蛭子神社
吉川氏の領内に水軍を駐在させており由宇浦にも約50軒の
屋敷がありました。彼らは藩主の参勤交代や大坂蔵屋敷への
物資の輸送にあたりました。
この流れを汲み江戸末期から明治時代にかけ廻船業者が
由宇町の本町で商売していました。
町筋の北端にある蛭子神社はそうした海に関わる人達によって
祀られたものです
もともとは南向きに建っていましたが現在は東向きになっています。
吉川氏の領内に水軍を駐在させており由宇浦にも約50軒の
屋敷がありました。彼らは藩主の参勤交代や大坂蔵屋敷への
物資の輸送にあたりました。
この流れを汲み江戸末期から明治時代にかけ廻船業者が
由宇町の本町で商売していました。
町筋の北端にある蛭子神社はそうした海に関わる人達によって
祀られたものです
もともとは南向きに建っていましたが現在は東向きになっています。