世のゆるキャラにはどんな出典があるのだろう?
何かにちなんだものが選ばれてると思うのね。
たねまるもそう。
画像はたねまるのリアルバージョンです。
どゆこと?
つまりたねまるはこの木の精霊という設定なのですね。
横浜開港資料館の中庭にあります。
建物内に入るには有料なのですが、中庭だけ見るぶんには無料なので、Y150のイベントを見に行くならぜひついでに見て欲しいです。
実はこの木は歴史の目撃者なのですよ。
例えば、ペリー提督に会っている!
横浜開港資料館のホームページを閲覧すると、
『たまくすは通称。本当はタブノキ。
1854(嘉永7)年のペリー来航時に艦隊に随行してきた画家ハイネが描いた「横浜上陸」や「水神の祠などに描かれた木がそれにあたると考えられています。つまり、歴史の教科書とかで皆さんも見たことのある沖にペリー提督の帆船の艦隊が停泊&軍隊を従えたペリー提督&武士が応対する絵のあの右端に描かれてた大きな樹がこの樹な訳だっ!
1859(安政6)年、横浜は開港場となり、外国人居留地と日本人市街とをわける位置にある「たまくす」は、浮世絵にも登場しています。しかし、関内地区に大きな被害をもたらした1866(慶応2)年の大火によって、「たまくすは樹形が変るほど焼失してしまいました。
大火に先立ち、水神の森周辺は領事館用地に指定されていましたので、被害をうけた「たまくす」は、イギリス領事館の庭で新たな芽をふくことになりました。そして明治・大正期を通じて横浜を代表する銘木に成長します。
1923(大正12)年9月1日、関東大震災で「たまくす」はふたたび大きな被害をうけますが、その生命は絶えることはありませんでした。イギリス領事館が再建されるに先立ち、1930(昭和5)年6月、「たまくす」は領事館の敷地内に約10メートル、現在ある位置に移植されますが、震災の被害をうけてなお豊かな葉を繁らせていることがわかります。
二度の大きな被害をくぐり抜けた「たまくすは、1981(昭和56)年日米和親条約締結の地に開館した横浜開港資料館を象徴する有形文化財として、そして近代横浜の生き証人として、今日もうるおいのある光景を与えてくれます」
とありました。
画像を見ると、そんなに歴史を経て来た木には見えませんが、少なくとも2回被災しても切られなかったラッキーな木だったんですねえ。
ゆるキャラのたねまるの頭の上にある葉っぱは、この木の若芽という設定です。
う~ん、由来を調べると、じつにぴったりなゆるキャラです。