歩く・見る・食べる・そして少し考える・・・

近所を歩く、遠くの町を歩く、見たこと食べたこと、感じたことを思いつくままに・・・。おじさんのひとりごと

土浦 の ”あれ” と ”これ”

2008年10月01日 | 土浦市の風景
今日は“ご近所ネタ”です。

土浦の、アレとかコレと云った処を見繕いました。

「高田保さん」です。わたくしは全く知りませんでした。


こんな業績を残された方です。


土浦には、何故か? 裸婦像がいっぱい有ります。


バックは映画館です。「寺内みつるさん」そうです! あの「寺内タケシさん」の「弟さん?」か「甥御さん?」でしょうか。

充さんは市議会議員なんですね。タケシさんのお父さんも市議会議員だったそうです。映画館、電器店などを経営する地元の名士なのでした。

先日、この映画館で、「崖の上のポニョ」を二人で観て来ました。50歳以上の夫婦割引で2千円でした。

年齢証明が必要になると思い、運転免許証をしっかり持ってキップ売場に向かいました。

「夫婦割りで・・・・・・」と云っても、年齢確認はまったく要求されませんでした。少しはサービスで、

「お客様、夫婦割りは50歳以上なんですが、免許証の確認をさせて頂けますか?」

何て云ってほしかったのに、配偶者は「見れば直ぐ判るわよ」の一言でした。意識と外観が、大きく乖離している今日この頃です。

こちらの裸婦像、オッパイがツルツルで輝いています。通りがかりの酔っぱらいの仕業か?


工事現場でもないのに、道路の片側を占拠する大型クレーン車。何が始まるのか?何となくドキドキします。


こんな処に川が流れ橋が架かっていたのでしょうか。


市街地から少し入った住宅街の神社。


「ワシ神社」ではなく、「オオトリ神社」です。


力石。とても、とても、持ち上げられません。


何やら、参拝記念の石碑を発見。いったい誰の参拝記念?と近づき、


表面の土を手で擦り落とすと、現れたのは、なんと!
   

あの名横綱むと云われた、”常陸山”(1874~1922)では有りませんか。

水戸出身、第19代の横綱です。

“梅ヶ谷”と供に明治時代の相撲黄金期を築いた横綱です。相撲ファンとしては、入り口の案内板で一言でも触れて欲しかったです。

土浦市教育委員会にお願いします、次回案内板を製作する時には、是非、常陸山の参拝記念の石碑に一言触れて下さい。



土浦の、アレとコレ、でした。


それでは、また明日。


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3 コメント

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故郷後にして・・・ (タマゴロー)
2014-01-22 11:33:49
以前からの読者ですが初めてコメントします。下山事件を調べているうちこちらのブログに行きつきました。土浦生まれで今は東京の西多摩に住んでいます。
こちらのブログで紹介された所は小中学生を過ごした60年代に実際に生活の一部として身近に感じていた所ばかりです。懐かしさと共に歴史と伝統の奥深さを感じざるを得ません。このブログを読んで、故郷を改めて見つめ直す良い機会になりました。
月に1回程度母の介護で帰省するようになって、オイしいところは全部筑波に持って行かれ、今や「沈みゆく故郷」を何とかしたい思いが募るこの頃です。しばらく会っていないけど同級生には市会議員や高校教師の独り者、最近土浦に戻った元生徒会長など地元にもまだまだ人はいるので元気な土浦の再生の為コツコツとできることから始めたいなと思っています。
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タマゴロー様 (cocoro1)
2014-01-23 10:49:46
コメントありがとう御座います。

『このブログを読んで、故郷を改めて見つめ直す良い機会になりました』

嬉しいお言葉、とても励みになります。最近は更新も以前と比べて途絶え気味、タマゴロー様のコメントを読み、更新の意欲が湧いて来ました。ありがとう御座います。
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Unknown (ヘリオス)
2024-10-29 22:38:08
写真に写っている桜橋の碑ですが、実は数十年前の事ですが目の前にある道路の所に川口川という川が流れてたんですよ。

土浦港からモール505の辺りを通って、写真に写ってる桜橋の碑の前を流れていたんです。

時代が下り、川の上に商店街や道路を作り、川を埋め立ててしまいました。
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