Fit in fits

たまに富士山を撮影しています。「富士山と乗り物のコラボ」を撮ることが多いです。他のネタはほんの少し。

いっぱい聞けて も 保険に入れず・・・

2005-03-03 23:18:02 | 雑記帳
ソースはhttp://www.asahi.com/national/update/0303/OSK200503030050.htmlです。

英会話「ノヴァ」、外国人講師を社会保険に加入させず

 大手英会話学校「ノヴァ」(統括本部・大阪市)が、外国人講師を法律で義務づけられている健康保険や厚生年金に加入させていないことが3日わかった。ノヴァは未加入者がいることを認めた上で「母国に帰る外国人は加入しても将来的に年金はもらえず、現制度には問題がある」などと主張しているが、厚生労働省は「事実なら加入義務を定めた法律に違反している」としている。社会保険庁が調査する方針だ。

 外国人講師らが加盟する労働組合「ゼネラルユニオン」(大阪市)が同日、大阪市北区の大阪司法記者クラブで記者会見して明らかにした。同労組は、健康保険法や厚生年金法違反にあたるとして、捜査機関への告発も検討している。

 同労組によると、ノヴァは、外国人講師約5000人を保険や年金に加入させていないという。採用時に加入が義務であることなどを告げない一方で、健康保険代わりに同社の子会社が扱う民間保険会社の「海外旅行保険」の紹介をしているという。

 健康保険法と厚生年金法は、国籍を問わず、2カ月間を超えて常時働く人については、企業側が強制加入させるよう定めている。同社の外国人講師は通常1年ごとに契約を更新することになっており、同労組は「加入義務の要件を満たしている」としている。

 未加入の場合、従業員は病気の際に十分な保障が受けられなかったり、老後に年金を受け取れなかったりする。厚労省保険課は「加入要件を満たしているのに加入させていないなら問題がある」と指摘する。

 ノヴァの広報担当者は「現行の制度は外国人労働者にとって問題がある。現状に即した制度づくりが必要だ」と話す。民間保険の紹介については「通訳や医療機関の紹介などのサービスが付いており、日本に不案内な外国人に適した商品」としている。

 会見に出席した米国出身の講師ロバート・ビソムさんは「説明を受けていれば、紹介を受けた民間の保険には入らなかった。未加入は悲しいことだ」と話している。




・・・ということなのだが・・、年金に関してはすぐに帰国してしまう講師にはちょっと加入はかわいそうだが、その後ずっと日本で働く(一時帰国などはあるにしても)人も中にはいるだろうし、この辺は制度に整理が必要かも。例えば、「最初はもちろん加入させて2年以内に帰国する場合払い込んだ分は返す」などの制度は必要かもしれない。

 健康保険に関しては子会社の民間保険の売上に貢献するための誘導だろう。これは悪質だ。ノヴァ側は・・・民間保険の紹介については「通訳や医療機関の紹介などのサービスが付いており、日本に不案内な外国人に適した商品」としている。・・・となっているがまず英会話の講師になぜ通訳が要るんだ?講師の中に日本の医療に詳しくない者は多いだろうが、まず普通の公的健康保険に加入させておけば病気になったりして困るときは(ノヴァの日本人スタッフは回し者だからダメだし)ノヴァの生徒に日本語で、どこの病院にいけばいいのか聞けばいいんじゃないの?日本語できるから日本に英語を教えに来てるんじゃ?なんで通訳が要るのさ?ノヴァの詭弁だよなぁ・・。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日本最初のCMソング

2005-03-03 20:43:27 | 雑記帳
 夕方、地元のSBSテレビで取り上げられてましたが、知っている人は知っている話ではあります。静岡の歌として、そしていかにも静岡らしい歌として知られているのが「ちゃっきり節」。この歌は実は静岡の民謡ではなく、日本最初のコマーシャルソングとして作られたものでした。しかも作詞はあの北原白秋です。

 静岡電鉄(現静岡鉄道)が狐ヶ崎へ遊園地を作った際に宣伝の歌として作られたのが「ちゃっきり節」です。北原先生は作詞のために静岡に呼ばれましたが、ずっと芸者遊びばっかりしていたらしく、「こんなんで大丈夫なのか?」関係者が心配した頃に詩ができました。実は芸者と遊びながら静岡の方言をいろいろ聞きだしてそれを歌詞に取り入れました。♪きゃ~るが鳴くんで 雨ず~ら~よ~♪なんて歌詞はそこから生まれたもの。
 なんでも当時は茶娘姿のおねいさん達が全国へ旅し、「ちゃっきり節」を歌って踊って遊園地をPRしたんだそう。ひょっとするとこれも日本最初のキャンペーンガールかもしれません。

 この遊園地、私も子供の頃は夏のプールや冬のスケート、ボウリングなどでよく行きました。「狐ヶ崎ヤングランド」の名前だったら聞いたことがある人もいるかもしれません。にしても「ヤングランド」って名前が現在では死語の世界なので時代を感じさせます。この当時はナウなヤングはボウリングでデートだったわけです。その後、やはり時代の波で閉園になり現在では「ジャスコ」に建てかえられましたが、そのショッピングセンターの中には新たにボウリング場が作られました。そういえばまだ行ってないなぁ・・。

 さて、北原白秋先生といえば、この狐ヶ崎ヤングランドから1kmちょっと東へ行ったところに、サッカーの小野伸二(フェイエノールト)、川口能活(ジュビロ磐田)、私(これが書きたかった)の母校である清水商業高校があります。ここの校歌も北原白秋先生作詞で、なんと作曲は山田耕作先生と超有名詩人と作曲家の作品であります。最初はびっくりしましたね。しかも歌詞がなんとも・・・でありまして、

♪母校よ我らは真に恵まる 男子よ立つべし しかく清(さや)けく♪

というものです。これも最初はびっくりしましたね。


 あ、そうそう、狐ヶ崎ヤングランドといえば、そこの入口に面した道路を挟んだ東側があの中学生兄弟フォークデュオのグループ名になった「平川地」です。彼らは幼少の頃ここに住んでいたとのこと。グループ名は「平川地一丁目(ひらかわちいっちょうめ)」ですが実際は“ひらかわ”です。一丁目と二丁目とかはなく「平川地」だけです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする