歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

福島第一原発は“とてつもない状況”なのですが・・・・・・

2011年05月18日 | 世間話し
しかし、“メルトダウン”との報道が流れても、もう、何だか・・・、驚かなくなってしまいました。炉心が一部損壊だろうが、一部溶融だろうが、メルトダウンだろうが、圧力容器の底が抜けようが、格納容器の底が抜けようが、もう、それほど、気にならなくなってしまいました。

事態は改善も進展も無く、どちらかと云えば、悪化しているに・・・、もう、何だか、諦めてきたのか、慣らされてしまったのか、原発報道が少なくなった所為のか・・・・・・。

どうも、現実感に乏しいのです。放射線は色もなく、匂いもなく、汚染レベルが“数十マイクロシーベルト”になっても、数万ベクレルになっても、人間の五感では実感できないのですから・・・・・・。

一号機はのメルトダウンは、2ヶ月前の3月12日には起きていたようで、関係者は黙っていたと云うか、隠していたと云うか、今頃になって認めたのです。

確かに、あの頃、あの時点で“メルトダウン”の言葉は、とてつもなく衝撃的で、とてつもない恐怖心を、とてつもなく世間にまき散らし、とてつもない混乱を招く可能性があったかも知れません。

それとですが、この“とてつもなく・とてつもない”が口癖の“京大助教”の方は、むかし中学で教わった理科先生のようで、真面目と云うか、質素と云うか、気高いと云うか、志が高いと云うか、とてつもなく信頼できる原発学者だと思います。

それと、この方の発言を聞いていると、時々と云うか、かなりの頻度で、センテンスの最後に一拍空いて“です!”が、かなり強調されて入るのです。自分の今発した言葉を瞬間的にチャックして、“うん!間違い無い!”となって、思わず“です!”の言葉が出て来るようです。

こんなご時世に、とても不謹慎と思いつつ、それでも、書いてしまいますが、今年の流行語大賞は”京都大学原子炉実験場助教“小出裕章先生”の“とてつもない・です”に、勝手に決めました。


話しを戻します。

それで、今頃になってメルトダウンなのですが、2ヶ月もしたら、そろそろ原発汚染への恐怖心も、かなり和らぐと云うか、慣れると云うか、何だか判らなくなると云うか、そんな思惑が関係者の頭にあると思うのです。

いつの世も、いずこの国も、「知らしむべからず、依らしむべし」は、かなりの真実を含んでいるような、いないような・・・・・・。

スリーマイルの米国も、チェルノブイリのソ連も、「知らしむべからず、依らしむべし」で、体制が異なるのに、放射能災害については、まったく同じ対応なのです。そのことからして、フクシマの日本も・・・・・・、かなり、同じような対応?

いや、これは、もしかして、「知らしむべからず、依らしむべし」は、原発事故だけでは、ないの、かも・・・・・・。

まぁ、こちらとしても「知らぬが仏」の方が、精神衛生上とても魅力的だったりして・・・・・・。

もう、いまさら、悪い情報など知りたくねェ! 何て気分に、時々、なったりして、しまうのです。


只今の空間線量は「0.11μSv/h」です。



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