話に参加者が触発されたかたちでいつもとは違う意味で深い話になっていきました。
私自身も今まで気づかなったことを話させていただきました。
ご友人を亡くされた方のお話を聴かせていただきながら、
妹と関わりの会った人たちは妹のことをどう受け止め、受け入れ、今どうしているんだろう、時々は妹のことを思い出してくれるだろうかと初めて考えました。
大きな喪失体験をしている者が持つ強さということもあらためて感じました。

このまま引き下がるわけにはいかない、このまま負けるわけにはいかない、
きっと妹が守ってくれているので大丈夫、と自分に言い聞かせながら
まずは目の前のやるべきことをやっていきます。

16日に違うキャストで『モーツアルト』を観たので、観劇のことや、旅日記も書いていきたいです。グリーフケアの講座で感じたことなどもまだ書いていません。
よろしければ気長にお待ちください。





まだまだ・・・

2014年12月16日 16時06分47秒 | 日記
詳細を書くことはできませんが、次の段階へ向けて書類を作成することになりました。
そこで自分の気持ちともう一度向き合い、整理し直して、書き切ることができれば、
どうなっていっても自分で納得して次の道へと歩き出していけそうです。
生活もあるので歩き出していかなければなりません。
具体的にはまだみえてこないです。今は書類作成。
大変な作業になると思います。

大変な一年になってしまいましたが、無駄なことはなかった、これでよかったんだと思える日はきっとくると思います。

来年の『エリザベート』のキャスト発表を知って、テンションあがっています。
働かねば・・・。

『モーツアルト』のことが書き切れていないし、あれやこれやで頭の中はいっぱいな感じです。

無事に終わりました

2014年12月15日 13時39分38秒 | 日記
昨日の移動は無事に終わりました。
移動しようと決めてから一週間での移動で、捨てようと思いながら捨てきれなかったモノもたくさん持ったままの移動となりました。
本や資料をたくさんもっていることもこういう時にやはり大変です。
少しずつデジタル化して整理し続けているのにそれでもどっさり。
場所をとる絵本や写真集などはデジタル化して現物は廃棄なんでとてもできないですね。
業者さんに、ひとりで持っている本の量じゃないですね、と言われてしまいました。

普段生活している中で、ちょっとあったら便利かなと手に取ってしまったものもこういう時に大変です。全部段ボールに詰めなければならないので・・・。
捨てる時のことを考えながらモノは買わなければいけないとあらためて反省しています。
十年同じ部屋に暮しました。
家具もいつの間にか古くなっていました。
思い切ってお別れするものはしようと思います。

きっと今人生の大きな転換期。
住む環境を整えることも大切。とりあえずお隣に音マル聞こえの緊張感からは解放されたようです。
大局面を控えて、何回も行くような所じゃない所に行かなければならないので緊張しています。わたしにとっていい方向へと変わるといいですがわかりません。
今日は月曜日ですね。ヘンな感じです。





信じるしかないです・・・

2014年12月13日 20時45分06秒 | 日記
明日は寒さが厳しくなりそうですが、準備はほぼできたので移動はたぶんうまくいきます。
落ち着ける環境は大切。極度の緊張が続いている状況で、自分の部屋でも緊張する生活はもう限界でした。

週明けに待っている大局面のことを考えると、気持ちが落ち着かず、おのずと肩に力が入って極度に緊張してきます。材料は出揃っているので流れが変わっていくはずですがわかりません。今考えても仕方ない。妹が守ってくれている、うまくいくはずと信じるしかないです。

21年前の自分を振り返ってみると本当に情けない。
人生の大きな転換の時、今まで一生懸命にやってきたことがきっとこれから生きてくるはず、具体的にはまだわからないけれど、そういう道に歩んでいきたいです。
ボタンの掛け違えみたいな日々の精算が終わればきっとまだやり直せるはずです。
これでよかったんだ、自分の感性を信じよう。

「1995年9月12日(火)

また、ちょっとむしあつくなった。が、いわし雲が広がる空は、秋の色である。風鈴が去り行く夏を惜しむかのように、チリチリと揺れている。
こうして、ぼんやりしていると、なにもあくせくすることないんじゃないか、と思ってしまう。そんなわけにもいかないけど・・・。今度の仕事の話が決まらなかったら、アルバイトなだ考えなければならない。そろそろ家に帰らなければならないが、予定が決められない状態だ。夏の疲れが出できたせいか、夜ふかしをしないで、12時半頃には布団に入り、朝はゆっくりとまどろんでいる。
こんな休養も必要だよね。
まだ、シケンの準備をしようという気にもならないし。
早く家に帰っておいでよ、とMちゃんが呼んでいるような気がする。」