「旅から旅へとさすらい、ウィーンの王宮に寄りつかない皇妃の不在は、子供たち、特に長男のルドルフには深い精神的な傷を与える結果になってしまった。ルドルフは母親に似て、感受性が鋭く、頭の回転の早い知的な青年に育っていたが、母親の愛情に飢えている孤独な青年だった。いつの間にか、父親の皇帝と政治外交問題で対立が深まり、父と子の相克は次第に抜き差しならないものになっていった。ベルギー王室から嫁いできた皇太子妃との関係もうまくいかず、二人の関係は冷え切ったものになり、たった一人の息子で、ハプスブルグ帝国の後継者であるルドルフ皇太子が心身ともに疲れ果て追い詰められていることに、エリザベートは気づかなかった。
1888年のクリスマスの夜、さすらいの翼を休めにウィーンの王宮に戻った時、三十歳にもなる大の男のルドルフ皇太子が突然、母親であるエリザベートに抱きつき、大声をあげて泣き出した。あまりにも激しく、しかもいつまでも泣き止まないので、周囲の人々は感動し、もらい泣きした。
エリザベートも思わず涙ぐんだ。それが永遠の別れの涙であることはそのとき誰も分からなかった。
開けて1889年1月末、皇太子ルドルフが若い未婚の十八歳の男爵令嬢と心中し、命を絶ったという凶報がエリザベートを襲う。エリザベートは激しい衝撃と後悔の中で、はじめてルドルフ皇太子の心中を察したが、後の祭りだった。皇帝の配慮で彼女はルドルフの葬儀には出席しなかったが、深夜ルドルフが葬られたばかりのハプスブルグ代々の人々が眠る霊廟を訪れ、暗闇の中に蝋燭を灯し「ルドルフ、ルドルフ」と呼ぶエリザベートの声が暗い地下の墓所にこだまする光景は鬼気迫るものがあったと、霊廟の修道僧は書き残している。
旅に明け暮れて一人息子の身近にいることができなかったエリザベートは深い後悔に苛まれたが、ルドルフ亡き後、彼女の魂にはどうにも埋めようもない孤独感と絶望感が深まり、この苦悩を絶つためにさらに強く死を望むようになった。こうして彼女のさすらいの旅への衝動はさらに激しさを増していった。」
(2000年東宝初演『エリザベート』のプログラム、
塚本哲也「ハプスブルク家と皇妃エリザベート」より引用しました。)
東宝版『エリザベート』のオープニングは私にはかなりきついドキッとする演出です。
宝塚版では黄泉の国の帝王トート(ドイツ語で死の意味)が主役となって、エリザベートの愛をめぐって最後には皇帝と法廷で対決します。
息子の皇太子ルドルフもまた『ルドルフ・ザ・ラストキス』や宝塚でなんどか上演されている『うたかたの恋』では主役となってその人生が描かれています。
井上さん演じる『ルドルフ・ザ・ラストキス』を観た時には、この人が生きていたら世界はちがっていたんじゃないかと心から思ってしまいました。
宝塚の96年の雪組、99年の宙組、2000年の東宝初演のときにはなかった「私が踊る時」、
2000年の東宝版でしか聴けなかった「夢とうつつの狭間に」にもいい曲。リーヴァイさんの書かれる曲は耳に残ります。
いい曲ぞろいですが、トートとルドルフがデュエットする「闇が広がる」は、ひとつの大きな見せ場でしょうか。
父親である皇帝フランツ・ヨーゼフと対立して孤立していく皇太子ルドルフに、死の影トートが忍び寄っていき、ハンガリーの独立運動を先導してルドルフを破滅へと導いていきます。
宝塚版では、二人で銀橋を歩きながら、ロック調の曲にのってみせてくれます。
伏線はルドルフの少年時代に準備されています。
皇太后ゾフィから「子育てを任せてほしい」と子どもを取り戻しながら、エリザベートは一人あてのない旅を続けて宮廷には戻りません。
「ママ、どこなの、きこえてるの」母の姿を探し求める愛に飢えた少年ルドルフが冷たい部屋でひとり勉強しているところへ、トートが「友だちだ、呼んでくれれば必ずきてあげる」と囁きかけます。
宝塚では、当然ですが大人の女性が演じるのでちょっと違和感がありますが、東宝版では子役ちゃんが演じるので、少年の孤独感がよりリアルに伝わってきます。
皇太后ゾフィが亡くなってもエリザベートは宮廷には戻らず旅から旅への生活を送ったので、ルドルフは母の愛に飢えたまま大人になります。
96年の雪組公演でトートを演じた一路真輝さんが、東宝初演の『エリザベート』では、エリザベートをシングルキャストで演じられました。エリザベートってなんて勝手な人なんだろうって観客は思ってしまいます。その客席の思いを受けて立つという思いで演じたというインタビュー記事を読んだことがあると思います。かなりの体力がないとやれないですね。
ルドルフ亡き後のエリザベートのことなど書きたいですが、なんだかとりとめないですね。
2012年のガラコンサートのDVDを観たりしていると思いは尽きることなく続いていきます。
今日はここまでにします。
写真は2012年5月-6月の帝国劇場公演(げきぴあより転用しています。)
高島さんルキーニと清史郎君の少年ルドルフ
平方さんルドルフとマテさんトート