上野の山の街歩きで立ち寄った旧東京音楽学校奏楽堂です。何度か前を通っても演奏会や見学停止中なので入るのは初めてです。
家内はタイミング良く入っているのに自分一人の時は何故か弾かれます。ネットで調べて行くほどではなく、他にも上野のお山は見学する所が多いとの安易な感覚が良くないのかも。ただ写真は家内がコロナ禍の時に撮影した物もあります。
沿革
旧東京音楽学校奏楽堂は、東京藝術大学音楽学部の前身、東京音楽学校の施設として、明治23年に建築され、日本における音楽教育の中心的な役割を担ってきました。2階の音楽ホールは、かつて瀧廉太郎がピアノを弾き、山田耕筰が歌曲を歌い、三浦環が日本人による初のオペラ公演でデビューを飾った由緒ある舞台です。
創建から80年近く経過した昭和40年代に入ると、建物の老朽化が目立つようになり、校舎を都外へ移設する構想が持ち上がりますが、昭和58年に台東区が東京藝術大学から譲り受けることとなりました。そして、昭和62年に現在の地へ移築・復原し、「旧東京音楽学校奏楽堂」として一般への公開を開始しました。さらに、翌63年には、日本最古の洋式音楽ホールを有する建造物として、重要文化財の指定を受けました。以来、旧奏楽堂は「生きた文化財」として、建物の公開のほか、演奏会や音楽資料の展示を行ってきました。
平成25年4月より建物保全のため休館していましたが、耐震補強や保存修理等の「保存活用工事」やパイプオルガンの修理を終えて、平成30年11月2日(金曜日)にリニューアルオープンしました。(旧東京音楽学校奏楽堂HPから引用です。)
1 時代を感じさせる中にもひときわ輝きを放っていて風格があります。
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3 京都のレストラン、フォーチュン・ガーデンを思い出してしまいました。入り口の佇まいが似ていたからかも。
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5 和と洋の融合として軒先ペディメントには中央に雅楽で使用する太鼓でしょうか。左にハープと右に雅楽で使用する笙(しょう)が使用されていました。
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7 一番最初に目に留まったのがこちらのピアノです。
8 パイプオルガンの原理を示している模型でしょうか。優しく触ってくださいとの事で、触れてみましたが大きな音に驚きました。
9 階段の踊り場の外の緑が絵になりました。
10 二階のホワイエです。コロナ禍の時に撮影したもので、先日の訪問時の写真ではありません。今では懐かしく思える図柄です。
11 二階のホールです。演奏用としては、国内最古のパイプオルガンがあります。
12 二階のホールの椅子の下にはスチーム用のラジエーターが敷き詰められていました。
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14 バカラのシャンデリアとはいきませんが、素敵な照明が付けられていました。
15 以前はよく見かける斜めの補強柱に所に細工されて綺麗にかざられていました。階段状の通路に暖房用のラジエーターが据え付けられています。
16 二階の窓から京成電車上野公園駅の国会議事堂を模した建物が木々の間から見えます。
17 滝廉太郎像を室内から撮影です。
18 こちらは正面からの廉太郎像ですが、掃除していた方から掃除直後との事でした。ピカピカでした。
18-2 先日撮影した物ですが、緑青が噴いているというよりペンキでも塗られたが如くの色合いです。
19 全く大河ドラマも観なくなってから久しいですが。
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21 全景を撮影ですが、今回の物ではありません。
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