「平和をつくるには・・・」
先週、ゴスペルシンガーの文屋範奈さんの歌とメッセージを聞く機会があった。文屋さんは戦争がなぜ起こるのかということを考えると、戦争が起こる種が大きく3つあるおっしゃっていました。1つの種は、「違いを認め合う」ことができない不寛容さにある。お互い違いがあることを受け容れられないところにある。戦争は異なる民族や宗教の間で互いに「違う」ことが認められないで起きるということです。2つ目の種は、「自己中心:自分のことしか考えない」ところにある。資源の争奪や侵略的な戦争は、そこから起こっているということです。そして3つ目の種は、愛のない「無関心」であり、それは「自己満足」とおっしゃっていましたが。無関心が一部の人を社会の片隅に追いやっているということです。
そして、平和を作るには「この3つの戦争の種」とさかさまのことを行っていくようにすればよい。つまり、「違いを認め合うことを喜び」「自己中心に陥らず分かち合い」「関心をもってつながっていく」ようにすると戦争の種は摘み取られ減っていくとおっしゃいました。
自分が愛される存在であることを自覚できなければ人はフラストレーションを起こします。違いを異物とみなして排除しようとします。ねたんだり支配したりしようとします。愛される喜びが乏しいので愛する喜びが乏しいのです。それが自己中心や無関心となって表れます。神はご自身の作品であるすべての人を、掛け値無しに100%愛し、そのひとり子をたもうほどに愛し、「高価で貴い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43章4節)といっておられます。そして愛する私たち一人一人の違いを楽しみたいと願っておられます。心新たにこの主の愛を受け取り、告げ知らせる者とされていきましょう。(俊)
先週、ゴスペルシンガーの文屋範奈さんの歌とメッセージを聞く機会があった。文屋さんは戦争がなぜ起こるのかということを考えると、戦争が起こる種が大きく3つあるおっしゃっていました。1つの種は、「違いを認め合う」ことができない不寛容さにある。お互い違いがあることを受け容れられないところにある。戦争は異なる民族や宗教の間で互いに「違う」ことが認められないで起きるということです。2つ目の種は、「自己中心:自分のことしか考えない」ところにある。資源の争奪や侵略的な戦争は、そこから起こっているということです。そして3つ目の種は、愛のない「無関心」であり、それは「自己満足」とおっしゃっていましたが。無関心が一部の人を社会の片隅に追いやっているということです。
そして、平和を作るには「この3つの戦争の種」とさかさまのことを行っていくようにすればよい。つまり、「違いを認め合うことを喜び」「自己中心に陥らず分かち合い」「関心をもってつながっていく」ようにすると戦争の種は摘み取られ減っていくとおっしゃいました。
自分が愛される存在であることを自覚できなければ人はフラストレーションを起こします。違いを異物とみなして排除しようとします。ねたんだり支配したりしようとします。愛される喜びが乏しいので愛する喜びが乏しいのです。それが自己中心や無関心となって表れます。神はご自身の作品であるすべての人を、掛け値無しに100%愛し、そのひとり子をたもうほどに愛し、「高価で貴い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43章4節)といっておられます。そして愛する私たち一人一人の違いを楽しみたいと願っておられます。心新たにこの主の愛を受け取り、告げ知らせる者とされていきましょう。(俊)