あるBOX(改)

ボクシング、70年代ロック、ヲタ系、日々の出来事などをウダウダと・・・

倉橋ヨエコ解体から一週間②

2008年07月27日 | 邦楽
ただ、
自分の音楽や人間性を理解して、協力してくれる関係者の存在や
独自の歌詞に対し「代弁者」とまでいって共感してくれるファンを得て

自分は成長できた
音楽をやってよかった

・・・と、ご本人は仰っているので

希望ある終止符、悲しいだけの別れではない・・・
私はそう思いたいです。

まぁ、
カヴァーとしては、海外曲にも目を向けて
ヴァンダーグラーフ・ジェネレイターの「マン・アーグ」を

「♪私の中に良い子がいる。私の中に悪い子がいる」
「♪良い子は微笑む。悪い子が起き上がる」
・・・などと

和訳して豪快にカヴァーしてほしかった気もするが
(ピアノ曲でもあるし、P・ハミルの繊細で激しい歌唱はヨエコ嬢にも通じるし)

そこまで広げたらヨエコ神経が破裂するかも知れないから、諦めます。



※言葉の表現で言えば、「ただいま」でやりつくしたが
  音楽の冒険はやり残していた。
  それまで聴いてこなかったジャンルも聴いて
  続くアルバムには活かしてみた。

  ・・・そんなことをヨエタンは語っていたが
  それなら海外のいろんなジャンルにも手を
  伸ばして欲しかった。

  でも、好きな事・興味あることだけを
  やり続けるのは
  「プロ」として、 たいへん難しいこと・・・

  そうとも言い残してヨエコ嬢は
  自らの解体を声明した。

  彼女自身の決断だ。
  そりゃ尊重するしかないわな・・・・。

未練は たくさん残りますが
やはり
感謝の言葉しかありません。

倉橋ヨエコだった人
本当にありがとうございました。お疲れさまでした。

平穏な日々をお過ごし下さい・・・。

倉橋ヨエコ解体から一週間

2008年07月27日 | 邦楽
仙台終わって翌週
東京キネマ倶楽部の2daysで、
倉橋ヨエコ嬢の「解体」は大団円を迎えたそうな。

それまでの「解体ツアー」で
涙だけは見せまいと頑張ったヨエコ嬢だったが、
やはり最後は涙を見せていたとか・・・。

曲も、アンコールの中で
「沈める街」(人間辞めても収録)を
演ったそうだし、
他にも「恋の大捜査」を演ったりして

(ヨエコ・ファンのブログ参照にて)

私なんぞは
「ああ、やっぱり東京も行きたかった」と
無念さを募らすばかり・・・

1週間経って、
ファンや関係者・同業者の中には
「倉橋ヨエコだった人、ありがとう」のノリが
大勢を占めていて

「ミュージシャン倉橋ヨエコは、皆に看取られて
豪快に笑い泣きしながら昇天したんだなぁ」と
感慨にむせぶ今日この頃。



ワタシャ、まだヨエコCDを
そのままブッ続けて聴いてます・・・。

「あなた」のカバーも、
以前からステージじゃ演ってたそうだから
ラストアルバム収録は必然の事だったんだな。

正直、「ただいま」で終わってしまうかも知れないと
思ったヨエコが
「お中元」「色々」で、なおもバラエティ豊かに充実作を
連発した時には

「この人は人間じゃない、怪物だ」・・・と思ったものでしたが、
やっぱ人間だったんですね。

怪物だと思っていたら、
そこにはオドオドした小動物がいた・・・
そんな印象もあります。

音楽の魔法が、そんな奇跡を起こしたのでしょう。

ヨエコ嬢も、「本来は対人恐怖症」「引き籠り体質」と
吐露しておいでだし・・・。

FUJIROCK 2008開幕②

2008年07月27日 | 邦楽
苗場の森で、キャンプ気分・ピクニック気分で、音楽も楽しめて・・・。

そんなイベントなFujirockフェス。

音楽以外も、屋台があったり、木陰で昼寝したり、飲んだり、食ったり、
踊ったり、同行の士を嬉しく見詰めたり・・・・。

そんな楽しいイベントだったFujirockフェス。

~とは言え、
やっぱ人工の自然の中での楽しみなんですよね。



会場内の小川で楽しむ人々を見詰めながら、
「おお、Woodstockみたいだ、イイなぁ・・・」と呟く私に
連れは「まぁ、コクドが開発した森で、あの川も人工だろうけどね」と
身もフタも無い事を言ってくれて
(会場は苗場プリンスの敷地内)

「分かってるけど、そこまで言わんでよ」・・・みたいな。

「普段の自分は仮の姿、ここに居る自分こそが・・・」みたいな観客も
存在してて、「そう喧騒する向き」もあって・・・。

私の中で、薄々感じでた“そんな違和感”も、また浮き彫りになって
しまったのでした。

――あ、いや別に全否定するワケじゃないんですけどね。

来年、気になるメンツが出るなら、やっぱ行きたいしね。