あるBOX(改)

ボクシング、70年代ロック、ヲタ系、日々の出来事などをウダウダと・・・

そして又しても実家で「ワイルド7」を読み耽る

2004年04月29日 | 生活
本家から2両編成の汽車に乗って実家に戻る。
ローカルなTVなどを見て、夕食たべて、深夜になって寝室へ。
それからが、実は読書タイム。まぁ、漫画だが。

「バビル」も読んだし、次は・・・なんて考える間もなくベッド脇に並んでいる「ワイルド7」を手に取ってしまった。

あらあら、もう止まらない。
「バイク騎士事件」「誘拐の掟」「コンクリート・ゲリラ」「千金のロード」「爆破105」「黄金の新幹線」「緑の墓」「谷間のユリは鐘に散る」・・・気がついたら深夜も深夜、朝方でした(苦笑)。

1969年「少年キング」にて連載開始、同誌の看板漫画となった「ワイルド7」。
アクション物・戦記物・人情物からSFまで、幅広い作風で人気を博していた望月三起也先生が総力を挙げて書き上げた最高傑作にして、アクション漫画史上の最高峰。

クールな草波検事が、超法規的に巨悪を制裁する為に結成した「悪党転じて警察官の7人」。
主人公・飛葉をリーダーに、オヤブン(元ヤクザ)、ヘボピー(元ヒッピーの巨漢)、八百(元八百長疑惑の野球選手)、両国(火薬職人?)、世界、チャーシュー、デカ、ユキなど個性豊かな7人が、バイクを駆って武器を取り、暴れまくる痛快無比なストーリー。

迫力あふれるアクションシーン、スケール感、緻密で複雑な構成、武器やバイクなどへの徹底的なこだわり、冷徹無比な制裁へのカタルシス(最後に命乞い・懐柔してくる悪党へズドン!)、時折ホロリとさせられる人情味・・・などなど望月漫画の真髄が盛り込まれた巨編は、数タイトルに分類されて全てがファンの心を掴んだモノです。

いまではダラダラ続ける事が普通の連載も、当時は余程もでもないと長期は不可能で。「ゴルゴ13」と単行本の巻数を争っていた事も懐かしい!(ワイルド7は全48巻)

ただし、そのボリュームゆえに近年では全巻通しでの復刻はなされておらず。なんと、あの最終章「魔像の十字路」も長らく絶版状態だったと言うではないか!

知らんかった。「田舎に帰りゃ、いつでも読めるさ」とタカを括っていた「ワイルド7」。
たしかに「魔像の十字路」揃ってましたが、今回は読んでませんがな。

まぁ、最近「全12巻」に編集され、最大で1巻1000ページ超える「愛蔵版」ってのが発売さてたようなんで。
最終章「魔像の十字路」も遂に読めるようになったらしいが。

まぁ、ハナから「最終章」と謳った「魔像の十字路」も。終盤は「完結まで後○×回!」ってのが売りだったから、ギリギリまで色々盛り込んで最後はパンクみたいな感じだったのだが(そして三起也センセも燃え尽きた感あり・・・)。

まぁ、だからと言って後半がボルテージ下がってたとか言うワケでも無く。
「灰になるまで」も「ガラスの城」も面白かったのよん。

記念すべき第1シリーズ「野性の7人」。次シリーズの「バイク騎士事件」と、ほぼ続きなのであるが(宿敵「遠井弁護士」登場!)。

「コンクリート・ゲリラ」では、後に「みそっかすのユキ」としてワイルドに参加する復讐鬼ユキ登場。ナイスバディをライダーススーツに包み、家族を殺した一団を皆殺しにしようと大暴れ。

「千金のロード」では、東南アジアの紛争地域に。「爆破105」では、墜落した国内線航空機を探して山林を駆ける(ここでは民間機に毒ガスを積んだ米兵とのハードな戦闘あり)。

「黄金の新幹線」では、企業倫理とサラリーマン社会を斬り。「緑の墓」では、敵陣内部からの要塞攻略の醍醐味を見せ。
「谷間のユリは鐘に散る」は、限られたルートからの人質救出の妙を。
「地獄の神話」では某私鉄企業をモデルにしたとしか思えない兄弟の確執も。

中東紛争を舞台とした回では、イスラエルの爆撃を食らいながら「次に生まれる時は戦争の無い時代に生まれたいぜ」と言いながら、生き残る見込みのない敵陣へ向かうアラブ戦士の姿を描く(それから30年。状況は・・・)

TV局が、視聴者を洗脳しようとモラル抜きの低俗番組を放送、人気を集めてTV局プッシュの人物を立候補→当選させて「日本乗っ取り」を計画する・・・・なんてネタも古さを感じない。

「長嶋監督の大家さんが、中曽根さん」なんて茶番も、このパターンに近いし。

戦場で弾着を避けながらジャングルを進むワイルドのメンバーが「これじゃサワダも死ぬわけだぜ」なんて言うセリフも、いま読んでこそ理解可能であった(恥)。

悪女もヒロインもナイスバディってのもアメコミの影響受けた三起也センセらしいし。

「爆破105」では、崖から落ちそうなスチュワーデス(やっぱりナイスバディ)の衣服が木に引っ掛かって、ビリビリと裂けて・・・あわや!

・・・なんて嬉しいシーンもありました。

しかし、回を追う毎に裸寸前だったスッチーの衣服が、なぜか増えていき「ふざけんじゃねぇぞ、この『ザ・ミイラ』の監督!!」とセンセが結成したサッカーチームの名前を盛り込んだ暴言などを吐いたワタクシであった(笑)。

結成当時からのメンバーで、バイクの指南役だった元サーカス団の「世界」など、任務途中での殉職シーンもあり。
ファンの涙を誘ったのでした。

望月三起也漫画の最高傑作とも言える「ワイルド7」

これを機に読んでみられたら如何でしょうか?

変化する農家の家庭内勢力図

2004年04月29日 | 生活
しかし、牛小屋も増設して頭数も増やして。
息子や職にあぶれた娘の夫、亡くなった放蕩弟の息子まで養って(まるで牧童の如し)。

本当に、まるで牧場のような本家の食卓。
土地の一部を更地にして、娘夫婦に家建ててやる我がイトコの懐は限りなく大きい。

つ~か、そこまでしてやる事も無いだろに・・・っとも思うが。

お陰で、雌伏十数年を経て新世代の権力が増しており。
ジジと言われる叔父は半分隠居、我がイトコが実質的な家長で、その嫁さんも発言権を増し。

結構、ジジにも突っ込み放題だったりして(笑)。
それが中々気持ちイイ。

「あぁ、苦労して家業を支えてきた2人。遂に、この2人の時代が来たか!」・・・と感慨深いワタクシ。

嫁姑間で色々あったろうが、黙々と働いて子供の面倒を見、家族と家業を育て上げた2名。立派です。

嫁さんが少しぐらい女帝化しても許します!

本家の繁栄がウチの親父の望みだったしな。その為に自分は財産分与を断ったんだし。

でも、あの時 お袋は目茶目茶ボヤいてたよなぁ~(笑)。

本家はポットン便所だった・・・

2004年04月29日 | 生活
国道から、田んぼの中を通り抜けると。牛小屋と並んだ農家が見えた。

ここが父方の本家で、次男だった親父は小学生の年齢にて「食い扶持減らし(故人談)」の為に働きに出たらしいのだが。

当時は貧乏酪農農家、いまでこそ乳製品の普及で成り立っているが苦しかったそうですよ。

そんな本家ではあったが、少年期を過ごした親父は懐かしそうに話していたっけなぁ・・・。

車を降り立って嗅ぐ懐かしい牛小屋の臭い。
子供の頃は夏休みの度に来てたよなぁ。遊び半分ながら、牛の世話なんてのもヤらされたりして(スコップで一輪車に牛の糞を掬って行くだけだったけどね)。

「小屋に繋がれてるんだぁ、てっきり牧場みたいなモノだと思ってた」と言う連れ。
酪農で、なかなか放牧は致しません。あんたが、そんな牧場みたいなトコロに入り込んだら「ハイジ」そのまんまです(声も似てるし)。

下町だ何だと言っても、やっぱり東京人ですねぇ・・・。

玄関まで迎えに来ていた、家長(親父の兄)に挨拶し。
本家に上がらせて貰うと、すでに若手が焼肉おかずに食事中。
ジュージューいってるがな(笑)。

――それはイイとして。まずは仏壇へお参り。私も近い身内亡くして、信心深くなったモノで。以前はヤらされてた線香上げも、進んで行うようになりました。

お父っつぁんや祖父・祖母に祈ると共に。以前、ここでも記したイトコの遺影に参る。

別人のように肥大した輪郭。「ダイエットで入院するも本人の自覚不足で効果なし」って母の言葉が頭を掠める。

しかし、本家側から亡くなったイトコの話が出る事は最後まで無かった。
御祈りの前、叔母(イトコの実母)に「小さい頃は兄貴代わりだったけぇ、参らせてもらうよ」と言うと寂しげに笑顔が帰って来ただけだた。

やはり本家の一部財産まで食い潰しそうになった放蕩分家、その存在はタブーにまで昇華してしまったのか。
それはそれで凄いが。

――で、お参りが終わるとテーブルに刺身や焼肉やサンドイッチや握り飯が並び。
欠席者あるも、一族集まって昼食となった。

話を聞くと本家は総勢11人。分家が立ち寄って昼食となるとテーブルが足りんと、若手は先に済ましてくれていたのだ。

現在の実質的な家長は、私のイトコである長兄。親父さんが区長なんて割りに合わないモノを喜んでヤってる間に、黙々と家業を成長させた偉い人だ。

その息子さんが成長して家業を手伝い、確かに昼食のテーブルは、牧場の食堂状態になっている。

三世代家族ってヤツだな。つ~か、曾孫まで居るから凄い光景だ。少子化なんて何するものぞ・・・って感じだねぇ。

東京じゃ、周囲は未婚者だらけだから。むしろ新鮮だわ。

実は道路拡張のため移転している本家だが。昔の萱葺き屋根を取り壊し、実質2度の建て替えが済んでいる。

しかし、家族が多いと痛みが早いのだろう。あちらこちらにシミなどが見受けられ。
古くなったなぁ~と変な感慨を覚える。

たんまり飲んで食って。
自家製の「牛乳豆腐」も食す。昔から自家製の「牛乳寒天」とか食わせてもらったけど、牛乳豆腐は旨いなぁ。蛋白質の固まりって感じで、身体にも良さ気。

焼いても良し、そのままでも良しだったが。やっぱ生の方が旨かった。
両親とも身長低いのに、それなりに170cm越えたのは牛乳のお陰だもんなぁ。学校で250ml、ウチで1リットル、毎日飲んで。

お陰で骨折した事ないし、歯も強いし。

牛乳様々・・・と言うと、嬉しそうな酪農一家。スミマセン、最近は豆乳に浮気していますが(笑)。

しかし、実家も本家も同様だが、なぜ田舎はこんなにも食べさせようとしてくれるのだろう?ビールはエビスとスーパードライだし。ウチだと発泡酒だもんなぁ・・・(笑)。

腹一杯だよ、太るよ。つ~か、田舎帰ったら必ずウェイト増えてるよ。

ま、東京に戻って泳げばイイさ・・・と考えて箸を動かす。気が付きゃ一人で肉食ってビール飲んでた(笑)。

ちょいと横になって、「昼から酒飲んで、焼肉食って贅沢だなぁ」と帰路に着く。

駅に着いたトコロで連れがトイレを申し出て来て「さっき入れば良かったのに」と返すと。

「だってポットン便所だったから、怖くて入れなかったんだよ」

――それは、すっかり忘れていた!本家はポットンだったのか!?

建て替えやってるから、トイレも新しくなってると思いきや、ポットンとは侮れないな。

しかし、ポットン怖がるとはサスガ東京育ち。
連れも可愛いトコロもあるのう・・・と喜ぶ私もどうしたモノか(笑)。