たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

『エリザベート』の思い出(6)

2015年05月31日 22時31分37秒 | ミュージカル・舞台・映画
いろいろと書きたいことがありますが、今は頭が疲れ気味で、
でも今のままでは心が休まることはなく、もう少し時間が必要かなと感じる日々。
手記を書きたいですが、ちょっと今は無理です。
もう少し先にまた書ければと思います。

新生エリザベートのプレビュー初日まであと10日、
そこを一つの区切りとしていきたいという
小さな目標にむかって今は歩き続けます。
花ちゃんブログをみながら、いよいよなんだなあと楽しみで仕方ありません。

2000年の東宝初演でしかきくことのできなかった「夢とうつつの狭間に」
はこんな歌詞でした。
シシィが、コルフ島でハイネのように詩を書きながら歌う場面だったと思います。
歌の名手、一路さんが聴かせてくれました。

「私の求めてた生き方は何
 見つけたはずの道が見えない
 今鎖が断ち切られ
 自由を手に入れたのに
 何処へ行くの
 大空をゆく鴎(かもめ)ならば
 暗い夜明けも迷わずに
 一度目指した地平の果てに
 辿り着くというの

 夢とうつつに挟まれて
 揺らぎ続けてる胸の思い
 一人になりたい
 孤独は怖い
 生きていたい
 でも突然
 消えてしまいたい
 大空をゆく鴎(かもめ)のように
 暗い夜明けを飛べるなら
 無くしてしまった大切なもの
 見つけ出せるの
 命の炎をもう一度燃やしてくれるもの

 今の私は
 立ちすくんでる
 昨日と今日の狭間で
 命の炎をもう一度燃やせるときはくるの」

  (東宝初演プログラムより)

なんだか身近にせまってくる歌詞ですね。
稽古場に一路さんが顔を出されたと花ちゃんブログにありました。
一路さんのシシィももう一度みたいな。
花ちゃんと一路さんのシシィ、ダブルキャストなんてあり得ないかな。



写真は2012年東宝版の舞台の、4月24日稽古場見学会の様子。
げきぴあより転用しています。



瀬奈さんシシィと岡田さんフランツで、「夜のボート」。
晩年の二人のすれ違いを歌った場面でした。




清史郎君演じる少年時代のルドルフ。
さすらいの旅に出たまま帰らない母を、暗く冷たい部屋で待ちわびている場面。




清史郎君ルドルフとマテさんトート。
孤独な少年に死の影トートが「友だちだ、呼んでくれればいつでもきてあげる」と
忍びよってきています。





 

『続・悩む力』より_「イワン・イリイチの死」

2015年05月30日 22時50分58秒 | 本あれこれ
「3.11でも、いかんともしがたい状況のなかで人の心を最も打ったのは、アクティブな活動よりも雄弁な言葉よりも、ただ祈り、運命を引き受ける「態度」だったと思います。

 なぜなら「創造」や「体験」は、世の中が平常で、元気なときでなければ実現されることはありません。しかし、「態度」は、健やかなときも辞めるときも、いついかなるときでも、想いさえあれば発揮することができるのです。

 逆にいえば、だからこそ常に、真価が問われるものでもあります。しかも、これといって、特別な鍛錬や特別な才能を必要とするわけではなく、イワン・イリイチのように、それこそ死の直前でも、寝たきりの状態でも実現することができます。

 態度による価値とは、この社会で日常的に問題にされている、成功か失敗か、効率か非効率か、有効か無効かといったものの彼岸にあり、また、資本主義社会の生産や交換価値とは対極の位置を占めているものです。それは、強いていえば、「宗教的なもの」に最も近いと思うのですが、いずれにしても、この価値は限りなく人間のある種の本質を表しているように思えます。」


(姜尚中著『続・悩む力』2012年発行、集英社新書、197-198頁より。)


**********

今日の夜の8時台の長く大きな揺れに、
またもや大震災の恐怖を思い出してしまいました。
なんだか3,11の二日前の揺れの感じに似ているような・・・。
明日のことは本当にわからないですね。
一日一日生かされている命に感謝しつつ、
自分を見失うことなく過ごしていくだけです。


続・悩む力 (集英社新書)
姜尚中
集英社

『ゆきのひのたんじょうび』

2015年05月29日 22時33分06秒 | いわさきちひろさん
「もう ひとつねると
 ちいちゃんの おたんじょうび
 
 おかあさん
 わたしが うまれたとき
 ゆきがふってたって ほんと?

 わたしは いつつになるのよ
 ろうそくだって ごほんいっぺんに
 けしちゃうんだ

 でもきょうは ともだちの おたんじょうび
 それで かーどを かいてたの」


「おほしさま おほしさま
 
 あしたの おたんじょうびには
 なんにも いらないって おかあさんにいったけど
 ほんとは ひとつだけ ほしいものがあるの

 あした
 まっしろな ゆきを ふらせてね
 わたしの うまれた ひみたいに」



「あっ
 やっぱりふった
 ほんとにふった

 すごーい

 おかあさん
 みてー

 さあ ゆきのたんじょうびです
 
 あかいぼうしと
 てぶくろだって
 おかあさんからもらったの

 ちいちゃん おめでとう
 おたんじょうび おめでとう」

 
(岩崎ちひろ/絵と文 武市八十雄/案 
 『ゆきのひのたんじょうび』至光社 1973年第10刷 より)


私が生まれた日の朝、3月だというのに朝雪がふっていたと小さい時から
くりかえし父にきかされて、いつのまにか私のなかにとけこんでいた
『ゆきのひのたんじょうび』。

なつかしい本のにおい。
なつかしいちひろさんの絵。
それはあったかだった家族のにおい。
それは、家族って幸せだって思っていたころのにおい。

なんでなんだろう。
なんでこれでもかこれでもかと試練がやってくるんだろう。
神様っているんだろうか。
慟哭のように心からそう叫びたくなる、
そんな心持ちですごしている、
それでも自分に与えられた時間を
どうにかこうにか生きていこうとしている。
わたしばかりでなく、社会の表にあらわれないだけでたくさんいらっしゃる。
どこにも答えのない問いかけを続けながら、命をつないでいる方はたくさん
いらっしゃる。

生きるという営みは、本当にせつなくきびしくむずかしいもの。
明日何がおこるのかわからない。
私が避難しなければならなくなったら、何をもって逃げるんだろう。
自然の前には無力であることをあらためて知らされ、ふと考えてみる。
3.11とそのあとの原発事故の緊張の日々がよみがえる。

私の心の傷は思ったよりも深そうだと自覚し始めている。
あまりにも苦しすぎたので、回復はやはり簡単ではなさそう。
でも利用できる社会資源はないので、なんとかしていかなければならない。
焦りと背中合わせの、心から休むことはできない日々。
他の人が私だったら、さっさと忘れて気持ちを切り替えて、
次へと歩いていくことができるんだろうか。

あなただったらどうしますか?
たくさんの人にたずねてみたいけれど、
話がでかすぎるし、ややこしすぎて説明するだけで大変なので、
結局たずねることができない。
相談する前に、わかってもらえるように話して説明するだけのエネルギーはもうない。
なんどもなんどもなんどもやってきたので疲れちゃった。
話すのむずかしいから、孤立したまま日々は過ぎていく。

自分で決めたひとまずの締め切りを目標にしてこのままやってみるか。
その先はなにもわからない。決められない。

Mちゃんの分まで生きるのが大切な役割。
そしてきっとこれからは見守られながら、本当に自分のために生きる時。
模索の日々は続いていく。
それほど猶予はないが仕方ない。


なつかしい本のにおい。
幸せだった家族のにおい。

母が一生懸命に育ててくれたんだから
わたしはきっと大丈夫。



ゆきのひの たんじょうび (至光社国際版絵本)
岩崎 ちひろ
至光社

もうすぐ新生『エリザベート』

2015年05月28日 23時20分10秒 | ミュージカル・舞台・映画
『レミゼ』のチケットを我慢しないで一番安い席でいいので取っておけばよかった、
枯渇した心のエネルギーチャージになっただろうにと後悔しても、すでに売り切れ状態。
残念ですが観劇することなく、間もなく、帝国劇場の千秋楽を迎えます。

入れ替わるように、帝国劇場の舞台には『エリザベート』が旅の足をとめて降り立ちます。
幸いなことに初日プレビューから観劇することができます。

96年の雪組初演、98年の宙組公演を経て、20年目の花ちゃんシシィ。
若かった時とは違う、でも色あせることのないシシィを魅せてくれると思います。
鏡の間の豪華な衣装はどんなふうだろう、どんなふうに着こなすのだろう。
「わたしだけに」はどんなふうに歌いこなすのだろう。

2000年の東宝初演、ルドルフでデビューした井上さんが、
その後の役者人生を経て、どんなふうにトートを演じるのか。


香寿たつきさんのゾフィーも、たしかな歌唱力と演技力で魅せてくれると思います。

雪組初演の大劇場では、花ちゃんシシィ、香寿さんルドルフ。
親子でした。20年を経てこうしてまた同じ舞台に立つのを観ることができるなんて
不思議な感じです。元気をもらえます。

内容は重いですが、楽曲がいいので楽しみでなりません。

いやなニュースばっかりだし、私自身も苦しい状況が続いていますが、
初日プレビューをひとつの区切りとしたいと自分なりの締め切りを決めています。
その日までにもう少し、まあ無理ではありますが、断捨離をやれるだけやってみよう
としています。一歩前に進んで、今よりもすっきりとした気持ちでこの日を迎えたい。
そうして少しの時間でいいから、心の底から何も考えずに頭を休める時間を持ちたい。
今はそうできる状況ではないので無理です。すごく大変なことだったので仕方ないです。
こうして日々をすごしていることが、本当にこれでいいのか、
すごく間違っているのかわからないけれど、
新生エリザベートとの出会いを、私自身とのあらたな出会い直しの日にしたい。
ささやかな目標です。具体的にはなんにもない。ただ私自身が心の中で決めている
ひとつの区切り。一年前の今頃、花ちゃんのベスにすごくエネルギーをもらっていました。
忘れることのできない日々。舞台との出会いもまた一期一会です。

写真は東宝の公式ツィッターよりお借りしました。



『ちひろのアンデルセン』より『絵のない絵本』第5夜

2015年05月27日 22時50分46秒 | いわさきちひろさん
「ルーブル宮に射しこんで、月は見ていました。
 みすぼらしい身なりの老婆が、
 誇りにしていた息子の最期の場所を
 一目見ようと、玉座に近づくのをー。

 その少年は、
 フランス革命の勝利の日、
 勇敢に戦った末、美しい玉座に横たえられて
 息をひきとったのです。」


(いわさきちひろ美術館編『ちひろのアンデルセン』1994年発行、講談社文庫より。)


渇いた心がちひろさんの絵を求めています。
モノクロの、ただ明るいとかやさしいとかだけではなく、残酷なほどに切なさも秘めている絵が、渇いた心にしみます。
混乱の前とはすっかり違う、信じられないようなことをたくさん知ってしまった私で、
どうやってそれらと一緒にこれから生きていけばわからない。
わからなくて孤立したまま日々は過ぎていっています。

久しぶりに都心に出て、当事者の分かち合いの会に参加させていただきました。
本当にいろんな方がいらっしゃって、それぞれみんな違います。
生きていくことはどろどろでこれが正解だということはどこにもない、むずかしいこと。
いろんなお話を聴かせていただくと、自分の中にもまた
いろんな思いがわきおこってきて、やっぱり終わりません。
家族ってなんだろう、血のつながりってなんだろう。
なぜ私の家族なのだろう。
のたうちまわるような思いで、どこかに答えがあると思って探し続けてきたけれど、
どこにも答えはありませんでした。
正解のない問いかけを、これからも私は続けていくんだろうと思います。

苦しみの先に、希望の光はみえてくるのかな。
みえてくるって信じたいですね。

絵のない絵本 (若い人の絵本)
アンデルセン
童心社

きっと大切な日々

2015年05月26日 23時12分49秒 | 日記
トラウマになってしまったことを、一生懸命忘れようとしても無理なこと。
いつまでもこだわっていないで、はやく気持ちを切り替えて、次のことを考えて・・・。
そう言われるのがいちばんつらい。
ちがうんだよ、そんなにかんたんなことじゃなかったんだよって伝えるのは、
かなり大変なこと。
事実は変わらないし、私の中でなかったことになんかできない。
そんなにかんたんに切り替えることなんかできない。
だからひとり静かに必死に、納得しがたい現実を受け入れていこうと過ごす日々。
死力を尽くした自分を、よくがんばったね、とねぎらいつつ、
本当にこれでいいのかな、という不安ももちつつ、
今はまだ苦しいけれど、きっと希望の光も見えてくる。
そう信じて過ごす日々。
きっと大切な日々。
これでよかったんだと心の底から思える時が訪れると信じたい。
心の井戸が潤ってくるまでもうしばらく時間が必要。
もうしばらく、もうしばらく・・・。

『ちひろのアンデルセン』より『絵のない絵本』第3夜

2015年05月25日 23時02分44秒 | いわさきちひろさん
「せまい横町の壁の間から月は見ていました。
 かつてバラの花よりも美しく輝き、
 金持ちの商人に迎えられた女が、
 今、娼婦館の窓辺で
 髪にバラを飾ったまま息絶えた姿を」


(いわさきちひろ絵本美術館/編『ちひろのアンデルセン』1994年発行、講談社文庫より。)


午後2時台の大きく長く続いた揺れに、3.11の時の恐怖心がよみがえってきた日でした。
一階の安全な所にいた時で、電車の中でも、ぼろビルの中でもなくてよかったです。
ぼろビルの高層階にいたら、心の中は大変なことになっていたと思います。

明日のことはだれにも分からない。
こうして一日一日、命をつないでいること自体が本当は奇跡。
生かされている一日一日。謙虚でありたいと思います。
すっかり枯渇していた心の井戸が少しずつ、少しずつ潤ってきている感じの毎日。
まだしばらく時間が必要。すごく大変なことを乗り切ったから仕方ない。
希望もちゃんとあるよ、って信じる気持ちを大切にしながら
少しずつ、少しずつ・・・。


ちひろさんの絵が切なく心にしみ入ります。


絵のない絵本 (若い人の絵本)
アンデルセン
童心社

旅の思い出写真_ロマンティック街道・ヴュルツブルク

2015年05月24日 23時40分42秒 | ドイツロマンティック街道とスイスアルプス
流れが前後してしまいますが、旅の二日目サンクト・ゴハ-スハウゼンで船を下りて、
ライン河クルーズを終えると、ロマンティック街道の北の起点ヴュルツブルクに
移動しました。
バスで二時間ほどでした。
ヴュルツブルク市内で、世界遺産レジデンツ、マリエンベルクを見学し、
シュタインブルクという古城ホテルに宿泊しました。

夕食にレストランでフランケンワインをいただきました。
一人参加だったので、席わりに緊張しました。
たしか新婚さんカップル・添乗員さんと四人のテーブルだったかな。

ホテルに着いたのは夜暗くなってからで翌朝の出発もあわただしかったので、
ゆっくりと雰囲気を味わう余裕は残念ながらありませんでした。
それでも女性同士で部屋をのぞきあったりして感動していました。
少しずつ違っていて、それなりに豪華で重々しい雰囲気があったと思います。
迷った末に買いませんでしたが、フロント近くに飾りつけてあった
お人形やら素敵でした。


写真は翌朝川の橋の上から撮ったものだと思います。
出発の時に明るい陽ざしの中で見ると、こんなところを大型バスがよく
通ったなという狭い道を通った場所にホテルは立っていました。
運転手さんに拍手です。






この旅に出るまで長かったです。
1月で有給休暇を使いはたしていたので、
暑い夏も休みをとらずひたすらカレンダー通り出勤し続けました。
出勤するために最寄り駅へと歩いて行く途中で、学生さんたちが夏休みで
バスに乗り込んで出かけようとする光景をみるたびにうらめしくて
仕方なかったです。
中間決算の繁忙期を乗り越え、10月に入って、待ちに待った有給休暇発生。
丸々一週間の休みをとるための段取りも大変でした。
前の週の金曜日は、最低限のことをお願いする人に引き継ぎ書を作って、
引き継ぐまでの段取りもあれやこれとつけて、部内の人に「休みます」と
メールでお知らせして、机の上にも休暇を知らせる紙を貼るとようやくお休み。
終電に間に合えばいいかなぐらいの気持ちで、オフィスに残ってがんばりました。
そこまでの道のりがすごく長かったです。
やっとこんなことを振り返られるようになりました。

『ちひろのアンデルセン』より『絵のない絵本』第一夜

2015年05月23日 22時09分28秒 | いわさきちひろさん
「ガンジス川の上で月は見ていました。
 愛する人の生死を占って
 川に灯明を浮かべ、
 一心に祈る娘の姿をー。
 「あの人は生きている!」
 娘の声がこだましました。」

(いわさきちひろ美術館/編『ちひろのアンデルセン』1994年発行、講談社文庫より。)


5月の風の音に落ち着かないものを感じながら、一日一日な感じの毎日。
ニュースを見ても落ち着かなくっていやな気持ちになることが多い。
そんなことはない、今まで見えなかっただけで希望もちゃんとあるよ、って
心の底から思えるようなものに出会いたい。
そういう出会いがきっとあるって信じる気持ちだけ。
どこに歩いていけば出会えるのかわからない。
そういう出会いがなければ本当の回復はないと思う。
きっと出会えると信じる気持ちを大切にしたい。


ちひろさんの絵は、疲れた心にしみいります。


絵のない絵本 (若い人の絵本)
クリエーター情報なし
童心社

旅の思い出写真_ユングフラウヨッホ駅

2015年05月22日 22時06分58秒 | ドイツロマンティック街道とスイスアルプス
「スイスの人々はすごいことを考える。日本ではまだ汽車の時代、京都に
初めて電気鉄道が登場した1895年(明治28年)に、この小さな国では、
アルプスの岩壁に穴をあけてヨーロッパの屋根の上まで列車を走らせる工事が
始まった。最大勾配250パーミルのトンネルを掘り、線路の間に歯車を噛ませ、
16年の歳月をかけて夢は現実となった。全長7.1kmのトンネルを抜けて3454mの
高みに立った人々が見たものは、乙女ユングフラウJungfrauの透き通る長い髪、
ヨーロッパ最長のアレッチ氷河だ。
 ユングフラウヨッホは、今やスイス観光のハイライト、スイス初の世界自然遺産にも
登録されているアルプスの奥座敷の姿は、ここへ来なければ見ることができない。」

(『地球の歩き方 スイス・アルプスハイキング』


ユングフラウヨッホ駅の中には、郵便ポスト、売店、カフェテリアなどがありました。カフェテリアでなにかあったかいものを飲んだ記憶があります。滞在時間は50分ぐらいだったでしょうか。
同じツアーでご一緒の方々に声をかけられて、思い切って外にも出てみました。
ダウンを着込んでいても凍えそうなほど寒かったですが、天気がよくてきれいでした。
一人参加だった私の写真を撮ってもらったりしながら、一緒にはしゃぎました。
短いながらも楽しい時間だったことを思い出します。

ユングフラウヨッホ駅からユングフラウを望んでいます。



こちらも外に出た時の一枚。



乗車券の表。



乗車券の裏。




自分へのご褒美旅行として、9日間はぜいたくしすぎたかもしれませんがここまで行くのは人生の時間を考えると最初で最後だったかもしれないので、やっぱり行ってよかったかなと思います。陽ざしがあふれていたスイスアルプスでの時間でした。
半年以上がんばってがんばって、ようやく手に入れた有給休暇を使っていったので
すごく嬉しかったです。
あれほど苦労して合格した国家資格が、これから私の人生にどう生きてくるのか、
せっかく取ったのだから生かそうとがんばるのか、それともがんばろうとしなくても
おのずとこっちこっちと道は開けてくるものなのか。今はまだ気持ちが混とんとした
中にいるのでわかりません。
ようやくここまで整理できるようになった感です。

ユングフラウ鉄道のパンフレットの写真もきれいなので載せたいですが、後日またぼちぼちと。私が撮った鉄道とアルプスの写真はこれでおしまいです。