幾多の歴史をみつめた白河小峰城の歴史は、
結城親朝が14世紀中頃、小峰ヶ岡に
城を構えたのが始めと言われています。
江戸幕府成立後、白河地域が会津領であった頃に
整備された城郭や城下町を1627年に初代藩主となった
丹羽長重が、大改修を行い、現代につながる
白河のまちの基礎ができあがりました。
1932年「奥州の押え」にふさわしい石垣を多用した
梯郭式(ていかくしき)の平山城として完成しました。
総石垣造りに大改修した小峰城の見どころは、
何といっても見事な石垣でしょう。
その後、松平(榊原)、本多、松平(奥平)、
松平(結城)、松平(久松)、阿部の六家十九代が居城。
阿部家が移されると、幕領、新政府領と変遷します。
戊辰戦争では、約3ケ月にわたり戦い、
城内の建物や城下町の一部が焼失しました。
小峰城の三重櫓は、本丸の北東部に建つ
三層三階の櫓で、天守の代用となっており、
城郭の象徴となっています。
1991年、「白河城御櫓絵図」や発掘の成果をもとに、
木造で忠実に復元されたのだそうです。
1994年には本丸の大手口にあたり、
表門とも言われる前御門も復元されました。
それらが、江戸時代に築かれた
見事な石垣の上に建っているのです。
別名:喜春城
種別:平山城
築城年:1340~1346,1629~1632年
築城者:結城親朝、丹羽長重
福島県白河市郭内1-2
2019.9.14
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